CATch up
name change
デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あまりにも無情な赤葦君のせいで、結局夜のプールサイドへ足を踏み入れることを余儀なくされた。
この場所特有の水に濡れることを前提としたタイル張りの床を上履きのまま歩き、時折聞こえるチャプチャプとした水音に少しずつ恐怖心が煽られていく。
明かりのないプールサイドはいつもの騒がしい雰囲気なんて欠片も無くて、どこか別の世界にでも来てしまったかと思う程、不気味に静まり返っていた。
音駒高校のプールは屋外の為、プールサイドに出れば頭の上には至って普通の夏の夜空が広がっていて、それだけ見れば今までの無限お化け屋敷のような校内が幻か何かのように思えてくる。
「.............」
「.......ミケ。上じゃなくて、ちゃんと足元見た方がいいよ......」
「!」
おぞましいプールの水面を見るのがとても嫌で、頭の上に広がる夏の星座を知識が無いながらに眺めていれば、少し前を歩く孤爪君からお叱りを受けてしまった。
ぎくりとしながらパッと彼の方へ視線を向けると、孤爪君は「そこ、少し濡れてる」と私の足元近くを指差す。
慌てて足を止めて濡れている場所を確認し、そこを避けながら少し早足で孤爪君の直ぐ後ろへ着くと、小さくため息を吐かれた。
「......ゴメンナサイ。ちゃんと前向いて歩きマス」
「......うん、そうして」
「!」
呆れられてしまったことに軽くショックを受けながらも先程の行動を謝ると、私よりも少し背の高い孤爪君は再び前を向きがてら、私の頭に軽く手を置いてから赤葦君の方へ歩いて行く。
い、今のは多分、頭を撫でてくれた......の、か?
孤爪君のあまりにも気まぐれな行動に怖さとはまた別のドキドキを感じながらも、さっさと歩いて行ってしまう金色の後ろを少し早足で追い掛けた。
「赤葦、どこまで行くの?もしかして、なにか目星つけてる?」
「.............」
孤爪君の声に、懐中電灯を持ち先頭を歩いていた赤葦君が緩く反応する。
その際に足を止めてくれたので、孤爪君と私が追い付くと進行方向の先を照らした。
その光の先を目で追うと、コンクリート作りの四角い小屋みたいな建物が見える。
「.......機械室?」
「うん。見た感じ、鍵が掛かってそうな所ってあそこだけかなと思って......さっき保健室で見つけた鍵、まずは試してみないか?」
「うわぁ......絶対入りたくない......」
「わかってます。ここが開いたらの話ですが、御木川さんは外に居ていいです。ドアでも押さえててください」
「ウス」
赤葦君の言葉に露骨に顔を顰めると、さらりと救済措置を寄越してくれたのでそれに素直に従う。
あからさまに何かありそうな夜のプールの機械室になんて、誰が好き好んで入りたがると言うのかとも思うけど、この二年セッターコンビは臆すること無く機械室へ向かって行く。
「......ねぇ、ここの電気ってどこで点けるの?暗いままなの本当に嫌なんだけど......」
恐れ知らずの二人の背中に負け惜しみに近い言葉を掛けると、先に反応したのは赤葦君だった。
「いや、俺に聞かれても......孤爪は知ってる?」
「知らない。ここの電気なんてつけたことないし......」
「......あ。もしかして、ワンチャン機械室にあったりして!中入れたら二人共、一番に探して!」
「.......What's the magic word?」
「ハイハイすみませんでしたぁ。探してクダサイお願いしますぅ」
「え?」
プールの電気のスイッチが何処にあるのか考えて、もしかして今から向かうその小屋の中にあるのではと希望的観測をする。
そんな私の言葉が気に食わなかったのか、赤葦君からやたらと発音のいい英語でお叱りを受けてしまい、たまらず顔を曇らせておざなりな態度を寄越した。
途端、きょとんと目を丸くして私を見る二年生の二人の反応に、反射的に大きなため息が漏れた。
「.......ソレ、英語超出来る友達によく言われる......赤葦君まで同じこと言わないでよね......」
「ありがとうございます」
「は?.......いや、めっちゃ不本意!全然褒めてないし!もう、今のナシで!」
恐らく今の英語を私が理解出来るとは思わなかったんだろう。二人に眉を寄せながらそう返せば、赤葦君は都合のいい所だけ拾ってお礼を言ってきたので、それが腹立たしくてめいっぱい抗議すると「ちょっと待って」と孤爪君からタンマを掛けられる。
「俺、ソレ知らない。どういう意味?」
「え、“人に物を頼む態度じゃないでしょ”?」
思わぬ質問にきょとんと目を丸くしつつ、私の認識していた和訳を口にしながら、ちらりと赤葦君へ視線を寄越す。
「.......だいぶ意訳になりますが、まぁ、ニュアンスは概ね合ってます」
「へぇ......初めて聞いた。今度使ってみよ......クロに」
「ふっ......黒尾さんになら、問題無いんじゃない?」
「.......黒尾君、だいぶナメられてるじゃん......」
《いやいや、今のやりとりまるっと全部聞こえてっからな?次会ったら覚悟しとけよお前ら》
私の言葉に赤葦君が及第点だと返し、それに対して孤爪君が続けた話が面白くて思わず笑ってしまうと、スマホの向こうにいる黒尾君が大層面白くなさそうな声をもらした。
そういえば、スマホはずっと繋がりっぱなしだったということを思い出し、それがまた面白くて小さくふきだす。
「.......じゃあ、とりあえず機械室の鍵、開くかどうか試してみよう」
今までの会話のやりとりで少し恐怖が薄れたようで、先程までの不安や緊張がだいぶ小さくなっていた。
そんな私を見越してか、孤爪君は改めて本題に入る。
彼の言葉で再び機械室へ注意を向けると......よく見ると、そこの前に何かを乗せるような乳白色の丸い台座がぽつんと置いてあることに気が付いた。
一見、一本足の丸椅子のようにも見えるが、人が座るにしても低すぎる位置だしそもそも小さいし、上の丸い円盤の端には乗せたものが落ちないようにしているのか、少しだけ反り返っている。
何より見ためが陶器っぽくて華奢な作りなので、人間が座ったら壊れてしまうのではと黙々と考えていると、ふいに上から「......もしかして」という、何か思い当たったような孤爪君の声が聞こえた。
私と赤葦君が同時に顔を向けると、孤爪君は視線をそれにくっ付けたままぽつぽつと話し出す。
「.......これ多分、ケーキスタンドじゃない......?」
「あ、本当だ!スイパラとかで見たことある!」
孤爪君の言葉により、それの正体がわかってたまらず顔が明るくなる。
そうだそうだ、ホテルのスイーツバイキングとかでも、この上に可愛いケーキが乗ってるのを見たことあるぞ。
知っている物のはずなのに、全く関係の無い場所に置かれてしまうとこうも混乱してしまうのかとうっかり呑気なことを考えて、直ぐに別の疑問が生まれた。
「え、でも、なんでプールにこんなものがあるの?」
「............“EAT ME”......」
「え?」
この場所においてあまりにも不釣り合いなそれに首を傾げてしまえば、今度は赤葦君が呟くような声量で言葉をもらした。
「.......さっきのアップルパイ、もしかしてここに持ってくるのが正解だった、とか......?」
「.......うん、俺もそう思った。あそこで切らずにここに持ってくれば、もしかしたらさっきみたいな攻撃はされなかったのかも......」
「え、えぇー?それ難しくない?なに、アイテムは使うべき時まで持ってろ的な?そんなゲームみたいなこと、現実じゃ出来ないよ」
「.......そうだね......実際自分自身がプレーヤーそのものになると、あまりの要領の悪さにびっくりするね......」
「いや、そういうことじゃなくて!」
「.......でも、“EAT ME”ってことは、何かにさっきのアップルパイを食べさせるってことか?......本当にここに置いてたら、一体何が食べに来たんだろうな......」
「.............」
先程のアップルパイの話をされて、そんなゲームみたいなみたいな展開あってたまるかと思っていると、ふいに赤葦君が零した言葉に思わず孤爪君も私も口を閉じてしまう。
しんと静まり返った夜のプールサイド。チャプリと聞こえた水音が心無しか大きくなった気がして、背中にゾクリと悪寒が走る。
「へ、変なこと言わないでよ......!もういいじゃん!とりあえず鍵はあるんだし、ちゃっちゃ調べて早くおいとましよ!」
「.......そうですね。すみませんでした」
一気に増した恐怖心に煽られて、鳥肌が立った両腕を擦りつつ赤葦君に強めに言うと、珍しいことに何も口答えせず素直に詫びを入れてくれる。
多分、赤葦君自身も一体何を言ってるんだと考えているに違いない。
...少しずつ、だけど確実に、このおかしな状況に染まってきている思考回路が本当に恐ろしい。
「じゃあ、試してみます」
無機質な機械室のドアに向き合い、赤葦君はハーフパンツのポケットから問題の鍵を取り出した。
保健室の不気味なアップルパイの中にあったそれは、スルスルと鍵穴へ差し込まれ......赤葦君の手首の動きを遮ること無く、ガチャリと金属音を響かせて右に回った。
「っ、開いた......!?」
「.......赤葦......」
「.............」
解錠されたドアに思わず前のめりになると、孤爪君は少し硬い声で赤葦君を呼び、呼ばれた本人はゆっくりとドアノブに手を伸ばした。
赤葦君が慎重にドアを開けると、少しくたびれた音を立てながらも機械室の様子が徐々に見えてくる。
緊張の中、懐中電灯の明かりを室内への向ければ、おそらくプールの水の浄化循環装置だろう大きな機械の他に、掃除用具や備品何かも突っ込まれていた。
「.......で、電気!まずここの電気点けよ!暗いと見えづらいし、怖さが増します!」
「......ハイハイ」
真っ暗な機械室をじっくり見回す気なんてさらさら無く、ドアを開けた赤葦君の背中を軽く叩けば、赤葦君はおざなりな返事をしながらも壁際のスイッチを探し当ててくれて、機械室の明かりを点けてくれる。
真っ暗だった時より幾分か怖さが減った気がしてほっと息を吐くと、はっきり見えた室内に興味を惹かれたのか、孤爪君が無言ながらにきらりと瞳を光らせた。
「.......赤葦......」
「......ハイハイ。じゃあ、御木川さん、ドア押さえててもらっていいですか?」
目の前のオモチャにソワソワとした様子を隠そうともしない孤爪君は、急かすように赤葦君を呼ぶ。
皆まで言うなと言わんばかりに赤葦君がそれに応え、私にはそんな言葉を掛けた。
「ガッテンしょーち」
「......ミケ、スマホも持ってていいよ」
「ん。でもコレ、実は私のなんだよね」
ついでとばかりに寄越されたスマホを受け取りながらそう返すと、孤爪君は「......そういえば、そうだったね」と少し可笑しそうに目を細めた。
そんなやり取りの後、明るくなった機械室を調べ始める二人の姿を入口で見ながら、黒尾君と木兎君が今どこにいるのかと聞くと、どうやら一年生の教室に居るらしい。
「中央棟に来られてるなら、もう少しじゃん。二人共、早くこっち合流して〜」
《簡単に言ってくれちゃってまぁ......ドア開けたら廊下じゃなくて、また別の部屋行くんだけどコレどーすりゃいいんだ......》
《あ!コイツの机ヴァーイある!そういや今週号まだ読んでなかったな〜》
《木兎お前そんな呑気な状況じゃねぇだろ!もうちょい危機感持てよ!》
《えー!黒尾のケチ!ちょっとぐらいいいだろ〜?》
スマホの向こうから聞こえる二人のやり取りがあまりにも普通過ぎて、何だか力が抜けてしまい小さく笑ってしまった。
こんな事になってるというのに、黒尾君も木兎君もしっかり通常運転だ。
男子トイレで二人と離れてしまった時は本当に心配で、一体どうなるかと思ったけど、二人のメンタルがとても強いからか特にこれといった心配事は起きていない。
むしろこっちの方が危ない目に遭っているような気もするが、もう過ぎたことだし思い出すと怖くなるから、そこはあんまり考えないようにしよう。
「.......ん?」
機械室のドアにもたれながら黒尾君と木兎君と話していれば、視界の端で何かがきらりと光った気がして反射的にそちらへ顔を向けた。
何だろうと思って目を凝らして見るも、ひたすらに暗いプールサイドとユラユラ揺れる真っ黒な水面が見えるだけで特に何かの灯りは見えない。
《ミケ?どうした?》
「......ん〜?何か今、光ったような?気がして...」
《電気じゃねぇの?》
「あ、それ有り得る......赤葦くーん、孤爪くーん、電気のスイッチってつけた?」
それとも気のせいだったかなとも思いながら、再び機械室の中へ視線を戻した、矢先。
ナニカに右腕を強く引かれ、突然のことに後方へぐらりと身体が傾いた。
「うわぁッ!?」
《え......オイ!?ミケ!?》
バランスを失いつつも、このまま後ろに倒れるのはまずいと咄嗟に判断して、慌てて受け身を取る為に身体を捻れば、べしゃりと派手に転んだままズルズルと後ろへ引き摺られる。
「痛ッ!!わ゛ッ、わああ゛ッ!?」
「御木川さん!!どうしました!?」
横向きに倒れた状態で引き摺られ、しかも負傷した右腕を掴まれてるものだから強い痛みで上手く抵抗が出来ず、思うように立ち上がれない。
常人離れした強い力に混乱と恐怖で完全にパニックしてしまい、それでも何とか踏ん張ろうともがいていると、私の悲鳴を聞いた二人が慌てて機械室から飛んで来た。
だけど、すでに私の身体はどんどん後方へ......不気味な程真っ暗なプールの中へ引き摺られていく。
あ、ヤバいヤバい。これ、本当にヤバい。
.............どうしよう、怖い。
「ミケッ!!!」
「孤爪く......助けて......ッ」
こちらへ駆け寄る孤爪君の姿を何とか捉え、そちらへ必死に手を伸ばす。
切羽詰まった顔をする孤爪君の手が、私の指先に触れた、瞬間。
無情にも世界はぐるりと反転して、一瞬の浮遊感の後大きな水音と軽い衝撃が身体に走った。
真っ暗になった視界と、開けっ放しになっていた口と鼻から一気に入ってきた液体に、いよいよ水中に引き摺り込まれたことを理解する。
これは本当に死ぬかもしれないと身動きの取りづらい水中で思いながら、辺り一面水音のみになった真っ暗な世界にたまらず強く目を閉じるのだった。
子猫が一人、ポチャリと落ちた。
(あの子の行方は、誰も知らない。)