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デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
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保健室の診察台横のデスクにあるアップルパイを前に冗談を口にすると、赤葦とミケが息ぴったりで俺を制した。
基本的に馬が合わず何かと衝突する2人だが、時々全く同じ反応をすることがあるのでそれが妙に面白い。
多分お互い似ている所もあるのではと思うのだが、それを言うと赤葦もミケも「お前何言ってんの?」みたいな顔をするだろうから、俺の心の中だけに留めておくことにした。
一つため息を零して、改めて奇妙なそれに視線を向ける。
最初に発見した赤葦に聞くと、それの上には真っ白な布巾が掛けられていたらしく、そのせいで俺も赤葦も直ぐには気が付かなかったようだ。
網目模様になった表面に、こんがりとキツネ色をしたアップルパイは、この異様な空間でさえ見つけなければ本当に食べてみたくなる程美味しそうだった。
「......ちなみに、音駒の保健室にはアップルパイがあっても普通だったりするのか?」
「まさか。こんなこと初めてだよ......」
ちらりと瞳だけこちらに寄越し、怪訝そうな顔をして聞いてきた赤葦に軽く笑いながら否定する。
「あ、誰かのお見舞いに来た人が持ってきたものとかは?あとほら、保健の先生が買ったけど持って帰り忘れちゃったとか!」
「いや、病院じゃあるまいし、お見舞いはおかしいでしょう」
「...持ち帰るなら、箱に入れたままでいいんじゃない?剥き出しでここに置かれてるのも変だよね......」
「......うぬん......」
保健室の出入口付近でドアを押さえたまま、怖がりのミケが一生懸命理由を探すも、俺と赤葦に言葉じりを捕らえられて悔しそうに小さく唸った。
その顔には「早くここから離れたい」という文字がありありと浮かんでいて、少し可哀想だけどちょっと可愛くて仄かに口元がゆるんでしまう。
そんな中、赤葦は“EAT ME”と書いてあるメモ用紙を手に取って、小さく嘆息した。
「......これもさっきと同じで、また別の意味合いがあるとか?」
「......うーん、どうだろう......」
「そういうのは絶対放っておいた方がいいって......もうここ出て早く玄関行こうよ~」
一先ずアップルパイは置いておき、メモの方に意識を寄越すも早々にミケの泣き声が聞こえる。
その顔を見て、ああ、本当に嫌なんだろうなとは思ったが......俺個人としてはこの面白い展開をスルーして出口へ向かうなんて勿体無いこと、絶対にしたくなかった。
「.......うん、もう少し」
「えぇー......」
結果、ミケには待ったを掛ける返事をしたら、更に嫌そうな顔をこちらに向けてきた。
......でも、こんな風に喜怒哀楽をしっかり表に出してくれるので、最初こそあまり近くにいかなかったけど、正直ミケは俺にとって話しやすい部類に入る人間だった。
三年生で歳上で、明るい性格の女子。いわゆる陽キャ。
これだけだとあんまりお近付きになりたくないタイプだけど、......ミケはなんと言うか、クロとか夜久君とか海君と同じ匂いがする。
俺に対してヘンに遠慮することもなく、さらっと自然体で接してくれるから、俺もいつも通りに話すことが出来るのだ。
少しだけ喧しいところや乱暴なところがあるけど、基本的に俺のペースを守ってくれるというか、こちらが無理に合わせたり、逆に向こうが合わせようとしてきたり、そういう面倒くさいところがないのがすごく楽だった。
......あと、赤葦とミケの会話が俺的にすごくツボで、笑ってる内にいつの間にかミケに対する緊張感とか嫌悪感がなくなり、絆されてしまったというのもあるかもしれない。
「.......カトラリーは、流石にないか......」
「......孤爪。」
「わかってる、食べないよ......この中に何か入ってないか調べたいだけ」
「中、って......」
ミケのことを考えつつ、目の前にある不自然なアップルパイを切る方法はないか、近くの棚の引き出しを片っ端から調べる。
“EAT ME”の意味は正直よく分からないけど、わざわざメモ書きまで用意されてるということはおそらく何らかのキーアイテムのはずだ。
食べるという行為で考えられるのは、食べた人間に何らかの変化が生じるか、それとも、アップルパイ自体に変化があるのかのどちらかになると思う。
前者を試すのはさすがに危険過ぎるので、やるなら後者だ。
崩したアップルパイに変化があるとすれば......もしかしたら、パイの中に何かのアイテムが入っているのかもしれない。
......まぁ、あくまで仮定の話だけど。
いつも通り過度な期待はしないまま、パイを切る為の道具を探していれば......ふいに赤葦が何かを手にしてアップルパイに向き直った。
「え......定規?」
赤葦が手にしていたのは30センチの定規で、思わず口に出してしまうとゆるりとこちらへ瞳を滑らせる。
「......それ切るだけなら、コレで代用できるだろ。後でちゃんと洗って戻しとくよ」
「.............」
真顔でさらりと言われた言葉に、否定も肯定も出来ずに口を閉じた。
赤葦って基本丁寧で慎重だけど、時々やたらと思い切りが良くなる時がある。
こういうとこ、やっぱり赤葦も梟谷の人だなって思うけど、それを言うと多分機嫌を損ねるだろうから今はやめておこう。
「食べ物への冒涜......」
「じゃあ御木川さん、これ食べろって言われたら食べますか?」
「は?絶対食べませんけど」
「そうでしょう?なら、そういうこと言わないでください。些か不愉快です」
「..............ゴメンナサイ」
俺の意思と反して、ドアの近くに居るミケが定規でアップルパイを切ろうとしている赤葦にそんな言葉を掛けて返り討ちにあっていた。
食べることが好きな赤葦に食べ物云々の文句を言うのはかなりの御法度だ。
赤葦が静かに、そして割と本気で怒っているのがわかったのか、今までは何かと応戦していたミケが今回は素直に小さく謝罪した。
何かと思慮深い赤葦が遠慮無く面と向かって怒る人なんて木兎さんくらいかと思っていたけど、まさか音駒の三年生の女子がその範疇に該当するなんて驚きだ。
......小競り合いは多いけど、多分赤葦にとってもミケは少し特別なんだろう。......いい意味でも、悪い意味でも。
「.............」
ミケを一喝した後、ため息を吐いてから赤葦はアップルパイに向き直り、ゆっくりと定規をパイに押し当てた。
運動部男子の体重が乗ったそれは、時間の経過で少し固くなったパイ生地が割れる音を弾かせながら少しずつ崩れていく。
半分にカットして、その後4分の1にカットした途端、赤葦の肩がピクリと跳ねた。
どうやら、何かに定規か阻まれて下まで切れないようだ。
「.............!」
「.......何かあった?」
赤葦の反応を見て、アップルパイの中味を注意深く覗く。
定規を使って器用に切り分け、何かがある1ピースを徐々に崩していくと......金属片らしき銀色の物が姿を現した。
「.......鍵だ......」
最後だけ少し手を使ってそれを取り出すと、先程使った保健室のものと同じような鍵だった。
多少予想こそしていたものの、本当にアップルパイの中から鍵が見つかるという事態に直面すると、正直何とも言えない気持ちになってしまう。
ゲーム感覚的には楽しいけど、普通に考えるとかなり不気味だ。
これを誰かが仕組んだとしても随分大掛かりだし、それこそバラエティ番組か何かの規模なんじゃないかと思う。
.......人間がやっていればの話だけど。
「え、何?本当に何か入ってた?」
「......うん、鍵があった。何のかはわからないけど」
「マジで?孤爪君本当に凄いな?ファインプレーが過ぎる」
「......ゲームだと、よくあることだから......」
少し離れた所に居るミケに一先ず事態の説明をしていると、鍵を手にした赤葦が「とりあえず、洗ってきます」と告げて水道へ移動した。
頭の中は確かに混乱しているが、この奇妙な空間に少しずつ慣れてきてしまったせいか、俺も赤葦もミケもアップルパイから鍵が出てきたという事態にそこまで大きくは驚かない。
むしろ、この鍵がどこの教室のものなのかということの方が気になっていた。
赤葦が定規と一緒に洗ってきたその鍵を改めて確認するも、やっぱり何の鍵なのかわからないままだ。
「......じゃあハイ、鍵も見つかったしもういいでしょ?お二人共退出してくださーい」
「.............」
赤葦の持つ鍵を見ていると、ドア付近に居るミケがそんな声を掛けてきて、思わず口を閉じる。
「.......もう少しだけ......」
「やだ!無理!怖い!」
「.............」
俺の言葉は間髪入れず却下され、眉を寄せながらちらりと赤葦を見るも、赤葦は「まぁ、仕方ないんじゃないか?」とでも言うように小さく肩を竦めるだけで、特に否定の言葉を述べなかった。
「.......わかったよ......」
赤葦がこちらにつかない以上、ミケはきっと折れないだろう。
ここで切り上げてしまうことに名残惜しさを感じながらも、俺も赤葦もドアの方へ足を進めた。
そんな俺達にミケはふんすと鼻で息を吐き、早く早くと言った様子でキャラメル色のポニーテールを揺らす。
その姿がまるで落ち着きのない猫のように見えて、小さく笑ってしまった。
「あ、そうだ鍵!鍵見せて!」
「普通の鍵ですよ......あ、孤爪、電気消してくれ」
「うん」
保健室の出入口で一旦団子状態になり、赤葦が見つけた鍵をミケはまじまじと見た後、直ぐに興味をなくしたのか真っ先に保健室から離れた。
その後ろに赤葦が続き、最後に俺が電気を消して保健室から退出する。
保健室と廊下の間を跨いだ、瞬間。
背後から突然左腕を掴まれ、強い力で後ろへ引っ張られた。
「ッ!?」
「孤爪ッ!!!」
「え?」
突然のことに上手くバランスが取れず、引っ張られる力のままガクリと後ろへ倒れそうになれば、赤葦が驚異の反射神経で俺の右腕を掴んだ。
しかし、左腕は今だに後ろ側へ強く引っ張られたままなので、両腕がバラバラの方向に引っ張られ、腕や肩の筋が大きく軋む。
途端、遅れて痛みがやってきて堪らず顔を顰めた。
「い゛ッ......!」
「クッソ ......ッ!!!」
痛みに負けて声を漏らすと、聞いたことの無い赤葦の荒っぽい声がすぐ近くで聞こえた。
利き手である右手で俺の左腕を掴み、左手で保健室の出入り口を抑えている赤葦は、本当に咄嗟に動いたようで、上手く踏ん張れない体勢に苦戦しているようだった。
その証拠に俺を掴んでいる太い腕は見る見るうちに血管が浮き上がり、右手の握力のみで俺を支えている状態になっている。
試合でも合同練習でも見たことがないような苦痛の表情を浮かべる赤葦に、何とか俺自身が踏ん張れないものかと体勢を変えようとするも、後ろ側へ引かれる力が異常に強く、なかなか両脚に力が入らない。
ミシミシと身体が左右に引っ張られる痛みと戦いながら、一体何が起こっているのかと恐る恐る後ろを見ると......信じられない光景に、思考回路がバグった。
.......先程崩したアップルパイから、人の腕らしきものが生えている。
えのき茸か何かのように何本か生えたそれの1本が、俺の左腕をガッチリと掴んでいるのだ。
異様に白く、殆ど骨と皮しかない痩せぎすな腕は、明らかに人間のものではなかった。
それはまるで、ホラーゲームとかで見るようなモノだ。
「.......御木川さんッ!!!動けますか!?御木川さんッ!!!」
「!」
およそ現実とは思えない異常な光景と強い痛みに気を取られていると、余裕のない赤葦の鋭い声が走った。
そうだ、ミケ。一瞬希望が浮上したものの、怖がりな彼女が本当に動ける状態なのか疑念を抱く。
保健室の中に引き込まれている俺から、外に居るであろうミケの姿は確認できず、代わりに赤葦のキツそうな顔が目に入るばかりだ。
赤葦の呼び掛けに、返ってくる声は無い。
ゲーム慣れしてる俺でもだいぶ恐怖を覚えてるくらいだから、怖がりなミケにとってはきっとひとたまりもないだろう。
ひょっとしたら、腰を抜かしてる可能性だってある。
.......赤葦はどうにかして俺を助けたいんだろうけど、元から怖がりを公言しているミケに無理やり動いてもらうのは少し可哀想だ。
散々彼女に怖い思いを我慢させてきた俺が言えた義理じゃないけど、万が一、このまま俺と赤葦が保健室に引き込まれて、その瞬間ドアが閉まってしまえば......きっと、ミケは独りになってしまう。
そうなれば、怖がりな彼女は絶対に泣く。
それだけは何としてでも避けたかった。
「.......赤葦、」
俺はいいから、ミケのそばに居てあげて。
必死に俺を繋ぎとめてくれてる赤葦にそう頼もうとした、矢先。
目にも止まらぬ速さで赤葦とドアの間を滑り込み、重心を低くしたミケが無駄の無い動きで俺の横に立った。
「.......え?」
「───────ッ!!!」
言葉通り、瞬く間に俺の視界に現れたミケにぎょっとしているとミケは隙のない動きで拳を構え......俺の左腕を掴むそれに、強烈な右ストレートを食らわせた。
痛々しい程の重い打撃音と強い衝撃を受け、その反動で俺の身体もグラリと揺れればあれ程離れなかった白いそれがずるりと力を弱めた。
「!!!」
「うわッ!?」
ギリギリで均衡を保っていた二つの力が、片方だけ弱まったことにより逆方向へ勢いよくなだれ込む。
廊下に向かって派手に尻餅を着いた赤葦の上に倒れ込む形で、何とか保健室から出られた。
最後に素早くミケも退出し、保健室のドアをピシャリと思い切り閉める。
「.............」
「.............」
「.............」
廊下に座り込む赤葦も、その上に不時着した俺も、そして、保健室のドアを抑えているミケも、思考が追い付いていないのか暫く誰も何も喋れなかった。
御木川鈴の女子力(物理)
(怖いなら、倒してしまえホトトギス!)