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デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
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お腹からせり上がってくる重たい空気を一気に吐き出す。幾分か気が楽になったのは一瞬で、目の前に立ちはだかる見慣れた校舎に心が打ちのめされた。
ちらりと左手首の腕時計を確認すれば、時刻は20時を少し回ったところである。
今日は土曜日、本来であれば家でバラエティ番組を見ながら夜ご飯を食べている時間だ。
だけど、残念なことに今私が直面しているのはこの薄暗い、を通り越してもはや真っ暗なここ、都立音駒高校の校舎に入らなければならないという非常事態だった。
「.............」
握り締めた拳を開き、デニムのショーパンで手汗を拭くと思った以上に手の平がびっしょりと濡れていた。
それもそのはず、私は根っからの怖がりだ。
季節は夏、夜も遅い時間に学校という如何にもな場所に赴くという行為は、私にとって心の底からやりたくないものであり、実際もう明日にしてしまおうかと諦めかけてもいた。
そうだよな、別にこんな夜遅くに来ることはなかったんだ。明日用事があるといっても、早起きして待ち合わせより前にここに寄ればいい話だし。
何よりも大切なスマホを学校に忘れ、それに気が付いたのが遅くて慌ててこんな時間に来てしまったのだけど、考えてみれば鍵だって開いてないかもしれないじゃないか。
門が開いてたのは、もしかしたら警備員さんが閉め忘れたのかもしれないし。
校舎に入れないのだったら、もう仕方ない。スマホの充電は切れるだろうが、携帯用の充電器で鞄の中で充電しちゃえばいい話である。
「......うん、よし、明日にしよ」
無意識に握りしめていた好きなバンドTシャツのシワを伸ばし、サンダルの爪先を進行方向から180度転換しようと動き出した、矢先。
「あれ?ミケ?」
「ぎゃああッ!?」
「おわッ!?何!?」
背後から突然声を掛けられ、反射的に情けない悲鳴が口から漏れる。
慌てて振り向いた先には黒いTシャツに赤いハーフパンツ姿のクラスメイト、黒尾鉄朗が驚いた顔をしてこちらを見ていた。
見知った顔を確認した瞬間、身体から一気に力が抜け、アスファルトの地面に力なくしゃがみ込む。
「.......なんだ黒尾君じゃん......脅かさないでよ......」
「イヤイヤ、俺の方がびっくりしたからね?普通に声掛けただけじゃんか」
生理的に飛び出た涙を急いで拭き、バクバクと早鐘を打つ心臓にぐったりとしていれば、黒尾君はゆっくりと私の方へ歩み寄り、目線を私と合わせるようにしゃがみ込んだ。
「でもまぁ、脅かして悪かったな。まさかこの時間にクラスメイトが居るなんて思わなくて、俺もちょいビビったわ」
黒髪を立て、前髪で片目があまり見えない独特のヘアスタイルの黒尾君は、180センチ以上もある長身なこともあり、見た目はかなりいかつい印象を受ける。
だけど、いざ接してみると意外と人当たりがよく話しやすい人で、三年で初めて同じクラスになったにも関わらず男友達の中ではよく話す男子になっていた。
「で、お前さんはここで何してんの?」
「......うん......今日、部活あってね?うっかりスマホ忘れちゃって、取りにきたんだけど......」
黒尾君の質問におずおずと答えつつ、途中で言葉を詰まらせる。
ちらりと後ろの真っ暗な校舎を窺い、再び大きくため息を吐いた。
......これは、もうダメだ。今ので完全に心が折れてしまった。
「......めちゃくちゃ怖いので、また明日明るい時間帯に来ることにした......」
「あらら......もしかして、怖いの苦手?それとも暗所恐怖症とか?」
「......お恥ずかしながら、どっちもデスネ......お化け怖いし、暗いの嫌だし......ドウゾ、存分にバカにしていいよ......」
高校生にもなって小さな子供みたいな醜態をクラスメイトに晒してしまったことにガッカリしつつ、いつまでもしゃがみ込んでいる訳にもいかないので「よっこいしょ」と呟きながら立ち上がる。
誰に何と言われようが、怖いものは怖いし嫌なものは嫌だ。
そもそもこの二つが平気な人って一体どんな心臓を持っているのかと思う。いや、神経なのか?はたまた脳みそなのかな?
どちらにせよ、心臓も神経も脳みそも最弱の私なので、無理は禁物だしそもそも頑張ろうとも思わない。
苦手を克服するのは食べ物だけで充分だ。
「......そういえば、黒尾君こそどうしてこんな時間に学校に居るの?もしかして部活、まだやってるの?」
立ち上がると同時にふと黒尾君の存在が気になった。
真っ先に思いついたのは、彼が所属している部活、男子バレーボール部のことだ。
音駒高校男子バレー部は都立高校でありながら、全国区へ何度か足を踏み入れる程の実力があるらしい。
昨今は残念ながらなかなか思うような結果を残せていないようだが、日夜練習に励んでいる黒尾君達の姿を見ると、近い内にインターハイや春高にも手が届くのではないかと本気で考えてしまう。
そんな男バレの練習量は半端じゃないことを知っているので、この時間に部活をしていてもなんら不思議じゃないと予測していれば、黒尾君もゆるりと立ち上がって体育館の方を指差した。
「おう、この土日使って梟谷と合同合宿中」
「梟谷、って......確かバレー超強いとこだよね?」
「そうそう。よく知ってんな」
「いや、この間黒尾君が教えてくれたんじゃんw」
思わず笑ってしまうと「あ、そうだっけ?」と黒尾君も眉を下げて笑う。
片手で頭の後ろをかきながら、黒尾君は少し取り繕うように「でさ、」と話を続けた。
「外に人影が!って一年達が騒いでたから見に来たんだけど......」
「......もしかして、それって私?」
「あー!黒尾が女の子連れてる!!」
「!」
黒尾君の話の途中で知らない大きな声が聞こえ、たまらず肩をビクつかせる。
何かと思ってそちらを見ると、見覚えのない顔が二つ確認できた。
こちらを指差しているモノトーンの髪の背の高い男子は、何か酷く衝撃を受けたような顔をしている。
「ゲ、木兎......」
「えー!ウソだろ!?もしや黒尾の彼女!?えー!ずりー!絶対居ないと思ってた!」
黒尾君と色は違うが、Tシャツにハーフパンツ姿のその人達はきっとさっき話していた合同合宿中の梟谷の人だろうと踏んでいると、モノトーンの髪の人はとんでもない勘違いをしてきたので慌てて首を横に振る。
「違います、友達です。同じクラスなんです」
「あ、そうなの?なんだぁ、ビビったー!」
私の言葉をその人は思いの外素直に受け取ってくれて、今度は安心したように明るく笑った。
「木兎さん。ここは他校ですし、夜も遅いのでお静かにお願いします」
「おぉ、そうだったな。わりーわりー」
モノトーン頭のその人の隣りに居る、少し癖のある黒髪に切れ長の目が特徴的なもう一人の男子が落ち着いた口調で声を挟んだ。
敬語で話すということは、おそらく年下なんだろう。
二人ともタイプは違うものの非常に端正な顔をしているので、ついでに言うと音駒の黒尾君もイケメンの部類に入る男子生徒なので、段々この場にいるのが恥ずかしくなってきた。
しっかり化粧して、髪もセットして、服もちゃんと考えたものだったらまた話は別なのだが、如何せん、今の私はバンドTシャツにショーパン、サンダルという完全に部屋着スタイルだ。
髪だって簡単なポニーテールにしてるだけだし、一度帰宅している為見事にスッピンである。
化粧でガッツリ変わる顔では無いのでそこは多少救われるが、出来るものならイケメンと会う時は完全な装備で会いたいと思うのが女子というものではないだろうか。
「さぁ、俺達は戻りましょう。この合宿中にわざわざ逢い引きされる程の間柄のようですし、馬に蹴られてしまってはたまりません」
「......赤葦お前......やな奴だな......」
「え、音駒って馬居るの?すげーな!」
「.............」
切れ長の目をした黒髪の男子が顔色ひとつ変えずにさらりと冗談をかますと、黒尾君はひくりと口元を引き攣らせる。
そんな二人の会話にモノトーンの髪の男子が冗談なんだか本気なんだかよくわからないことを言い出したが、彼の言葉に反応する人は誰も居なかった。
「......ったく......学校にスマホ忘れたクラスメイトと話してただけで、逢い引きでも何でもねぇっての」
片手で首の後ろをかきながら、黒尾君は少し疲れたようにため息を吐いた。
「え、それヤバくね!?スマホ無いとめっちゃ不便じゃん!早く取りに行きなよ!」
黒尾君の言葉に真っ先に反応したのはモノトーン頭の彼で、慌てた様子で真っ暗な校舎へ促した。
心配して頂いて大変恐縮ですが、私の中ではもう忘れたスマホを取りに行くという選択肢はございません。
「いや、いいんです。明日にしようと思ってたんで」
「え、なんで?俺ら合宿やってっからたぶん学校ン中入れるぜ?」
「いや、大丈夫です。正直入りたくないんで、今日はもう帰ります」
「もしかして、怖いの?」
「はい。すごく」
素直に、そしてきっぱりと私はビビってます発言をすると、モノトーンの彼はその大きな金色の瞳を丸くした。
「じゃあ、俺が取ってきてやろうか?」
「えっ」
「いや、何言ってるんですか。他校ですし、木兎さんが入るのは普通にダメでしょう」
まさかの提案に一瞬心が踊るも、彼の隣いる黒髪男子にその提案はあっさり却下された。
え〜!と面白くなさそうな顔をする彼を見ながら、いくら何でも知り合いでも何でもない他校の人に私が忘れたスマホを取ってきてもらうなんて失礼極まりないなと思い直し、心の中でひっそりと反省する。ごめんなさい。
「だってあかーし、夜の学校とかちょっとテンション上がんねぇ?しかも夏だし、音駒の校舎とか入ったことねぇし、この子も困ってるし!」
モノトーンの彼が不服を申し立てるが、その内容にあ然とする。
え、そういうことなの?なんだ、じゃあそこまで反省することなかったな。
というかこの人、この状況を結構楽しんでやがる。
どうやら私とは相容れないタイプらしい。
「だからといって、他校生の俺らが校舎に勝手に入っていいことにはなりません」
あかーしと呼ばれた黒髪の男子は、根が真面目なのかキレッキレの正論をモノトーンの彼に叩きつける。
まぁ、普通に考えれば全くもってその通りだ。
やっぱりスマホは今日は諦めて、明日また取りに来
「まぁ、音駒の生徒が一緒であれば話はまた別ですが」
「ちょっと待った。お気遣いありがたいのですが、明日来るので本当に大丈夫です」
「.............」
モノトーンの彼を諌めるのかと思いきや、黒髪の彼が緩やかに話を方向転換させにきたので思わず口を挟んでしまった。
校舎には入りたくない意思を遠回しに伝えると、黒髪の彼はその切れ長の瞳を静かに私へ向ける。
「......ですが、スマホがないと色々不便でしょう?充電も切れてしまうかもしれませんし、誰かから連絡が来てもわからないじゃないですか」
「不便ですけど、連絡が遅れたって別に死ぬ訳でもないし、充電器もあるので問題ありません。明日にします」
「万が一、学校になければどこかで落としているのかもしれませんよ?早期発見できた方が、俺はいいんじゃないかと思いますが」
「.............」
ああ言えばこう言う、というような彼とのやり取りに思わず言葉を詰まらせた。
悔しいけど、向こうの言い分も最もだ。
確かにどこかに落としているのならそれはもうかなりの緊急事態だが、とにかく私はこの真っ暗な校舎に入りたくない。
「よし!そうと決まれば善は急げだ!黒尾、行くぞ!」
「......お前ら、もしかしなくとも肝試し気分だな?そうなんだな?」
「何言ってるんですか、困ってる人を助けるのは当たり前じゃないですか」
「......と、言うことですけど、御木川サン感想をドーゾ」
「.......梟谷さんは、とても紳士的な殿方なんだなと思います......」
「え!紳士的!?おお、あかーし聞いたか!?俺、紳士的って言われたの初めてだ!」
「それはよかったですね。十中八九、今のは皮肉かと思いますが」
気乗りのしない私達音駒組とは対照的に、梟谷組は何としてでも夜の校内へ入りたいらしい。
だけど、こればかりは本当に勘弁して欲しい。
怖いんだよ、すごく怖いんだよ。
「......もしアレなら俺が取ってくるけど、どーする?一人で待ってるのが嫌なら、海とか夜久とか呼んでくるけど」
「.............」
唯一の良心である黒尾君が、私の様子を気遣ってそんな提案をしてくれる。
夜の校舎に入らずにスマホが手に入れば、私からしたら願ったり叶ったりなことである。
だけど、そもそも私が忘れたスマホを人に取りに行かせるのは常識的にどうなのかという考えが頭をもたげる。
「.............」
ちらりと黒尾君達を窺うと、心配そうな顔をする黒尾くんとは対照的に、どこかわくわくしている梟谷の二人の姿が目に入り、反射的に舌打ちしてしまった。
私の中の怒りのボルテージが一気に上がっていく。
「チッ......いや、行く。私が忘れたんだし、そこまで黒尾君に迷惑掛けられない」
「いや、俺は全然構わねぇけど......え、今舌打ちした?」
「一人で行くの怖いんでこの人達に同伴お願いしていい?音駒の私が居れば連れて入っていいよね?」
「いやいや、俺も行くって。ていうか今、完全に舌打ちしたよね?」
「オイそこの、勝手な行動取ったら許さないからな。私を一人にしてみろ、私の生涯をかけて嫌がらせしてやるから覚悟しておけ」
「.............」
ギロリと梟谷の二人を睨むと、横にいる黒尾君は目を丸くして私を見る。
モノトーンの男子は少し戸惑うような様子を見せたが、黒髪の方は顔色ひとつ変えずにガンを飛ばしてくるばかりだ。
私多分、この人とは気が合わないわ。
ネコとフクロウの肝試し
(......ああ。完全に、恐怖が怒りに変わるタイプの人ですね。)