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デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
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ペイティングナイフを手に入れた黒尾君と木兎君が再び階段のシャッターの前に戻り、取り付けられた装置にナイフを嵌めると何かが動く音がした。
どうやら階段のシャッターが上がってくれたようで、これでようやくその場から移動できるようだ。
《よし、開いた!お前ら今何処にいる?》
「えー、と......そういえばここ、何処だろ?」
電話越しに聞こえる黒尾君の声に周りを見回すと、孤爪君が持つ懐中電灯の明かりは「図書室」と書かれたプレートを照らした。
どうやら先程少しだけ居た図書室の前に戻ってきたようだ。
そして、中央棟の一階に来たということは。
「図書室!やった、玄関直ぐそこじゃん!早く行こう!」
《待て待て待て。俺と木兎を置いてくなっての》
「え?二人なら自力で脱出できるでしょ?私達信じて待ってるから」
《おま、調子いいこと言いやがって......》
やっとゴールである中央玄関のすぐ側までたどり着き、ほっとしたのと嬉しいのとで少し浮かれてしまえば、電話の向こうの黒尾君は呆れた様子でため息を吐いた。
そんな黒尾君と私の会話に、孤爪君がスっと入ってくる。
「......クロ達が合流できそうなら待ってるけど」
《......とりあえず今移動してっから、ちょっとそこで待ってろ》
「.......えぇー......じゃあ走って来て......」
《えぇー?御木川さん知らないんですかァ?廊下は走っちゃいけないんデスヨ?》
「へ~、知らなかったですぅ。じゃ、二人とも玄関行こ玄関。こんなとこさっさとお暇しましょ」
《あー、わかったわかった。走りゃいいんだろ走りゃ!行くぞ木兎!》
黒尾君との阿呆な会話のラリーが終わり、木兎君の「おう!」という元気の良い返事が聞こえた後、電話の向こうの彼らが走り出すような物音が聞こえた。
「......木兎さん、万が一にも転ばないでくださいね。明日の練習に支障をきたしたら困ります」
《おお!任しとけ!》
「.......それ、フラグ......」
淡々としつつもどこか心配そうな赤葦君の言葉に木兎君はまた元気に返事をして、そんな二人に孤爪君がぼそりと不吉なことを呟いたけど、赤葦君はわざとなのか、本当に聞こえなかったのかはわからないが特に何の反応もしなかった。
スマホを片手に持ったまま少し頃合いを見てから、再び黒尾君に声を掛ける。
「黒尾君、どー?来れそう?」
《......おー、今渡り廊下渡って......お、ここ中央棟だな》
「マジで?やった!じゃあそのまま降りて来れば合流できるじゃん」
《まぁ、上手くいけばなァ......ハイ、階段降りマース》
どうやら意外と順調に此方へ近付いているようで、そこまで心配することでもなかったかなと少しだけ安堵していると、階段を降りる音が静まり、ちょっとした沈黙が続いた。
《.............》
「.......黒尾クーン、どうですかー?」
《うお、なんかすげぇ暗いな!なぁ黒尾、ここ何処?》
黒尾君を呼ぶと木兎君のよく通る声が聞こえる。
だけど、私達のいる中央棟の1階には彼の声は全く聞こえなかった。
《.......調理室と、被服室の前っつーことは......東棟の2階か......?》
「えぇ~?ちょっとどこまで行ってんの~?」
少し間を空けてから聞こえた黒尾君の言葉に、反射的に不満な声をあげてしまった。
中央棟の1階に来るはずだったのに、通り越して東棟の2階に行ってしまうなんて、この学校が奇妙奇天烈になっているとはわかってたけど、出口を目の前にしてお預けをくらっている感じだ。
《いや、これは仕方ないだろ......》
「そうだけどさぁ......やっぱ先行ってもいい?」
《そういえば、お前さっき木兎と結婚したいとか言ってなかったっけ?なのに木兎置いていくの?冷たいヤツだな~?》
「ん゛ッ......それは、その......それはそれ、これはこれだよ」
《マジかwウソだろw》
私のもだもだとした返答に、黒尾君が可笑しそうにふきだす。
いや、だって木兎君のことは本当に素敵な男性だなぁと思っているが、彼の為なら恐怖の空間なんて厭わない、とは、いかないのだ。
好きなものは好きだけど、怖いもんは怖い。
「.......でも、この時間勿体ないし......玄関向かいながら探索しようか」
「え?」
ぽつりと零した孤爪君の言葉に、一旦頭の中の文句が止まる。
目を丸くして彼を見ると、まるで猫のように僅かに首を傾けられた。
「......そうは言っても、鍵が無いと部屋には入れないんじゃないか?」
「うん。だから、さっきミケが自分の机の中で見つけた鍵が使えるとこ、近くにないかなって思って......」
「あ」
腰に手を当てた赤葦君の落ち着いた声に、孤爪君が淡々と答える。
二人のやりとりにハッとしてショーパンの後ろポケットを探ると、先程自分の机の中から出てきた謎の鍵が私の手の中におさまっていた。
「うわ、すっかり忘れてた......そうだったね、私鍵見つけてたね?」
「うん、だと思った」
男子トイレで黒尾君と木兎君が忽然と姿を消した時のショックが大きくて、本当にすっかり頭から抜け落ちていた。
改めて、この鍵はどこの鍵なんだろうと思いながらまじまじとそれを見ていれば、「ちょっと貸して」と孤爪君から声を掛けられて素直に鍵を渡す。
「......一応確認するけど、ミケはこの鍵に見覚えがないんだよね?」
「うん、全然ない」
「黒尾さんの鍵は確か、美術室のものでしたね」
「......これ、黒尾君の鍵とそっくりだったよ?もしかしてこれも、美術室のとか......?」
「......絶対無いとは言いきれないけど、こういう形状の鍵ってよくあるから、多分別のとこのなんじゃないかな......」
孤爪君が持つ銀色の鍵を見ながら、三人で顔を突き合わせて相談する。
とりあえず、黒尾君達を待つ間は私の鍵で開く教室がないか調べつつ、玄関の様子を確認しようということになった。
今一番近くにあるのは図書室だけど、そこは先程入室したのでその隣りの教室のプレートを確認すると......そこは、保健室だった。
「.......え、中に入るの絶対嫌ですけど」
「言うと思った。じゃあミケは廊下に居ていいよ」
「で、でも、ここは流石にヤバくない......?保健室だよ......?」
「うん。大丈夫」
保健室のプレートを見た瞬間、顔を顰める私とは対照的に孤爪君は心なしか少しワクワクしたような様子を見せる。
......この人、もしかして恐怖という感情が無いのかしらとうっすら孤爪君自身にも軽い恐怖を覚えていると、事態はより深刻さを増していく。
「じゃあ、俺も行きます」
「え゛ッ、なんで!?」
「流石に孤爪だけで入ってもらうのは気が引けるんで」
「いやいや、全員入らないという選択肢は!?」
「......うん、無いかな......」
「うッッそでしょ!?なんで!?」
慌てふためく私を他所に、二年セッターコンビは顔色ひとつ変えずに、むしろコイツうるさいなァみたいな雰囲気を醸しながら私との会話に応じる。
でも、だって、こんな訳わかんない状況で保健室に入るとか、普通ありえなくない?普通に怖いし、普通は避けない?
「落ち着いてください。そもそも御木川さんの見つけた鍵が保健室のものだったらの話です」
「あっ、そっか!そうだったね?じゃあ開かなかったら保健室入るのは無しね!」
「.............」
軽いため息を吐かれながらも赤葦君が寄越した言葉に思わずぱっと顔を明るくすると、孤爪君は若干面白くなさそうな顔を向けてきたがあえて気が付かないフリをした。
私のそれを知ってか知らずかはわからないけど、鍵を持った孤爪君はそのままゆっくりとした足取りで保健室のドアへと向かう。
その後に私と赤葦君が続き、スライド式の保健室のドアの前まで来ると、孤爪君は銀色の鍵を慎重に鍵穴に挿した。
ゆっくりとその手を右に傾けると......ガチャリ、と小さな金属音が廊下に響く。
「..............開いちゃうんかい......」
保健室のドアが解錠されてしまったことに堪らずガックリと肩を落とすと、孤爪君は「ごめんねミケ」と形だけの謝罪を口にしてから、なんの躊躇いもなくそのドアを開けた。
薄暗い室内に薬棚、ベッド、診察台にデスク等がぼんやりと見えて、その不気味さにぶるりと寒気が走った。
「.......俺と赤葦で調べるから、ミケはそこ動かなくていいよ。ドア押さえてて」
「.............」
完全に怖気付いた私を見て、孤爪君は続けてそんな言葉を寄越す。
本音を言うと孤爪君も赤葦君にもこんな不気味な所に入ってほしくないが、これまでのことを踏まえると多分、私が何を言ってもこのセッターコンビは聞いてくれないんだろう。
「..............電気、つけさして......」
結局、大きなため息を吐きながら負け惜しみに近い言葉を告げると、二人は私へ視線を向けてから「仰せのままに」とふざけた返答を口にするのだった。
▷▶︎▷
「ぱぱっと見てね!なるはやでね!」
「ハイハイ」
「二人ともいきなり消えないでね!絶対私の見えるとこに居てね!」
「ハイハイ」
「......メンヘラ......」
「赤葦君うるさい!!」
電気をつけた明るい保健室に入り、各々自由に探索する二人にひやひやとしながらも声を掛けていると、赤葦君の小さな文句が聞こえて思わず声を荒らげた。
だけど、先程の黒尾君と木兎君のことがあるのでなるべく離れたくないのだ。
でも、場所が場所なのでどうしても中に入る勇気が持てず、苦肉の策で開いたままのドアを押さえながら二人にちょいちょい声を掛けている。
それなのに、二年セッターコンビは至って普段どおりの様子で「あ、これ持ってっていいかな......」「......じゃあ、一応コレも持ってく?」等と言葉を交わしている。
なんでこんなおかしな状況でも普通のテンションで会話ができるんだと何度か二人に問い質すも、緩やかな塩対応をされるだけだった。
唯一、電話の向こうの黒尾君と木兎君の優しさが、心と目に沁みた。
「......ごめん孤爪......ちょっといいか?」
「うん、何か見つけた?」
もうとっとと終わらせて退室してくれないかなと願っていると、何か気になるものでもあったのか赤葦君が孤爪君を呼んだ。
もう、何でもいいから早くしてよと眉を下げて文句を寄越すと、今までは何かしらの塩対応を返してきたのに、赤葦君も孤爪君も黙ったまま何の反応もなかったので、途端に胸がざわりと騒ぐ。
「え、何?何かあった?」
「.............」
「ちょっと二人とも、大丈夫?そっち行った方がいい!?」
「.......アップルパイ」
「はい?」
私の位置からでは丁度二人が私に背を向けている状態で、二人が何を見つけたのか、どんな顔をしているのかが全くわからない状態だった。
二人が居るのは診察台の近くということだけは認識したものの、何も喋らない彼らに不安を覚えて声を大きくすると......孤爪君がぽつりと零した名詞があまりにも謎過ぎて、思わず聞き返してしまう。
「......診察台横のデスクの上に、ホールのアップルパイがある」
「......え?なんて?」
「......それに、“EAT ME”ってメモが付いてる」
「......え、なんて?」
「......受験生......」
「いやいや、意味はわかるよコレは!私を食べて、でしょ?でもなんでそんなもんが保健室にあんのって話!」
聞き直してもやっぱり「アップルパイ」だったようで、どう考えても保健室にあるようなものではないそれに顔を曇らせていれば、赤葦君から失礼なことを言われたので少し腹を立てながら直ぐに応戦した。
でも、誰も居ない夜の保健室にホールのアップルパイがあるとか、しかも“EAT ME”なんて書いてあるとか、おぞましい以外どんな言葉が当てはまると言うのか。
「.......食べたら、大きくなるのかな?それとも体力回復するとか?」
「正気か?絶対やめて?」
「それだけは絶対やめてくれ」
思考回路が恐怖と混乱で大パニックする中、アップルパイを眺めながら静かに零した孤爪君の言葉に対し、反射的に私と赤葦君の声が綺麗に重なる。
そんな私達の様子に、孤爪君は「.......冗談だよ。流石に食べる勇気は無いから......」と至極愉しそうに笑うのだった。
背骨で脳で、心臓の悪ふざけ
(孤爪が言うと、冗談に聞こえないんだよ......)