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デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
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二人が忽然と消えてしまった男子トイレの中で、私も孤爪君も赤葦君も何も喋らないまま、視線すら合わせないまま呆然としていると......ふいに、私のショーパンの後ろポケットにしまっているスマホが着信を知らせた。
「ぅひゃアッ!?」
「!!」
お尻辺りで震えるそれに思わず間抜けな悲鳴を上げると、孤爪君と赤葦君がハッとした顔をこちらへ向ける。
「ネットが生きてる......?ミケ、直ぐに出ないで、相手確認して」
「え、あ、うん......!」
孤爪君の落ち着いた声に、私も何とか平常を保とうと深呼吸しながらおずおずとスマホを取り出す。
震動が続くそれの画面を見ると、どうやら電話を掛けられているらしく、そこには“孤爪研磨”という登録したばかりの新しい名前が表示されていた。
「え、え?孤爪君?でも、ここに居るのに?」
「御木川さん、少し落ち着いてください。さっき黒尾さんに孤爪のスマホ、貸してたでしょう?」
「......あ、そっか......」
表示されていた名前におたおたとスマホと孤爪君を交互に見れば、隣りに来た赤葦君が呆れた顔をして溜め息を吐く。
こんな時まで塩対応しなくてもいいじゃんという文句が出かかったものの、もしかしたらこれは黒尾君からの電話なのではと思い直し、慌ててスマホに視線を戻した。
「でっ、出た方がいい?出ない方がいい?」
「.......とりあえず、出てみる......?」
「わ、わかった!赤葦君、ハイ!」
「は?......いや、何でですか」
最早この3人のリーダーみたいになっている孤爪君に確認してから、震えるスマホを赤葦君へ差し出すと、赤葦君は怪訝そうな顔を向ける。
「だ、だってもしこれで黒尾君からじゃなかったら怖いし!あと、ほら、木兎君のことも心配でしょ?」
「.............」
私の必死の言葉に対し、赤葦君は更に機嫌の悪そうな顔をして、前に居る私を射殺すような鋭い視線を送る。
それでも、自分が電話に出る勇気なんてさらさら無いので、「.......ゴメンナサイ。トテモ怖イノデ、代ワリニ電話ニ出テ頂ケナイデショウカ?」と非常に小さな声で、そして早口で懇願しながらスマホを差し出し頭を下げる。
「.............」
頭の上から大きな溜め息が聞こえた後、両手で握っていた絶賛震動中のスマホがふっと宙に浮く。
私の手から離れたスマホに堪らず顔を上げると、赤葦君は手にしたスマホの画面を親指でスライドさせ、躊躇いもなく通話に応じた。
「.......はい、どちら様でしょうか?」
《ッ、その声赤葦か!?黒尾だけど、お前ら今どこに居る!?》
「!」
赤葦君はどうやらスピーカーにしてくれたようで、電話の向こうの声を孤爪君や私もはっきりと聞くことが出来た。
慌てた様子であったものの、耳馴染みのある黒尾君の声が聞こえて思わずほっと息をつく。
「......どこって、さっきの男子トイレですよ。黒尾さん達こそ、どこにいるんです?」
《いや、俺らも便所の前に居ますけど?つーかお前、出るのおっせぇよ!ヒヤヒヤすんだろが!》
「いや、文句は御木川さんに言ってください。怖くて出たくないって渋ってて、結局俺が押し付けられたんで」
「どーもすみませんでした!」
黒尾君の文句に赤葦君は表情一つ変えずにしれっと毒を盛り、その矛先が明らかに私だった為半ば投げやりに謝るも、赤葦君はちらりとこちらを一瞥するだけで特に何の返答もなく黒尾君からの電話に応じた。
「......多分、黒尾さん達が移動してると思いますよ。近くに何があるか、確認してもらってもいいですか?」
《マジか...わかった、ちょっと待ってろ。木兎、周り照らして》
赤葦君の言葉に、黒尾君は苦い声を出しつつも明かりを持っている木兎君へ指示を出す。
二人が状況確認している間、赤葦君はちらりと孤爪君に目配せした。
「.......孤爪に代わります。木兎さんのこと、宜しくお願いしますね」
そう言うと、私のスマホを孤爪君に渡し、赤葦君は「一旦、廊下に出ませんか?」と私と孤爪君を外へ促す。
うっかりしてたけど、ずっと男子トイレの中に居るのもたしかに嫌だ。
私がさっさと廊下へ出ると、二人も続いてトイレから出て来て、廊下の窓際へ集まった。
「.......クロ、どこかわかった?」
《......あー......今居るの、美術室の方だわ......だから、西棟?》
「......うん、西棟の......1階だね。フフ、まるで瞬間移動だ」
《何楽しそうにしてんの......つーか、お前らも無事なんだよな?怪我とか......そういやミケの腕、大丈夫か?》
黒尾君からの情報に、賢い孤爪君は直ぐに彼らの現在位置を確認する。
そして自分のポケットから赤葦君へ校内案内図を渡したところで、話の矛先は急に私へと移った。
孤爪君は静かに私を一瞥してから、スマホを私の方へおもむろに向ける。
「もしもし黒尾君?大丈夫だよ~!」
孤爪君の方へ少しだけ身を寄せて、さして問題ないことを告げると「おー、よかった」と直ぐに応答が来た。
《でも、あんま無理すんじゃないよ?研磨も赤葦も殴っちゃダメだからな?》
「大丈夫。殴りたくなるようなことされなきゃ、殴んないよ」
「......あの、そこは普通に“殴らない”でいいんじゃないですか?」
「.............」
黒尾君の言葉に素直な返答をすると、隣に居る赤葦君と孤爪君が至極嫌そうな顔をこちらへ向けた。
理由のない暴力はしないんだから別にいいじゃんと述べると、二人は更に無言になり、対照的に電話の向こうの黒尾君が可笑しそうにけらけらと笑い声を響かせる。
《そういやさ!ミケちゃんから借りた延長コード、いきなり切れたんだけどアレ何なの?》
「!」
ここで今まで聞こえてなかった木兎君の声が聞こえ、変わらず元気そうな様子に少しほっとしたものの、その内容に全員が言葉を詰まらせた。
一応、切れた延長コードの半分は私が持っている。その断面を改めて確認するも、やはりどう見ても自然に切れた切り口ではなかった。
「.......一応聞くけど、クロ達が切った訳では無いんだよね?」
少し間を置いた後、孤爪君の質問に電話越しの黒尾君は「当たり前だろ」と予想通りの言葉を返した。
《俺らに何のメリットもねぇし、そもそも俺も木兎も刃物なんか持ってねぇよ》
「......だよね......」
《......つーか、俺らはむしろソッチのイタズラかと思ってたんだけど......なんか俺らが移動してるし、これはいよいよあちらさんが本気出してきたかァ......?》
「っ、あ、あちらさんて誰!?敵!?」
《おお!敵か!!》
「ミケ、うるさい......」
《木兎うるせぇ》
孤爪君と黒尾君の会話に思わず動揺してしまえば、私にノッてくれた木兎君共々怒られてしまった。
......うるさかったかもしれないけど、だって怖いんだもん。
「......とりあえず、渡り廊下で合流しようか......そっちが普通に階段上がれればの話だけど」
《お前はなんでそういうフラグを立てるかな......》
私と木兎君を黙らせた音駒の幼なじみコンビは、まるでお互いの家でゲームの相談でもするかのような口振りで至って普通に会話していた。
二人の会話を聞きながら、黒尾君達が階段の方へ移動するのを音声のみで察していると、ふいに木兎君の驚いた声が聞こえ、たまらずビクリと肩を揺らした。
《おあー!?黒尾!大変だ!》
「!?」
《あ?何だよ.......うっわ、ウソだろ......》
「.......どうしたの?」
木兎君の声に続き、今度は黒尾君の呆れたような、それでいて少し怒っているような声が聞こえる。
明らかに機嫌が斜めになった電話相手に対し、孤爪君は特に気にする素振りも見せず、淡々と状況を尋ねた。
さすが幼なじみ、 勝手知ったる何とやらってやつだろう。
《.......階段に、防火シャッターが降りてやがる...見た感じ鍵で開けるとかじゃなさそうだ......》
「......それは、困ったね......」
大きなため息の後、普段より幾分か低い声で話すその内容に、孤爪君は顔色ひとつ変えず、静かに一度頷いた。
孤爪君も赤葦君も何だか落ち着いているけど、階段にシャッターが降りているのは大問題だし、そもそも鍵で開かないのなら一体何で開けるんだという話である。
「ねぇ、そのシャッターって何か付いてないの?例えば、変なボタンとか、何かのカードとか指紋やらの認証パネルとか」
《......流石にそれは、公立の高校では難しいんでない?》
無い知恵を絞り、映画とかバラエティ番組とかゲームとかだとそういう展開も有り得るのではとつい提言してみたが、黒尾君からは何とも微妙な反応しか返ってこない。
そんなの今更じゃない?とは思いつつ、現実的に考えればやっぱりこの音駒高校にそんな予算は無いよなぁと考えていれば......
《.......あったわ。このシャッター、何か変なもん付いてる》
「!!」
黒尾君のまさかの一言に、思わず孤爪君と赤葦君、私の視線が繋がる。
その後すぐに木兎君の楽しそうな声が聞こえた。
《あ!これアレじゃね!?この窪みにピッタリハマる道具、探すんじゃね!?》
《.......あー......成程......だから美術室か......》
「どんな形なの?その窪みって......」
《......多分、ペインティングナイフだな。違う形のを三本、それぞれ探してここに嵌めろってことっぽい》
「え!ナイフ!?危なくない?」
「......ペインティングナイフは画材道具なので、ほとんどの物は先端が丸くなってます。そこまで危険性は無いと思いますが」
耳馴染みのない道具の名前にそんなの探して大丈夫なのかと動揺してしまうと、赤葦君が補足説明を付けてくれた。
どうやらそこまで危険な物ではないことがわかり、ほっと息をつく。
「そうなんだ?私、選択音楽だから、美術の道具とか全然わかんないんだよね」
「......そうですか。俺も選択は書道ですが、それくらい一般常識だと思ってました」
「......えぇ~?絶対雑学だって。知らなくても別に生きてけるし。ウンチクひけらかすのやめてもらっていいですか?」
「......どういう物かわかってなさそうだったので、説明しただけです。余計な事でしたね、すみませんでした」
「......ねぇ、そういうの面倒だから今はやめて......」
「.............」
相変わらずの赤葦君の塩対応に少しカチンときていると、心底面倒くさそうな顔をした孤爪君がジロリとこちらを睨んできたので、仕方なく口を閉じて赤葦君から視線を外した。
《ブヒャヒャw研磨君頑張って~w》
「クロうざい......」
《あかーしケンカはダメだぞ~!》
「.......別にしてません」
それぞれの主将から各々お言葉を頂戴した二人は、とても嫌そうな顔をしながら覇気のない声で返答する。
なんか、兄弟みたいだなとうっかり呑気なことを思っていると、電話の向こうの黒尾君が話を先に進めた。
《とりあえず、俺らは一旦美術室向かうな》
「......二人の鍵のどっちか、使えるといいね」
今の孤爪君の言葉に一瞬首を傾げたが、そういえば三年五組の教室で黒尾君は自分の机の中から鍵を見つけていて、木兎君は技術室の引き出しから別の鍵を見つけていたことを思い出した。
それのどっちかが美術室の鍵なら、もし施錠されていたとしても簡単に入ることが出来る。
《電話、このまましとく?それとも1回切った方がいいか?》
「......んー......でも、次も繋がる保証ないし......このまま通話にしといた方がいいかな......」
《わかった。じゃあ研磨、暫くお前のスマホ借りるな》
「うん......そう言えば、ちゃんと手、洗ったんだよね......?」
《洗いましたぁ。石鹸でゴシゴシ洗ってから使用しておりますぅ》
真面目な話からいきなりそんな面白い話に変わり、可笑しさに負けて思わず小さくふきだすと、孤爪君がちらりと瞳だけこちらに寄越した。
「......ミケのスマホ、しばらく借りててもいい?」
「え?あ、うん。いいよ~」
律儀に確認してくれる孤爪君に笑って快諾すると、孤爪君は「ありがと」と軽いお礼を述べて、ほんの少しだけ口角を上げた。
《じゃあ、ちょっくら美術室行ってくる。お前らはそこに居る感じか?》
「......うん、そうだね......」
黒尾君の言葉に、孤爪君が小さく頷いた、矢先。
どこかで聞いた、金属同士が擦れ合うような、キィキィとした独特の音がすぐ近くで聞こえ、三人揃ってハッと顔を上げる。
この音、知ってる。あれだ、シャッターの下がる音!
ピンと来たのは私だけじゃないようで、赤葦君も孤爪君も一体どこのシャッターが降りてきてるのか確認するように辺りを見回し、懐中電灯の明かりを暗い廊下に向けた。
音の正体はやっぱりシャッターだったようで、どうやらまた、階段の防火シャッターがゆっくりと下がっているらしいことがわかった。
「.......動かないで、待ってようと思ったけど......ちょっと状況が変わった......」
「......階段使えなくなるのは、やっぱり痛いよな......」
「でも、ワナとかじゃない?大丈夫......?」
今回はシャッターの下がるスピードが緩やかで、尚且つ今は階段の近くに居るため、前回のようにすぐに走る必要もなく、その場で少しだけ相談する余裕がある。
甲高い金属音を立ててゆっくりと降りてくるシャッターを見ながら、不安いっぱいにそう零せば、孤爪君は小さく息を吐いた。
「......それは、わかんないけど......でも、シャッター下がってくの、ここでずっと見てるのも嫌じゃない?」
「..............やだ......」
孤爪君の言葉に、眉を下げながらも渋々頷く。
私の気持ちを汲んでくれたのか、孤爪君は私の背中を一回ポンと軽く叩き、「......頑張れ」ととても小さな声でエールを贈ってくれた。
孤爪君からそんな事をされたら、もう観念するしかないだろう。
《......研磨。絶対無理はすんなよ?》
「......うん。クロもね......」
幼なじみ同士、そんな短いやり取りの後、孤爪君は私と赤葦君の顔をちらりと見てから「......じゃあ、行こうか」と至極落ち着いた声で促す。
恐怖にザワつく胸の内を深呼吸で無理やり鎮めてから、先に進む二人の背中をゆっくりと追うのだった。
進退は疑うなかれ
(そうは言っても、立ち止まる時間すら与えてくれないなんて。)