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デフォルト:御木川 鈴(みけがわ すず)音駒高校三年五組在籍。軽音楽部所属。
自他ともに認める怖がりだが赤葦いわく、恐怖が怒り(物理)に変わるタイプ。
最近の悩み:「オバケをやつけられるようにパワー5になりたい!」
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1階まで降りて、一先ず右手の教室のプレートを確認する。
そこが「技術室」だったことに、思わずほっとしてしまった。技術室は元々ここにある教室だからだ。
教室の配置が変わってないことを梟谷の二人に話してから、黒尾君は技術室のドアに手をかける。
残念ながらドアは施錠されていて、その隣りの準備室も固く閉ざされていた。
ここなら六角レンチもあるだろうと思っていたのに、部屋の中に入れないのであれば別の方法を探すしかない。
ここの階の他の教室でどこか入れるところはないか探そうとしたところで、赤葦君が「あの、」と声を掛けた。
全員の視線が彼に集まると、赤葦君はその綺麗な指を技術室のドアの上に向ける。
「上の小窓、開いてませんか?」
「え?」
彼の言葉にもう一度技術室に視線を寄越し、ドアの上についている小窓を確認すると、確かに少しだけ開いているように見えた。
試しに背の高い黒尾君が背伸びをして小窓を指先で触ると、施錠されていないそれはするりと横にスライドする。
「おお、開いた!ヨシ、黒尾!そこから入ってカギ開けてくれ!」
「......そうしたいのも山々だが、俺の図体がこのちっさい窓に入らないんだなァ?」
上の小窓が開いたことにパッと顔を明るくさせた木兎君だったが、黒尾君にしみじみと論破されてぐっと口を噤んだ。
しかし直ぐに視点を変えて、今度は同じ音駒の孤爪君に話の焦点を当てる。
「じゃあ孤爪、」
「イヤデス」
「えー!じゃあミケちゃん?」
「御殴りしても宜しいデスカ」
「だって!ここ入れるのってもう孤爪かミケちゃんしか居ないじゃん!俺もあかーしも無理だし!」
孤爪君からは早々に足蹴にされ、その後まさかの私に飛び火してきたので割りと本気で拳を構えた。
私と孤爪君からの拒絶に、木兎君は面白くなさそうに喚く。
まぁ、確かにここの小窓から技術室へ入るなら私か孤爪君しか無理だろう。
黒尾君も木兎君も赤葦君も身体付きが本当に同じ高校生なのかと思うくらいしっかりしてるから、きっと途中で挟まってしまうに違いない。
そんな想像をしてみたら思った以上に可笑しくて、ふきだしそうになるのを咳払いで必死に隠した。
「つーか、一人で教室入るのはめちゃめちゃ危険だろ。ソイツだけどっか別の場所に行く可能性だってあるし」
「そうだそうだ~、今誰かがはぐれるのは危険極まりないよ」
「えぇ~......まぁ、そうだけどさぁ......折角ここの部屋に入れる方法があるのに、それ使わないのってなんか勿体なくね?」
黒尾君の発言に私が乗っかると、木兎君は腕組みをしながら不服そうに眉を寄せる。
「ゲーム感覚か」と黒尾君がツッコミを入れた矢先、赤葦君がパッと私に視線を寄せる。
何だろうと思って視線を重ねると、赤葦君は今度は私を指さした。
「そういえば御木川さん、いいモノ持ってるじゃないですか」
「え?」
相変わらず表情筋が死んでる赤葦君がそれと指したモノは、駅伝選手のタスキのように身体に巻き付けている延長コードだった。
「命綱みたいに繋いで中に入れば、はぐれ防止になるんじゃないですか?」
「......えぇ~?私がやるの?というか、まず窓まで届かないし......」
「あ、じゃあ俺担いであげる!背中踏み台にしてもいいよ!」
「......えぇー......やだ......入りたくない......」
赤葦君の提案にすっかり難色を示すも、木兎君は顔を輝かせてゴリ押ししようとしてくる。
それにも嫌だと首を振れば、梟谷の二人は不服そうな顔を向けた。
だって、こんな真っ暗な技術室に一人で先に入るなんて、普通に怖いじゃないか。
「わかった!じゃあジャンケンしよ!俺が負けたら諦めるから!」
「いや、どれだけ拘るのココに。別に入らなくてもいいじゃん。......あと、するならするで孤爪君も含んだジャンケンでお願いしたい」
「え......」
木兎君のジャンケン発言に露骨に顔を顰めながらも孤爪君を巻き込むと、孤爪君は静かに嫌がる素振りを見せた。
でも、私にとっては勝率が上がる方が絶対にいい。木兎君と2人だったら2分の1の確率だけど、孤爪君が居たら3分の1になる。
それに、木兎君にとっては私か孤爪君が負ければここの鍵を開けられる訳だから、何としても孤爪君を引き入れたいだろう。
「うん、わかった!じゃあ孤爪もジャンケンな!」
「.............」
木兎君はあっけらかんとした調子で孤爪君を引き込み、静かに嫌がる彼の腕を引いて私の近くへ来た。
木兎君に腕を掴まれたままの孤爪君から無言の圧力を確かに感じたが、わざとそっぽを向いて気付かないフリをする。
人間誰しも、最終的には我が身が一番大事なのだ。
それだから、今は赤葦君も黒尾君も我関せずといった素振りを見せているのである。
「ハイ、せーの!さーいしょーはグー!ジャーンケーンポンっ!」
元気のいい木兎君が音頭を取り、半ば流される形でジャンケンが執行される。
結果、木兎君と孤爪君がチョキを出し、私だけがパーを出した。
「あ、ヨッシャ勝った!ヘイヘイヘーイ!」
「.......これ、勝ち抜けだよね」
「.......うそぉ......」
自分の手の平を見ながら、たまらず悲観に暮れる。
1回のジャンケンで負けるとか、私どれだけジャンケン弱いの。
否、もしかしたら私だけ打算的だったことが裏目に出たのかもしれない。
こういうのは純粋無垢な気持ちでやった方が運気を引き寄せやすいと何かの本で読んだ気がする。
......うわぁー......マジかぁ......やだなぁ......グー出せばよかった......。
「ミケ、無理して入ることはねぇよ」
「.............」
パーを出したことに打ちひしがれていると、私の隣りに来た黒尾君がぼそりとそんな耳打ちをしてきた。
低くて甘いソレに相変わらずイイ声だなぁと明後日なことを思いながらも、一度大きく息を吐く。
黒尾君は、見た目は少し迫力があるけど、その実本当に優しくて友達思いのナイスガイだ。
きっと私がここで嫌がったら、他の人達を論破して今の勝負を無効にしてくれるんだろう。
......だけど、それじゃあ私に無理やり引き込まれた孤爪君があんまりじゃないかとも思う。
もし今の勝負で孤爪君が負けたら、彼が中に入ることになっていたのだから。
「.......ううん、大丈夫。負けは負けだし」
「.............」
「ありがとうね」
一瞬気持ちがぐらついたが、結局黒尾君の申し出を断り腹を括ることに決めた。
身体に巻き付けてる延長コードを解き、自分の腰にしっかり結んでから先っぽを誰に持たせようかと少し思案する。
「.......よし、きみに決めた!」
「え」
音駒コンビと梟谷コンビをちらりと見て、選んだのは先程ジャンケンをした孤爪君だ。
孤爪君にとってはどうやら予想外だったらしく、珍しく驚きと戸惑いの表情を露わにしていたが、私が半ば無理やり延長コードの先っぽを押し付ける。
「じゃあ、ちゃんと持っててね。離したら、絶対に許さないからな」
「ちょ、っと......なんで俺なの......」
狼狽える孤爪君を完全にスルーして、私は技術室のドアの上の小窓へ近付いた。
どうやって登ろうかなと考えていれば、直ぐに木兎君が隣りに来て「抱っこしようか?それとも肩車がいい?」とまるで小さな子供相手にするような問い掛けをしてくる。
中に入れることが嬉しいのか、はたまた先程のジャンケンに勝ったことが嬉しいのかはわからないが、とても楽しそうな様子の木兎君に若干イラッとしながらも、彼の手助けが無ければここを登ることは難しそうなので舌打ちしそうになるのを何とか耐える。
「......馬跳びする時みたいに前傾姿勢になってもらっていい?背中に立たせてもらいたい。ちゃんと上履き脱ぐんで」
「りょーかい!」
私の言葉に木兎君は快諾してくれて、膝に手を当て頭を落とし、綺麗な前傾姿勢を取ってくれた。
それでもだいぶ高さがあるので本当に背が高い人だなと改めて思いつつ、上履きを脱ぎながら「失礼します」と断りを入れ、木兎君の大きな背中にゆっくりと乗っかる。
スポーツマンらしい、筋肉質な広い背中は驚く程安定感抜群で、思った以上に楽に立つことができた。
「ごめんね、痛くない?あ、重い発言は私のいないところでしてクダサイ」
「全然!ミケちゃん超軽いよ!」
「木兎君結婚して~」
「......ねぇ、それ本気にしていいの?」
「おいコラ!そこで馬鹿やってんな!落ちんぞ!」
「木兎さんも御木川さんも後にしてください」
足元に居る木兎君の男前な発言にうっかりときめいてしまうと、転倒防止で私達の側へ来た黒尾君と赤葦君から少し怒られた。
受験生が不用意に落ちるとか言わないでよねと思いながらも、黒尾君の心配そうな顔を見れば文句は自然と引っ込む。
続けて孤爪君が困惑しつつもしっかり延長コードの先っぽを掴んでいることを確認してから、私は技術室の上の小窓に両手を掛けて木兎君の背中から勢いをつけて足を離した。
その際にちらりと室内の様子を見れば、明かりの点いていない薄暗い技術室がぼんやりと見える。
暗い所で見る工具机や機械には何処と無く不気味さを感じられ、小さく「うげぇ......」と声を漏らしながらも中に入る為の体勢と心を整えた。
長々見ていれば怖さが倍増しそうだし、嫌なものはとっとと終わらせた方がいい。
意を決して上半身を窓の中へ入れて、あとは鉄棒の要領でぐるりと前転する。
小窓の上部に踵をぶつけないように気を付けながらゆっくりと回り、無事に両足で着地した。
素足に感じる床の冷たさにギクリとしつつ、急いでドアの解錠に掛かる。
「ミケちゃん大丈夫ー!?怪我してないー!?」
「余裕!今開けるー!」
教室の外から聞こえる木兎君の大きな声に返答しながら、鍵を開けて勢いよくドアを押した。
「ギャン!!」
「あ」
恐怖と焦りが相まって慌ててドアを開けたのが災いし、ドアの前に立っていた木兎君に思い切りドアをぶつけてしまった。
技術室のドアはスライド式でなく前後に開くタイプの為、前方不注意で開けてしまうと危ない代物であったのに、軽いパニック状態になっていたのですっかり忘れてしまっていたのだ。
「イッテェ......!」
「ご、ごめん!!大丈夫!?怖くて慌てて開けちゃった......!」
おそらくドアがぶつかったのだろう顔をおさえて痛がる木兎君に慌てて謝ると、涙に潤んだ金色の瞳がゆっくりと重なる。
「痛いけど大丈夫!開けてくれてありがと!あ、あと、ミケちゃんめっちゃ身軽な!運動神経バツグンでしょ!」
「!」
木兎君は涙目ながらもニッと笑い、上出来だ!とでも言うようにその大きな手で私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
まるで動物か何かを相手にしているような豪快な手付きに眉を寄せるものの、満面の笑顔で真っ直ぐに褒められるのは案外気分が良い。それに、少し頑張ってやったことだから尚更嬉しい。
「.......うぬん......」
木兎君の手が離れ、ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整えながら照れくさい気持ちと嬉しい気持ちの間で揺れていると、「......ねぇ」と温度の低い声が掛かり、反射的にパッとそちらへ顔を向けた。
「コレ、もう離していいよね」
私に声を掛けたのは孤爪君で、コレと称されたのは先程まで命綱であった延長コードだ。
うっかりしてた、私の腰にはいまだ延長コードが巻かれたままだ。
「あ、ごめん!もう大丈夫、ありがとう」
「.............」
ひとまず孤爪君に詫びを入れ、彼から延長コードを回収しようと手を伸ばした矢先、「......あぁ、」と何かを思い出したような声が聞こえる。
思わず私と孤爪君が視線をそちらへ寄越すと、声をもらした赤葦君は淡々とした様子で私と孤爪君の双方を見てから、言葉を続けた。
「.......いや、あの、なんか見覚えのある光景だなぁと思ったら......アレでした、大道芸の猿まわし」
「.............」
赤葦君の失礼極まりない発言に言葉を失う私とは対照的に、孤爪君は思わずといった感じで隣りでふきだした。
それどころか孤爪君を筆頭に、黒尾君や木兎君までケラケラと笑い始める。
「赤葦お前!ミケだって女子だぞ!失礼デスヨ!w」
「そーだそーだ!言われたらもうソレにしか見えねぇだろうが!w」
「すんません」
「.............」
豪快に笑う黒尾君と木兎君のフォローなんだか煽ってんのかよくわからない言葉に、私の拙い堪忍袋の緒が切れるのにそう時間は掛からなかった。
叩くなら、折れるまで。
(お前さてはおいかークンのファンだな!?)