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人生万事塞翁が馬。いや、この場合は青天の霹靂の方がしっくりくるかもしれない。
高校時代、一定の期間少し変わった付き合いをしていた男子生徒、佐久早君から何年か振りに突然連絡がきた。
最初は誰かと間違えて送ってしまってるのではと思い、怖々とそう返信するも「城崎で合ってる」と相変わらず淡々とした返事が返ってきたので本当に驚いた。
至極久し振りの連絡にも関わらず他愛のない世間話なんかは一切なく、「今度の試合観に来い」とだけ言われ、試合の日程や詳細が載ったURLが一緒に送られてくる。
私自身都内住みであるので、試合会場が都内であることに少しほっとしたものの、一体なぜ佐久早君がこんなことを言い出したのかがわからず驚きと不安の念に駆られるばかりだ。
勇気を出して「いきなりどうしたの?」と聞いてみるも、「来られない時だけ連絡しろ」とのみ返ってきただけで、その後は既読はつくものの一切返事をくれなかった。
佐久早君とは高校三年間、不思議なことに毎年同じクラスだった。
私が通っていた井闥山学院高校は高校バレーボール界の強豪校らしく、佐久早君は一年生にしてそのバレー部のレギュラーを担い、全国優勝を成し遂げた選手だ。
全国区でも一目を置かれたようで、二年生ですでに『関東のサクサ』とウワサされる程の凄い人だったらしい。
そんな立派な肩書きに併せ、佐久早君自身も端正な顔立ちをしていてスラリと背も高く、学校内で佐久早君を知らない生徒は居ないのではと話される程の超有名人だったのだ。
そんな佐久早君とクラスメイトであるだけの私がどうして連絡先を交換しているのかと聞かれれば、早い話が完全に長い物に巻かれてしまって、としか言い様がない。
高校二年の秋。文化祭の打ち上げを教室でやっていて、ふとした時に佐久早君と話す機会があった。
何事にも几帳面で常に清潔であることを第一に考えている佐久早君から、制服のシャツがいつも綺麗であることを褒められたのだ。
まさかそんな所を見られているとは露ほども思ってなかったので酷く驚いたものの、実家がクリーニング屋を営んでおりアイロン掛けには少し力を入れていたので、佐久早君の言葉は素直に嬉しかったのを覚えている。
そのままアイロン掛けの話になり、ついつい話に熱中してしまうとクラスの男子が私と佐久早君へ冷やかしの言葉を述べた。
途端にクラス中がわっと盛り上がり、何故か付き合うか否かの選択を迫られてしまい、普通に話をしていただけでそういう話はしていないと伝えるものの、完全に面白がっているクラスメイト達は聞く耳を持ってくれない。
私の言葉じゃどうにもならないので申し訳ないけど佐久早君に任せようと項垂れていれば、事態は思わぬ展開を見せた。
「うるせぇ。仮に付き合ったとしてもお前ら全員部外者だろ」
佐久早君にとっては特に深い意味の無い発言だったと思う。だけど、その言葉を肯定的な意見だと捉えた周りは一斉に熱を帯び、本人達だけを置き去りにしてカップル成立の音頭をとられてしまった。
その日を境にクラス公認のカップルとして扱われ、何かと二人で作業をやらされることが多くなった。
佐久早君は否定するのも面倒なのか、ウンザリした顔をして無言か無視を貫くばかりで否定的な言葉を述べない。
私も最初はやめてほしいと否定していたものの、ほとぼりが冷めるまではどうにもならないことを段々理解して、結局一定の期間だけ佐久早君と一緒に居るようになった。一応、佐久早君の恋人として。
だけど、そんな張りぼてのお付き合いであるから勿論お互い告白することはないし、話すのもうちのクリーニングの話や佐久早君の部活の話、清潔をテーマにしたお互いの主張などを討論するだけでカップルらしい話は一切したことがない。
デートも行かない、一緒に帰ることもない。ただ、周りがお膳立てしてきた時にだけ二人でそんな話をしながら何かをする。
甘い話も浮いた話も何一つない私達の関係に対して、周りの温度も徐々に平熱へ戻っていき、最終学年になる頃には二人って一時期付き合ってたよね、と勝手に閉幕宣言されていた。
学年が上がりクラス編成もされ、だけど相変わらず佐久早君とは同じクラスだったもののその頃にはもう私と佐久早君を二人にしようなんて考える人は誰も居なくなっていて、必然的に私と佐久早君の話す機会も減り、そのまま高校卒業の日を迎えるまで自然淘汰という形で佐久早君との奇妙な関係は幕を閉じたのだ。
高校卒業後、私は都内の大学へ進学し、佐久早君と会うことはずっとなかった。
そんな流れを経て今年の春に社会人になり、勤め先のホテルの近くに一人暮らしをしつつそのホテルのクリーニング作業全般の仕事に就いている。ちなみに実家のクリーニング屋の方は兄が継ぐことになったので、今は両親と兄夫婦が一緒に暮らしている状態だ。
新米ながらもクリーニング屋の娘であるプライドを心に灯しつつ、日々奮闘しながら仕事に勤しんでいた私に、佐久早君は本当に突然そんな連絡を寄越してきた。
プロのバレーボール選手になったらしいと高校の友達から聞いてはいたが、まさか本人から「試合を観に来い」と言われるとは考えてもみなかったので、改めて本当に凄い人と同じ高校、同じクラスだったんだなと思わず驚嘆してしまう。
いきなりどうして私に連絡をくれたのだろうと不思議に思うが、もしかしたら試合のチケットが余ってしまっていて、佐久早君の知り合い全員に片っ端から当たってるのかもしれないと考えつき、自分の中で納得する。
試合の日程は休日であるが、入社して今日まで希望休を一度も取っていないし、一度お伺いを立ててみても悪い顔はされないのでは無いだろうか。
「......MSBYブラックジャッカル......大阪のチームってことは、佐久早君今大阪に住んでるのかな?」
佐久早君の所属するチーム情報を見て、もしそうならこんなことはもう二度とないだろうと確信する。
だったら、折角だしバレーボールの試合を観に行ってみようか。
来られない時だけ連絡しろとのことなので、私は何も返信しないままバレーボールの試合のチケットの買い方をネットで調べ始めるのだった。
▷▶︎▷
試合当日。縦にも横にも広い試合会場と驚く程沢山ついている照明のキラキラとした光に興奮しつつ試合開始時間まで指定席で待っていると、膝の上に置いたスマホが振動した。
確認すると、どうやら佐久早君からだったようで「来てるよな?」と若干威圧的な言葉が送られてきた。
相変わらずな口振りに少し笑いながら「来ました。頑張ってね」とだけ返すと、「試合終わったら下降りて来い。コートのエンドライン沿い、非常灯の前に居ろ」と直ぐに返事が来る。
試合前なのにスマホを弄っていていいのかなと思う反面、返ってきた内容に驚いて思わず何度か読み直してしまった。
てっきり試合を見て帰るだけかと思ってたのに、これってまさか会って話しをしようとかそういう感じだろうか?
このご時世だから一応マスクは常に鞄の中にあるけど、もし佐久早君と会うのであれば持ってきておいて本当に良かった。
でも、まさかあの佐久早君がこういう、ある意味『普通の人』のようなことを言い出すとは思わなくて思考回路が少し混乱したものの、考えてみれば私は高校生の佐久早君しか知らないのであって、そこから幾らか歳を重ねている訳だから大人になって少し角が取れたところもあるのかもしれない。
私だって高校生の時の自分と今の自分が全く同じだとは思ってないし、佐久早君だってきっと高校生のままという訳ではないだろう。身体的にも、精神的にも。
「わかりました」と返答をして、佐久早君から指示された場所を確認する。
試合終わってからだとアリーナの方に降りてもいいんだ......?と不安に思って一応調べれば、今回は試合終了後の選手との交流OKとなっているのでやはり問題ないらしい。
「.............」
会場内をぐるりと見回して、ふと気が付く。
観客席は殆ど埋まっていて、ネット中継でもするのかテレビカメラや一眼レフカメラを持つ記者らしき人達の姿もちらほら見えた。
入口付近には軽食を売っていたり、チームのグッズを売っていたりするし、もしかしてそこまで人気のない試合ではない.......むしろ、結構人気のある試合なのではないかと思えてきて、思わず首を傾げた。
だったら、どうして佐久早君は試合を観に来いなんて言ったんだろう?
余ったチケットを捌くためじゃなかったのかな?
自分の予想が外れていることに段々と気が付き頭を悩ませていると、会場内に流れていた音楽が大きくなり、本日の試合名やチーム、会場案内のアナウンスが始まる。
わっと会場が盛り上がりを見せたのは選手がアリーナに入場し始めたからで、彼らの何人かは観客席にファンサービスを送りながらウォーミングアップに入っていく。
その中で観客席に一瞥もくれず淡々とアップへ入ってしまった選手が渦中の佐久早君であり、その様子がひどく懐かしくて思わずふきだしてしまった。
そうそう。佐久早君あんな感じだったな。だから二年生の時の文化祭の打ち上げの日、ワイシャツのことを褒められて心底びっくりしたんだ。
元から大人っぽい外見だったものの、大人の佐久早君は更に素敵になっていてこれは人気あるだろうなと思う反面、高校生のままな部分もある佐久早君にどうしても笑いが止まらず、暫くの間一人でクスクスと笑ってしまうのだった。
▷▶︎▷
試合終了後、人混みを縫うように歩きながら佐久早君に指示された場所へ辿り着く。
鞄からマスクを一枚取り出し、装着しながらぐるりとアリーナを見回すと、今回見事勝利を収めたMSBYブラックジャッカルの選手陣と彼らのファンとの交流が忙しなく行なわれていた。
「.............」
それを遠目で見ながら、ゆっくりと息を吐く。
初めてプロのバレーボールの試合を見たが、バレーボールがこんなに迫力があって、そしてこんなに面白いものだなんて全然知らなかった。
特にブラックジャッカルのボクト選手は観客を巻き込んでプレーをしていくスタイルであり、サーブの時に手拍子をしたり、いいプレーが出たらビームを撃ったり、兎に角楽しく盛り上げてくれて久し振りにとてもわくわくした。
ブラックジャッカルのマスコットキャラクターであるジャカ助もとても可愛くて、何かしらのジャカ助グッズを買って帰ろうかなと密かに思っている。
エースの代打らしいものの背の小さいオレンジ髪のヒナタ選手の跳躍力や存在感には度肝を抜かれたし、金髪のミヤ選手のトスは素人目からも凄いと思った。毎回相手チームの守備の裏を付くボール運びは本当にお見事である。
他にも沢山凄い選手が居たが、試合中についつい目が追いかけてしまったのはやはり、この試合に誘ってくれた佐久早君だった。
何事にも几帳面で清潔を第一に考える人。常に冷静で、少し気難しくて、感情の起伏が少ない佐久早君しか、私は知らなかった。
だけど今日見た佐久早君は高校時代に見ていた佐久早君とは全然違って、全身全霊でバレーボールに打ち込んでいた。
沢山走って、必死でボールに食らいついて、真剣な顔でバレーをする佐久早君の姿を見て、私は佐久早君のことを何も知らなかったのだなと改めて実感する。
三年間も同じクラスだったのに、一時は張りぼてでも恋人だったのに、本当に何も見えていなかったのだ。
佐久早君は本当に素敵な人で、本当に立派な人であるということを。
「.............」
「.......おい」
「!」
知らない内に俯いていたらしい。直ぐ近くで聞こえた声に弾かれたように顔をあげれば、記憶の中の彼よりも少し大人びた佐久早君が、ユニフォーム姿で私の前に立っていた。
緩くウェーブの掛かった黒髪、八の字に下がった眉の上にある特徴的な二つ並んだホクロ、男の人にしては大きめの瞳を不機嫌そうに歪め、佐久早君は相変わらず威圧的な態度で言葉を紡いだ。
「お前、何でマスクしてんだよ?余計誰だかわかんねぇだろうが」
「......あ......ご、ごめんなさい......佐久早君と会うなら、マスクしてた方がいいかなって思って......」
久し振りの会話でいきなり怒られ、挨拶もせずに謝罪から始めてしまった。
取れと言われたので慌てて外し、マスクケースの中に入れてカバンにしまう。
清潔を好む佐久早君からは目敏く「......それ、ちゃんと捨てろよ」と嫌そうに言われ、素直に頷くものの高校時代と変わらない感じが可笑しくて片手で口を抑えて小さくふきだした。
「何笑ってんの」
「......いや、佐久早君、変わってないなぁと思って......」
笑ったおかげで少し肩の力が抜けたのか、そのまま「久し振り。連絡ありがとう。元気だった?」と学生時代と同じノリで会話することができた。
佐久早君も相変わらず口数は少なく、眉を顰めたまま淡々と話すもののちゃんと私の言葉には返してくれて、久し振りの同級生との会話に花を咲かせる......とまではいかないものの、まぁ、私は楽しく話をすることが出来た。
世間話、今日の試合のこと、案外スムーズに進む会話に少し余裕が生まれ、思い切って気になっていた疑問を佐久早君に聞いてみる。
「そういえば、何で今日の試合に誘ってくれたの?チケット余ってたとか?」
「.............」
私の言葉に、佐久早君はピクリと眉を動かした。
彼の雰囲気が少し変わったことに気が付き、もしかして怒らせてしまったかもと瞬時に理解する。
「あ、ごめん。チケット余るとか失礼だよね。ごめんなさい、無神経でした」
「.............」
先手必勝とばかりに頭を下げる私に対して、佐久早君は何も言わずに小さく舌打ちをする。
まずい、これは結構怒ってる感じかなと不安に駆られていると、不機嫌そうな声で「いいから、頭上げろ」と言われておずおずと彼の言葉に従う。
「.......お前の方が変わんねぇよ。相変わらず察しの悪い奴......」
「え、ご、ごめん......」
「......俺が今日、なんでお前をここに呼んだか、全然わかってないのな」
「.............」
佐久早君の低い声と威圧的な言葉に、思わず押し黙る。
考えても一向に答えが出てこないので結局そのまま沈黙してしまうと、佐久早君は小さくため息を吐いた。
「......まぁ、大体予想は付いてたけど。お前、バカだし」
「.......すみません......」
「......俺のとこのチーム、結構人気あるんだよ。だから今日、色んなメディアも来てるし......あのバカデカいスクリーンを映すカメラもある」
「.............」
佐久早君が指した方角には、先程まで試合の映像を映していた会場の一面いっぱいに広がる巨大なスクリーンがある。
今は選手とファンとの仲睦まじい交流の様子を映していた。
「で、俺もそこそこの知名度はある。若利くん程じゃないけど」
「.............」
ワカトシ君という方はちょっと知らないが、佐久早君の人気があるのは確かに頷ける。
けれど、佐久早君が一体何を言いたいのかがいまいちわからず大人しく次の言葉を待っていると、佐久早君はまた小さくため息を吐いた。
「.......そんな俺が、今、この会場で、一般女性と、二人きりで、話してる」
「.............」
「ちなみに今まで、俺の女性関係の報道は全く出ていない」
「.............」
「.......この光景、ヤツらにとっては極上の絵として映ってるだろうな......?」
「.......佐久早、君......?あ、の、......ちょっと、待って......?」
佐久早君の言葉に思考が追いつかず、だけど確かに危険を感じて反射的に少しずつ後退る。
混乱状態のまま後ろへ下がると踵を何かにぶつけ、慌てて振り返るとそこにあるのは木目調の壁だった。
これ以上後ろに下がれないことを遅れて理解して、咄嗟に出入口のある方へ移動しようとすると佐久早君の腕がそれを塞いだ。
人生初の『壁ドン』体験だったがこんな状況で心が踊る訳もなく、心臓はドクドクと嫌な音を立てて必死に全身へ血液を送る。
間近にある佐久早君の顔は先程までと変わらない表情であるのに、今は兎に角怖くてたまらないものになっていた。
佐久早君は、今、何を考えて、そして、何を、しようとしているの。
「.......俺は、お前と居るの......結構悪くないって思ってたんだけどな......」
「え......」
ふ、と落としたように笑う佐久早君はどこかとても寂しそうに見えて、思わず気を取られてしまうと、佐久早君はゆっくりともう片方の手をユニフォームのポケットから抜き取る。
その手中には、テレビでよく見るようなピンマイクが握られていた。
「.......さ、くさ......君......何......それ......」
「.......本当、察しの悪い奴......」
徐々に顔が青くなる私を呆れた目で見てから、佐久早君はその綺麗な手で無情にもピンマイクの電源を入れた。
瞬間、会場内の巨大スクリーンの映像が切り替わる。
《.......城崎 柚。お前が好きだ》
脳が痺れるほどの甘い低音が、会場いっぱいに響き渡る。
数秒の沈黙の後、割れんばかり声を上げるオーディエンスの歓声がどこか遠くに聞こえた。
とある狼の計画的犯行
(逃げ場なんて、誰が作ってやるかよ)