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バイトが終わり、家への帰路をのろのろと歩く私の頭の上に何か小さくて硬いものが落ちてきた。
コツン、と軽い音を立てて落ちてきたのはどうやら何かのネジのようで、一体なんでこんなものが上から降ってくるんだと首を傾げつつ頭上を確認する。
「.............!?」
瞬間、目に映った光景に思考が固まった。
十何階建てのマンションの上から、何か大きな物が重力に任せてこちらへ落ちようとしている。
全身からざっと血の気が引き、目の前の恐怖に足が竦む。
逃げろ、逃げろ、逃げろ!!!
硬直する全細胞に脳が必死にサイレンを鳴らし、やっとかろうじて右脚が動いた、直後。
自分の前に見覚えのあるジャージを纏った男性が歩いているのを見つけてしまった。
のんびりと歩いていることから、どうやらまだ上からの落下物に気付いていないことがわかる。
私とそんなに距離がない為、彼も逃げないとアレがぶつかってしまうかもしれない。
......声を掛けるか否か、迷ってる暇はなかった。
頑なに動かなかった足が地面を蹴り、あと数秒で落ちてくるであろう落下物の下を全力疾走する。
火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、私はそのまま男性の背後から捨て身タックルを決めて、自分よりずっと大きなその人を地面に押し倒した。
「なッ......」
男性が驚きの声を上げた途端、耳が痛くなるほどの轟音と共に落下物が次々と地面に着地する。
その衝撃で破片が飛び散り、彼に覆いかぶさっている私にもいくつかぶつかってきた。
制服のスカートから出ている剥き出しの足が一瞬熱くなり、そのままじくじくと痛み出したのは、もしかしたら飛んできた破片で切れてしまってるのかもしれない。
そんな痛みにすら意識が向かず、恐怖に負けて強く目を瞑る。
暫くそのままの状態でいると、けたたましい轟音は止み、代わりにその音に引き寄せられた周囲の人々の騒めきが聞こえ始めた。
「おい!二人とも大丈夫か!?」
騒ぎを聞き付け外に出て来たここの近所の人であろう男性に肩を叩かれ、やっと我に返った私は弾かれたように上半身を起こす。
恐怖で頭が混乱する中、ジャージを着た男性の上にずっと乗っかってしまっていることに気が付き、慌てて立ち上がろうと右手をつくと、ぐにゃりとした不思議な感触が手の平に伝わった。
「くッ......」
「え?」
直後、下敷きにしていた男性の顔が苦痛に歪み、慌てて手を引っ込め何に手をついてしまったのだろうと確認すると......私の右手があった所は、丁度その人の股間であったことに遅れて気が付いた。
「~~~っっ!?」
途端、先程の恐怖は根こそぎ吹っ飛び、知らない男性の股間を触ってしまったという恥ずかしい事実だけが脳みそに残る。
高校三年生の現在、男性経験は軽いキス止まりである私には余りにも刺激が強過ぎて、今度は羞恥心で死にそうになりながら勢いよく立ち上がる。
「あ、あ、ごめっ、ごめんなさい!!!」
目を丸くして私を見つめるその人の顔はどこか見覚えがあり、その情報が余計頭を沸騰させた。
謝罪と共に頭を下げてから、相手の言葉も聞かずにそのまま全力疾走で家への道を駆け抜ける。
周りから制止するような声が掛かったが、色んなことで頭がいっぱいな私は走る足を止めることができず、ただただ前だけ見て夜道を走り抜けるのだった。
▷▶︎▷
「マジで柚が生きててよかったよ~!怪我は痛々しいけどさ~」
翌日の移動授業の帰り、昨晩の一件を話したら友達は階段で大袈裟に抱き締めてくれた。
どうやら昨日の落下物はマンションに取り付けられたどこかの宣伝用看板だったようで、地元のニュースで少し取り上げられたようだ。
そんなものがぶつかったら本当に一溜りもなかったなとゾッとしつつ、腕を擦りむいたのと少し足を切っただけで済んで良かったなとガーゼと傷絆創膏が貼ってある両足を軽くさする。
「でも、本当によく避けられたよね~!スゴ過ぎない?」
「ね、それは本当思う。人間の生存本能って素晴らしいね」
「生存本能って......ていうか柚、落ち着き過ぎじゃない?色々大丈夫なの?」
「いや、そんなことないよ。昨日とかショックのあまり家に帰ってお母さんにワーワー泣き付いて......一緒に寝たらフル充電されてた」
「何それ可愛いw」
昨日の醜態を晒すと友達は可笑しそうにふきだす。
正直に言うと少しだけ落ち着かないところもあるけど......昨日、散々泣いてお風呂に入って、ご飯食べてぐっすり寝たら日常生活を送るのに支障ないくらいの調子になっていた。
非常時でも案外シンプルな構造をしている自分にやるじゃんと思う反面、逞し過ぎても女子としてどうなんだろうと首を捻る部分も無きにしも非ずだ。
「あ、そいえば別の子から聞いたんだけどさぁ...なんか、その事故現場に男バレの牛島君も居たらしいって話聞いたんだけど、本当なの?」
「え?」
階段を降りながら言われた言葉に、思わず足が止まる。
男バレの牛島君はこの白鳥沢学園高校で知らない人は居ない程、有名な人である。
高校バレーボールの強豪校である我が校の主将とエースを務め、尚且つ19歳以下の日本代表である世界ユースに東北から唯一選ばれた超一流の選手らしい。
背格好も私と同い年とは思えない程逞しく、おまけに文武両道、極めつけに常に凛々しい顔が格好良いという全てにおいてパーフェクトな男子生徒だ。
「.............」
牛島君の顔は、一緒のクラスになったことも無く話したことも無い私でも勿論知っている。
その顔と、昨日私が粗相をした男性の顔が今、脳内でピタリと一致した。
.......え、マジか。私もしや、色々ととんでもない事をやらかしてしまったんじゃないだろうか。
「────見つけた」
口元に片手を当て、階段で立ち往生している私の頭上から、聞き覚えのないバリトンボイスが降ってくる。
直感でぎくりと身体を強ばらせる私を他所に、友達は階段上の相手を確認し、驚きの声を上げた。
「え!?牛島君!?」
友達が口にした名前に、昨夜の混乱状態が一気に戻ってくる。
持っていた教科書やノート、ペンケースがするりと腕からこぼれ落ち、音を立てて階段を落下していくのを見ながら......私は頭上を見ないまま、階段を勢いよく駆け下りた。
「え!?ちょ、柚!?」
私の行動に驚きを露わにする友達だったが、今は彼女に構ってる心の余裕が無い。
スカートが翻るのも気にせず階段をジャンプして降りながら、とにかく走る。
逃げろ、逃げろ、逃げろ!!!
まるで昨夜の一件を繰り返しているようで、心臓がドキドキと脈打つ中全力疾走で階段を駆け下り、最後の数段はジャンプして降りる。
授業間の僅かな休み時間なので階段にはあまり人が居ないのが幸いだったが、一階に着いて廊下を駆け出すと流石に何人かの生徒とぶつかりそうになった。
「うわッ!?」
「え、何!?」
形振り構わず全力疾走する私に周囲の人達は驚きの声を上げて端へと避ける。
「わッ!?牛島!?」
「すまん、退いてくれ」
「!?」
一心不乱に廊下を走る私の耳に、驚くべき声が聞こえてきた。
どうやら、牛島君はずっと私の後を追っているようだ。
その事実に気が付き、全力で走りながらも全身の血の気が引く。
なんで追い掛けてきてるの。怖い。
すでに混乱と恐怖しか頭になく、もう限界だと身体が悲鳴を上げているが脚を止めることは出来なかった。
とにかく教室前の廊下を走り抜け、目に映った玄関から上履きのままで外へ出る。
ここで牛島君が躊躇してくれれば、おそらく逃げ切れる。
校舎を出て、ズキズキと痛む脚を必死に動かしていると、ものの数秒で左腕を強い力で引っ張られた。
「あッ!!」
後ろへ引かれる力に対応出来ず、そのままの勢いでぐらりとそちらへ倒れ込むと、私の身体はがっしりとしたナニカに着地した。
急速に動かしていた足をいきなり止めたことで上手く足に力が入らず、体重を完全に後ろのナニカに預けてしまう。
途端、肺が酸素を求めて呼吸数が多くなり、あまりの苦しさにゲホゲホと盛大に咳き込んだ。
「.......少し、過呼吸を起こしてる。ゆっくりと息をしろ」
背後から落ち着いた声が聞こえ、背中をトントンと同じペースで優しく叩かれた。
擦り切れてしまうのではないかと心配なるくらい痛む喉からはヒューヒューと乾いた音が鳴り、生理的に涙がぼろぼろと零れ落ちる。
いまだ両足には力が入らず、酷使したことで昨日の傷からは血が滲んでいた。
「大丈夫だ。ゆっくり、ゆっくり」
「.............」
耳元で聞こえる落ち着いた声と、背中を叩く大きな手に徐々に安心してきたのか、呼吸数は少しずつペースを下げていき、涙が止まる頃には疲労感と倦怠感のみが全身を襲ってきた。
「.......す、み、ません......も、大丈夫です......」
殆どの体重を牛島君に掛けていた私はカラカラの喉を震わせて何とか声を絞り出し、脚に力を入れて牛島君からやっと身体を離した。
「.............」
少し距離をとって、改めてちゃんと牛島君を見る。
そこには紛うことなき有名人の牛島若利君の姿があり、たまらず別の眩暈を覚えた。
日本代表の世界ユース相手に、一体何をしてるんだ私は......。
「.......悪かった」
「......え......?」
咄嗟に逃げてしまった自分の行動に酷く自己嫌悪している中、牛島君は突然頭を下げてきた。
「......昨夜の礼をするつもりだったんだが、怖がらせてしまったな」
「.............」
「......昨夜共々、すまなかった。助けてくれてありがとう」
「.............」
頭を下げたまま、牛島君は謝罪とお礼を述べる。
その姿を見て、段々頭が落ち着いてきたのか、意図せず大きな息を吐いた。
.......ああ、そっか。この人は、私なんかにお礼を言う為に、わざわざ探してくれてたのか。
その為に、わざわざ追い掛けてくれたのか。
「......わ......私の方こそ、その、色々と、ごめんなさい......」
気付いた事実に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、咄嗟に逃げてしまったこと、昨夜捨て身タックルをしたこと、ヘンな所を触ってしまったことを全部引っ括めて謝罪する。
私が頭を下げたことで今度は牛島君の頭が上がり、「俺は謝られることなんて一切されてない」と律儀にフォローしてくれた。
その言葉におずおずと顔を上げると、ほんの少しだけ狼狽えたような色がその端正な顔に浮かんでいて、思わず小さく笑いが零れた。
「む......」
「......牛島君が、無事でよかった......」
「.............」
くすくすと笑う私に眉を寄せた牛島君だったが、安堵のため息と共に零れた私の本音を聞くと直ぐに表情を変えた。
「.............」
牛島君はそのまま黙って私を見ていて、あまり長く笑うのも失礼かなと思い直し、俯きながら瞳を閉じて少し長めの息を吐く。
その際、お互いに上履きのまま外に出てしまっていることを思い出し、これはちょっと不味いなと今更ながら焦りを覚えて再び顔を上げた。
「牛島く、」
ごめん、そろそろ教室に戻ろうかと続くはずの言葉が、根こそぎ奪われた。
至近距離でピンぼけする視界には、恐らく牛島君の端正な顔が見える。
伏せられた瞳に意外とまつ毛長いんだなと明後日なことを考えてしまい、いやいやそうじゃないでしょと脳みそがセルフでツッコミを入れる。
唇が湿ったナニカに覆われ、それが何なのか考える前に反射的に私の方からソレを外した。
ちゅ、と特有の音を残して離れたソレは、心無しか物足りないように小さく動く。
「.............」
「.............」
頭の整理がつかないまま、近距離で見つめ合うこと数秒。
徐々にクリアになっていく思考回路に耐えきれず、私は牛島君を押し退けて再び校舎へ全力疾走した。
授業はもう始まっているようで、廊下には誰の姿もない。
とりあえず人気のない所へ逃げようとする私の後ろには、今回ばかりは牛島君は追いかけてこなかった。
シッソウシンデレラ
(......次は絶対、逃がさない。)