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「じゃあ今日は12日だから、出席番号12番の人、36ページからの全文を読んでください」
「......はい......」
本日三回目のご指名に預かり、先生にバレない程度にため息を吐きながら椅子から立ち上がる。
この決め方って平等であるようで全くもって平等じゃない。
日付は31日までしかないし、下手をすればその日の授業でまるっと問題を解いたり教科書を読んだりしなければならない訳だ。
特に今日の時間割は最悪の一言に尽きて、一時間目の英語では教科書3ページ分の英文を読まされ、二時間目の古典では平家物語の「扇の的」をまるっと読まされ、三時間目の現国ではこれから夏目漱石の「こころ」を読まなければいけなくなった。
今日でこのクラスの方々は三回も私の読み合わせに付き合ってる訳だ。
仲の良い何人かの友達が隠れて小さく笑っているのが見えて、一先ず心の中で盛大に文句を言ってやった。
明日は我が身だからな、覚えてろよ。
一度ゆっくりと息を吸い、教科書の文章を確認しながらゆっくりと指定されたページを読んでいく。
クラスでの教科書の読み合わせくらいなら緊張はしないし、余程のことがない限り噛むこともしない。
友達から何度か「柚の声ってラジオみたいだよね」言われたことがあり、どういうことか聞くと「聞きやすくて眠くなる声」なんだそうだ。
自分で聞く限りではよく分からないのだが、今日はやたらと教科書を読まされているし、今現在私の前の席に座る孤爪君も肘をつきながらうつらうつらと眠たそうにしている。
魅惑のウィスパーボイス、なんて言えば少しは聞こえがいいのかもしれないが、実際はクラスメイトの数人が眠りの世界に旅立ってしまう程度のつまらない声質であり、しかれども先生からの指示にも拒否できない為、私はただゆっくりと夏目漱石の「こころ」を読み進めるしかなかった。
三時間目終了のチャイムが鳴り響き、教室内の各々が五分間の休憩を有効活用する中、さすがに喉が渇いたのでカバンから休憩中に買ってきた桃味のミネラルウォーターを取り出した。
今日はよく声を出しているから、普段よりずっと減りが早い。
帰りまでもつかなぁと考えつつも、喉の渇きには耐えられずごくごくといつもより沢山水分摂取してしまった。
「.............」
ペットボトルの飲み口に付いてしまったリップクリームを少し気にしていると、前の席の孤爪君がゆるりと頬杖を外す。
「あ、孤爪君起きた。おはよー」
「.......うん......」
ペットボトルの蓋を閉めながら冗談半分で声を掛けると、孤爪君は眠そうな目をこすりつつ、緩慢な動作でこちらへ身体を向ける。
根元が少し黒くなってる長め金髪がさらりと白い顔にかかり、孤爪君はうっとおしそうにそれらを纏めて耳に掛けた。
まるで女の子みたいな所作ではあるが、普通の男子高校生よりもずっと身体の線が細くて性格も落ち着いている孤爪君がやるからか全然違和感はない。
「......今日、よく当たるね......」
「ねー......もう疲れちゃった。早く家帰ってゲームしたいよー」
「......うん、わかる」
孤爪君とはいわゆるゲーム友達というやつで、席が前後になってからよく喋るようになった。
最初の頃は人見知りをされていてあんまり上手く会話出来なかったものの、その時やっていた携帯のゲームが一緒だったことがきっかけで少しずつ話してくれるようになり、今ではスムーズに世間話ができるまでになった。
おそらくこのクラスの女子で孤爪君と一番話しているのではないかと自負している。
「はー、次は数学か~。また当てられたら嫌だなぁ」
「......フラグは回収されるものだよ」
「はい、今のナシ、今のナーシ」
孤爪君の言葉にすぐさま前言撤回を申し出れば、孤爪君はほんの少しだけ口端を上げた。
滅多に見ることの無い孤爪君の笑顔を少しでも拝めたので、今日はもう全てのことを良しとしよう。
たったこれだけで世界が変わるなんて、推しのいる生活とは何とも燃費のいいものである。
「......次、数学か......」
ミネラルウォーターをカバンに戻していると、孤爪君の声がほんの少しがっかりしているように聞こえ、思わず彼の綺麗な顔をまじまじと見てしまった。
別に苦手な科目でもなかったと思うし、そこまで難解な宿題とかも出ていない。
淡々と授業を進めるタイプの先生だし、一体何に対してテンションを落としてるんだろう?
「.......え、何?」
「あ、ごめん」
うっかりじっと見つめてしまい、彼の眉間にシワが寄った瞬間すぐに視線を外した。
人の顔をあんまりジロジロと見るのは失礼だし、孤爪君は特にそういうことを嫌う人だから余計に気を付けないといけないのに、本当にうっかりしてしまった。
「いや、なんか、残念そう?な感じがして......孤爪君、数学嫌いだったっけ?」
「.............」
あ、でも、私の勘違いだったら今のもナシでお願いします。
そんな保険を付け加えてから、私はあえて孤爪君の方を見ないで次の授業である数学を受ける準備を始めた。
孤爪君との距離の取り方は、何となくネコと似ていると内心で思っている。
適度に構い、適度に放っておく。ずっと話していても負担になるだけだし、かと言ってずっと放置しておけば進展度は全く上がらない。
趣味が合ったというのが一番だったとしても、この変則的なコミュニケーションの取り方も幸をそうしているのではないかと勝手に思っている。
取り敢えず、孤爪君が答えるまではこちらからはなるべく話し掛けないでおこう。
さっきはうっかりジロジロ見ちゃったし、孤爪君には極力嫌われたくない。
「.......別に、数学は嫌いじゃないよ......」
少し間を空けて、孤爪君はぽつりと返事を返してくれた。
やはり数学は別に不得意ではないようだ。
「......ただ、城崎が当てられても、喋らないんだなって思っただけ......」
「......ん?ごめん、どういう意味?」
「.............」
いつも通りの淡々とした調子で紡がれる孤爪君の言葉を、聞き漏らさないように注意してよく聞くも、内容が上手く理解出来なくて不本意ながらも首を傾げた。
数学の授業で、当てられても喋らない?
まぁ、そりゃそうだろう。数学は基本的に計算式の読解がメインだし、出席番号で当てられたとしても前に出て黒板に式の展開を書くだけだ。
孤爪君の発言の意図が読み取れず、黙々と考え込んでしまう私を暫く眺めてから、孤爪君は小さく息を吐いた。
「......前からちょっと、思ってたんだけど......俺、城崎の声、結構好きなんだと思う......」
「.............」
「......今日、英語とか古典とか、さっきの現国とか、沢山読んでるでしょ......?だから......次の数学は、少しつまんないなって、思っただけだよ......」
「.............」
孤爪君の言葉に、思わず口を閉じる。
情報の消化不良を起こしていた脳内が少しずつ動き出し、内容を理解していくと共に今度は体内温度が徐々に上がっていく。
「.......え......ッ!?」
「.............」
どんどん熱くなる顔に両手を当てながら目を丸くして孤爪君を見ると、私の様子が可笑しいのか再びクスッと小さく笑いをもらした。
孤爪君の貴重な笑顔が見られた嬉しさと、私の声が好きと言ってもらえた嬉しさと気恥しさが心の中でないまぜになり、咄嗟に両手で顔を隠して俯く。
やばい、これは、やばい。嬉しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ!
「うわ、ごめん、あの、自意識過剰なのはわかってるんだけど、ごめん、すっごい照れる......!」
「.............」
否が応でも熱くなる顔を必死に隠しながら、大して意味の無い言葉が湯水のように溢れてくる。
こんな変な言動をしたら孤爪君に気持ち悪いと思われてしまうのではないだろうかと不安になるものの、赤くなる顔をどうしても抑えられなくて結局ひいひい言いながら時間が過ぎるのを待つしかなかった。
「引くよねこんなの、本当にごめん。あの、絶対調子に乗らないようにするから、嫌わないでクダサイ......」
「.......調子に乗るって、例えば?」
「え?」
黙ったままの孤爪君に何とか嫌われないようにずるずる纏わりついていれば、ふいに聞かれた言葉に意識が削がれた。
思わず顔から手を離して孤爪君を窺えば、孤爪君もこちらを真顔で見ていて、私と目が合うと再び口を開く。
「......調子に乗ったら、どうなるの?」
「......え......えぇ、っと......も、もっと、孤爪君に、話し掛けちゃっていいのかな、とか......思い、ます......」
「.............」
感情の起伏がいまいちわからない孤爪君の視線に圧倒されつつも、しどろもどろに答えを返す。
私の言葉に孤爪君は少し黙り込み、小さく息を吐いてから静かに自分の席の方へ身体を向けてしまった。
あっという間に後ろ姿しか見られなくなってしまい、しかもそれが自分の言動が原因ということもあり、私はショックを隠しきれず机に思い切り突っ伏す。
「ごめん本当にごめん気持ち悪いこと言ってごめんなさい話しかけるのは適度にします......!」
「.............」
まるで奥さんに離婚を言い渡されたダメな旦那のようだと思いつつも懇願にも似た謝罪を繰り返すと、依然としてこちらを振り向かない孤爪君は再度ため息を吐く。
これは完全に呆れられているなと割りと本気で泣きそうになっていると、周りに聞こえない程度の声で呟かれた内容に思わず耳を疑った。
「......今のは普通さ、俺に告白する所じゃないの?」
「.............!?」
少し遅れて何を言われたのかを理解して、たまらずがばりと頭を上げるも、孤爪君は相変わらず前を向いたままで後ろ姿しか見えない。
た、確かに孤爪君のことはすごく好きだし、このクラスの誰よりも推してる自信はあるけど......まさか、本人からこんな台詞を言われるなんてちっとも考えなかったから、驚きと嬉しさと恥ずかしさで私の脳内は再び大クラッシュを起こす。
「.............」
だけど、ここでセーブデータを作るなんて都合のいいことは出来ないし、それに、何となく今を逃したら孤爪君は簡単にゲームオーバーを告げてきそうな予感がして、咄嗟に彼のパーカーのフードを軽く握った。
「.......孤爪君が、好きです......」
彼にだけ聞こえる声量で伝えた言葉は、教室で一人立って教科書を読むことよりもずっとずっと緊張して、噛まずに言えたことが本当に奇跡だった。
私の拙い告白に対して、孤爪君はこちらに振り向かないまま小さく「......うん......」と返してくれる。
......こ、これは、どっちだ......!?いいの?ダメなの!?
ぐるぐると考え込んでいれば四時間目の数学が始まる合図のチャイムが鳴り響き、運の悪いことに直ぐに数学の先生が入ってきて教室は一気に授業を受ける空間になってしまった。
もやもやする私の心境なんて露とも知らない数学教師は、出席番号で私を当てて前回出した宿題を黒板で解くよう指示してくる。
正直計算式を解いている場合じゃないのだが、私の恋愛事情で授業を止める訳にもいかず、結局ノートを持って黒板の前に立ち、拙い字で黒板を埋めた後とぼとぼと自分の席へ戻る。
「.............?」
相変わらず孤爪君は落ち着いていて、もしかしてさっきのやり取りは冗談かなんかだったのかなと一人虚しく思っていれば、机の上に折り畳まれた小さな紙切れが置いてあるのに気が付いた。
前に出る時は確かなかったよな......?と首を傾げつつ、先生に見つからないように机の下でそろりと紙を開く。
“俺も好き。”
目の中に飛び込んできた文字に、弾かれたように前を見た。
孤爪君は相変わらず前を向いたままで、どんな表情をしているのかが全く読めない。
まるで心臓が頭にでも移動してきたのではないかと思う程、自分の鼓動が体内で大きく鳴り響いていれば、「城崎さん」と先生から名前を呼ばれビクリと大きく肩を揺らした。
「残念だけど、答えが間違っています」
「え、あ、やっぱり!?」
「はい?」
先生の言葉が色々とタイムリーヒットだったため、つい思ったことを口にしてしまえば、先生の訝しげな顔とクラスメイトの笑い声がほとんど同時に向けられた。
「す、すみません、解き直します......」
顔を赤くしながら再び黒板の方へ向かう途中、前の席の孤爪君をちらりと窺うと小さく笑っている姿が見えた。
誰のせいだと思って......と恨みがましく睨むものの、可笑しそうに笑う孤爪君の笑顔にきゅんとしてしまってる以上、この先ずっと適わないんだろうなとどこか確信してしまう私が居るのだった。
惚れた弱みと、人は言う
(何言ってんの?こっちがどれだけ待たされたと思ってるんだよ)