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一時間目、現国。二時間目、体育。三時間目の英語の授業が終わった時点で、やっぱり今日はなんか様子が変だなと確信した。
自分ではない、前の席の背ぇ高のっぽだ。
いつもよりどこかテンションが低いというか、機嫌が悪いというか、元気がないように見える。
一時間目は眠いのかなとか思ってたが、二時間目の体育の授業を挟んでからも彼の調子は変わらず今も静かに席に着いている。
彼が少し背中を丸めて座っているおかげでいつもよりずっと黒板は見えやすいのだが、視界の広さよりも前に座る彼、金田一君のことがどうしても気になってしまった。
普段は明るくて話しやすい人だから、余計に心配だ。
「金田一君、なんか今日元気ない?」
「!」
四時間目の数学が始まる前の5分休み、広い背中に声を掛けると相手は特徴的な頭を上げて直ぐにこちらへ顔を向けた。
その顔は驚いたような、ばつが悪いような色を浮かべている。
「え......そ、そうか?」
「うん、いつもより座高低いよ。おかげで黒板は見やすいけど」
私の言葉に金田一君は人差し指で頬を掻きながら「あー......いつも邪魔して悪いな......」と律儀に謝りながら視線を横に逸らした。
「お腹痛い?それとも頭痛いとか?」
「いや、別に具合が悪いとか、そういうんじゃねぇから......」
「そうなの?じゃあ、あれか、好きな子に彼氏できちゃったとか?」
「違う。つーか別にそういう奴居ねぇし」
「違うか~。じゃあ、あれだ、生理?」
「っ、男にそういう冗談言うんじゃねぇ!」
「ひょえ......ごめんなさい」
ちらりと冗談を挟んでみれば、金田一君は顔を真っ赤にしつつ予想以上の勢いで返して来たのでここは素直に謝った。
普段は格段そうでもないけど、怒るとやっぱり怖いんだよね、この人。
「じゃあ、なんだろ?あ、もしや部活のこと?」
「.............」
仕切り直して思い付いた事柄に割りといい線いくのではと聞いてみれば、金田一は先程の反応とは打って変わって口を一文字に閉じるだけだった。
どうやらストライクゾーンだったらしい。
ふむ、部活か。金田一君はここ、青葉城西高校のバレー部で、強豪チームの中でも一年生にして見事レギュラーの座を勝ち取ってる程の実力の持ち主だ。
「.............」
彼が本気で取り組んでいる部活のことで悩んでいるのであれば茶化すなんて以ての外、頭の軽い私が深追いしていい事柄でないことは重々承知している。
「............オイ、なんで急に黙るんだよ?怖ぇんだけど」
先に黙ったのはそっちのくせに、金田一君は眉を下げて私の顔を窺った。
覗き込むような仕草を自然とやってくる天然タラシっぷりに末恐ろしさを感じつつ、椅子に座り直してからゆっくりと口を開く。
「いや、だってさ?金田一君、めちゃめちゃ部活頑張ってるじゃん?ヒトがめちゃめちゃ頑張ってるコトにテキトーに首突っ込むもんじゃないし、仮に金田一君の悩みを聞いても私が為になる答えを返せる自信もないから、押そうか引こうか悩んじゃった」
「.............」
意味もなく愛用のシャーペンを利き手で何度か回し、なかなか答えの出ない問題に軽くため息をつく。
薮から蛇を出してしまったかもなぁと今更ながら少し反省していると、金田一君は何が可笑しいのか小さく笑った。
「......お前、バカだな」
「なんだと、バカって言う方がバカなんですぅ」
「......ああ、全くだ」
「え」
失礼千万なことを言われて反射的に迎撃すれば、今度は自嘲気味に笑われ思わず言葉を詰まらせる。
様子が変わった相手に少しばかり戸惑っていると、金田一君は机に片肘を付き俯くように顔を隠した。
「............中学の時に、すげー反りが合わない奴が居てさ。まぁ、色々あったんだけど......俺、最後にそいつのこと見捨てたんだ」
「.............」
「......そいつに、この間会って......少し話したんだけど、結局謝らなかった。謝れなかったんじゃなくて、どうしても謝りたくなかったんだ」
「.............」
「......なのに、未だグズグズ悩むとか......本当、バカ過ぎて嫌になる」
「.............」
私を見ずに、まるで独り言のように低い声で話す金田一君の姿は、背が高いはずなのにいつもよりずっと小さく見えた。
こんなに落ち込んでいる彼を見るのは初めてのことで、なんだか私まで悲しい気持ちになってくる。
金田一君は基本的に誰にでも優しいし、情に厚く懐も広い人だと思う。
そんな彼が誰かを見捨てるという行動を取るなんて、正直に言うと全く想像がつかない話なのだが......金田一君の様子を見る限り冗談とは思えないし、おそらくそれなりの何かがあって、そうせざるを得なかったのではないかと思う。
「......その人は、金田一君に謝ってきたの?」
「.......いや......」
「そう、だったらいいんじゃない?」
私の返答に、金田一君はゆるりと視線をこちらへもたげた。
その顔はどことなく不満そうだ。
「いや、あくまで私個人の考えだけどね?自分がちゃんと納得して謝るならまだしも、そうじゃないなら謝ったって何も意味ないじゃんって思うのね」
「.............」
「まぁ、それでもお互いに謝ってお終いっていうのも有りっちゃ有りだけど、根本的な解決にならないだろうし......でも、謝った方が気持ち的にはずっとラクになると思うんだよね。だけど、金田一君はそうじゃなくて、ずっとしんどい方を選んだ」
「.............」
「......それってさ、おそらくだけど、引け目はあるけど気持ちがまだ消化できてないとか、その時のことを風化させたくないとか......そういう色々な理由があるから、しんどくても謝らない選択をした訳じゃん?」
「.............」
「......そんな状態だったら、“今はまだ”謝らなくてもいいんじゃない?って話。金田一君がそんな事するなんて多分よっぽどの事があったんだと思うし......その相手が、金田一くんにとって“どうでもいい人”なんかじゃないから、そこまで悩んでるんだろうし」
「.............!」
「時間掛けて、じっくり考えて、それで自ずとやっぱり謝ろうって思った時でいいんじゃないかと、私は思いますよ」
「............」
「............」
「............」
「............」
「............もし......」
「............」
「............もし、ずっと思わなかったら?」
「............」
「............そしたらもう、謝らない。もやもやしたものを墓場まで持っていく」
「.............」
しれっと返す私の言葉に、金田一君は少し目を丸くして黙ってしまった。
微妙な沈黙の後、直ぐに数学の先生が教室に入ってきた為私達の会話はここで強制終了となる。
果たして金田一君が私の考えにどう思ったのかはよく分からなかったが......この授業では、いつものように黒板が少し見えづらくなっていた。
覆水盆に返らず
(それでも謝らないと選択したのは、とても彼らしいと私は思うのです。)