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【今日行ってもいいか】
もう直ぐ職場から離脱しようと思っていた矢先、高校時代の友達からそんな連絡が来た。
既読をつけて直ぐにOKのスタンプだけ返し、夕飯の献立を考える。
帰り支度をしながら彼が来る前にやっておくことを確認し、本日の業務が終了すると共に今日は足早に会社を後にした。
帰りの電車で彼とのスマホのやり取りの履歴を追うと、前回家に来たのは大体一か月前だったので、万が一前回の夕飯と被ったとしてもそんなに問題ではないだろう。
前回の夕飯をちゃんと覚えてれば回避することはできるのだが、ひと月前食べた夕ご飯をきちんと思い出せる人が居るなら、多分それはその人がとても凄い人なのだ。
あいにく平凡な脳みそしか持ち合わせていない私なので、最寄り駅に着いて駅前のスーパーに寄ってもひと月前に何を食べたかなんて全く思い出せなかった。
「.......あ、」
基本的に何でも食べてくれるし、少々口が悪いけど割りと律儀な人だから多分文句を言われることは無いだろうとぼんやりとした思考を回していれば、目に入った商品に思わず声が出た。
帰宅ラッシュを少し超えた時間、丁度割引になっていた釜揚げしらすを手に取り、思わずふむと頷く。
確か、しらすが好きらしいという話を聞いたような気がする。
じゃあ、今日は釜揚げしらす丼にしよう。
大根だけ買っておろして、家にある大葉と小ネギと鰹節と、卵黄乗せて、ごま油と醤油で。
お味噌汁とサラダ、浅漬けは冷蔵庫にあるから、後は......あ、そういえば肉じゃが、美味しいって言ってくれたな。じゃあそれで。
ぱぱっと簡単に献立を決めて、必要なものだけカゴに入れる。
トイレットペーパーはまだあったはずだし、前の休みに丁度掃除した。
お風呂は帰ったら水洗いだけして沸かすとして、タオルも確かあったはず。
あ、洗濯物だけ直ぐに片付けないと死んじゃう。
コーヒー、紅茶、緑茶、焙じ茶、切れてるものはなかったと思う。
麦茶は丁度昨日作ったから2人で飲んでも問題ないとは思うけど、一応お茶一本だけ買っていこう。
あとは簡単に床掃除だけすれば大丈夫かな。
くるくると思考を回していればあっという間に買い物は終わり、エコバッグに食材を詰めながらいつもより早足で自宅へと向かった。
▷▶︎▷
インターホンが来客を告げたのは、丁度調理器具を洗い流してるところだった。
手を拭いてスピーカーにすると、聞き馴染んだ甘いテノールが耳元で聞こえる。
《俺。悪い、遅くなった》
「お疲れ様、今開けるね」
短いやり取りの後、オートロックを開けるボタンを押して受話器を戻す。
そのまま家のドアを開けて彼を待っていると、階段を昇ってくる足音が徐々に近付いてきて、廊下の先にキャラメル色の髪の毛が見えた。
「白布くーん、ナイスファイト~」
「......デカい声で呼ぶんじゃねぇ」
お疲れ気味である相手に労いの言葉を掛けてあげれば、当の本人は嫌そうな顔をして開口一番そんな文句を返してきた。
まるで王子様のように綺麗な顔をしてるのに、案外言葉遣いが荒っぽいのが少しだけ面白い。
しかしながら、それを言うと確実に機嫌を損ねてしまうので、「ごめんね」と素直に謝りながら本日の来訪者......白布君を家の中へ招いた。
「お邪魔します」
「はい、どうぞ~。荷物預かっちゃうから、お風呂入っといで」
「サンキュ。......これ、コンビニのだけど、はい」
「わぁ、ミニパフェだ~!いつもわざわざありがとね。冷蔵庫冷やしておくから、後で一緒に食べよ」
「......一応、お前にあげてるんだけど」
「うん。三つ全部私のだから、白布君に一つお裾分けだよ」
「.......あっそ......」
いつも何かと手土産を用意してくれる白布君にそう返すと、白布君は薄い相槌だけ打って手土産の袋と鞄を私に寄越す。
着替えだけ持って浴室へ向かう彼に「タオル、使ったら洗濯機入れといてね」といつものお願いだけすれば、白布君は「おー」と振り向かずに返事をして、浴室のドアを閉めた。
彼の鞄をメインルームの端へ置き、貰った手土産を冷蔵庫へしまい、お味噌汁と麦茶を卓袱台テーブルに用意する。
一通り夕飯の用意が済めば、あとは白布君が出てくるまで待つだけなので、スマホを弄りながら先に麦茶だけ頂いていた。
白布君が時々家に来るようになったのは、正直に言うと全くの想定外だった。
高校時代、第一学年を除く二年間同じクラスであり、尚且つ私と仲の良い友達が男バレの川西君と付き合っていたこともあって、白布君とは何かと話す機会があった。
私と白布君の関係性を言えば、友達の恋人の友達という感じで、川西君達を通じて白布君とは何かと接触するものの、あの頃はまさか家に招くような関係になろうとは、露ほども考えてなかった。
事の発端は、私が大学を卒業して一般企業へ就職し、職場に程よく近いこのアパートで一人暮らしを始めてから半年後。
帰宅途中にどっぷり疲弊した白布君に出会ったのだ。
あまりに顔が青白かった為、高校卒業後全く交流が無かったにも関わらず慌てて声を掛けた。
白布君が医療系の大学へ進んでいたのはうっすら情報として持っていたが、当時の白布君は医学部の五年生で、研修先の大学病院が私の住むアパートの近所だったことは全く知らず、そして私が再会した時期は丁度実習やら研修やらが重なっていて、特にその日はひどく疲れていたらしい。
白布君はいつも姿勢が良くて、何事もキビキビ動く印象があったけど、その時の彼は足元すらおぼつかず、今にも倒れてしまいそうに見えた。
そんな相手を前にして「大変だね、じゃあまたね」なんてむざむざと見過ごす訳にもいかず、半ば強制的に私の家へ連れて帰りお風呂に押し込み、ご飯を食べさせて、お客さん用の布団に寝っ転がした。
今思えば、久しぶりに会った友達の彼氏の友達を自分の家に攫ってしまうなんてことをよく出来たなと苦笑してしまうが、その時の私はボロボロに弱った白布君を見てられなかったのだ。
だって、記憶の中の高校生の白布君はいつも凛としていて、しっかりしていたから。
そんなこんなで白布君とは再び連絡を取り合うようになり、彼の激務が続く時にはゲームのセーブポイントみたいに時々家に寄り、少しの時間だけでもゆっくりしてもらうようになったのだ。
「......ッあ゛~~~~......生き返った......」
スマホを見ながらぼんやり考え事をしていると、スウェット姿の白布君が浴室から出てきた。
キャラメル色のサラサラヘアーはすっかり濡れていて、ドライヤーを掛けない時もあるくせに白布君のキューティクルはどうなってるんだといつも不思議に思ってしまう。
「本当にお疲れ様。ご飯直ぐ食べられる?」
「余裕。つーか腹減り過ぎてヤバい」
「なら良かった。今日はしらす丼だよ~」
「え、マジで?」
献立を聞いた途端、白布君は珍しくパッと顔を明るくさせていつもより素早く着席する。
「白布君、しらすが好きって聞いたような気がしたけど、合ってた感じ?」
「うん、合ってる。てか、そんなん誰から聞いた?太一か?」
白布君の好物情報に間違いがなかったことを安心していると、逆に白布君からそんなことを聞かれ、「よく覚えてないけど、多分そうかなぁ?」と曖昧に答えてしまった。
何だそれとつっこんでくるかと思いきや、どうやら今は空腹の方が上回っているようで、「ふーん。ま、いいや」と軽く流すだけでいただきますの挨拶を口にする。
「......うん、美味い。あ、大葉かこれ?薬味で味変わるな......あー、うま......」
「うん、大根おろしとか小ネギとか、生姜とかも入れてみた。でも、白布君の好きなものがしらすってなんか、ウケ」
「あ゛?」
「ンンっ、ナンデモナイデスヨー」
なんか、ウケるねwと話そうとしてたのに、強烈な圧力と目ヂカラがこちらに向けられて直ぐに言葉を修正した。
でも、もしお医者さんになるならもう少しその圧力を何とかした方がいいんじゃないかと思う。
「白布君、明日は?」
「あー、9時から実習。城崎は?」
「私も9時出社だから、私の方が早いね。白布君寝てていいよ、鍵は郵便受けに」
「一緒に出るよ。それ、不用心だからやらねぇっつってんだろ」
お夕飯を食べながら明日の確認をして、いつも通りのやり取りに少し笑ってしまうと呆れたような目を向けられた。
白布君は言葉こそ少しキツイものの、未婚女性の一人暮らしという点においては多分私の両親よりも気を使ってくれてると思う。
鍵は絶対受け取らないし、洗濯物の防犯として白布君のお下がりである男物の衣類をわざわざくれたり、アパートのご近所さんと顔を合わせた時は恋人のふりをしてくれたりすることもある。
白布君と私は同い年だけど、何だかお兄ちゃんができたようだとも密かに思っているので、一人っ子の私には白布君とのこの不思議な関係がとても心地よかったのだ。
.......でも、まぁ、白布君に彼女さんが出来たら、強制終了となってしまうんだけども。
それは、仕方ない。悲しいし、寂しいけど、白布君に迷惑を掛ける為に私の家をセーブポイントにしてもらってる訳ではないのだから。
「.............」
「.......どうした?」
「え?」
「や、箸止まってたから。なんか、考え事?お悩み相談してやろうか?」
「あー、セカンド・オピニオンを所望します」
「お前、いい度胸してんな」
ついぼんやりと余計なことを考えてしまい、食事が進んでないことを指摘されてしまった。流石医者のたまごだ。
別に悩みとかそういうのじゃないし、というより白布君本人に言う訳にもいかないし、結局ふざけて冗談を返せば白布君は至極面白くなさそうな顔をする。
それにけらけらと笑いながら「本当に何でもないよ」と告げて、そのまま食事と会話を続けた。
いつも通りお互いの近況や仕事の愚痴、世間話なんかを喋り続け、気が付けばデザートのミニパフェも綺麗にたいらげてしまっていた。
食後のお茶を飲みながら、白布君と話してると本当に時間があっという間に過ぎていくなと思いつつ、食器だけ先に流しに置いてこようと動こうとすれば、「俺洗うからいいよ」と白布君にストップを掛けられる。
「飯作ってもらったし、それくらいさして」
「でも、白布君疲れてるじゃん......」
「皿洗いするくらいの体力はある。元運動部なめんなよ」
お前は風呂でも入ってろと告げられ、私の返事を待たない内に白布君は食器を流しへ持っていき、そのまま洗い始めてくれた。
.......こういうこと、サラッとやってくれちゃうのが格好良いんだよなぁもう......。
優しい白布君に密かにキュンとしつつ、「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、お風呂入ってきます」と伝えて素直に浴室へと向かった。
▷▶︎▷
入浴後のスキンケアや歯磨きを済ませ、髪を乾かしてからからメインルームへ戻るとお客さん用の布団が既に敷かれていた。
白布君に敷いてもらってしまったことを詫びると、「俺がここで寝るんだから、自分で敷くのが道理だろ」とまた呆れた目を向けられてしまう。
本当に優しい人だなぁとほっこりしつつ、いつも通り「じゃあ、もう寝ようか」と電気を消そうとした矢先、なぜか白布君から待ったを掛けられた。
「え?あ、もしかして歯磨きまだだった?」
「いや、流しで済ました。ちゃんと掃除した」
「あぁ、なんか、逆にごめん」
今まで消灯時間に制止を掛けられたことはなかったので、目を丸くしつつ白布君の言葉を待っていると、白布君は暫く黙ってから、おもむろに自分の前へ座れと指示してくる。
何だかやけに改まっているような様子を見せるので、もしかしたら何か怒られるのではないかと少しヒヤヒヤしながらも白布君の前へ正座する。
ちなみに足元にはこれから白布君が眠る為の布団が敷かれていた。
「.............」
「.............」
「.......その、なんだ......いつ、言おうか、悩んでたんだけど......なかなか、タイミング無くて......」
「え、何......?良い話?それとも悪い話?」
「.......それは、城崎による」
「えぇー、ノーヒントに近い......」
普段よりもずっと固い声で紡がれる言葉に、すっかり眉を下げて何だろうと困惑する。
話の聞き手によって良い話か悪い話かが変わるって、一体どういう事なんだろう?
「.............!」
ぐるぐると考えて、一瞬にしてピンときた。
白布君のこの態度と、今の話。総合的に考えたら......もしかして、
「......もしかして、彼女、出来た......?」
「は?」
反射的に思考がうっかり口から零れてしまい、咄嗟に片手で覆うも時すでに遅しの状態だ。
しかも、情けないことに頭は真っ白になっていて、何か言葉を続けることがひどく困難だった。
あぁ、そうか。白布君、彼女ができたんだ。
そりゃあこんなに格好良いんだもん。少し怖いところもあるけど、それを上回るくらい優しいし、むしろ恋人が居ない方がおかしい。
「.............っ、」
片手で口を覆い俯いたままでいると、ふいにじわりと瞳に涙の膜が張った。
白布君に恋人が出来たら強制終了だと分かっていたはずなのに、実際その時が来たらこんなに狼狽えてしまうなんて。
結局、全然覚悟なんかできてなかったんだ。
あぁ、どうしよう。きっと白布君は困ってる。
いきなりこんな挙動不審になって、一体どうしたんだと戸惑っていることだろう。
だけど、どうしても顔を上げることが出来なくて、溢れそうになる涙を必死に堪えるだけで精一杯だった。
「............なぁ、城崎」
「.............」
「.......俺と、結婚しないか?」
「............................はい?」
俯いて涙を堪えていると、あまりに予想外なことを言われて思わず間抜けな声が出た。
うっかり聞き間違えたのかと思っておずおずと白布君へ顔を向けると、その端正な顔は見たことない程真っ赤に染まっていて二重に驚いてしまう。
「.............」
「.......いや、まぁ、直ぐにとは、言わないけど......俺もまだ、身分は学生だし......」
「.............」
「でも、絶対医者になる。ちゃんと卒業して、一人の医師として収入も安定して、色々整ったらまた改めて言わしてもらうけど......」
「......ちょ、ちょっと、待って......?」
白布君の言葉を遮るのは本当に申し訳ないのだが、私の思考回路が完全に処理しきれなくなってきたので思わず声を挟んでしまった。
しかし、すっかり混乱した私の声に、優しい白布君はちゃんと待ってくれるようだ。
深呼吸を数回して、頭に酸素を取り入れてから固まった思考回路をゆっくりと回す。
「.............」
「.......え、と......あの、......私に、とって......凄く、良い話なんだけど......」
「.............!」
「.......でも、あまりに、私に都合が良すぎて......だって、白布君、その、今まで、私と、......その、......つ、付き合ってない、よね......?」
「.............」
おずおずと事実確認をすると、白布君は何も言わずに少しだけ視線を下に落とした。
その様子を見て、もしかしたら私の知らないところで私が何かやらかしたのではと急激な不安と焦燥感が襲ってくる。
「あっ、も、もしかして私、白布君に何かしました......!?」
「.......いや、何もねぇ。付き合ってもない......けど、俺はお前のこと、ずっと好きだった」
「!!!」
寝惚け半分で白布君におかしなこと言ったり、失礼なことを仕出かしていたら本当にどう謝罪をしたらいいのか分からないところだったが、幸運にもそれは私の杞憂だったらしい。
しかし今、さらりと好きだと言われて再び頭と顔の熱が爆発した。
おそらく真っ赤になっているだろう私の顔をちらりと見て、白布君は小さくため息を吐く。
「つーか、俺のこと本当に好きなのか?ずっと友達......もはや兄妹?みたいに思われてんのかと思ってたんだけど」
「!!!」
白布君の鋭い質問に、たまらずギクリと心身が強ばる。
さ、さすが医者のたまごと言うべきか......問診内容が驚くほど適切である。
「.......そう、ですね......同い年だけど、お兄ちゃんみたいだなぁとは、思ってました......」
「.............」
そんな白布君を前に上手い言い訳を思いつけるはずもなく、ウソを吐けるはずもなかったので結局正直な気持ちを返せば、白布君は「やっぱりな」と言うように再びため息を吐いた。
「.......お前本当、ちゃんと考えて返事しろよ?言っとくけど俺は本気だから、そんな一時の感情で返事されても困るからな」
「.............」
「.......でも、悪いが今日振られたからといって、諦めるつもりも毛頭ねぇから。城崎に俺のこと好きになってもらうまで、何度でも言う」
「.............」
「.......だから、今の城崎の正直な気持ちを聞かせてくれ」
布団の上に正座をしたまま、白布君から告げられる真っ直ぐな言葉に思わず息を止めてしまう。
露ほども予想していなかった展開にすっかり放心してしまえば、白布君はまるでかつてのバレーの試合中のような、怖いほど真剣な顔を私に向けた。
殺気にも似た鋭い視線に心臓まで止まりそうになるも、時間をおいてこんがらがった思考回路が少しずつ解けてゆき、解け始めたところからぽつりぽつりと思考が口から零れていく。
「.......ぁ、の......私、白布君から......彼女出来たって......言われるのかと、思って......」
「は?......いや、何でそうなるんだよ。もし仮にそうだったら、俺最低過ぎるだろ」
「......でも、一番最初、って......私が、無理やり、連れ込んだし......」
「オイ、その言い方やめろ」
私の話に白布君は不愉快そうに顔を顰めた。
そんな顔も格好良いなんて、イケメンは本当に凄いと思う。
「.......でも、白布君に、彼女が出来たって思ったら......頭の中、真っ白になった」
「.............」
「.......私の家には、もう来てくれないんだな、って、思ったら......すごく、ショックだった......」
「.............」
「.......それってやっぱり、白布君のこと、......すごく、好きに、なってたからで......っ」
「.............!」
思考を、気持ちを素直に伝えなければと懸命に言葉を紡ぐも、段々いっぱいいっぱいになってきて、堪えきれなかった涙がぽたぽたと私の太ももを濡らす。
「.......で、でもね!あの、最初は本当、全然そんなつもりなくて、白布君のこと本当に心配だったから家に呼んだの!だ、断じて打算的だった訳では......!」
「.......うん」
うっかり泣き顔を晒してしまったことが恥ずかしくて、反射的に目元を拭いながら流れ落ちるそれを止めようとするも、一度堰を切った涙はそう簡単に止まるはずもなく、ついには喋れない程になってしまった。
「.......わかってる。」
「.............っ、」
必死に嗚咽を抑えながらただぽろぽろと涙を流す私に、白布君は至極優しい声で返答をくれて、おもむろに私の濡れた頬へ右手を当てた。
思ったよりも大きな手に思わずピクリと肩が跳ねると、白布君は親指の腹で私の目元を拭い、そのまま落ち着かせるように何度か頬を撫でてくれる。
そのあまりにも優しい手つきに、気持ちのタガが勢いよく外れた。
「.............っ、し、白布君っ」
「ん?」
「.......し、白布、君、が......好きです......っ......すごく、っ、すごく好きです......っ」
「.............っ、」
「.......こ、こんな私で、よかったら......っ、結婚、して、ください......っ!」
「.............」
気持ちと一緒に涙もどんどん溢れてきてしまい、まるで小さい頃に戻ったかのように泣きながら懇願する。
だって、白布君とずっと一緒に居たいって心の底から思ったんだ。
私以外の女の子のところになんて、絶対に行っちゃ嫌だ。
「.......言質、取ったからな」
「.............!」
嗚咽も鼻をすすることも抑えきれずに思い切り泣いていれば、白布君はぼそりと小さく呟いた後、私の直ぐ前まで身体を寄せ、そのままゆっくりと私に唇を寄せた。
瞳を伏せると直ぐに温かい体温が唇を包み、その優しい温度に壊れていた涙腺が少しずつ落ち着いていく感じがした。
まるでお互いに引き合う磁石のようにくっついては離れ、離れてはくっつきを何度か繰り返した後、少し強い力で白布君から抱き締められる。
「.......っあ゛ぁ~~~.......やっと俺のもんだ......」
「.......じゃ、じゃあ、白布君も......私の、もの......?」
「.......そうだけど、今ちょっとそういう事言うな。あんまり余裕ねぇ」
「!!!」
抱き締める腕を緩めることなくしんどそうに話す白布君に私も念のため確認すると、振り絞るような低い声が耳元で聞こえて堪らず身体が跳ねた。
こ、こっちの台詞なんですけど!それ!
「.......次、お互い休み合ったらどっか行こうぜ。城崎の行きたいとこ行こう」
「え?.......そんな、白布君も行きたいとこにしようよ。......でも、もしその時も疲れてたら、無理しないで家でゆっくりしようね」
「.............」
唐突に提案されたことに了承しつつも、研修生として何かと忙しい白布君のコンディションが最優先なことを告げると、白布君は少しの間口を閉じてしまう。
もしかしてちょっと誤解させたかなと思考回路が焦り始めた矢先、なんの前触れもなく苦しいくらいに強く抱き締められた。
「んぐぅ......!し、白布君っ、苦しい......っ!」
「.......うるせぇ、我慢しろ」
容赦のない圧迫に抵抗してもビクともしない相手に救済を訴えるも、返ってきたのはおおよそお医者さんの言葉とは思えない無慈悲なもので。
医療知識より、体力より、まずはその口元を穏やかにした方がいいのではと咄嗟に考えてしまえば、白布君はまるで私の思考を読んだのか、「だからうるせぇって言ってんだろ」と何も発言してない私の口元に荒っぽく噛み付いてくるのだった。
左手の薬指、予約しました。
(一生離す気ねぇから、覚悟しろ!)