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小学生の時、夏休みには毎年田舎にある祖母の家に家族でお邪魔していた。
周りに聳え立つ山々は、小学生の私にとってはまさに自然のアスレチックであり、歳の近い兄と朝から晩まで駆けずり回りながら夢中になって遊んでいたものだ。
私も兄も妙に運動神経が良いものだから、崖をよじ登ってどっちが先に上まで着けるか競争したり、どちらがより高い所から飛び降りられるか勝負したりと、今考えたら絶対に出来ないことを沢山やらかしていた。
そんなヤンチャな少年時代......間違えた、幼少時代を送っていたものだから、私も兄も全身に怪我が絶えなくて、両親や祖母にはよく怒られ、そしてよく心配されていたのを今でもしっかり憶えている。
その中でも、一度だけ急な斜面から足を滑らせてしまい、谷底まで真っ逆さまに転がり落ちたことがあった。
幸い、谷底には緑が生い茂っていて、その植物達が丁度いいクッションになり、10メートル程の高さから落ちたというのに奇跡的に命に別状はなかった。
ただ、その時は転がり落ちたことで全身を強く打ち、骨折して、コブができて、擦り傷切り傷のみならず無数の青アザが全身を覆い尽くしていて、自分の身体を心底「気持ち悪い......」と思ったのは多分、あれが最初で最後だった。
まるで自分が地球外生命体にでもなったように思えて、当時の私はひどく落ち込み、痛い上に見た目も気持ち悪い青アザの斑点模様に対して小さなトラウマを抱えるきっかけとなったのだった。
「っ、ひぃッ!?」
時は流れて、私は高校三年生になった。
本日の日直業務として担任のパシリ...否、お手伝いの為に、同じクラスの鷲尾君とクラス分のノートを国語科準備室に持ってきた直後のこと。
今は放課後、このクラスの最後の授業が体育で、バレー部である鷲尾君はジャージ姿のまま部活へ行くと話していたのだが、そこまでは全然良かった。
問題は、「今日は暑いな」と世間話をしながら捲った腕の内側に、青黒い内出血の斑点模様があったことだ。
幼い頃抱えたトラウマは高三になった今でも悲しいことにばっちり刻まれていて、それを見た瞬間に引き攣った悲鳴が出た。
「え、どうした?」
「あっ、いやっ、あの、えー、なん、でも、ない!」
「.......いや、それは無理があるだろう......」
咄嗟に奇声を上げた私に、当然鷲尾君は何事かと怪訝そうな顔をする。
今まで普通に会話してけらけらと笑っていたクラスメイトが、突然奇声を上げて挙動不審になれば、そりゃあ誰でも気になるだろう。
鷲尾君も例に漏れず、様子を窺うように少し屈んで私を見た。
「あー、あの、本当、気にしないでクダサイ!あの、本当に何でもないんで!」
「......すまん。俺、何かしたか?」
「いやいやいや!?全然!鷲尾君はいつも格好良いよ!ノートも殆ど持ってくれたし!本当にありがとう!助かりました!」
「.............」
久々に見る沢山の青アザに完全に血の気が引いてしまい、しかしながら鷲尾君に変な気を遣わせるのも違うと思い、何とかいつも通りのテンションを保とうとするが視線は鷲尾君ではなく国語科準備室の本棚に固定されたままだ。
いや、だってまさか、誰にでも優しくてイケメンな鷲尾君に「腕の青アザが気持ち悪いのでしまってもらえますか」なんて失礼千万な言葉、口が裂けても言えない。
とりあえず向こうはこれから部活らしいし、お互いカバンは持ってきてるんだからもうここで現地解散でいいんじゃないか?
よし、よし!それでいこう!
「あ、あー......日直、お疲れ様でした!鷲尾君と一緒で本当、嬉しかったよ!じゃあ、部活頑張っ」
「城崎、ちょっと待て」
「ひあぁッ!?」
「!?」
鷲尾君を見ないまま緊急回避を決めようとした、瞬間。
大きな手に腕をガシリと掴まれ、恐怖のあまりおかしな悲鳴がもれる。
妙に甲高い奇声に慌てて反対の手で口を塞ぐも、時が戻る訳でも無い。
パニックする頭で思わず掴まれている腕を見れば、鷲尾君の逞しい腕は晒されたままになっていて、そこからちらりと見える青アザに更に思考回路は混乱の渦に飲み込まれていく。
「わ、わ、わしおくんっ、だめっ、はなして!うでっ、はなして!」
「......離したら、逃げるだろう。申し訳ないが、説明がほしい」
「っ、じゃ、じゃあ、1回、はなそう!うでっ!......ああ、もう!はなして、ください!おねがいだからぁ!」
青アザのある腕から逃れようと思いっきり振り解こうとするも、鷲尾君の大きな手はびっくりするほど離れない。
握力どうなってんだと更にパニックしながら、今度は鷲尾君から距離を取ろうと足を前に進めようとしても、鷲尾君の足には接着剤でもついてるのかと思うくらいビクともしなかった。
ああ、もう、なんでこんなことに!
「.......城崎、こっちを向いてくれ」
「っ、や、やだ......それより、うで、はなして......!」
「こっちを向けば、離す」
「っ、~~~っ!」
鷲尾君との会話は虚しいくらい平行線を辿り、意外と頑固な鷲尾君にうっすらコンチクショウと思いつつゆっくりと身体を彼の方へ向けた。
だけど、どうしても腕の青アザを見たくないので、両目はギュッと瞑ったままだ。
「はい、そっち向きました!腕を離してください!」
「.......目を、開けたら離す」
「ハァン!?」
腹を括って振り向いたというのに、更なる要求を出されたことに思わず怒りと困惑の声がもれる。
いやいや、ウソでしょ?誰にでも優しいイケメンな鷲尾君は一体何処に行ったの?
もしや私が鷲尾君を見ていない内に、本当に地球外生命体になってしまったのではとパニックした頭で考え出したものの、いや、流石にそれはないなと一部の通常の脳みそがストップを掛けてくれた。
「こっちを向くということは、俺と目を合わせるということだ」
「......なんですかその後出しジャンケンずるい......」
「.............」
身長差ゆえに頭の上から降ってくる落ち着いた低音は、パニックした頭を冷ますようにゆっくりと浸透していく。
真っ暗な視界の中、鷲尾君に掴まれた腕の感触と自分の心臓の音、時折困惑の色を見せる鷲尾君の呼吸が目を開けている時よりもずっと大きく感じられ、もしかして目を閉じたのは失敗だったのでは今更ながら思ってしまった。
だけど多分、鷲尾君は私が目を開けるまで腕を離す気はないんだろう。掴まれている強さからして、頑なな意志を感じる。正直ちょっと痛くなってきた。
俯いたまま目を開ければきっと鷲尾君の腕の青アザが見えてしまう。顔を上げた状態で目を開ければ青アザは見なくて済むが、直ぐに鷲尾君と目が合うのは絶対に嫌だ。恥ずかしい。
正面とか横とかならギリセーフかとも思ったけど、私を掴んでいる腕とは反対の方の腕がどこにセットされているかが分からない中で目を開けるのはあまりに危険だ。
暫く黙ってぐるぐると思考を回していたが、私のちっぽけな脳みそは一番マヌケな回答しか用意出来なかった。
「.......ごめん。腕捲り、やめて......ほしい......です......」
「は?」
「.......あー、その、......青アザ、恐怖症で......本当、ごめんなさい......」
「.............」
結局これを話すならさっさと最初から話せばよかったのに......今までのやり取りが、これで全て意味をなさなくなってしまった。
俯いたまま自分のポンコツ加減にガッカリしていると、今まで全く離れなかった鷲尾君の大きな手が力無くするりと外れ、まるで血圧を測る機械から解放されたような独特の感覚がじわりと広がる。
「.......袖、戻したぞ。腕はもう見えない」
「.............」
鷲尾君の声におずおずと目を開けて、真っ先に彼の両腕を確認すれば言葉通りジャージの袖が手首まである状態だった。
そのことにたまらずほっとしてしまい、そのままの流れで鷲尾君の顔を見ると......その精悍な顔は、ひどく申し訳なさそうな色を浮かべている。
途端、心臓に何かがグサリと刺さり、やってしまったという後悔の念が体中を一気に駆け巡った。
「.......知らないとは言え、すまなかった。嫌な思いをさせたな」
「っ、」
「普段は、あまりアザにはならないんだが......昨日は、大学生と試合をさせてもらったから、流石に堪えたみたいだ」
「.............」
「.......理由はどうあれ、城崎を怖がらせたのは、全面的に俺が悪い。本当に、すまなかった」
己の腕を軽く摩った後、鷲尾君は折り目正しく私に頭を下げてくる。
そんな鷲尾君に対して、今度は違う理由で泣きそうになってきた。
だって別に、鷲尾君は全然悪くない。
私がただ馬鹿みたいにパニックして、だけど、理由を言えば絶対に鷲尾君は気にしてしまうから何とかうまく躱そうと思ってたのに、騒ぐだけ騒いで結局理由を話してしまい、鷲尾君に余計な気を遣わせてしまった。
元々私は頭が悪い方だと自覚していたけど、優しい誰かを傷付ける程の大バカにまでなってしまったことが、ただただ悲しくて、死にたくなる程申し訳なかった。
「.......違う。ごめん。鷲尾君は、全然悪くないから、謝らないで......」
「.............」
「......私の方が、ごめん。取り乱して......腕、凄く痛いの、知ってるし......鷲尾君が、バレーめちゃめちゃ頑張ってるのも、知ってるのに......私、最悪だ......」
「......城崎」
「ごめん、本当、ごめんなさい......」
「城崎」
「痛いの、早く......治ると、いいね......」
「.............」
ひどい自己嫌悪の波に襲われて、鷲尾君の顔を見ることができずに俯いたまま陳腐な謝罪と脆い願いを口にする。
ああ、どうしよう。今日、鷲尾君と日直作業が出来ることがとても嬉しくて楽しかったのに。
まさか、最後にこんな状況に陥ってしまうなんて。ああ、もう、完全に調子に乗ってた。
そんな反省を今からしても、何も事態は変わらないし、時も戻らない。
それでも、今日という日を朝からもう一度やり直せればとあまりにも典型的な現実逃避をしていれば、先程まで掴まれていた腕をなぜかもう一度掴まれ、強い力でグイッと前に引かれた。
鬱々とした考え事をしていた私の身体は慣性の法則のまま前へ倒れ、何やら固いものに不時着する。
「!?」
何事かと慌てて周りを確認しようとすると、頭の後ろと背中と肩に大きな何かが当てがわれ、そのまま隙間も無いほどぎゅっと密着された。
視界は真っ白で、もしかしてこれがホワイトアウトというやつではと混乱する頭で思った矢先...どうやらこれは、うちの体操着であることが徐々にわかってきた。
ということは、顔に当たるこの固いものは......
「.......自覚したのは、今なんだが...俺は、城崎が好きだ」
「.............」
「だから、そう自分を追い込まないでくれ」
「.............」
今の状況すら掴めてない私に、そんな爆弾発言を投下してくるなんて、この人やっぱり地球外生命体なのかもしれない。
一体何から対処していけばいいのかわからず目を白黒とさせながら黙りこくっていると、私の身動きを制限していた何かがふと緩くなり、一先ず顔をくっ付けていた固いものからおずおずと離れる。
その際宙ぶらりんになっていた両腕を目の前の固いものに置き、少し空いた空間を更に広く取ろうと腕を突っぱねようとした、瞬間。
「え......ぁ、」
大きな手が頬っぺたと耳に触れたと思ったら、そのまま流れるようにして鷲尾君の綺麗な顔が近付いてきた。
思わず間抜けな声が出て、どうすればいいのかわからなくなっていると、鷲尾君は少し顔を傾けて、徐々に瞳を伏せていく。
あれ、あれ?これ、は、まずい、の、で、は?
ぼんやりとした意識の中で焦燥感だけ募らせていれば、唇に熱い吐息が触れたことで急速に意識が戻り始めた。
「っ、ぁ、まっ、まって!」
「!」
胸の前で折り畳んでいた両腕に力を入れてグイッと前に押し出せば、恐ろしい程近くにあった鷲尾君の顔は何とか少し遠くなる。
「.......や、あの、......あの、決して、嫌な訳では、ないの、ですが......」
「.............」
「......でも、あの、今は、その、......は、反省、しないと、いけないので......」
「.............」
「だから、その、今日、は、ちょっと......ご褒美を、もらう、のは......違うと、いうか......」
「.......そうか......」
少し離れた鷲尾君と目が合った矢先、言い訳じみた言葉が次々と口をついて出てくる。
だけど、本当に嫌な訳じゃないし、死ぬ程恥ずかしいけど、私だって鷲尾君好きだし......
「.......あ、れ?ちょっと待って、私まだ、鷲尾君に好きって言ってな......」
今更ながら重大なことに気が付き、思わず鷲尾君の方へ顔を上げた途端。
まるで「知ってる」と言わんばかりに、言葉ごとパクリと食べられてしまうのだった。
エマージェンシー・エマージェンシー
(こ、この人やっぱり、地球外生命体なのかもしれない!)