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SNSで知り合ったゲーム友達、コヅケンさんから珍しく個人的な連絡が来た。
【友達が多分だいぶ煮詰まってるっぽいから、何とかしたい】という内容で、何かいい案はないかという相談だった。
コヅケンさんとはゲームの趣味は勿論のことお互いに性格や物ごとに対する考え方も何かと気が合い、尚且つ同じ都内に住んでいることが分かってからは実際何度か会って遊んだことがある。
彼の落ち着いた人柄からてっきり歳上の人だと思い込んでいたのに、実際は私より四つ下の男子高校生だったと知った時は、酷く驚いた。
だけど、話し方や雰囲気がやっぱりコヅケンさんに間違いなくて、そしておそらくコヅケンさんの方も女子大生である私のことを受け入れてくれたらしく、衝撃的なオフ会を乗り越え今も仲良くしてもらっている状態だ。
ゲームの腕は超一流、いつでもどこでも冷静沈着、完全無欠なコヅケンさんでも悩むことがあるんだなぁと少し意外に思いながらも、スマホから目を離し小さく息を吐く。
コヅケンさんのお友達さんがどういった内容で煮詰まってしまっているのかはわからないが、単なるゲーム友達の私に相談してくるくらいだから多分コヅケンさんの身内には話したくないような案件なんだろう。
そういえば、コヅケンさんは確かバレー部に所属していて、都内でもそこそこ強い学校なのだと前に話していた気がする。
もしかしたら、そのバレー部のお友達さんのことでお悩みなのかもしれない。
「.............」
くるくると思考を回すこと数分。残念ながら良案が思いつくことはなく、一先ず私が最近ハマっているリフレッシュ方法を提案してみた。
そして最後に、【もしよかったら、私がそのお友達さんを車で誘拐しましょうか?】とふざけ半分で付け加えると、思ったよりも早く返信が来る。
コヅケンさんからのメッセージには【採用。雨天決行でよろしく】とだけ書いてあり、思わずふきだしてしまった。
一見、文面だけではわかりにくいけど、これは相当テンション上がってるやつだ。
口元を片手で隠しながらクスクスと笑いつつ、私はコヅケンさんのお友達さんを誘拐する計画を立てるのだった。
▷▶︎▷
コヅケンさんから連絡を貰ってから数日後、ついに計画を実行する日がやってきた。
大学生、都内で実家暮らしの私が父親の許可を取り青い軽自動車を一日拝借し、教えてもらった住所をカーナビの目的地にしてコヅケンさんのお家へ向かう。
道がそんなに混んでなかったので待ち合わせ時間より五分ほど早めに到着したので一応連絡を入れると、ほど無くしてコヅケンさんが出て来てくれた。
「おはよ......荷物、トランク置いていい......?」
「おはようございます、まだ眠そうですね。トランク今開けます」
有名なスポーツメーカーのゆるっとしたTシャツに細身のジーンズを履いたコヅケンさんは、眠たそうにあくびをしながら大きめの巾着袋を二つ両手に抱えてきた。
まるで猫のような仕草に小さく笑いながら、一度運転席から下りてトランクを開ける。
「......それにしても、よく他所のお宅のお風呂セットなんて用意できましたね?最高過ぎます」
「......俺とクロ、家族ぐるみの付き合いだから......一応、クロの家にも許可取ってるから、そこは安心していいよ......」
私のトランクに積み込んだのは、コヅケンさんとそのお友達、本日のターゲットであるクロさんのお風呂セットだ。
今回の誘拐計画は、安心安全をモットーにターゲットであるクロさんを勝手に日帰り温泉に連れて行ってしまうという何とも面白いプランで、何も知らないクロさんを今から呼び出す所から始まる。
バスタオルや替えのパンツなんかはコヅケンさんがバッチリ用意してくれたので、あとはクロさんが何を持って家の外に出るのかがキモだった。
「......じゃあ、電話するね......」
「......寝起きだったら最高ですね」
ここでようやくシャンと目が覚めたのか、コヅケンさんがスマホを弄りながらスタート合図を鳴らしたので思わず本音をもらすと、コヅケンさんは可笑しそうに小さくふきだした。
そのままゆるりとクロさんへ電話を掛け、言葉巧みに外に来るように促す。
その会話を聞きながら、コヅケンさんは詐欺師にもなれそうだなぁなんて少し失礼なことを思っていれば、通話中の状態で「黒尾」さん宅のドアがゆっくりと開く。
そこから出てきたのは背の高い黒髪の男性で、パッと見私と同い年かもしくは年上にも見える程大人っぽい雰囲気を携えていた。
黒のTシャツに膝丈のハーフパンツ、サンダルをつっかけ、寝癖のついているクロさんの登場にコヅケンさんがニヤリと笑う。
「おはよ、クロ。じゃ、行こっか」
「は?」
通話を一方的に切り、朝の挨拶も程々にコヅケンさんは車のドアを開ける。
「ユズ、俺助手席いい?寝るかもしれないけど」
「構いませんよ。それよりここ、住宅街なので早く行きましょう。後ろに車来たらまずいです」
「そういうことらしいから、クロ早く乗って」
「......いや、いやいや、いやいやいや?え、研磨?なに?どういうこと?そしてどちら様?」
私とコヅケンさんの言動に、クロさんは当然狼狽え始める。
大柄な男性があたふたとする姿は案外可愛いものがあるなと他人事のように思いつつ、にこにこと笑いながら黙って運転席へ座った。
何も知らずに困惑するクロさんを無理やり私の車へ乗せ、コヅケンさんが助手席に乗り込んだのを確認すると、騒ぐクロさんを無視して楽しくアクセルを踏み込んだ。
「ちょいちょいちょい!?何!?マジで何なの!?どういうことなの!?俺寝起きなんですケド!?」
「クロ、うるさい。あと危ないからちゃんとシートベルトして」
「オイヨイヨイまずは説明が先だろ!?あとお姉さんマジで誰!?」
「ふはっwリアルで水ど●をやるとこうなるんですねwなるほど、最高ですw」
「勝手に俺でデータ取るのやめてクダサイ!!」
何も事情を知らないクロさんは可哀想なくらい困惑しているようだが、コヅケンさんはニヤニヤと笑うだけでなかなか説明しようとしない。
この計画を提案したのは私だけど、実行を決めたのはコヅケンさんなので、彼が何も話さないのなら私もネタばらしはしないでにこにこと笑いながらハンドルを切っていた。
「どっちでもいいから説明してくれよ!怖いんですけど!俺どこ連れてかれるの!?何なの!?」
「.......クロは今日、誘拐されたんだよ。俺とユズにね」
「は?」
もはや軽くパニックを起こしてるクロさんに振り返り、コヅケンさんは心底愉しそうに笑う。それはまるで、本当の誘拐犯のように。
「だから、被害者らしくおとなしくしてれば?」
「.......ゆ、誘拐っておま、」
「あ、身代金とかは一切要求しませんので、そこはご安心を」
「.............」
コヅケンさんの言葉にひくりと顔を引き攣らせるクロさんをバックミラー越しに見て、一応話の補填をしておく。
まあ、誘拐と言っても犯人の片割れはクロさんの幼馴染みであり、素性も何もかも熟知しているのだから、いわばお遊びでの誘拐事件だ。
本来の目的は“煮詰まっているクロさんを気分転換させたい”ということなのだが、クロさんがあまりにも予定通りのリアクションを取ってくれるので私もコヅケンさんもすっかり楽しんでしまっていた。
本当、動画でも撮っておけばよかったなと思うくらい楽しかった。
そのまま楽しいドライブは続き、途中のコンビニでクロさんの朝ご飯を購入する。
それでもコヅケンさんは詳細を一切話さず、そして同様に私もクロさんに事情を話せず、とりあえず簡単な自己紹介と身分証だけ彼に見せてほんの少し安心させることしか出来なかった。
コヅケンさんのこういう徹底したところ、とても好感が持てますと伝えれば、コヅケンさんはまた愉しそうに小さく笑うのだった。
▷▶︎▷
目的地である奥多摩の温泉へ無事に到着し、車から降りてグッと身体を伸ばす。
我ながら完璧な駐車位置だなと密かに自画自賛していれば、後部座席からおそるおそるクロさんが降りてきた。
訳もわからず山の中へ連れてこられて、少し恐怖を感じているらしい。
「.......え、俺、もしや殺されるの......?」
冗談かと思いきや割りと本気で聞いてきたようで、顔を青くしているクロさんにコヅケンさんと私が同時にふきだす。
「......もし、そうだったらどうする......?」
「.......最期に、バレーがしたいです......」
真面目なトーンで繰り出される二人の会話が可笑しくてまたふきだしながらも、私はトランクから自分の荷物と彼らの荷物を出して車に鍵を掛けた。
「残念ですが、ここでバレーはできませんね」
「.............?」
コヅケンさんの荷物を渡し、その後クロさんの荷物を渡す。
不思議そうな顔をするクロさんだったが、巾着袋には小さな字で「ケンマ」「テツくん」と書いてあったので直ぐにどっちがどっちの荷物であるかがわかった。
どうやら、朝にコヅケンさんが言ってた家族ぐるみの付き合いというのは相当長年のモノらしい。
「なので、たまにはのんびり、ゆっくりしませんか?」
「え?」
にっこりと笑う私に、クロさんは切れ長の目をきょとんと丸くする。
そういう顔は確かに高校生っぽい。
「クロ、##NAME3##、行こう」
コヅケンさんに呼ばれ、お風呂セットが入ってるカバンをヨイショと背負い直してから、先に歩くコヅケンさんの後をクロさんと一緒に追うのだった。
▷▶︎▷
御食事処で待ち合わせということだけ決めて、時間指定はせずに二人と別れた。
ちなみに入湯料などは事前にコヅケンさんがクロさん宅の方に頂いていたようで、財布も何も持ってきてないクロさんの分を私がカンパすることはなかった。
コヅケンさんの手際の良さには毎度の事ながら舌を巻いてしまう。
今回のターゲットであるクロさんは温泉施設を見ても未だにポカンとした顔をしていたが、温泉自体は嫌ではなかったようでここに来て初めて嬉しそうな様子を見せてくれた。
マイブームである温泉リフレッシュ案が無事に成功したのかは定かではないが、攫ってきたクロさんがマイナスな反応を示さなかったのでとりあえず良しとしよう。
多分、煮詰まっているクロさんがちゃんと気分転換できるかどうかは一緒にお風呂に入ってるコヅケンさんに掛かっているんだと思う。
「.............」
頭や顔、身体を洗い終わり、真っ先に露天風呂へ浸かった身体を思い切りグッと伸ばす。
程よい外気と安心する水温に心身共に柔らかになり、たまらずほっと息をついた。
山の緑と温泉の心地良さに意識を奪われながらも、コヅケンさんとクロさんの心配事が少しでも軽減されることをひっそりと願うのだった。
▷▶︎▷
俺の人生史上初、誘拐されるという珍事件が起こった。
しかも誘拐犯の一人は俺の幼馴染みで、顔も名前も好きな食べ物も知り尽くしてる、いわば滅茶苦茶身内による犯行だ。
寝起きドッキリなのかと思ってたら予想以上に車移動させられ、山奥で降ろされた時には正直少し恐怖を感じた。
何しろ寝巻きのままで連れてこられたのだ。スマホは辛うじて持っていたものの、財布が無い。
万が一ここで置いていかれたら確実に詰んでしまう。
そんな不安に駆られる俺を他所に、誘拐犯である研磨とユズさんは腹が立つ程楽しそうに笑った。
都内の大学生であるユズさんはどうやら研磨とゲーム友達のようで、ネットで知り合ったらしい。
ここに来るまで車内では二人のゲームの話がひっきりなしに交わされていたので、お互いに相当やり込んでいるようだ。
その情熱を少しでいいからバレーボールに向けてくれよと内心で思いつつ、人見知りをする研磨がここまで気楽に話す姿に少しばかり驚いた。
うちの男バレのヤツらとか、烏野のチビちゃんとか梟谷の赤葦とか、研磨が普通に話してるヤツも勿論居るけど、相手が女の子で、しかも歳上の人に自然体でいる研磨を見るのは至極珍しいことだった。
しかも、お家大好きなあの研磨が、こんな遠出も出来るくらい仲が良い間柄のようだ。
「.......なぁ、ユズさんとはいつ知り合ったんだ?」
「.......一年の......夏頃?」
「じゃあ一年くらいしか経ってねぇんだな?というかケンマ君?そもそもネットで知り合ったヒトの車に乗せてもらうっていうのはちょっとどうかと思うよボクは?」
「何言ってんの?クロもちゃんと身分証見たでしょ?それに俺、ユズの個人情報ならちゃんと掴んでるから大丈夫だよ」
「待って。さらっと違う事案発生させないで」
露天風呂に浸かりながら、恐ろしいことを零す研磨に薄らと血の気が引く。
色々と聞きたいことはあるが、幼馴染みの好として研磨の身の安全を心配した矢先、思いもよらない爆弾発言を持ち出されて違う意味でもっと心配になってしまった。
何かと浮世離れしがちなコイツにどう伝えればいいものかとたまらず頭を悩ませれば、研磨は山の緑を見ながら思い切りグッと身体を伸ばした。
「.......まぁ、こんな気持ちいい所に来られたんだからもういいじゃん。堪能しないと勿体無いよ」
「.............」
この話はもう終わりだと言うように、そのままそっぽを向かれてしまう。
そういうことじゃないだろと思いつつも、昼間から入る山奥の露天風呂というのは恐ろしい程に心地が良く、頭も身体もどんどんふやけていくような感じがした。
「.......ったくもー......温泉行くなら行くで先に話しておけよな......なんでこんなトリッキーなやり方すんだか......」
「.......おたおたするクロ、めちゃめちゃ面白かったよ」
「寝起きであんなんされたら誰でもパニクるだろ!?笑ってんじゃねーヨ!」
今朝の俺の痴態を思い出してか、可笑しそうに肩を震わせる悪魔のような幼馴染みに加減することなくお湯をひっかけてやる。
濡れた顔を顰めて「ちょっと、やめてよ」と文句を零す研磨だが、風呂から出るつもりはないようだ。
俺から少し距離を取り、適当なところでゆっくり湯に浸かる研磨を見ながら、俺も一度座り直して垂れてきた前髪を後ろへ流す。
大きく息を吐きながら肩まで浸かると、心地良い水温と水圧に身も心も包まれて、知らず知らずのうちに溜まっていた日頃の疲労やストレスがじわじわと身体から抜けていくような気がした。
まるでアク抜きでもされているようだ。
「.............」
「.............」
暫くの間俺も研磨も無言のまま湯に浸かり、下に流れる川の水音と山に住んでいるのだろう鳥のさえずりしか聞こえない時間が生まれる。
研磨とは長い付き合いなので、こういう沈黙が気まずいなんて思うことはなく、存分に温泉を堪能させてもらった。
元から風呂は好きな方なので、合宿以外でもこういう大きな風呂に入ることが出来るのは、個人的にとても嬉しい。
しかし、まさか研磨からこんなサプライズを寄越されるとは思ってもみなかったので、今回は本当に驚いてしまった。
ユズさんも初対面の相手だと言うのによく協力するよなと考えた途中、狼狽える俺を見て心底楽しそうに笑っていた顔を思い出し、たまらず瞳を伏せてため息を吐く。
あの人は多分、楽しいことに全力投球できる人なんだろう。そこに善悪、遠慮や配慮なんかは全くない。
だけど、そうやって楽しいことに本気を出してくれるから、きっと研磨はユズさんのことを気に入っているのだ。
バレーもゲームも中途半端が一番嫌いな研磨である。バレーは疲れるからヤダとよく言うが、やるからにはその賢い金色の頭をこれでもかとフル回転させ、緻密な戦略を組み立てる。
俺ら音駒の大事な背骨であり、心臓であり、司令塔である脳なのだ。
「.......あー......バレーしてぇな......」
「.............」
温泉に浸かりながら、ふやけた頭で考えたことがぽろりと口から零れる。
高校三年生という立場から、最近は進路やら将来やらで少し気が滅入っていたこともあり、何よりも好きなバレーになかなか集中出来ない時があった。
それがまた焦りを生み、突破口が見つからないまま疲労やストレスを溜め込んでしまっていた。
「.............」
だけど、今は素直にバレーがやりたいと思う。
俺の人生はやっぱりバレーボールを中心に展開されているのだ。
あの日、猫又先生に出逢い、ネットを下げてもらってから。できる喜びを知ってしまった俺は、きっともうバレーから離れることが出来なくなってしまった。
「.......クロは本当、バレー馬鹿だね......」
チャプン、と小さな水音を立てて、少し離れたところに座る研磨はおもむろに俺の方を見る。
濡れた長めの金髪が線の細い身体に張りつき、研磨の中性的な外見をより強調しているように感じた。
「.......オーヨ。ここまで来たらもう、死ぬまでバレー馬鹿で居てやるよ」
「.......ここまでって、まだ17のくせに......」
「今年で18ですぅ!もう立派なオトナだろ!エロ動画だって解禁なんだぞ!」
「残念だけど、高校在学中はそういうの見れないよ」
「え。ウソ......」
思わぬ情報にたまらず動きを止めてしまえば、研磨は濡れた横髪を耳にかけながら小さく笑った。
「.......少しはスッキリしたみたいだし、俺は先に上がってるね」
「.......え?」
研磨は唐突にそう言うが否や、さっさと湯船を後にしてしまう。
慌てて呼び止めるものの、「クロはもう少し入ってていいよ。温泉、好きでしょ?」と返され、その後は一度も振り返らずに露天風呂から上がって行ってしまった。
「.............」
一人露天風呂に残された俺は、どうしたもんかと戸惑いつつも結局またゆるゆると心地良い水温へ戻ってしまう。
「.......えぇー......そういうこと......?うそだろ......」
先程の研磨の言葉と顔が頭の中で繰り返され、思わず濡れた両手で顔を覆った。
あの口振りは多分、俺がここ最近進路のことで煮詰まっていたことを勘づいていたに違いない。
それで、この日帰り温泉誘拐計画を企てたということなら......俺を、心配してくれていたのかもしれない。
この計画が自分一人では出来ないから、もしくは自分一人でやるのは恥ずかしいから、ゲーム友達であるユズさんを巻き込んだのかもしれない。彼女と実行するなら他の音駒生にバレることはないし、何かと都合の良いキャラクターであることは事実だ。
「.......えー......泣きそう......」
今露天風呂に居るのは自分一人である。
それをいい事に、独り言を連発する。
普段から素っ気なく、希薄な印象すら覚えるあの幼馴染みが、自分の為に行動してくれたのだと思うと何だかこう、くるものがあるのだ。
こんなことを聞かれたらきっと夜久なんかには「お前いくつだよ」と顔を顰められるだろうが、今はそんなツッコミを入れてくる相手が居ない。
何だかんだ問題のある奴ではあるが、昔から研磨はとても優しいのだ。
大きくなって少し、いや、だいぶひねくれてしまった所もある幼馴染みだが、変わらない優しさに少しだけ胸が温かくなり、ニヤける口元を片手でおさえながら再び肩まで湯に浸かるのだった。
▷▶︎▷
お風呂から上がるとコヅケンさんが先に席を取っておいてくれて、クロさんの姿は無かった。
聞けばクロさんは長風呂派らしいというので、先に二人で遅めのランチを頂くことにした。
お風呂でのクロさんの様子を聞けば、コヅケンさんは小さく笑いながら「上々だった」と返してくれたので、少しは気分転換になったようだ。
そのことに少しだけほっとしながら、本日の魚定食とジンジャエールを選んで席に着く。
コヅケンさんとゲームの話をしながらお昼ご飯を食べていると、暫くして髪の毛を下ろしたクロさんが登場した。
髪の毛がセットされてないと年相応に見えるが、体格の良いクロさんが髪を下ろすと男前度がまたぐんと上がる気がする。服が寝巻きのままなのが面白いけど何とも惜しい。
「えー、二人して先に食ってるの?普通待たない?」
「もう2時近いし、お腹空いたから。クロも早く選んできなよ」
私達の所へきた途端、拗ねたように口を尖らせるクロさんにコヅケンさんはにべもなくそんな返答をする。
二人の会話に小さく笑いつつ、クロさんの分の冷たいお茶を取ってこようと席を立った。
無料で提供されてるお茶をコップに注ぐ途中、後ろから「城崎さん」と声を掛けられて振り向くといつの間にか背の高いクロさんが背後に居て少しだけ驚いてしまった。
「どうしました?あ、もしかしてお茶、要りませんでした?」
「いや、そういうことじゃなくて......」
わざわざこちらに来たということは何か私に用事があるということだろう。
お茶のことかと思ったら予想外れだったようで、おとなしくクロさんの言葉を待っていると、クロさんはおもむろに私と視線を重ね、そして少しだけ頭を下げた。
「今日はありがとうございました。おかげで色々とスッキリしました」
「.............」
律儀に下げられた頭に少しだけ目を丸くしてしまったが、告げられた言葉には気分転換成功を示唆する言葉が入っていたので、たまらずほっと息を吐きながらにっこりと笑ってしまった。
「それはよかった。トラトラトラです」
「.......ぶはッw」
我、奇襲に成功せり。そんな意味合いを持つ戦時中の電子暗号をうっかり口にしてしまえば、どうやらクロさんにも通じたのか少し遅れて可笑しそうにふきだした。
「本当、してやられましたよ......」
ケラケラと笑いながら言葉を零すクロさんはとても楽しそうで、その笑顔にほんの少しだけ胸の奥がきゅっとする。
イケメンの笑顔って尊いなぁと場違いながらに思っていれば、クロさんは少し長めの息を吐いてから再び私の方へ視線を向けた。
「......このお返しは、いつか必ずしますので待っててくださいネ」
そう言ってにっこりと格好良く笑うクロさんに、最近の高校生は末恐ろしいなと思いつつ、「じゃあ楽しみにしてますね」と何の気なしに私は答えた。
その一年後。大学生になったクロさんから温泉旅行の誘いが来て、そこで告白されることになるとはこの時の私は露ほども考えてなかったのでした。
どうやら俺、だいぶ欲張りなようなので?
(欲しいもの、全部欲しがって何が悪い!)