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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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「.......と言う訳で、僕達お付き合いすることになりました」
月曜日のお昼休み。心無しか嬉しそうに話す松川君に手を繋がれ、あまりの恥ずかしさに顔を隠す。
この場にいるのは三組のユリと花巻君、五組の岩泉君、そして六組の及川君だ。
松川君のお付き合い宣言に一同はわっと盛り上がりを見せた後......それぞれが唐突にため息を吐いた。
「え、何その反応......もっとお祝いしてよ」
「いや、お祝いはしてますけど?君ら付き合うまで長過ぎだからね。こっちとしては“あー、やっとくっついたかー”っていう安心感の方が大きいっていうの?」
「コレで今日まっつんがフラれてたらもうどうしようかと思ったよ~。葉山ちゃん......というより、ユリちゃんが敵となるとなかなか難しいからさ~」
「もしそうなったら全身全霊で男バレ迎え撃つつもりだったけど~......葉山がちゃんと選んだんなら、それが大正解だから」
みんなの反応に眉を寄せる松川君に対し、花巻君と及川君はやれやれだぜとも言いたそうな顔で言葉を返し、ユリは相変わらずにこにこと可愛く笑いながらも私の空いている方の腕をぎゅっと組んだ。
唯一岩泉君だけが腕組みしつつも「よかったな」と寄越してくれて、松川君は眉を下げて小さく笑う。
「葉山から、何か一言ないの?」
「.......そうですね......皆様には、大変お世話になりました......」
「何?今日お通夜なの?一人だけテンション低過ぎじゃね?」
そんな中唐突に花巻からコメントを求められ、恥ずかしさと居た堪れない気持ちが綯い交ぜになりながら粛々と答えると、真顔でカウンターを食らった。
「つーか昨日、した?初ちゅー」
「!?」
「いや、めっちゃしたかったけど我慢した。俺、雰囲気大事にしたい派なので」
「!?」
「さっすがまっつん!素晴らしい!マッキーはがっつくの、そろそろ卒業しなね?男は心の余裕が大事だよ?」
「とか言ってお前、この前盛大にフラれてたじゃねぇか」
「岩ちゃん!!あれは!!俺が!!フッたの!!フラれてないから!!」
「コラコラ、葉山居る前でそういう話やめな~?......で、松川君。好きな下着の色は?」
「ユリ!!そういうの本当にやめて!!怒るよ!!」
「咲田が一番キレさせてんじゃねぇかw」
今までのこともあり、からかわれることはもうわかってたけど、やっぱり居た堪れない気持ちが強くて思わず悲鳴のような声をあげれば、周りは可笑しそうにどっと笑った。
ああ、もう、これだからこのメンツで会うのは嫌だったのだ。
確かに沢山協力してもらったし、迷惑もかけたし、とても感謝してるけど、でも、それとこれとは別問題というか、できるものならそっとしておいてほしい!
「で、今日はデートすんの?」
「花巻君!怒るよ!!」
「あれ?部活は?」
「俺達月曜が定休日なの。だから今日はお休み~...あ、じゃあユリちゃんは俺とデートする?」
「えっ、そうなの?いいこと聞いた♪ちょっと金田一君のとこ行ってくる~!」
「え、ちょ、ちょっとユリちゃん!ウソでしょ!?待って!?及川さんじゃダメ!?」
花巻君の軽口にたまらず噛みつくと、その横でユリと及川君が男バレの定休日の話をしていて、その後直ぐに走り出したユリの後を及川君が追い、この場から居なくなった。
「.......え、もしや咲田、今から金田一のことデートに誘う感じ?」
「割りとマジだったんだねぇ......すっげー混乱する金田一が目に浮かぶ。しかも及川まで居るし」
「ユリ、格好良くて可愛い、真面目な人が好きって言ってた......」
「可愛いかはわからんが、金田一は男前で真面目だな」
ユリと及川君が走っていった方向を見ながら、花巻君と松川君、私、岩泉君と会話を繋ぎ、おもむろに四人で視線を合わせる。
「ヨシ、面白そうだから見に行こ。行くぞ岩泉」
「あー、クソ川居ると金田一可哀想だしな......アイツクソだから、絶対やっかむぞ」
「どうせなら国見も巻き込もうぜ」
「花巻、今ライン送った」
「さっすが俺らの参謀wそういうとこだぞw」
「.............」
男バレ三人でテンポよく言葉を交わすのを黙って見てたら、こういう時本当に楽しそうな顔をする花巻君がゆるりと私の方へ視線を寄越した。
「んじゃ、また教室でな」
「ぅわっ」
なんだろうと思った矢先、その大きな手でぐしゃりと頭を撫でられ、驚いた声をあげると可笑しそうにけらけらと笑われた。
そのまま岩泉君と共におそらくユリと及川君を追い掛けに行ってしまい、気が付けばこの場に残っているのは私と松川君の二人だけになる。
「.......あれ?松川君は行かないの?」
「え、......あー、葉山さんが行きたいなら行くけど」
「や、いい、行かない。あのメンツ、絶対目立つもん」
松川君がこの場に残ってるのが少し意外で声を掛ければ、そんな言葉を返されたので慌てて首を横に振った。
私の反応に松川君はくすりと笑い、「じゃあ、俺も行かない」と小さく呟く。
その際に繋がっている手を少しだけ強く握られて、たまらずきゅっと口を結んだ。
「.............」
「.............」
そのままお互いに何も喋らない時間が生まれてしまい、何となく落ち着かなくて空いている方の手で前髪を整える。
私と松川君が付き合うことになった話を、同じクラスのユリと花巻君には朝イチで報告して、お昼ご飯を食べた後六組の及川君と五組の岩泉君に話した。
しかし、その後直ぐにみんな一年生の教室へ向かってしまったので、スマホの時計を確認すると次の授業にはまだ余裕のある時間だった。
ちなみに、みんなで集まってたのは開放厳禁の屋上に繋がる階段の踊り場で、周りを気にせず多人数で集まるにはうってつけの場所だ。
常に鍵が閉まっているので、屋上へ繋がるこの階段を昇ってくる人もあまり居ない。
そんな場所で松川君と二人きり、手を繋いで立っているという現状に今更ながら緊張してきてしまい、どうしようと視線を宙に泳がせた。
「.......葉山さん。今日の放課後、空いてる?」
「え?......っとと?」
静かな空間から一転、松川君は繋がってる私の手をゆるく引きながらそんな質問をしてくる。
引かれた方向へ何歩かよろけると、松川君は階段の壁際へ背中をぴったりと付け、よろけた私の身体を流れるような動作でふわりと包み込んだ。
驚きのあまり目を丸くしたまま固まってしまう私とは対照的に、松川君は余裕そうに「この位置なら、下の階から見えないデショ?」と小さく笑った。
確かにここなら、誰かが階段をしっかり上がってこない限り人の目にはつかない。
だけど、人目が無いから大丈夫というのも、なんか、違うというか、とにかく、恥ずかしくて仕方が無かった。
「空いてるなら、デート誘って?」
「え......えぇッ!?」
「だって、前に言ってたじゃん?今度は私から誘うね~って」
「.............!」
腰の後ろでがっちり組まれた腕と、目の前にある逞しい身体。上から降ってくる甘く低い声と、制服越しに伝わってくる体温。
これらの情報が一気に入ってきて、私の拙い思考回路は直ぐにいっぱいいっぱいになってしまう。
確かに前に松川君にはそう告げた記憶はあるが、まさかこの状況でそれを持ち出されるとは思ってもみなかったので、顔を真っ赤にしたまますっかり何も言えなくなってしまった。
「買い物?ラーメン?それともカラオケ?......葉山さんと一緒なら、きっとどこも楽しいね」
「.............っ、」
そんな状態の私を抱き締めたまま、松川君はまるで歌でも歌うような口振りで次々と追撃して来る。
どうしよう、どうしよう。ああ、でも、やっぱり、ダメだ。
頭の中も目の前もぐるぐると回り、一度ぎゅっと目をつむってから、ゆっくり息を吐きつつ再び目を開けた。
「.......ま、松川君......あの......私、松川君と行きたい所、いっぱいあるし......私も、本当、松川君と一緒なら、全部最高に楽しいん、だ、けど......」
「.............」
「.......じ、実は......今週中、予備校のテスト期間でして......今日は講義取ってないから空いてるんだけど、......明日から、怒涛のテストラッシュで......」
「.......あらら」
「ごめん、本当、タイミング悪くて......まさか、このようなことになろうとは、全く思ってなくて......」
「......まぁ、そうだよねぇ......俺達、受験生だもんねぇ......」
「.............」
頭の上から降ってくるため息に、ズシンと心が重くなる。
やっぱり予備校のことは黙っていた方が良かったかもと一瞬考えたが、もしこのまま黙ってたら折角松川君と一緒に居るのに絶対テストのことをどこかで考えてしまい、楽しい気持ちが半減してしまうだろう。
だったらもう、素直に言ってしまって、あとは松川君からの判決を待った方が良い気がした。
「.......だから、その......松川君さえ、良かったら......一緒に、勉強しませんか......っ」
「.............」
「その後、ご飯とか、一緒に食べたいなぁ、なんて......」
「.............」
「あ、でも、私と違って貴重な週1の休みだし、そもそも松川君はテスト自体無い訳で、だから、断ってくれても全然構わないので!完全に私の都合だし!」
思い切って誘ってみたものの、直ぐにやっぱりこれは無いなと思い直し、慌ててフォローするような言葉を続ける。
正直なところ、めちゃめちゃ松川君と遊びに行きたいし、買い物もカラオケもすごく行きたい。
だけど、それらを全力で楽しめる状態じゃない時に行けば、きっと私は後悔する。
松川君との時間に、最高に楽しい気持ちに自ら水を差すなんて、あまりにも勿体なさ過ぎるじゃないか。
「.............」
「.............」
「.......もう、本当さァ......予想の斜め上を行くんだから......」
「っ、ごめ......わ、わっ」
折角付き合えることになったのに、よりによって一番最初に誘う言葉が「一緒に勉強しよう」だなんて、色気も面白みも何も無い自分に心底落胆していると、ため息と共に呆れたような言葉を零され、とっさに謝ろうとすれば少しだけ強く抱き締められた。
頭の上に端正な顔を埋められ、ゆっくりと深呼吸される。
「まっ、松川君!?あの、あのっ」
「.......うん。今日は勉強デートでいいから、吸わせて」
「吸......ッ!?」
身体同士がぴったりとくっつき、すぐ近くで松川君の体温と吐息を感じるこの状況に羞恥と混乱が爆発する。
慌てて距離を取ろうとしてみるも、思ってた以上に力の差があるようで、腕を突っぱねようとしてもビクともしなかった。
「.......あ〜......本当、良い匂いするよね......やっと合法で吸える......」
「.......ご、合法、って......」
「うん......前は違法で吸っちゃってごめん。我慢出来なくて、つい」
「.............」
焦る私とは対照的に、松川君は至ってのびのびとした様子でそんなおかしな話を口にする。
おそらく合法というのは、私と付き合い始めたからということだろうけど......いや、それでも、合法って何だ。もっと別の言い方無かったの?
松川くんの発言にじわじわと笑いの波がきてしまい、少し間を置いてからたまらずふきだしてしまった。
「あはは!何それっ、合法とか、完全にヤバいヤツじゃんっ」
「.............」
一旦笑ってしまえばあっという間に可笑しさが広がって、松川君に抱き締められているままではあるものの、その腕の中でケラケラと笑いを零してしまう。
松川君はその切れ長の目をきょとんと丸くして暫く私を見ていたけれど、私の笑いが伝染したのが目元をゆるりと甘く緩めた。
「.......うん。本当、ヤバい......」
「.......え......?」
囁くような声量で言葉を零したかと思いきや、気が付けば松川君の綺麗な顔が目の前に迫っていて、びっくりして笑うことを引っ込めたと同時に、松川君との距離がゼロになった。
突然のことに固まることしか出来ず、呼吸すら忘れてただ硬直していると、唇に当てられた熱がゆっくりと離れていく。
「.............」
「.............」
至近距離のまま、ぼんやりと見つめ合う。
本当に綺麗な顔だなぁと明後日なことを考えていると、松川君は何かを考えるように一度小さく頷いた。
「.......匂いは紅茶?っぽいのに、味はミントなんだね」
「.............ッ!?」
告げられた言葉に、どっと顔が熱くなる。
最近私が付けているリップクリームは、確かミントのフレーバーのものだ。
それで、松川君が「ミントの味がした」ということは、つまり。
「.......ふ......雰囲気、大事にしたい派だって、言った......!!」
「うん、言ったね。バッチリだったでしょ?」
「そ、な、わ、わかんないよッ!!」
「えー、俺的にはバッチリだと思ったんだけどなァ」
本当に突然キスされたことに頭が沸騰しきってる私に対し、松川君は悪びれもなく「じゃあ、もう一回しとく?」としれっと提案してくる。
その流れで悪戯に顔を寄せられ、羞恥と動揺に耐えきれず悲鳴に近い声で松川君を呼ぶと、楽しそうな笑顔が返ってきた。
.......いつかの朝の満員電車で、潰されていた私を助けてくれたあの日。
まともに顔すら見えなくて、名前も知らない人だったのに、今こうして笑って話していることが、本当に不思議で、そして、本当に奇跡みたいだと感じてしまう。
だけど、その奇跡って多分、自分一人の力では絶対に手に入らないものだった。
花巻君に松川君のことを話して、関係を繋いでもらって、自分の気持ちをきちんと自覚させてもらって。
ユリに可愛くなる方法を教えてもらって、恋愛の厳しさも教えてもらって、及川君に諦めない心を諭してもらって、いっぱい励ましてもらって。
岩泉君にもちょこちょこ助けてもらったし、...杉崎君には、告白する勇気をもらった。
そして、松川君には恋する楽しさも、幸せな気持ちも沢山もらって、......辛いこともあったけど、でも、やっぱり“好き”って気持ちを知ることが出来たのは、私の人生で幸せなことだったと思う。
何より、私のことを好きだと言ってくれた松川君には、どう御礼を言っても言い足りないくらいの感謝の気持ちが溢れているのだ。
この気持ちをどうやって返していけばいいのかはまだ分からないけど、楽しそうに笑う松川君を見て、この優しい人がこの先ずっと幸せで居られますようにと願わずにはいられなかった。
mint
(ありがとう。あのね、大好き。)
End.