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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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日曜日。ユリとユリのお母さんにお礼を述べてからそのまま直接予備校に行き、今日ももりもり勉強する。
金曜日の一件から、堰き止められてぐるぐるしていた色々な感情を昨夜ユリに打ち明けることが出来たおかげか、今日は随分と気分がスッキリしていて、昨日よりもずっと勉強に打ち込むことが出来た。
それでも、松川君のことを思い出すとやっぱり少しだけ心が痛むけど、月曜日にはちゃんと笑って話せるような気がする。
いきなり好きな気持ちを消してしまうなんてことは出来ないから......少しずつ、時間をかけて、この気持ちを冷ましていけたらいいと思う。
それと、あの優しい松川君があの一件を気に病んでしまってないかも心配だった。
とは言っても、困らせるようなことを言ったのは自分なんだから、どの口が言ってるんだという話ではあるんだけども。
「.............」
.......でも、もし、今までみたいに戻れなかったらどうしよう。
度々頭を過るどうしようもない不安に胸の奥がぎゅっと詰まり、それがとても苦しく感じた。
『私ね、果穂の気持ちが一番重要だと思うの。だから、進むもやめるも果穂が決めていいんだからね。......この先、何があっても』
「.............」
今朝、ユリの家を出る時に言われた言葉をふと思い出した。
あの言葉は多分、一度フラれたくらいで松川君のことを諦めなくてもいいし、でも、やめてしまっても全然構わないんだよということだろう。
私よりもずっと多くのことを経験してきた彼女の恋愛論は、ヘタなハウツー本よりもずっと為になる。
.......だけど、松川君を好きになるまで、恋愛がこんなに気力や体力、その他諸々のパワーを使うものなんて全然知らなかったから、今回の件は、なんて言うか、人生経験において本当に勉強なった。
百聞は一見にしかずとはよく言うけれど、恋愛というものは本当に自分が体験しないと知ることが出来ないことばかりだ。
「.............」
上手くは、いかなかったけど。
でも、きっと、松川君を好きだと思ったこの気持ちは、この記憶は、この先また機会が巡ってきて、違う人を好きになったとしても、絶対無駄にはならないだろうなと漠然と感じた。
今はまだ全然、そんな機会なんて来なさそうな気分だけど、でも、またいつか。
『才能は開花させるもので、センスは磨くものなんだよ』
ふいに脳裏に浮かんだのは、いつかの及川君が告げたメッセージ性の強い言葉だった。
いつも明るい及川君も、きっと色々なことを経験して、記憶して、そのうえでそういった考えに行き着いたんだろうと考えると、改めて及川君は強い人だなと思った。
......なんてことを本人に言ったら確実に調子に乗るから、絶対に言わないけど。
「ねぇねぇ、外にめっちゃイケメン居るの見た?」
「えー?知らなーい。でも、どうせ彼女待ちでしょ?」
「それがさァ、隣のクラスの子達が聞いたら、好きな子待ってるって返してきたらしくて!“彼女”って言わないってことは、もしかして誰かに告白しに来たんじゃない?って!」
「えー?それもしかして、私かもー?w」
全ての講義が終わり、帰り支度をしていると近くに座っていた他校生の女の子達が楽しそうに話している内容が耳に入り、今はそういう話あんまり聞きたくないなぁと思いつつ小さく息を吐く。
勉強道具を全て鞄にしまい終わり、さぁ帰ろうとゆっくり腰を上げた矢先、鞄の中のスマホが小さく震えて着信を知らせた。
何かと思って画面を確認すると、花巻君からメッセージが来たようだ。
【お疲れさん。予備校終わった?直帰する?】という内容に何ともタイミングがいいなと思いつつ、授業が終わったこととすぐ帰ることを告げて何か用事かと聞くと、なぜか応援するようなスタンプが送られてきた。
よく分からない返答に【え、何?どういうこと?】と疑問を示すも、花巻君はふざけたスタンプしか返してこず、どうやら言葉で説明する気はさらさらないらしい。
花巻君は時々、暇つぶしがてら大して意味の無いメッセージを送ってくる時があるので、大方今回もそれだろうと結論づけて、私も同じようなふざけたスタンプを送り返した後スマホを再び鞄にしまった。
予備校の友達に「お疲れ、またね」と別れの挨拶してから、教室を出て出入口へ向かう。
自動ドアが開き、明日の一限なんだったかなと考え事をしながら駅への道を歩き始めた、途端。
「葉山さん」
......低くて甘い、聞き心地の良い声が耳を掠め、反射的に足が止まる。
呼吸を止め、思考回路までがピタリと止まってしまうくせに、心臓だけがドクドクと急速に脈を打っていた。
一度聞いたら忘れない、穏やかな声の持ち主はきっと顔を見なくてもわかるものの、私の水晶体は彼の姿を映そうと素直にフォーカスをそちらに合わせる。
すらりと高い背丈に、運動部特有のしっかりとした身体。
少しクセのある短い黒髪に、涼し気な切れ長の目と下がり眉が印象的な、端正な顔。
青葉城西高校男子バレー部のジャージを身に付けたその人は、エナメルバッグを掛け直しながらゆっくりとこちらへ長い足を進めた。
「.......よかった。すれ違っちゃったらどうしようかと思った」
「.............」
混乱する私の直ぐ前までやって来た松川君は、ほっとしたように小さく息を吐く。
「..............ど......して......ここに......?」
あまりにも予想外の状況にひどく驚いているからか、松川君に尋ねた声は思った以上に情けないものに成り下がり、私の心情を吐露したようになってしまった。
「......ちょっと、色々工作して。あと、.......葉山さんに、会いに来た」
「.............」
告げられた言葉の意味を理解するより早く、遠巻きに見ていたのだろう同じ予備校生達のわっと盛り上がる声が聞こえ、ハッと我に返る。
こんな所で松川君との会話を続ければ、あっという間に面白可笑しい話のネタにされてしまう。
それだけは何としてでも避けたくて、口早に「ごめん、ちょっと、場所変えていい......?」と松川君に聞いてから、知り合いの多い予備校の前からひとまず人気のない所まで早足で彼を誘導した。
松川君は黙って私についてきてくれて、少し歩いてから誰も居ないコインパーキングの所で足を止めると、私に合わせて一緒に止まってくれる。
「.............」
「.............」
「.......ぇ、と......何か、あった?連絡くれればよかったのに......本当、びっくりしちゃった」
「.............」
松川君と対面して、緊張しながらも何とか笑い、できるだけいつも通りを装って会話を進める。
少ない光源の中でおもむろに松川君を見ると、ゆるりと目が合って思わず視線を逸らしてしまった。
金曜日のことを引き摺り、気まずい気持ちからついそんな反応をしてしまったものの、今のはとても感じ悪かったなと内心で後悔した。
どうしよう、余計話しづらくなってしまった気がする。
「.......ごめんね、急に。でも、連絡したら......逃げられちゃう気がして」
「え?」
ぽつりと小さな声で返ってきた言葉に、たまらず聞き返してしまう。
咄嗟のことに再び松川君を見ると、松川君は少しだけバツの悪そうに笑った。
「......でも、よく考えたら葉山さんて真っ直ぐな人だから......そんなことしないなって、今思った」
「.............」
「.......俺は、ズルばっかしてるから......だからこの前、葉山さんのこと、不用意に傷付けた」
「!」
「.......軽率、だったと思う。ごめん」
「っ、.............」
こちらに向かって頭を下げる松川君に、思考回路が忙しなくぐるぐると廻る。
松川君からの謝罪は、おそらく金曜日のこと......私に杉崎君を薦めた発言に対するものだろうと思う。
だけど、そもそも私が勝手に松川君を好きなだけで、それが原因で勝手にショックを受けただけだから、松川君に謝られることなんて何も無いはずだ。
むしろ、私の方があのタイミングで恩着せがましい告白してしまい、松川君を困らせてしまった。
「っ、あ......それは、違、くて......!わ、私の方が、その、......自分の、ことしか......考えてなくて......だから、松川君は全然、悪くないよ......?」
「.......でも、」
「本当に、本気で!そう思ってるから......!......だから、私の方こそごめんなさい......松川君が困るの、分かってたのに......すごく、自分本位なことをしました......」
「.............」
「だから本当に、気にしないでね、......って、言っても......難しいよね......」
「.............」
私の告白のタイミングで松川君を困らせたのは事実だし、私もちょっとヤケになった所もあったから、それは素直に謝りたかった。
松川君には本当に気にしないでほしいとは思うけど、事が事なのでそれは難しいだろう。
それでも、私を避けずにこうやって普通に話してくれることが、すごく有難かった。
松川君は、やっぱりすごく優しくて、私よりもずっと大人だ。
「.............俺、葉山さんが好きだよ」
「.....................え、え?」
松川君が優しくしてくれるだけで、もう充分だと思考が落ち着いた、矢先。
穏やかな声で告げられた言葉に、思わず間抜けな声がもれた。
何かの聞き間違いかと思い、少し首を傾げながらおずおずと松川君へ視線を寄せると、松川君は小さく息を吐いてから、右手で首の後ろを擦る。
「......金曜日、杉崎のことを言ったのは......言いづらいんだけど......葉山さんが、杉崎と楽しそうに話してんの見て、ちょっとモヤッとしたというか......」
「.............」
「......葉山さん、俺のこと好きなんじゃないの?って」
「っ、っ!」
「......我ながら、ひねくれた......というより、子供っぽい発言をしたなと......」
松川君の言葉に、ぶわっと顔に熱が爆発する。
なんだろう。花巻君や及川君がからかって言うそれと、松川君本人から言われるそれは全然違って聞こえるというか、すごく居た堪れないというか、すごく恥ずかしい。
馬鹿正直に反応してしまったことがまた更に恥ずかしくて、隠すように顔を俯かせたまま顔の熱が引くのを待っていた。
「......あんな、試すような言い方して、......本当、馬鹿だった」
「.......そ、んな......こと......」
「.......素直に、“俺だけ見て”って言えばよかったんだ」
「!」
コンクリートの地面を見ながら、必死に平静を保とうとするも瞬く間に上っ面を剥がされる。
思考回路はすっかり混乱していて、冷静な判断が全く出来なくなっていた。
どうしよう、どうすればいいのと思えば思う程、反応速度がどんどん遅くなる。
「.......可愛くするのも、会いに来るのも、俺だけにして」
「っ!」
あまりの非常事態に情報が処理できなくなっていると、いつの間にか松川君は私のすぐ前に移動していて、流れるような動きでゆるりと私の左手を掬った。
驚いてビクリと肩を揺らしてしまえば、自分のものよりずっと大きな手がしっかりと握ってくる。
心臓はバカみたいに早鐘で、顔が熱くて、もうどうしたらいいのかわからない。
『......私ね、果穂の気持ちが一番重要だと思うの。だから、進むもやめるも果穂が決めていいんだからね。......この先、何があっても。』
「.............!」
ついには目頭までじわじわと熱くなり、薄い涙の膜が張り始める両目をぎゅっと瞑ったところで、ふと、今朝したユリとの会話を思い出した。
あの言葉はもしかして、松川君が今日予備校に来ることを知っての発言だったのかもしれない。
そう考えると、さっきの花巻君のメッセージだって、もしかして私の居場所を確認する為に送ってきたのかもしれないし、......そういえば松川君、何でここに居るの?って私が聞いた時、“色々工作して”って返してきた。
もし、金曜日のことを知っていて、私の知らないところで松川君に何か意見する人が居たとしたら、ユリと花巻君、......もしかしたら、及川君も一枚噛んでる可能性もある。
松川君に左手を取られたまま、ぐるぐるとここまで考えて、思い切って松川君へ視線を重ねた。
「.......松川君、もしかして......誰かに、何か言われた?」
「え?」
「.......ユリとか、花巻君とか、......及川君、とか」
「.............」
私の言葉に、松川君は視線を合わせたまま、静かに口を結ぶ。
この沈黙はおそらく、肯定だ。
「.......あの、あのね?......周りが、何言ったって......松川君の意思は、一番、尊重されるべきだと思ってる......」
「.............」
「.......でも、誰かに、お膳立てされた気持ちを受け取るなんて、......私は、絶対に嫌だ」
「.............」
左手を取られた状態で、松川君の目を見ながらしっかりと伝える。
松川君から好きだと言われたことは素直に嬉しかったし、恋人になれたら最高だと思った。
だけどそれが、誰かの意見に左右されたものであるなら。松川君の気持ちが、不透明なものであるのなら......私は、要らない。
「.............」
「.............」
「.......確かに、花巻や及川とは話したよ。あと、咲田さんとも」
「.............」
「......だけど、それで俺の気持ちをどうこうしようとした訳じゃない。今も、ちゃんと俺の意思に基づいて行動してる」
「.............」
「......俺の意思を、尊重してくれるなら......もう一度、自分の気持ちを伝えるチャンスをくれないか?」
「.............!」
そんな言葉と共に、松川君はゆっくりと私の前に片膝をついた。
見上げていた視線はあっという間に通常時まで下がり、その分より近くなった松川君の端正な顔に、そして、その射抜くような真っ直ぐな瞳に、ハッと息を飲む。
「......俺は、葉山さんが好きだ。他の誰でもない、葉山さんが好きだよ」
「.............っ、」
ゆっくりと、静かに、けれどもはっきりと告げられたその言葉は、......私の涙を、想いを零れ落とすには、充分過ぎるものだった。
ミント・コンディション
(例え新品じゃなくても、それに近い状態をそう言うんだってサ。)