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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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なんだか、急に魔法が解けたような、目からウロコでも落ちたような、今までぼんやりとしか見えてなかったモノの輪郭がはっきりとしてくる心地がして、 いつもバタバタとうるさい思考回路が今は妙に落ち着いていた。
そんな私に及川君は心配そうな色を浮かべてくれたが、気持ちは驚く程静かだったので逆に少し笑ってしまう。
私よりも及川君の方が何だかテンパっていて、おたおたと私と松川君を交互に見る及川君は多分、ヒトの感情に敏い人なんだろうなと今更ながら感じた。
そしてきっと、とても優しい人だ。
「.......大丈夫。自己完結はしないから」
「!」
すっかり困った顔をしている優しい及川君に小さくそう言うと、彼はその綺麗な顔を驚きの色に染め、少ししてからどこかほっとしたように苦笑した。
そんな顔も抜け目なく格好良いなんて、イケメンは本当に凄いと思う。
「でも、今日は帰るね」
「......えぇー......話してかないの?」
「うん」
「.............」
「......及川君も、また明日ね」
「.............」
鞄を背負い直して、別れの挨拶を口にしながら及川君の前を通り過ぎる際、ゆるく腕を掴まれた。
いや、ここは空気読みなさいよと思わず呆れた目を向ければ、私の腕を掴む腕がするすると下へ滑っていき、最終的に片手を繋がれてしまう。
「.............」
「.............」
「......いや、明日は本当、ちゃんと一組行くって。今日はアレ、戦略的撤退だから」
「.............」
私のものよりずっと大きな手に包まれ、その掌の硬さに少し驚きながらも自分の拙い考えを述べると、及川君は真顔で俯いたまま小さくため息を吐いた。
「.......葉山ちゃん、知ってる?才能は開花させるもので、センスは磨くものなんだよ」
「.......なに、バレーの話?」
私を見ないままぽつりと零された及川君の言葉に、思わず首を傾げる。
いまいち彼の意図を汲み取れず次の言葉を待てば、及川君はゆっくりと深呼吸をしてからゆるりと顔を上げた。
「うん。バレーの話ではあるんだけど......でも、俺は恋愛も一緒だと思うんだよね」
「.............」
そう言ってにっこりと笑う及川君は、穏やかではありつつもどこか有無を言わせない独特の圧があった。
だから何?と答えることも出来たけど、要はきっと、及川君は私に「折れるな」と伝えたいんだろう。
才能は開花させるもの、センスは磨くもの。
一朝一夕ではどうにもならないものだから、沢山考えて、色々やってみて、諦めずに最後まで気持ちを貫き通せと言われてるような気がした。
随分と回りくどい......というか、及川君と恋愛の話をするとなぜかバレーの話が混ざってくるのは、やっぱり及川君がバレーに恋してるからなのかな。
そりゃあ、こんな大本命が居るんなら及川君に彼女が出来ても長続きするはずがないだろう。
なんだか妙に納得してしまい、自然と口元が綻んでしまった。
「.......私、帰宅部だからよくわかんないな?」
「あっっっっそう。じゃあまた明日ねバイバイ!!」
言われてばかりなのも癪なのでついふざけて返してしまえば、及川君は大層面白くなさそうな顔をして乱暴に私の手を離すのだった。
▷▶︎▷
今日の放課後、一組行ってくる。
バレーに恋する及川君から激励の言葉を貰ったのが昨日のこと。お昼休みにユリとご飯を食べながらそう言うと、彼女は目を丸くした後でおもむろに自分の鞄から水色のポーチを取り出した。
「よしきた!今日はまとめ髪にしようと思います!」
「え、あ、うん。ありがとう。でも、お昼はちゃんと食べよ?」
なぜかキリッとした顔でそんな宣言をするユリに半ば呆気に取られつつ、今にも私の髪を弄り出しそうな彼女にそう言うと、素直に言葉に従ってくれた。
しかし、ご飯を食べるスピードはいつもよりずっと速い。
「ねぇユリ、無理して時間作らなくていいから、ゆっくり食べて......」
「やだ、絶対可愛くしたい。それより、いきなり吹っ切れたね?何かあったの?」
「.............」
ものの数分でお弁当のオムライスの半分をたいらげたユリは、口元を隠しながらそんな質問を投げてきた。
少しぎくりとして、箸を進める手が止まる。
その質問の答えは明白であるものの、昨日あったことや及川君と話した内容をそのままユリに述べるには、少しばかり抵抗があった。
「.......うん。ちょっと......餅屋に......」
「え?なに、餅屋......??」
ここでふといつぞやの出来事を思い出し、もう既に懐かしいなと思いつつその名詞を口にすると、ユリは予想通りの反応を返してくれる。
素っ頓狂な私の発言に疑問の色を全面的に訴えてくれるユリが可笑しくて、「花巻君に聞けばわかるよ」と小さくふきだしながらそう返すと、心優しい友人はますます訳がわからないという顔をするのだった。
それでも宣言通り、ユリは休み時間きっちりに三つ編みシニヨンヘアーにしてくれて、そのまま5、6時間目の授業を受けて、帰りのホームルームが終わり次第気合いを入れて席を立つ。
「葉山、今日も予備校?」
前の席の花巻君に挨拶をしようとすれば、先に向こうから話しかけられてしまった。
「そうだよ」と返すと、花巻君は「そんな可愛い頭してるから、何かあんのかと思った」とニヤつく口元を隠そうともせずそんな冗談を口にする。
「......うん、可愛いでしょ。ユリがやってくれた」
「可愛い可愛い。似合ってる似合ってる」
「.......どうしてこう、花巻君が言うと嘘くさく感じるんだろうな......」
「いや、ちゃんと本心だってw素直に受け取りなさいよw」
「.......はー......嘘くさー......」
「まじまじと言うな。俺らデコボコフレンズだろうが」
思わずため息混じりに本音を口に出すと、花巻君は少し面白くなさそうに唇を尖らせた。
しかし直ぐにまた愉しそうにニヤリと口角を上げ、追撃をかましてくる。
「ま、いーわ。葉山は本命から褒められりゃ十分だもんな?」
「.............」
からかいを含んだ言葉に思わず心がぎくりとするも、相変わらず私より一枚うわてな花巻君にはきっとこの先も適わないんだろうなと漠然と思った。
でも、素直に負けを認めるのはとても悔しいので、ゆっくりと深呼吸をしてから花巻君へゆるりと視線を寄越す。
「......本当に、褒めてくれると思う?」
「はぁ?あったり前だろ。相手を誰だと思ってんだ、あの松川一静だぞ?」
「ちょっ、だから名前......!」
名前を出すなと怒ろうとしたものの、何だか色々と今更な気もして、思わず途中で言葉が切れた。
そして、あまりもたもたしてると一組の教室から松川君が居なくなってしまうのではと思い出し、一先ず花巻君との会話を終いにしようと思考を回す。
花巻君は、松川君が褒めてくれると言ってくれた。しかも当たり前だとも。
この先の展開がどうなろうとも、今日一度でも松川君から「可愛い」と言ってもらえれば、何だかもう十分な気がしてきた。
花巻君と話すと、肩の力を抜いてもらえると言うか、素のままの自分で話しても普通に対応してくれるから、ちょっと余計な一言も多いけど、どんな時でも「いつも通りの私」にしてくれる天才だと思う。
「.............」
デコボコフレンズというあだ名はどうにかしたいけど、器も背丈も小さい私が器も背丈も大きい彼に、いつかどこかで役に立つことができるといいなとひっそり思った。
「.......花巻君......」
「んー?」
「.......今の言葉、信じるからね」
「.......え、」
松川君は当たり前に褒めてくれる。
そのことに関して念押しでそう言うと、花巻君はなぜか少し驚いたような顔をした。
それがちょっと気になったものの、時間が無いことは確かなので「じゃあまた明日ね」と一旦話を畳み、足早に三組の教室を後にするのだった。
小走りしながら一組へ向かい、色んな意味で逸る心臓を呼吸で何とか静めながら、一組の教室をちらりと覗く。
「もしや、誰かお探し?」
すると直ぐに近くに居た優しい一組女子が声を掛けてくれて、内心でギクリとしつつも松川君の所在を尋ねれば、彼女はぐるりと教室内を見回してくれる。
「あれ?さっきまで居たんだけどな......?スギ〜!松川君どこ行ったか知ってる~?」
「!!!」
どうやら一組の教室には見当たらなかったようで、気のいい彼女は松川君とよく一緒にいる一組男子の一人......よりにもよって杉崎君に声を掛けた。
まさかの展開にウソでしょと顔を青くさせていれば、呼ばれた相手はこちらを見て、「え?松川ぁ?......あ、葉山サン!」と早々に私の存在に気が付く。
口から心臓が出そうになるのを何とか耐えていると、杉崎君は一組男子のグループからこちらへ駆け寄ってくれた。
「久し振り!松川のヤツ、今ちょっと席外しててさ。でも、直ぐ帰ってくるからちょっと待ってなよ」
「......あ......えと、でも......」
「あぁ、教室居づらい?なら廊下行こ!」
「.............」
松川君が不在であればまた後日出直すかたちでよかったのだが、杉崎君の勢いに押されて一組の前の廊下で松川君を待つことになってしまった。
しかも、杉崎君がそのまま隣りに居らっしゃるという、全く予期してない事態に陥っている。
......否、ちゃんと考えたらこういう展開も十分有り得たはずだ。こういういまいち詰めが甘いところが、本当に嫌になる。
「.......葉山サンさァ、ここ最近うちのクラス来なかったのって、俺が変なこと言ったからだよね」
「っ、.............」
窓側へ移動し、杉崎君と二人になってしまい、いよいよどうしようかと冷や汗が背中に伝う中、杉崎君はおもむろに私の思考回路の渦中にある話題を口にした。
低能な私には上手く誤魔化すことなんて出来ず、ぴくりと少しだけ肩がはねる。
「......なんか、ごめんな。困らせるつもりは無かったんだけど......でもまぁ、そうだよな。普通に考えれば、困るよなぁ......」
「......ぁ......あの、私の方が......ごめ」
「いやいや待って!謝るの禁止!」
「!?」
杉崎君の言葉に居た堪れない気持ちが強くなり、謝ろうとすれば途中で言葉を遮断された。
驚いて思わず杉崎君を見れば、彼は私と視線を重ねると、少し眉を下げて笑う。
「......代わりに、1個聞いていい?」
「え......」
「.......松川のこと、好き?」
「.............っ、」
周りに聞こえないように配慮して、ひそりと聞かれた言葉に、たまらず息を飲む。
私の気持ちなんてもう一組のメンズには筒抜けだったんだろうけど、誰かにストレートにそう聞かれると、否が応でも顔に熱が集まった。
今の気持ちを正直に言えば、すごく恥ずかしいし、何ならもう逃げだしてしまいたい。
「.............」
だけど、それは杉崎君に対してとても失礼だ。
杉崎君の気持ちを私が全て理解することなんて出来ないけど、でも、ここで彼は私の意思を慮ろうとしてくれている。
「.............うん......好き......」
真っ赤になっているであろう顔を俯かせたまま、振り絞って発した声は驚く程頼りなくて、まるで自分の声では無いようにも聞こえた。
それでも隣に居る杉崎君にはちゃんと聞こえたようで、私とは対照的にゆっくりと天を仰ぎ、「そっか~」とため息混じりに呟いた。
しかし直ぐにぱっとこちらに顔を向けたと思ったら、ひょいと顔を覗かれる。
突然視界に入ってきた杉崎君の顔に驚いてびくりと肩を揺らすと、眉を下げて明るく笑われた。
「あ~~~、くそ~~~。葉山サン、マジで可愛いな~~~」
「えっ、え!や、やめてよ......!」
「俺、絶対応援しねぇ~~~」
「え、えぇー......」
あまりにも唐突な言葉の連鎖にあたふたとしながらも、明るく接してくれることがとても有り難くて、ほんの少しだけほっとしてしまう。
あんパンの時から感じてたけど、杉崎君は本当に優しい人なんだと思う。
......謝るのは禁止されてしまったけど、ありがとうは伝えていいのかな......。
色々と頭がいっぱいいっぱいになりながらもそんなことを考えていれば、
「────何してんの?」
後ろから聞こえた甘い低音に、思考回路が一旦クリアになる。
顔を見なくてもわかる相手ではあるが、私の身体は殆ど無意識に声が聞こえた方へと向きを変え、二つの水晶体は彼の姿を捉えようと必死にピントを合わせた。
「......お二人さん、いつの間にそんな仲良くなってたの?それとも俺待ち?」
「松川お前さァ、その自信はどっから来るわけ?及川とかもだけどさァ」
「ごめんね葉山さん、お待たせ」
「え......」
「無視かよ!!」
久々に話す松川君の迫力にすっかり気圧されていると、松川君と杉崎君は少しだけ言い合いをしてから割と直ぐに別れた。
「じゃあ葉山サン、またね~」と別れの挨拶をくれ、杉崎君は一組の教室へ戻っていき、一方松川君は廊下に残り、おもむろに窓側の壁へ寄りかかる。
「......なんか、久し振りだね。元気だった?」
「え、あ、うん!元気!ま、松川君は?」
「うん、俺も元気」
頭の上から降ってくる心地の良い甘い声に絆されそうになりつつも、なるべく不自然にならないような言葉を返す。
しかし、今から伝えようとしている言葉がどうしても思考回路を邪魔して、上手い世間話がなかなか出て来なかった。
「.............っ、」
予想通り訪れてしまった沈黙に、とりあえず何か話さないとと軽く息を吸った、矢先。
「......杉崎、いいヤツだよ。ちょっといじられキャラだけど、それって優しいからだし......でも、ここぞと言う時頼りになるから、本当に格好良いよ」
「─────」
ガツンと、頭の中に衝撃が走った。
思考回路が追いつかないまま、視界に映る松川君をただ眺めていると......松川君は、私と視線を重ねて、穏やかに笑う。
.......あぁ、そうか。私は松川君を特別だと思っていたけど......やっぱり、松川君は、私を、そうは思ってなかったみたいだ。
「.............うん。でも......」
────だけど、
「.............私は、松川君が好きだよ」
奇跡を描いて、きらきら消える
(大丈夫。シンデレラにはなれなくても、全て消える訳じゃないから。)