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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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「ねぇ、なんで最近一組行かないの?」
アンパン事件から数日後、ついにユリからそんな質問を受けた。
あの日からなんやかんや理由をつけて一組に行くのを避けていたので、突然そんなことをしだした私を疑問に思うのは当然だろう。
「あ、もしかして心理的駆け引き?押してダメなら引いてみな的な?」
「違います」
思いついたと言わんばかりにパッと顔を明るくさせたユリの言葉をバッサリと切ると、「じゃあなんで!?」と余計加熱させてしまった。
なんでと言われても、正直なところ自分でもよくわからない。
ただ、杉崎君の一言で行きにくくなっていることは事実だった。
いや、別に告白をされた訳では無いんだから、そんなに気にしなくてもいいのかもしれないけど、でも、こういうことに耐性のない私にはどうしてもさらりと流すことが出来ない案件だったのだ。
「......果穂一人で考えて、何か答えは出た?」
「.............」
ぐるぐると考え込む私に、ユリの鋭い指摘がグッサリと刺さる。
少し間を空けてからおずおずと首を横に振ると、ユリは小さくため息を吐いた。
たまらず「ごめん」と謝ると、ふいに両頬にユリの綺麗な手が当てられる。
「いい女は、まずいい笑顔からだよ~?」
「いひゃい!いひゃいよ!」
そのまま無理やりぐにっと口角を上げられ、じわじわ感じる痛みに思わず悲鳴が上がる。
突然なんてことするのと視線で訴えれば、ユリは可笑しそうにふきだした。
文句は湯水のように溢れてくるが、けらけらと笑うユリはとても可愛くて、いい女はいい笑顔からというのは本当なんだなと否が応でも実感してしまう。
「......で。何かあったの?松川君?それとも別の人?」
「.............」
一頻り笑ってから、ユリはゆっくりと本題に入る。
言葉を躊躇ったのはほんの数秒で、一度深呼吸をしてから先日の出来事をぽつぽつと話し出した。
総ての話が終わってから、ユリはおもむろに腕を組んで「なるほど」と一つ相槌を打つ。
「松川君とよく一緒にいる一組メンズか~。でもそれ、間違いなく果穂へのアピールだと思う」
「いや、私の自意識過剰かもしれないけどね?向こうはそんな気なくて、社交辞令かもしれないし......」
「でも、連絡先聞かれたんでしょ?また一組来てね、って」
「う、ん......でも、ホラ、及川君とかも結構直ぐ連絡先聞くじゃん?もしかして、私が変に意識してるだけで、それと同じ感じだったのかも......」
「うーん、まぁ、絶対にないとは言いきれないけど......でも、何となくでも本気っぽいなって思ったから、一組行けないんでしょ?」
「.............」
適格なユリの分析に、素直に頷くことしかできない。
これで本当に杉崎君が私の事を何とも思ってなかったら最高に赤っ恥だけど、それならそれで一番いい展開だろう。私が恥ずかしいだけで終わる話だからだ。
......だけど、もし、本当にもし、私が松川君を好きになったように、彼も私のことを気にしてくれてるなら。
本当に万が一にもの話であるが、そうである場合を考えると、どうしても一組に行く勇気が持てなかった。
「......恋愛ってさ、こう、選択の連続というか、色々なとこで分岐点があると思うんだよねぇ」
「......そんな、ゲームみたいに言わないでよ......」
ユリの発言に、思わず眉を寄せる。
そんな私の反応を見て、ユリは真面目な顔で言葉を続けた。
「いやいや、別にふざけてる訳じゃないよ?でもほら、恋愛シミュレーションっていうくらいだから、実態に沿ったモノであることは確かじゃない?まぁ、少しは大袈裟にしてる所はあると思うけど......でも、やっぱりこういうのって、現実でも何を選択して、どう行動していくかで色々と変わっていくものだと思うんだよね」
「.............」
「で、今の果穂の状況を踏まえると、大きな選択肢は2つじゃん?」
「2つ......?」
「うん。1つ目は、今と変わらず松川君を好きって思うこと」
「え?」
選択肢の片方だと出されたものに、たまらず聞き返してしまう。
いや、だって、私が松川君のことを好きっていうのは前提の話だと思っているからだ。
よく意味がわからずにきょとんと目を丸くする私を見て、ユリは少しだけ眉を下げて、そして、なぜか申し訳なさそうに笑った。
「で、もう1つは......杉崎君のことも視野に入れてみること」
「っ、.......なに、それ......」
もう片方の選択肢を聞いた途端、一瞬だけ頭が沸騰しかけた。
どっと流れてきた荒っぽい感情を呼吸で少しずつ冷ましながら、ユリに尋ねる。
でも、だって、私が松川君のこと好きなのを知ってるくせに、なんでユリはそんなことを言ってくるのかが本当にわからない。
......今の言い方だと、まるで、
「......果穂が悩んでる理由ってさ、松川君に振られることの怖さと、杉崎君の言葉に応えられない罪悪感でしょ?」
「!」
ユリの鋭い指摘に、ギクリと心が固まる。
よく分からない、ずっともやもやとしていた悩みの中心をグサリと串刺しにされた気分だ。
多分これが、図星を突かれるというヤツなんだろう。
なんとも言えない焦燥感から逃げるように俯けば、ユリは小さくため息を吐いてから言葉を続けた。
「......もしかして、自分から見た杉崎君が、松川君から見ての自分だったらどうしようとか、そういうのもある感じ?」
「......だ、だからって、それで、杉崎君に、っていうのは......人として、どうかしてると思うけど......!」
じわじわと追い詰められていくような感覚にたまらず反論すると、ユリは眉を下げて笑ったまま静かに瞳を伏せる。
「......そうだね。でも、恋愛ってそんなに清く正しいモノではないと、私は思う。だって、どうしたって恋愛は理性じゃなくて感情が働くものだし、そもそも何が正解かなんて無いんだもん」
「.............」
「だから、自分が好きな人と付き合える人もいれば、自分を好きな人に気持ちが向くことだってある。恋愛感情ほど自由で、楽しくて、......複雑で、残酷なものってないんじゃないかな」
「.............」
「......まぁ、今言ったことは全部私個人の考えだけどね。でも、それを踏まえて、何が言いたいのかと言いますと」
ここで一旦言葉を切って、ユリはゆっくりと私と視線を重ねた。
「人のことばっかり考えるんじゃなくて、まずは自分の気持ちを最優先に考えてね。......果穂は、すごく優しいから」
「.............」
最後ににっこりと綺麗に笑いながら、そんな言葉を告げられる。
私よりもずっと多くの恋愛経験がある彼女が、申し訳なさそうに、そして少し寂しそうに話してくれた内容を頭の中でゆっくりと咀嚼していると、思わずため息が一つ零れた。
恐ろしい程に難しい恋愛というものを実際に体験して、色々と悩むことやへこむことは増えた。
自分の容姿や性格、色々なスキルなんかも気にすることが増えたし、自身のステータスの低さにガッカリしたことも少なくない。
今まではそのことを考える機会自体が少なくて、そこまで自分のことをしっかり考えたことはなかったと思う。
勿論進路とか受験とか、勉強関連のことは考えてたけど、こんなに自分自身のことを掘り下げるようになったのは、多分......いや、絶対、松川君のことを好きになってからだ。
化粧の勉強したり、スキンケアとか見直したり、髪型とかプロポーションが気になったり。
外見だけじゃなくて、内面も色々とすっからかんだなと思って、勉強もっと頑張ったり、生活習慣見直してみたり、いわゆる自己啓発みたいなことや自分磨きも頑張るようになった。
......そうするようになったのは全部、松川君に見合う人になりたかったからだ。
地獄の様な満員電車の中、大きな優しい手で私の頭を支えてくれたあの日からずっと、松川君は私の特別だった。
「.......私、自分のことばっかりだよ......」
ゆっくりと息を吐き、小さく呟く。
いつまでもぐるぐると螺旋を描いていた思考回路が、やっと少しだけ落ち着いた気がして、話を聞いてくれたユリに「なんか、ごめんね。ありがとね」と頭を下げれば、私よりもずっと大人な彼女は「全然だよ~」と穏やかに笑った。
▷▶︎▷
そんな話をお昼休みにして、放課後直ぐに一組へ......なんて向かう勇気はなく、予備校までは少し時間はあるものの自習室で勉強しようと今日も予備校へ直行することにした。
ユリとは教室で別れ、一人下駄箱へ向かっていると突然後ろから肩を掴まれた。
「え、何!?」
「ちょっと葉山ちゃん?聞き捨てならないことを聞いちゃったんですけど?」
驚いて振り向くと、私の肩を掴んだのは六組の及川君だった。
とても背が高いので近距離だと見上げないと彼の顔を確認することができず、困惑しながらも顔を上げると及川君は少し不満そうに笑う。
私にそんな言葉を寄越すということは、おそらく松川君関連の話だろうなとすぐに予想がついた。
「......ごきげんよう及川君。これから部活?頑張ってね」
「うん、ありがと。でも、ちょっと及川さんと話そうね?」
「あー、ごめん、今日予備校あるから......」
「大丈夫、ちょっとだから」
これはあんまりいい話じゃないぞと思い、緊急回避を決めようとした私に及川君はいとも簡単に逃げ道を塞いだ。
そのままズルズルと廊下の端へ連行され、通行人の邪魔にならないところまで寄せられる。
肩は離してもらったものの、壁際に追いやられた上に下駄箱へ向かうには及川君を通り越す必要があるので、彼が良しとしなければ帰らせてもらえない状況だった。
「本当に時間ないから、勘弁してよ......」
「葉山ちゃんが逃げなければ、すぐ終わるよ」
「.............」
普段よりもずっと強引な及川君にたまらず顔を顰めてしまえば、及川君はしれっとそんなことを返してくる。
いつもの紳士的な態度は一体どこに行っちゃったのと一つため息を吐くと、及川君は私と同じように壁に背中をつけておもむろに言葉を続けた。
「......まっつん、気にしてたよ。葉山ちゃん、一組に暫く来てないっていうか、まっつんのこと避けてるんだって?」
「.......別に、避けてないよ......」
「ふーん?」
「.............」
がらりと空気を変えた及川君の尋問にも似た質問にぎくりとしつつ、自分の上履きの先を見ながら返答する。
だって、本当に避けてはないのだ。元々一組と三組は合同授業も無いし選択授業も松川君とは被ってないので、こちらから会おうとしなければ顔を合わせる機会はずっと少なくなる。
今までは何かと理由をつけて頑張って松川君に会いに行っていただけで、私がそれをやめれば自然と松川君とは会わなくなるのだ。
「で、そのことまっつんと話したの、丁度一組に居る時でさ。そしたらスギヤンが、もしかしたら俺のせいかもって話してきて......あ、スギヤンて杉崎クンのことね」
「.............」
「......まぁ、大方それが原因だろうな~とは思ったんだけど......今まで普通に顔見て話してた人といきなり会わなくなったり、話せなくなったら......やっぱり気にするじゃん?」
「.............」
及川君の言葉が、心臓にグサリと刺さる。
一組の二人がきっと気にするだろうとは思ってはいたが、及川君の話を聞いたことによって予想が事実になってしまった。
思っていたよりもずしりと重く感じるその事実にたまらず小さくため息を吐くと、及川君の耳障りの良い声が静かに降ってくる。
「......だから、とりあえず一回会って話してあげてよ、っていう......俺からのお願いになります。ほら、言葉少なですれ違いってよくあるパターンでしょ?」
「.............」
及川君の話を聞き終わり、ぐつぐつと煮詰まる思考回路にたまらず瞳を閉じる。
お昼休みのユリとの会話と、今の及川君との会話が頭の中をぐるぐると回る。
ユリの言うようにちゃんと自分の気持ちを考えて、それで、心作りが出来たら杉崎君と松川君に会いに行こうとは思っているが、及川君が言うには、それじゃあ遅いということだろうか。
「今色々と考えてるから、暫く一組行かないね」みたいなことを言えたらいいのかもしれないけど、正直ただの友達という間柄で、しかも松川君も杉崎君も私のことをなんとも思ってない可能性もある中、そんなことを二人に伝えるのはあまりにも気が引ける。
そのことを及川君に伝えようとした矢先、彼の目は私とは全然違う方向に向いていた。
「......あ、まっつん」
「え?」
及川君の口から零れたあまりにもタイムリーな名前に弾かれるようにそちらを見ると、長い廊下の先の方に確かに背の高い松川君の姿が見える。
たまらず「わざわざ呼んだの!?ウソでしょ!?」と少し責めるように詰め寄ると、及川君は慌てた様子で「偶然!本当、偶然だよ!」と無罪を主張した。
どうやら本当に及川君は何もしてないらしい。
確かに松川君の方もまだこちらに気が付いていないようで、ゆっくりと廊下を歩いていた。
顔もスタイルも抜群に整っている松川君は、それだけでも映画のワンシーンのように見えてしまう。
「.............」
久し振りに見る松川君の姿にぐるぐると渦巻いていた思考が一旦停り、無意識に瞳からの情報にだけ脳が反応する。
思わずすっかり見惚れてしまうと、廊下を走っていた女子生徒が松川君とすれ違いざまにぐらりとバランスを崩した。
おそらく足元が疎かになったのだろうその女の子を、松川君が咄嗟に支える。
「......び、っくりした......え、大丈夫?」
「ひゃあ!?ご、ごめんなさい!大丈夫です!あっ、ありがとうございます!」
松川君が腕を貸してくれたおかげで転ばずに済んだその子は、よほど恥ずかしかったのか大きな声でぺこぺこと何度も頭を下げて松川君に謝罪とお礼を告げる。
遠くから見ても女の子の顔は真っ赤で、一生懸命頭を下げるその姿は同性の私から見てもとても素直で可愛い子だなと感じた。
多分、松川君もそう思ったんだろう。必死にお礼と謝罪を繰り返すその子を見て、可笑しそうに、穏やかに笑う。
......その笑顔を見て、やっぱり松川君が好きだなぁと思い、そして、......私が特別な訳ではなかったんだということを確信してしまった。
解けた魔法と恋心
(そのガラスの靴は、残念ながら入らなかった。)