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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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月曜日の朝。何となしに電車内を見回すと、文字通り頭一つ抜きん出た松川君を発見した。
あ、とは思ったものの朝の通勤通学ラッシュ時間の為、狭い車内は人と人とで溢れている。
こちらからは松川君を見つけられたけど、向こうから背の低い私を見つけることはひどく難しいだろう。
折角朝から会えたのになとひっそり肩を落としながらも、降車して直ぐに追いかければもしかしたら教室まで話せるかもしれないと思い直し、ひとまず視線をスマホに戻すと電車が駅へ止まった。
青葉城西高校の最寄り駅ではないが、別路線へ乗り換えができる小さなターミナル駅になっているここは人の乗り降りが少しだけ他の駅より多い。
車内から人が吐き出され、再びその駅から乗ってくる人で車内状況が動く中、「......あれ?もしかして一静?」という綺麗な声が聞こえ、ギクリと身体が固くなる。
人の話を盗み聞きするのはよくないとは思いつつも一度聞き取ってしまった声がどうしても気になってしまい、そろりと声のする方を窺うと松川君の顔だけ人の間から見ることができた。
どうやら手前の女の人と話してるようだ。
制服姿でないということは、大学生かもしくは社会人だろうなとぼんやり思った。
松川君は切れ長の目を一瞬丸くした後、その目元を甘く緩めた。
「......あぁ、おはようございます。久し振りですね」
「ふふ、おはよう。そっか、この路線、丁度青城行くルートなのね。びっくりしちゃった」
「俺も驚きました。でも、元気そうで何よりです」
一度気にしてしまった音にどうしても耳が反応してしまい、スマホの小さな画面に目を落としながらも松川君とその人の会話を否が応でも拾ってしまう。
松川君の話し方からやはり相手は年上の人であり、けれどもとても仲が良さそうな二人の雰囲気に心臓がぎゅっと締め付けられた。
松川君と話すその人のことは、車内の混雑に隠れて上手く見られない。だけどとても綺麗な声で、口調もとても穏やかなその人は、話している声だけでもきっと素敵な女の人なんだろうなとたやすく想像できた。
おとなっぽくて格好良い松川君と、凄くお似合いだ。
「.............」
電車内であることを考慮してだろう、二人で控えめにくすくすと笑い合うその仲睦まじい光景は、まるで誰もが憧れを抱く理想の恋人同士のようで。
......そういえば、松川君の元カノさんは綺麗なお姉さんだったと土曜日に及川君が言ってたっけ。
手元のスマホを両手で握りしめれば、暗くなった画面に情けなく歪んだ自分の顔がぼんやりと写った。
『“やっぱり私なんかじゃ”、なんて思わないでよ?』
「.............」
ずるり、ずるりと少しずつ卑屈に傾く思考回路を、記憶に残った聞き心地の好い爽やかな声が一時停止させる。
ドリンクバーの所で、及川君から掛けられた言葉だ。
どんなに負けても、悔しくても、悲しくても、絶対に自己完結するなと彼は言っていた。
普段のおちゃらけた彼とはまるで別人で、ただ真っ直ぐに前だけを見た及川君の言葉は、決して揺るがない信念のようにも感じた。
「.............」
脳裏に響く及川君の言葉に、たまらずため息が出る。
昨日の今日......正確には一昨日の今日にこんな事態に遭遇するなんて、間がいいのか悪いのか判断が難しいところだ。
だけど、土曜日に及川君からその言葉を貰わなかったら、今見ているこの光景にきっと心が打ちのめされていたに違いない。
やっぱり松川君は好きになるべきじゃないんだと自己完結して、自分の気持ちを拗らせたまま何も無かったことにしてしまったかもしれない。
『よくわかんねぇけど、恋愛感情って頭でコントロール出来るもんなのか?あー、この人いいなぁって反射的に思う瞬間があったら、それってもう好きってことなんじゃねぇの?』
『まっつんは確かにいい男だけど......そのことを、自分の気持ちから逃げる理由に使っちゃダメだよ。それってまっつんに対しても失礼だし、何よりも葉山ちゃんの心が可哀想だ』
「.............」
何時ぞやに花巻君と及川君から告げられた言葉まで思い出されて、あぁもうわかったからと眉を下げながら静かに瞼を伏せた。
その裏には、いつか見た松川君の悠々とスパイクを打つ姿が浮かび上がり、目を開くと共にボールが相手コートへ落ちる音が聞こえた気がした。
▷▶︎▷
「松川君、おはよう」
「!」
高校の最寄り駅に到着して、青城の生徒達の間をすり抜けながら目的の人である背の高い彼の背中に声を掛ける。
松川君の隣りには先程の女の人は居ないようで、その人の降車駅はおそらくここではなかったのだろうことが窺えた。
松川君は私を視界に入れると、口元に小さく笑みを浮かべながら「オハヨ」と挨拶を返してくれる。
「もしや、同じ電車だった?」
「うん」
「そっか。あ、土曜日はどーもお邪魔しました。最初は花巻と行く予定だったんだってね?」
「ううん、全然。男バレとユリが居たから、さらに楽しかったし」
松川君の隣りを歩きながら、話す内容は一昨日のカラオケのことになる。
だけど、さり気なく松川君が話を誘導したことが何となくわかった。
それでも暫くカラオケの話をしていれば、あっという間に生徒用の玄関に近付いてくる。
「.......ねぇ、松川君」
「ん?」
「さっき電車で話してた人って、もしかして元カノさん?」
「.......あー、見られてたか......」
聞こうかやめようかどうしようと暫く考えていたが、意を決して凄く気になっていたことを尋ねれば、松川君は下がり眉をそのままに苦笑に近い笑いを零した。
やはり意図的に話題を他所に逸らしていたようだ。
「......うん。今日たまたま会って、びっくりした」
いつもの穏やかな口調を崩さない松川君に「そうなんだ」と小さく返すものの、心にずしんと重石が乗ったような気分だった。
多分そうだろうと目星を付けていた事ではあったが、本人からそうだよと肯定されてしまえば、もうそれは仮定ではなく事実になってしまう。
だけど、ここでへこたれてしまう訳にはいかない。
私はまだ何の努力もしてないし、松川君に何も伝えてないのだ。
「.......あの、だったら、今は......彼女さん、居ないん、ですか......?」
「.............」
深呼吸を2回して、両手の拳を握りながらおずおずと尋ねた私に、松川君は少しだけ驚いたように目を丸くした。
しかし直ぐに表情を戻すと「......うん、居ませんネ」と私に合わせて敬語で答えてくれる。
松川君がちゃんと答えてくれたのと、その返答にたまらずほっとしてしまうと、頭の上から小さく笑う声が聞こえた。
「葉山さんは?」
「え?」
多分今、私を笑ったんだよな......?と内心複雑に思っていると、まさかの質問返しに間抜けな声が出る。
咄嗟に背の高い松川君を見上げれば、松川君はゆるりと口角を上げた。
「居ないの?彼氏」
「......え、い、居ない......」
「......欲しい?」
「え」
突然私の話になり、目を白黒とさせながらも何とか答えていると、松川君は悪戯に素っ頓狂なことまで聞いてきたのでたまらずぎくりと身体を強ばらせる。
駆け引きでもされているのか、それともただの気まぐれなのか、私の低いスペックでは松川君の意図がどうしても掴めず返答に詰まってしまった。
「.......なんてね。ごめん、野暮なこと聞いたね」
「.............」
一気に反応が鈍くなった私を気にしてか、松川君は私から視線を外して穏やかに謝罪を述べる。
いっぱいいっぱいの私とは対照的に、松川君は至極ゆったりと構えていて、私に気を遣える程の余裕がある。
改めて私と松川君の器の差を感じて、思わず思考がそのまま口をついた。
「.............ほ、欲しい!」
「え?」
「......だから、頑張って取りに行く!」
「.............」
まるでポップコーンのように弾けて零れてしまった言葉に、松川君はきょとんと目を丸くしてこちらに顔を向けた。
その視線に一瞬ぎくりとしたけど、ここで勢いを殺してしまう方がきっとずっと気まずくなる。
それならもう、思ってることを全部伝えてしまおうと考えて、その勢いのまま言葉を続けた。
「......私、また松川君と買い物行きたいし、ラーメン食べたいし、カラオケも行きたいので!」
「.............」
「今度は、私から誘う!予定合ったら、また一緒に行こうね!」
「.............」
「.......じゃあ、先、行くね......!」
言うだけ言って、相手の反応を見る前に退散。
それは自分勝手が過ぎるのではと思ったけど、徐々に押し寄せる羞恥心の波にとてもじゃないけど耐えられそうになかった。
松川君からの言葉を待つ前に、私は早足で三組の下駄箱へ向かった。
「まっつかわクーン。お、は、よ♡」
「.............」
俺よりずっと小さい後ろ姿を見送ってから数秒後。背後から肩に腕を回され、聞き馴染んだ声が機嫌良さそうに挨拶してくる。
わざわざそちらに顔を向けなくてもそれが誰であるかわかるので、小さくため息だけ吐いてから「......オハヨ。盗み聞きするなんて花巻のえっち♡」と軽い冗談を寄越すと、花巻は可笑しそうにふきだした。
「いやいや、たまたま目に入っただけなんで?盗み聞きなんてそんなそんな」
「でも、しっかり見物してたんデショ?葉山さんにバレたらまためちゃめちゃ怒るんじゃない?」
「バレねぇよ、アイツお前しか見てなかったじゃん」
「.............」
わざとなのかそうではないのか、花巻の含みのある言葉に思わず口を閉じる。
そんな俺を見て、花巻はニヤリと意地悪そうに口角を上げた。
「......ぶっちゃけ、驚いただろ?ザンネンだが、葉山はお前が思ってる以上に根性あるぜ?」
「.............」
「なんせ、俺ら超仲良しなデコボコフレンズだからなァ。アイツは欲しいモンをただ待ってるような奴じゃねぇよ」
俺の肩に回した腕をするりと外しながら、花巻は楽しそうに三組の下駄箱へ視線を向ける。
先程まで隣りに居た彼女の姿は既にそこには無く、けれども花巻のその瞳にはしっかりと葉山さんが映っているようだった。
本当のところ、花巻が一体いつから俺や葉山さんの姿を見つけていたのかは分からないが、彼女はこの花巻のお気に入りである。
他の女の子とは違う、何か花巻が惹かれるものを持っているに違いなかった。
「.............」
花巻の言う通り、正直葉山さんには驚かされた。
彼女が俺を恋愛絡みで意識しているのは明らかだが、こういう状況においては極力言葉にしないのではないかと思っていたからだ。
元カノのことも当たり障りなくスルーするタイプだと思っていたのに、戸惑いがちではあったものの面と向かって尋ねてきた。
そして彼氏が欲しいかという問いにも、まさかあんな答えが返ってくるなんて思わなくて、思わずぽかんとしたまま結局何も返すことができなかった。
「.............」
おそらく俺が彼女に「好きだ」と言えば、手に入るんだろう。
実際、葉山さんのことは結構好ましく思ってるし、付き合ったら楽しそうだなとも思う。
だけど、彼女はそれを欲しがらずに「取りに行く」と俺に告げた。
どちらかと言うと俺は恋愛において温度が低い方で、恋愛慣れした歳上の人と付き合うのは自分の価値観と相手のそれとの摩擦があまり生じず、気が楽だったのは確かだ。
そういう付き合いが自分には合ってると思っていたが......ここにきて、どうしようかと悩む相手が出来るなんて全く思わなかった。
それは、彼女が花巻や及川と仲の良い友達だということもあるが、俺自身が少しだけ揺らいでるところもある。
葉山さんのことを考えるなら、きちんとお断りしてあげた方がきっと一番傷付けずに済むだろう。
それはわかっているのに、どうにも手放し難いと思ってしまう。
凄く好みな匂いを纏っているというのもあるが、先程のやり取りで「取りに行く」と告げた彼女の頑張る姿を、どうにも見てみたくなってしまった。
「.......なんかさ、葉山さんてアレだよね。小型犬っぽい」
「え、何?小動物っぽいってこと?」
「んー......めっちゃしっぽ振って寄ってくるんだけど、こっちが構い過ぎると困った顔しちゃうヤツ」
ふと思いついたことを口にすれば、花巻は間髪入れずに可笑しそうにふきだした。
そのまま暫くケラケラと笑ってから「どーすんだよ、葉山の顔見る度にすげー笑いそうなんだけど」と少し恨めしそうな顔をする花巻に、先に絡んできたのはお前だろと返してやれば、理不尽にも臀を軽く蹴られるのだった。
「青春かよ」とヒトは言う
(どうやらソレは、今しか出来ないことらしい。)