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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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予想外の人物の登場で最初は落胆していたものの、松川君の全力の悪ふざけにすっかり楽しくなってしまい、そのまま大いにカラオケを楽しんでいた。
だけど、中学時代から友達のユリが歌が上手いことは知っていたが、男バレ仲良し四人組の歌唱力もとても素晴らしいもので、なんだか凄く贅沢な場所に居る気がしてならない。
ノリの良い曲やふざけた曲は一緒になってはしゃぐけど、バラード系や真面目に歌う度合いが高い曲などは思わず彼らの歌声に聞き惚れてしまう。
及川君と岩泉君は、男性だと若干キーが高いかなと思われる曲でもさらりと歌いこなすし、時々入るビブラートがとても綺麗だ。まさに爽やかな歌声という感じで、聞き心地がとても良い。
一方花巻君と松川君はとにかく低音がめちゃくちゃ格好良い。女子だと発声することすら難しそうな音域をすらすらと歌うその声音は本当に色っぽくてドキドキしてしまう。
特に松川君には完全に私情が入っていることも相まって、あまりの格好良さに我慢できずドリンクバーやトイレに逃げ出すこともしばしばあった。
その度にユリや花巻君、及川君がニヤニヤと可笑しそうに笑ったり、時には着いてきたりして大いにからかわれたものの、ある程度時間過ぎれば人間何とか慣れてくるもので、一時間ほど経った今ではもう普通にカラオケを楽しんでいた。
「ごめん、飲み物取り行きたい」
花巻君とユリ、私の三組トリオでテクノポップを全力で歌い終わり、男バレ三人がけらけらと笑う中、自分のコップを持ってドアの方へと移動する。
「あ、葉山!俺のコーラもオナシャス」
「えー、しょーがないなぁ」
「サーンキュ♡」
「葉山ちゃん!俺ジンジャエールで!」
「残念ながら、定員オーバーでーす」
「えー!?うそだぁ!マッキーだけずるい!」
ちゃっかり私にドリンクを頼んできた花巻君のコップを受け取り、その後寄越された及川君のコップは首を振って拒否する。
なんで俺のはダメなの!?と非難してくる及川君に「コップ3つ持てるか微妙だし、持てたとしてもドアが開けられないから」と返すと、口を尖らしながらも渋々腰を上げた。
どうやら自分で取りに行ってくれるらしい。
「及川、スプライト頼む」
「......岩ちゃん?それちょっとずるいんじゃないの?」
「あ゛?」
立ち上がった及川君に今度は岩泉君が空のコップを寄越す。
瞬間、ひくりと口角を引き攣らせた及川君だったが、岩泉君の問答無用の圧力に屈して結局彼の分のコップも受け取っていた。
仲が良いんだか悪いんだかよく分からない二人のやり取りに小さくふきだしながらも、先にドアを開けて及川君を待つと案外直ぐに部屋から出て来てくれる。
そのまま二人で一緒にドリンクバーまで足を進める途中、先に歩いていた及川君がコップを両手におもむろに振り返った。
「葉山ちゃん、まっつんのイケボにはもう慣れた感じ?今は普通に楽しんでるよね?」
「......おかげさまでめちゃくちゃ楽しいでーす。でも、誘うんだったらもっと早く言ってよね......服も髪もテキトーで来ちゃったじゃん......」
にこにこと楽しそうに笑う及川君の綺麗な顔を見て、たまらず大きなため息を吐いて肩を落とす。
そんな私に及川君はいけしゃあしゃあと「えー?葉山ちゃんは今日も可愛いよ?オールインワン似合うし、スニーカーもオシャレじゃん」と私の服装を褒める。
及川君みたいなセンスも良いイケメンに褒められると女子として悪い気はしないけど、今はほだされる訳には行かない。
松川君が来るとわかっていれば、ワンピースとかフレアスカートとか、もっとちゃんと気合い入れた格好をしてきたかったからだ。
「まっつんも葉山ちゃんの私服、結構好きって言ってたよ?」
「.......でも、松川君優しいし......結構って言葉、人によって度合いが違うし......」
「あははっ、確かにそーだね〜」
「......他人事だと思って!及川君が今日のこと教えてくれればこんな事にならなかったのに!この性悪!」
「え〜?何それヒドくない?俺は葉山ちゃんのこと応援してるのに」
心外だなぁと憂いを帯びたその横顔は、まるで西洋美術か何かのように美しく整っている。
これだけ端正な顔していれば恋愛の一つ二つ簡単に出来てしまうんだろうなと心の中でひっそりと妬みつつ、何も言わない代わりに辿り着いたドリンクバーを先に使わせてもらった。
「......もうさ、俺から伝えてあげよっか?まっつんに好きですって」
「絶対やめて?そんなことしたら及川君とは金輪際口聞かないから」
「え!それはヤダ!悲し過ぎる!」
花巻君から頼まれたコーラを注ぎながら及川君の言葉を弾けば、相手は眉を下げて喚きながらも不満そうな顔を向けてくる。
「......今のは悪かったけど......でも、俺は割とマジで良い感じの二人だなぁって思ってるんだからね。何処ぞの綺麗なお姉さんにまっつん盗られちゃう前に、葉山ちゃんに頑張ってほしい訳!」
「......私が男だったら、絶対に綺麗なお姉さんがいい」
「それは葉山ちゃんの感覚でしょ!まっつんはわかんないでしょ!」
「......ちなみに、松川君の元カノさんって綺麗なお姉さんだったりするの?」
「え」
「.............」
会話に出て来た抽象的なそのヒトが何となく気になり、ふわふわとした仮定を立てて及川君に聞いてみれば、及川君はギクリとした様子で動きを止めた。
言葉は無くても、答えは明白である。
その顔には完全に「墓穴掘った......!」というような色が浮かんでいた。
「......そっかぁ......松川君、私と真逆の人がタイプかぁ......」
「い、いやいや!でも、ほら、確か元カノさんは向こうからの告白だって聞いた事あるよ!俺!」
「でも、OK出した時点で松川君もその人好きなんじゃん」
「ん゛ッ......」
ため息と共に肩を落とす私を見て、及川君は何とか立て直そうと奮闘してくれるも、結局最後には瞳を伏せて私から視線を逸らしてしまった。
「.............」
やってしまった、というような様子を見せる及川君から私も視線を逸らし、自分のコップにコーラを注ぐ。
でも、そんなことは及川君から言われなくても何となくわかってたことだ。
松川君程のイケメンであれば、その恋人もきっと彼と釣り合うような人でないと、おそらく周囲は納得しないだろう。
私が“そういう人”ではないということを、きっと私自身が一番わかってる。
「......ねぇ葉山ちゃん。“やっぱり私なんかじゃ”なんて思わないでよ?」
「.............」
シュワシュワと波打ちながら幾つもの気泡を作り出す飴色の炭酸水をぼんやりと見つめたまま、及川君の言葉に小さく嘆息する。
「......葉山ちゃん、あのさ、」
「何でも持ってる及川君にはわかんないよ」
「.............」
及川君の言葉を遮るように零れた言葉は、咄嗟に口をついたものではあったものの、しっかりとした私の本心だ。
及川君が私を応援してくれていることはわかるけど、何事もほぼパーフェクトにこなせる及川君目線で物を申されては、凡人としてたまったもんじゃない。
松川君が格好良いことを諦める理由にするなと以前言われたことがあったが、でも、どうやったってどうしようもないことだってあるし、私が例えどんなに松川君を好きだと思っても、松川君が私の想いに必ず応えてくれるなんて絶対有り得ないことだ。
自分の好きという気持ちに、ちゃんと相手の好きという気持ちが返ってくるなんて、もはや天文学的な確率なのではとすら思ってしまう。
「────俺、何でも持ってる訳じゃないよ」
「.............」
妬み嫉みで凝り固まった私の脳内に、及川君の低い声が反響する。
薄らと怒気を含んだその固い声に思わず目を向けると、及川君はその飴色の瞳をしっかりと重ねてきた。
「......死ぬほど嫌いで、絶対に勝ちたいヤツに何度も挑んで、何度も敗けてる。俺が何でも持ってる人だったら、ソイツのこと完膚なきまでに叩き潰してるよ」
「.............」
「......俺の人生において何よりも大切で、一番好きで、誰にも負けたくないモノなのに......何度やっても、アイツに勝てない」
「.............」
「────でも、“やっぱり俺なんかじゃ”なんて、絶対に思わないよ」
「!」
淡々と告げられていた及川君の言葉が急に熱を帯びたのを感じ、たまらず小さく息を飲んだ。
そんな私の反応に、及川君は満足そうに口角を上げる。
「物事には確かに優劣があるけど......でも、何かを好きだって気持ちだけは、優劣なんてないんだよ」
「.............」
そう言って、及川君は空のコップにスプライトをゆっくりと注いだ。
透き通った炭酸水からは小さくパチパチと気泡が弾ける音が聞こえる。
「......まぁ、結局何が言いたいのかって言うと!何事も自己完結したらダメだよってこと!多分一番モヤモヤが残るから!後味悪いのってすげー嫌じゃない?」
「.............」
私への助言を続けつつ、及川君はおそらく岩泉君のスプライトに少量の烏龍茶を混ぜた。
自分の分のジンジャエールには何も混ぜないようなので、どうやら先程岩泉君にドリンクを押し付けられたことを少なからず根に持っているようだ。
折角今の今まで格好良く話していたというのに、目の前で行われた子供じみた仕返しに思わず力が抜け、小さくふきだしてしまった。
「............及川君......本当、何なの......?」
くすくすと笑いながらたまらずそう聞いてしまうと、及川君は「え?及川さんは及川さんだけど?」とけろりとした様子で答える。
及川君の話はおそらく、彼が至上主義としているバレーボールのことであり、恋愛の話をしていたのにどうしてバレーボールの話を持ってくるんだと少しばかり思うところもあるが、多分、今の及川君にとってはどっちも“熱中できるモノ”という意味合いで同じものとしてカテゴライズされているのかもしれない。
もしくは、今の及川君はバレーボールに恋してる、とか。そっちの方が腑に落ちるかも。
......そんな及川君が、好きという気持ちに優劣の差はないのだと、何度敗けても自己完結したらダメなのだと言った。
この人は多分、他人の心に火をつけるのがとても上手いんだと思う。
「.......一種のパイロマニアじゃん......」
「え?何それ?どういう意味?」
思わず口から零れた思考に及川君は首を傾げたが、説明するのも恥ずかしいので「じゃあ、先行ってるね」とわざとスルーしてコーラの入ったコップを両手に持った。
「ちょっと!葉山ちゃん!」という何とも不満そうな及川君の声が背中から聞こえたものの、それに振り返ることなく一足先に皆のいる個室へ足を進めるのだった。
ヒトの心の放火狂
(俺にそれを教えてくれたのは、岩ちゃんだったけどね。)