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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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月曜日の放課後。図書室で予備校の宿題に手をつけていると、時計代わりに机に置いていたスマホが小さく震えた。
何かと思ってちらりと画面を確認すると、どうやら同じクラスの花巻君からメッセージが来たようだ。
「.............」
一瞬、直ぐに見るかどうするか悩む。
私の前の席である花巻君とは今日、何度か話をしたがその殆どが昨日の日曜日見に行ったバレー部の練習試合のことだった。
バレーボールのことを話すのは本当に楽しかったし別にいいのだが、問題はもう一つの方......松川君の話になるとどうにも楽しくない。
松川君のことが好きだと自覚してからはや一日が経つが、昨日の今日でこの気持ちを伝えたい訳でもないのに、花巻君はやたらと背中を押してくるものだから最後らへんは「いい加減にしてよ!もう放っといて!」と少し怒ってしまったのだ。
気遣いのプロフェッショナルであるユリがその場をおさめてくれたので喧嘩には発展しなかったものの、何となく花巻君と話すのは少しだけ気が引けてしまう。
うだうだ悩んでいる間も二度、三度スマホが震え、結局ソレを手に取りメッセージを確認した。
【今日はごめん。悪ふざけが過ぎた】
【今どこ居る?】
【もう帰った?】
普段よりずっと真面目な内容にだいぶ私のことを気にしている様子が窺え、少しばかり居た堪れない気持ちになった。
いつもみたいに私がサラッと流せればよかったのだが、如何せん、この件に関しては余裕が無いので直ぐに思考回路がパンパンになってしまうのだ。
だけど、それは花巻君を怒鳴っていい理由にはならない。
【私もごめん。態度悪かった】
【今、図書室で予備校の宿題片付けてる】
ひとつため息を吐いてからそんな返信をすると、直ぐに既読がついて【そっか、じゃあ明日でいいわ。頑張ってな~】と返信が来る。
私に気をつかってるのか、それとも本当に明日でいいのかは文面からではよくわからなかったが、一先ず了解の意を仲間内でしか使わない変なスタンプで返す。
すると直ぐにスマホが震え、確認すると花巻君もおかしなスタンプを送ってきたので思わずふきだしてしまった。
しかしここが図書室であるのを思い出し、慌てて咳払いをして口を閉じる。
多分、明日にはまた花巻君と楽しくお喋りができそうだ。
後に引かない、花巻君の性格の良さにほっとしつつ感謝して、私はシャーペンを持ち直して気持ちを新たに課題に取り組むのだった。
最終下校の校内アナウンスが聞こえ、ふとスマホを見るとすっかり遅い時間になっていた。
図書室では予備校の課題だけやって、後は家で勉強しようと思ってたのに、何だか今日は集中が途切れなくてついガッツリ居座ってしまった。
勉強が捗ったのはいいけど、お腹は空いたし喉も渇いた。これから帰宅する間にどこかに寄っていくかどうしようか悩みながらおもむろにノートや参考書を片付け、もしかして今ここに私一人じゃないよね?と不安に駆られて室内を見る。
「......あ、終わった?お疲れさん」
「.............!?」
顔を上げた瞬間、視界に入った人物にひどく驚いて思わず固まった。
いつの間にか、私の向かい側には1組の松川君が座っていて、英単語帳を片手にゆるりと穏やかに笑った。
突然のことに私の思考回路はすっかりパニックしてしまい、目を丸くしたまま何も言えないでいると、松川君は可笑しそうに小さくふきだす。
「......あー......なんか、ごめんね?葉山さん凄く集中してたから、声掛けるのもアレかなって思って」
「.......え......い、いつから......?」
ようやく出せた声は情けない程拙いもので、だけど松川君は緩く首を傾け「時計見てなかったから、ちょっとわかんないな」と少し眉を下げて笑う。
それがウソかホントかなんて私に見破る術はなく、結局「そっか......」と頷くだけに終わった。
「え、と......ごめん、もしかして、私に何か用事あった?」
チラリとスマホを確認するも、メッセージは特に来ていない。
だけど、わざわざ私の近くに座り、もしかしたら私が終わるのを待っていたのかもしれない松川君の行動が気になり、おずおずとそんな質問をする。
もしそうだったら申し訳ないことをしたなとひっそり悔やんでいれば、松川君はまた眉を下げて笑い、「用事というか......まぁ、用事か」と何とも曖昧な言葉を告げる。
「......覚えてないかもしれないけど......前一緒に本屋行った時に話してたラーメン、新作出たからよかったら一緒にどうかなって」
「.............!」
松川君の言葉の続きに、驚きが重なった。
前に辞書を買いに行った時、お茶をしながら話していたことを、松川君はどうやらちゃんと有言実行してくれるらしい。
確かに「今度一緒に行く?」と言われて内心あたふたとしながら「行きたい」と答えた記憶があるが、まさかあんな拙い口約束をきちんと覚えててくれたなんて。というか、絶対リップサービス的なものだと思ってたのに。
「あぁ、無理そうなら全然、遠慮なく言って。急な誘いだし、別に気にしなくていいから」
「っ、い、行く!行きますっ!」
私が何も言わないことに気を遣った松川君を前にして、思わず食い気味に了承してしまった。
咄嗟に出た声は思いのほか大きく図書室に響き、恥ずかしさから直ぐに口をつぐむ。
これじゃあ浮かれているのが松川君にバレバレだろう。顔を赤くしたままどうしようもなく俯いていると、向かいにいる松川君は可笑しそうに小さくふきだした。
「......うん、じゃあ、決まり。最終下校過ぎてるし、腹も減ったから早く行こう」
くつくつと可笑しそうに喉を鳴らしながらゆっくりと立ち上がる松川君にならい、私も赤い顔で勉強道具を学生カバンの中へしまってから席を立つ。
「.......ラーメン、美味しい所がいいデス......」
終始笑われっぱなしなのは大変憤りを感じるので精一杯の負け惜しみをするものの、残念ながら効果はいまひとつのようだった。
▷▶︎▷
松川君の案内で辿り着いたところは、「珍道中」という暖簾が掛かった老舗の中華料理屋さんだった。
あまり女子同士では入らないようなお店の雰囲気についぼんやりと見てしまえば、松川君は臆することなくガラリとスライド式の扉を開ける。
松川君に続いて店内へ入ると、昔ながらのという言葉がぴったりな雰囲気で、先客の方々が食べているラーメンや炒飯の良い匂いが鼻をくすぐる。
中華料理の匂いって空腹時には本当にたまらないなぁと期待に胸を膨らませつつ、松川君が先に座るテーブル席へと足を進めた。
「うぅ、お腹空いた~。何にしよっかな~」
「さっき、凄く集中してたもんね。あ、ここの餃子美味いよ、オススメ」
「餃子!最高!あ、餃子セットある!じゃあこのセットに......あ、そういえば新作ってどれ?」
二人で使い古されたお品書きを見ながら、今夜のお夕飯を決める。ちなみに家には先程連絡を入れたので、心置き無くラーメンを食べられる。
「これこれ、海鮮塩ワンタン麺。なかなか美味そうじゃない?」
「海鮮塩ワンタン麺......!もう、響きがずるい......!」
絶対美味しいヤツやん......!と項垂れる私を見て、松川君はまた可笑しそうに笑いながら「俺はこれとチャーハン餃子セットにする」と手早く決めてしまった。
それなら私も手短に選ばなければと思うものの、新作のラーメンも気になるし、初めて来た所だから定番の醤油とか味噌とかも食べたい気持ちが強い。
あ、ちょっと待ってトンコツもある......!え、え、どうしよう......!
「.............」
「.............」
「.............」
「.............」
悩んで、悩み抜いて、お腹が小さく鳴ったところでようやく決めた。
「.......ごめん、新作じゃないけど、定番の醤油食べていい......?」
「ふはッwなに、そんなこと気にしてたの?全然いいよ、好きなの食べなよ」
私の言葉に松川君はけらけらと笑い、そのまますぐに私の分まで注文してくれた。
オーダーを聞くと共に寄越されたおしぼりで手を拭き、お冷を飲みながらいまだにお品書きから目を離せないでいると、「葉山さん、もしかして食べるの好き?」と唐突に質問され、反射的に顔を上げる。
「あ、うん。好き......え、もしや花巻君とか、何か変なこと言ってた?」
「や、俺がそうなのかなぁって思っただけ。花巻は何も言ってないよ」
花巻君のことだから、もしや私が食いしん坊だよ的なことを面白可笑しく喋ってしまったのではと一瞬ヒヤリとしたが、どうやらそうではないらしい。
疑ってごめんね、花巻君......とひっそり心の中で頭を下げたのも束の間、松川君本人から「食べるのが好きな人」と思われてしまうのも女子としてどうなのかと思い、もしかしてそっちの方がまずいのではと脳内で頭を抱えた。
「......だけど、今日のことはかなり気にしてたっぽい」
「え?」
「悪ノリし過ぎて葉山さん怒らしたって、すげー弱ってた」
「.............」
告げられた言葉に、思わず目を丸くして黙り込む。
そんな私を前に、松川君はゆるりと頬杖を付きながら小さく笑った。
......これは、もしかしなくても、私が花巻君を怒鳴ってしまったことを知られてるな......。
私を怒らせた理由に松川君が絡んでいるから、おそらく松川君にも謝罪のメッセージを入れたのかもしれない。
私が松川君とギクシャクしないように、先手を打って事態を報告したんだろう。
もしかしたら、図書室に居る時に貰ったメッセージだって、私の居場所を松川君に教える為の策だったのかもしれない。
「.............」
「.......花巻、良い奴だよ。ちょっと調子に乗りやすいけど、でも、すげー良い奴」
「.............」
自分の想像がどこまで当たってるのかはわからないが、ちらりと松川君を見ると至極穏やかな調子でそんな言葉を告げられた。
花巻君が良い奴だなんてとっくに知ってるし、元を正せば松川君が昨日体育館であんなことしてきたからじゃんと思ってしまったが、そもそも私が松川君を好きなことが起因して起こってる事態だと思い直して、改めて恋愛というものが如何に厄介で困難な代物であるかを思い知った。
「.............っ、」
「ハイ、海鮮塩ワンタン麺のチャーハン餃子セットね。もう一つは今持ってくるから」
「!」
言葉を発しようとした矢先、松川君の頼んだものがテーブルへ運ばれ、広げっぱなしになっていたお品書きを慌てて片付ける。
その後直ぐに私の頼んだ醤油ラーメン餃子セットも運ばれてきて、中華料理特有の香ばしい匂いにたまらずゴクリと喉が鳴った。
「とりあえず、冷めない内に食っちゃいましょうか」
お腹が空いてるのは私も松川君も同じようで、松川君は美味しそうな新作ラーメンを前に珍しくソワソワとし出す。
それに反対する気持ちは全くなくて、「そうですね」と答えるや否や松川君と私の分のお箸をケースから取り、お互いお箸を持ってから「いただきます」と手を合わせた。
まずは、定番の醤油ラーメンをスープを絡めながら頂く。うん、美味しい。やっぱり醤油にしてよかった。本当に美味しい。
次は餃子、醤油とお酢とラー油をつけて食べる。うん、これも美味しい。松川君がオススメというだけある。すごく美味しい。
「ん~~~!美味しいっ!」
「ハハッ!マジで美味そうに食うね~。でも、写真とかは撮らないんだ?」
「あッ......」
松川君の発言に、一瞬思考が停止する。
し、しまった......折角松川君が連れてきてくれたのに、空腹に負けて先に食べてしまった。
「.............」
ちらりと食卓を見るも、ラーメンも餃子も見事に食べかけだ。
今更これらを撮るのも気が引けてしまい、自分の単細胞ぶりにすっかり落胆しかけるものの......ふと頭を過ぎった身の程知らずなアイデアに、暫く黙り込む。
「......もしかして、撮るの忘れてた?」
「.............」
「......まぁ、また来ればいいんじゃない?醤油以外も美味しいよ、ここ」
「.......あの、松川君......」
「ん?」
やってしまった感満載の私をフォローしてくれる松川君に、おずおずと視線を重ねる。
深呼吸を2回して、ドキドキと高鳴る心臓に上擦りそうになる声を必死に堪えながら、何とか言い切った。
「ま、松川君と、写真、撮ってもいい?」
「え?」
唐突な私の申し出に、松川君は当然目を丸くして私を見る。
「ラ、ラーメン、うっかり口つけちゃったし......でも、折角だからスマホに残したくて......人が写ってたら、食べてる途中でも変じゃないかな~と......」
「.............」
「............あと、花巻君ラーメン好きだから、いいでしょって見せ付けてやりたい、デス......」
......あとは、単純に私が松川君と写真を撮りたいというのもあるんだけど、それは流石に恥ずかしくて言い訳がましい言葉をモダモダと口にする。それを聞いた松川君は、ぽかんとした顔をしたまま一向に返事をくれなくて、時間が経つにつれどんどん恥ずかしさが増していく。次第にやっぱり大それたお願い事だったかなと思い直し、ポキリと心が折れた。
「あ、無理ならいいの!ごめんね変なこと言って!ラーメン伸びちゃうし、早く食べよ!」
「......いいね、それ。最高」
「え......」
沈黙に耐えきれず、今の発言を取り消しながら意識をラーメンに向けると、ようやく松川君はニヤリと笑って反応を示した。
「スマホすぐ出る?何なら俺ので撮るよ」
「え、え?い、いいの......?」
「全然いいよ、俺も写真撮りたい」
「.............」
言い出しっぺである私がすっかりあたふたしている間に、松川君は自分のスマホを取り出してさっさとインカメをセットした。
「じゃあ、撮るよ?あ、カメラここな?」
長い腕を伸ばし、自撮りの形で松川君は私との距離を詰める。
松川君と私、そしてお互い食べかけのラーメンが小さな画面に写る中、松川君は小さくふきだして「ちょっと、ちゃんと笑ってよw」と私にダメ出しをしてきた。
咄嗟に謝り、改めて松川君のスマホに向かって笑いながらピースをすると、松川君も満足そうに笑って私と同じようにピースサインを作る。
「じゃあ、いくよ?ハイ、チーズ」
カシャリと乾いた音を立てて、この写真を撮ってから数分後。
花巻君と及川君からのメッセージが鬼のように送られてくるのだった。
俺、誘われてないんだけど!?
(......男バレ三年のグループに送るなんて聞いてない!)