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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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頭の後ろに回された大きな手。その長い指が、酷く優しく撫でてくる。
相変わらず視界は真っ黒で、顔を覆う帽子を持つ手はまるで死後硬直でも起こっているかのように全く動かなかった。
そんな私の頭の上に押し付けられているのは、恐ろしいことにあの松川君の端正な顔である。
思考回路が完全に死に絶え、瞬きすら出来ずに固まってしまった私の頭に顔を埋め、松川君は何度かゆっくりと深呼吸をしているようだった。
......そういえば、さっきこの人、なんかおかしなこと言ってたな......?
「......松川ァ!!テメェこんなとこで何やってんだボケェ!!」
「!!!」
途端、岩泉君の鋭い怒声が体育館に響き渡る。
その声量と迫力にびっくりして咄嗟に逃げるように松川君との間の腕を突っぱねると、案外すんなり解放してくれた。
そのまま2、3歩後ろへ下がれば、松川君は不自然に浮いた左腕をおもむろに腰に当て、小さくため息を吐く。
「バレーに関係ねぇことは他所でやれ!!」
「ハイハイ、岩ちゃん落ち着いてー」
「うるせぇクソ川蹴り飛ばすぞ!!」
「イッタイ!!ちょっと!!蹴ってから言わないでよ!!」
キレのある回し蹴りを繰り出す岩泉君と、それに巻き込まれる及川君の悲鳴を聞きながら、目の前がぐるぐると回る。
混乱状態の頭の中が少しずつ、ほんの少しずつクリアになっていくのが恐ろしくて、手元にある黒の帽子を強く握りしめていると、及川君と岩泉君のやりとりを見ていた松川君が小さく笑った。
「.......怒られちゃった」
「っ、っ......!」
ね?と首を傾けて、ちらりと私を見る松川君に再び脳内が沸騰し、たまらずもう何歩か後退ってしまう。
何とか落ち着こうと一度深く酸素を取り込めば、私の口からは思考も一緒に体外へ吐き出された。
「あの、ごめん、私、帰ります......!!」
「え?」
一方的に撤退宣言を伝え、私の言葉に驚いている松川君を放って体育館の出入り口へ駆け出す。
背中からユリの焦った声が聞こえたが、今はそれにすら構ってる余裕が無くてユリを無視して体育館から逃げ出した。
「果穂!待って!果穂ってば~!!」
「ユリはまだ居ていいよ!ごめんね!」
無視してしまったにも関わらず、優しいユリはずっと私の後を追ってきてくれた。
それが余計に申し訳なくて後ろを振り返らずにそう返答すると、ユリは思わぬことを告げてくる。
「そうじゃなくてぇ!自転車!忘れてる~!」
「!」
その言葉に、たまらず足が止まった。
......そうだ、私、自転車でここまで来たんだった。
その事を思い出した途端、スっと頭が冷えた感じがしておずおずと振り返る。
少し後ろからパタパタと走ってくるユリは、私に追い付くとそのまま抱き着いた。
「やっと追い付いた~!果穂足速いよ~!スニーカーずるいし~!」
「......ご、ごめん......」
ユリからのハグを受け入れながらも、確かにパンプスとスニーカーでは勝負にならないなとおかしな事を考えてしまい、反射的に謝ってしまう。
そして直ぐ、ユリを置いていってしまったことを反省してもう一度「本当にごめんね」と謝った。
「......なんか、混乱?しちゃって......失礼なこと、しちゃった......本当、申し訳ない......」
弾む息とは対照的にゆるゆると落ち着いていく思考回路が直ぐに導き出したのはやってしまったという後悔と申し訳ないという反省で、ユリに凭れるようにして項垂れるとポンポンと背中を軽く叩かれる。
「それはきっと大丈夫だけど......果穂の方が心配だよ。大丈夫?アレはちょっとびっくりするよねぇ......松川君、なかなか手が早いタイプか......」
「.............っ、」
私を気遣ってくれるユリの言葉に、先程の松川君の行動が頭の中で蘇り、カッと顔に熱が爆発する。
今のようにユリに抱き着かれるのとは全然違って、松川君に触れられた時は兎に角恥ずかしくて何も考えられなかった。
「.......もう、ヤダ......本当、死にたい......」
「うん、死なせないけどねぇ」
「......だって、向こうは多分、モテる人ゆえの通常運転じゃん?ホストみたいなものじゃん?なのに、バカ真面目に返しちゃったし......本当、自意識過剰っていうか......!何マジになってんの?って、絶対引かれた......!」
「いやいや、それはないでしょ?むしろ結構いい感じに見えたけど?」
「それ絶対補正掛かってるから!あー、もう!明日花巻君に絶対からかわれるよー!こんなことなら来なきゃよかった!」
「えー?でも、バレーの試合めちゃめちゃ面白かったじゃん。男バレ超格好良かったし、私は来てよかったなぁって思ってるよ?果穂と観られて凄い楽しかったし」
「.............」
身体を離し、片手を繋いだ状態でユリは可愛らしくにこりと笑う。
その笑顔と言葉に自棄になっていた気持ちが徐々に絆されていき、深呼吸を兼ねたため息を大きく吐いた。
「.......私も、ユリとじゃなきゃ、来られなかったよ......」
これでは言葉足らずだと気付いてはいたが、察しのいいこの友人にはちゃんと気持ちが届いたらしい。
ユリは満足そうに笑って、「私、バイトまでまだ時間あるし、どこかお茶しに行こ?」と優しく提案してくれるのだった。
▷▶︎▷
三組の女子二人が、連なるようにして体育館を去っていく。
予想外の展開に呆気に取られたまま二人が走り去った方向を見ていると、「ま、つ、か、わ、君」とおもむろに背後から声を掛けられた。
振り向かなくてもわかる。彼女達と同じ三組の花巻だ。
「お前ね?TPOって知ってる?」
「......Time、Place、Occasion?」
「ピンポーン。ムダにいい発音でお答え頂きありがとうございまーす」
寄越された問いに半ばふざけて返せば、花巻は抑揚のない声でそう言うがいなや「でも、弁えろって話ね?」と直ぐに軌道を修正する。
「まぁ、俺達も仕組んだけどさぁ......お前、ちょっと飛ばし過ぎだろ。いきなりハグとか下手すりゃ事案だぞ?」
「.......うん。葉山さん、めっちゃいい匂いだった。あれ、本当になんの匂いなんだろう。シャンプー?香水?あ、ヘアーコンディショナーってヤツか?」
「お前全然反省してないな?岩泉、ちょっと松川も蹴り飛ばしやって」
先程まで直ぐ近くにあった好きな匂いを思い出し、そういえば聞くの忘れたなと少し残念に思っていれば、花巻は痺れを切らしたのか岩泉という肉体言語にシフトしようとした。
それはさすがに分が悪いので、「まぁ、ちょっと待ってよ」と花巻にタンマをかける。
「悪気があった訳じゃないけど......まさか、帰っちゃうとは思わなかった」
「......アイツ多分、全然男慣れしてねぇんだよ。お前によく声掛けてくるような綺麗なお姉さん方とは天と地ほど違う訳。つーか普通に考えてわかるだろ」
「いや、流石にそれはわかるよ。でも、前に辞書買いに行った時とは明らかに俺への反応が違ったから......ちょっと押してみようかなって思ったんだけど、もしかして花巻、葉山さんに何か言った?」
「あ?......あー......多分それ、俺じゃなくて及川だな」
「......あー......及川か......」
俺よりも彼女と交流のある花巻から出された名前に、少しだけ眉を寄せる。
及川は確か、葉山さんと一、二年で同じクラスだったと以前得意げに話していた。
一見すると及川はノリの軽いちゃらんぽらんなヤツだが、実際はそれと正反対と言っても過言ではないくらい筋の通った誠実な男だ。
特にバレーボールに関しては如実にそれを感じられ、その驚異的なカリスマ性に俺や花巻、岩泉ですら惹き込まれることがしばしばある。
そんな及川が葉山さんになんらかの言葉を掛け、その結果俺に対する態度が少し意識したものに変わっているともなれば、正直に言ってあんまり嬉しいことではなかった。
「......別に俺がまっつんのこと好きになれって魔法をかけた訳じゃないよ?」
「!」
俺と花巻の会話に、ウワサの及川が目敏く入ってくる。
こういうタイミングだけは本当に抜かりないというか、ピッタリ過ぎて少しキモいとも思う。
しかし、口にしたら直ぐにギャーギャー騒ぎ出しそうなので、軽いため息だけに済ませておいた。
「葉山ちゃんには、自分の気持ちに素直にねって言っただけだから」
「.............」
「......いや、お前もっと違う言い方してたじゃん。そんな優しく言ってなかった」
「マッキーは余計なこと言わない!言葉は違えど趣旨は一緒ですぅ!」
「趣旨は一緒でも受け手は言葉に左右されると思いマース」
「うぐ......ッ!」
花巻と及川の会話を聞きながら、先程まで隣に居た彼女のことをぼんやりと思い出す。
同年代の女の子達の平均くらいの背格好に、指触りの良いサラサラとした髪の毛が特徴的といえばそうなのかもしれない。
誰もが振り向く程の美人という訳では無いが、素直にころころ変わる表情や思い切り楽しそうに笑う顔は結構いいなと思う。
今まで話した感じでも、さすが花巻御用達の友人とでもいうべきか、話しやすいしトークも楽しい。切り返しも面白い。
一番いいと思うのはあの匂いだけど、今はそういう嗜好的なことは置いておいて、葉山さんという同い歳の女の子を俺自身がどう思っているのかを考える。
俺が少し触っただけで、顔を真っ赤にしてすっかり困った顔になっていた。
その顔には艶美さや期待感なんて全くなくて、ただただ恥ずかしいという文字が浮かんでいるだけだった。
年相応、もしくはもう少し下辺りの反応を示され、可愛いなと思う反面、少しばかり躊躇する気持ちも一緒に発生していた。
多分、俺と葉山さんは恋愛において多かれ少なかれ価値観が違うと思ったからだ。
乱暴に言えば、場数が違う。それが違えば、自ずと恋愛というものに対しての考え方も変わる。
────その経験の差が、感覚の差が、いつか葉山さんを傷付けるだろうなと漠然と思った。
「.......なんか、まっさらな新品のモノってさ、使う時にちょっと躊躇しない?あー、汚しちゃうなぁとか、もうこの綺麗な状態には戻せなくなるなぁとか」
「は?」
ぽつりと零れた俺の言葉に、言い合いをしていた及川と花巻は目を丸くしてこちらを見てくる。
いきなり何の話だと思われてるんだろうけど、この二人はなかなかに察しがいいからきっと直ぐに俺が葉山さんのことを話しているとわかるだろう。
その証拠に、花巻は徐々になんとも言えない顔になっていき、及川はわざとらしく大きなため息を吐いた。
「俺が触っていいものなのかなって......まぁ、ちょっと悩むよね」
「.......ちょっと、まっつん。あのさァ、」
「あ?新品の方が断然いいだろ」
「え?」
少し呆れたような及川の言葉を遮り、強気の発言をしたのは先程俺の行動を叱咤した岩泉だった。
まさか岩泉からそんなことを言われるとは思わず、俺も花巻も、そして岩泉と旧知の仲である及川も目を丸くしている。
「新しいモノって、なんかテンション上がるだろ?気合い入るっつーか、再スタートみたいな。俺のモンとしてこれからヨロシクなってなるべや」
「.............」
「......まぁ、確かに汚れたり性能落ちたりはすっけど......真新しいものが徐々に自分にフィットしていく感覚、俺結構好きだけどな」
「.............」
「............」
「.............い......岩ちゃんのえっち!!性能落ちるとかフィットとか、岩ちゃんの口から絶対聞きたくなかった!!」
「あ゛?何言ってんだお前......」
しばし呆然としていた俺達だったが、及川のそんな悲鳴と共に可笑しさが頂点に達したようで、俺と花巻は同時にふきだした。
岩泉の発言がシューズやサポーター等の道具の話であるのは明らかであったが、その何とも言えない奇跡的な会話の掛け違いに俺も花巻も、そして及川も笑いが止まらない。
「ヒー!!w腹痛ぇー!!w岩泉マジで最っ高!!この男前!!抱いて!!w」
「は?気持ち悪ィこと言ってんなよ、ブッ飛ばすぞ」
「ダメダメ!岩ちゃんが抱くとしたら俺だから!!俺がフィットされるんだから!!w」
「キっショいこと言ってんなクソ川!おい松川!コイツら一体何なんだよ!」
「.......いやぁ......俺も、今のはちょっと岩泉にときめいちゃった......」
「3:1でボケんな!!俺の分が悪過ぎんだろが!!」
いい加減にしろ!鳥肌止まんねぇわボケ!と俺ら三人に怒声を浴びせる岩泉は少し不憫だったが、何だか目からウロコが落ちたというか、岩泉の真っ直ぐな言葉が妙に心に響いてしまい、胸をつかえるナニカに観念するべく笑いが零れた。
「.............うん。でも、そういうのも、悪くないかもな......」
ひそりと呟いた言葉に、及川と花巻は少し間をあけてから楽しそうに笑う。
ただ一人、事情の知らない岩泉だけが眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしていた。
彼と彼女の答案用紙
(“答え”が同じでありますように。)