mint
name change
デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「昨日の制服デートは楽しかったか?」
朝のホームルームが終わり、一時間目の英語の準備をしている私に前の席の花巻君がそんな爆弾発言を寄越してきた。
丁度例の英和辞書を手に持っているところだったので、本当にこの人はいい性格をしているなと口元がひくりと引き攣る。
「辞書を買いに行っただけです。デートではありません」
「でも、その後お茶とかしたんじゃねぇの?」
「え、なんで知ってるの」
花巻君の言葉に思わず眉を寄せてしまうと、花巻君はとても楽しそうな笑顔を浮かべた。
「あの松川一静だぜ?女子と出掛けてお茶も飲まずに帰る訳ないじゃん」
「......やっぱり、松川君ってモテるよね......」
「お、何その反応。もしや葉山、松川と何かあった?」
「何もないです。でも、松川君と居ると女性の視線をめちゃめちゃ感じるというか、実際、すごく視線を集めてて......きっとこの人、すごくモテるんだろうなと思いました」
「なんでそんな作文口調?笑うんだけどw」
昨日の放課後、一緒に買い物へ行った時のことを思い出しながらたまらずため息を吐くと、花巻君は可笑しそうにふきだす。
私にとっては全然笑えることではないものの、松川君がすごくモテるという事実はどうしたって変わらないものであり、それなら花巻君が笑い飛ばしてくれる方がまだいいかと考え直して結局文句は言わなかった。
「......葉山は何も思わなかったの?松川に」
「え?」
「やば~い♡まっつん格好良い~♡とか」
「何言ってんの。思うに決まってんじゃん」
「なんでちょっとキレ気味なんだよw」
花巻君におちょくられるのは想定の範囲内である。
不本意だけど、伊達にデコボコフレンズと呼ばれてはいない。不本意だけど。
からかわれるのがわかっているなら、ヘタに誤魔化すよりも素直に自分の感じたことを言ってしまった方がいいだろう。
「松川君、めちゃめちゃイケメンじゃん。背ぇ高いし、格好良いし、声も格好良いし、更には性格も良いし。色々気遣ってくれるしさ、よく気が回るし、話してて面白いし、本当に何なの?何食べたらこんなにパーフェクトな人間が出来上がるの?って思ったよ」
「......チーハンですかね?」
「そんな人に何も思わない女子が居ると思います?いや、居ないでしょ。女子なら絶対格好良いって思うでしょ、普通。いや、男子でもそう思うでしょ。ねぇ、花巻君」
「......まぁ、そうですね。で、さっきからなんでそんなキレてんの?」
「別にキレてないけど」
「いや、キレてるだろ。葉山、数学で解けねぇ問題にぶつかった時と同じ顔してるぞ?」
「.............」
花巻君に指摘され、たまらず口を閉じる。
数学の場合、答えが絶対あるはずなのに、その答えになかなか辿り着けないと大変憤りを感じてしまう。
でも、この場合は一体何に対しての答えが求められていないというのか。
「......もしかして、恋の方程式が解けな~い♡とかですか?w」
「.............」
「真顔で無言とかやめて。今スベったことは俺が一番よくわかってる」
「......よかった。花巻君にもまだ普通の感覚があって。ちょっと心配しちゃった」
「的確に抉ってくるのやめろ......」
自分が言い出したくせに勝手に恥ずかしがる花巻君に若干の憐れみを感じつつ、松川君に対する自分の気持ちをぼんやりと考える。
確かに格好良いし、気になるし、素敵な人だとは思うんだけど......付き合いたいかと訊かれれば、今の時点では答えはノーだ。
如何せん、相手が格好良過ぎるし、完璧すぎる。とてもじゃないけど私が告白なんて出来る相手じゃない。
言わば芸能人に一般人が告白するようなものである。
「......私は、自分の身の丈にあった人を好きになりたい」
「.............」
思考をそのまま口に出すと、答えは私の中にストンと落ちてきた。
松川君との買い物はとても楽しかったし、とてもドキドキしたけど、それだけに留めておきたい。
その先を望むとなると、きっと多方面において茨の道となるだろう。
恋愛に重きを置けば楽しくなるのかもしれないけど、あいにく私は自分の恋愛感情がそこまで重要度の高いものとは思えない。
好きな漫画の今後の展開とか、先日受けた模試の結果とか、そっちの方が私の中ではずっと重要だ。
そんな自分と松川君が恋人同士になるなんて、どう考えても想像がつかなかった。
「......身の丈に合う人、ねぇ......身長160cm以下の男とか?」
「......別に物理的な話をした訳では無いんだけど」
花巻君の冗談に呆れてしまい、反射的に大きなため息が零れた。
人が割と真剣に考えてるのに、この男は......と少しばかり腹を立てていると、花巻君は私の機嫌を知ってか知らずか至極楽しそうに笑った。
「......よくわかんねぇけど、恋愛感情って頭でコントロール出来るもんなのか?」
「.............」
「あー、この人いいなぁって反射的に思う瞬間があったら、それってもう好きってことなんじゃねぇの?」
「.............」
「葉山、小難しく考え過ぎじゃね?って、俺は思うんだけど......」
花巻君の話の途中で一時間目の本鈴が鳴り、英語の先生がタイミングよく教室に入ってくる。
クラスメイト達が授業を受ける準備を始める中、前の席の花巻君もゆるりと体勢を変え、私に背中を向けてしまった。
変なところで会話が終わってしまったせいで、心がなんか、もやもやする。
このまま英語の授業を受けるのかと少し億劫に感じていれば、花巻君はこちらを見ないまま「......ま、餅は餅屋っていうしなァ」とよく分からない言葉を寄越してきた。
どういうことかと聞きたかったが、英語の先生が話し始めたことで私の言葉は声にならず心の中に残る。
余計もやもやするんですけど!と花巻君の背中を睨むものの、私が疲れるだけで花巻君はノーダメージであることに気付き、結局ため息を吐くだけにして渋々英語の教科書を流し読みするのだった。
▷▶︎▷
英語の授業が終わり、シャーペンをペンケースへしまっていると前の席の花巻君が勢い良く立ち上がった。
その勢いにトイレでも我慢してたのかなと間抜けな思考を回してしまえば、花巻君は私の方へ顔を向ける。
「葉山、何してんだ。行くぞ」
「え?どこに?」
何の前触れもなく唐突にそんなことを言われれば、誰でも首を傾げるに決まってる。
まるで意味のわからない花巻君の言動に目を丸くしていれば、花巻君はニヤリと口端を上げて言葉を続けた。
「どこって、餅屋に行くんだよ」
「.......はい?」
答えを聞いてもやっぱり意味がわからず、花巻君を見ることしかできない私だったが、「早くしろ」と急かされわからないままに席を立ち、花巻君と一緒に教室を出る。
どこに行くのかと聞いても一向に「餅屋」としか返してくれないものの、向かった先はなんてことの無い、三年六組の教室だった。
「すんませーん、及川徹君居ますかー?」
他クラスであるにも関わらず、花巻君はなんの躊躇いもなく6組の教室に声を掛ける。
相変わらず考えが追いつかない私を他所に、6組の教室からは各方面からイケメンと評価の高い及川君がひょっこり現れた。
「やっほーマッキー。どーしたの......って、あれ?葉山ちゃんも一緒?え、なに、本当にどーしたの?まさかのお付き合い宣言?」
「......ハイ、こちら餅屋の及川徹君です。見ての通りトンデモ恋愛脳の持ち主です」
「.............」
花巻君の後ろにいる私の姿を捉えると、及川君は目を丸くして私と花巻君を交互に見る。
そんな及川君を片手で指しながら、花巻君は淡々と餅屋の正体を語った。
数秒呆気に取られて黙ってしまったものの、ゆるゆると思考回路が回っていき、長いため息を吐きながら両手で顔を覆う。
「......なんてことをしてくれたの花巻君......」
「ちょっと葉山ちゃん?人の顔見るなりその反応ってひどくない?俺全然話が見えてないんだけど」
ひどく項垂れる私を見て、話の流れがわからない及川君は当然不服を示す。
ちなみに及川君とは1,2年で同じクラスだったこともあり、顔を合わせれば少し世間話をする仲だ。
それ故に、花巻君が及川君を餅屋と称したのが衝撃的だったのだ。
「まぁまぁ、我等が主将及川パイセンならサクッと解決してくれっかもよ?」
「え、なになに?もしかして恋愛相談?相手誰?もしかしてバレー部?」
「おう、松川」
「えー!うっそ!マジで!?」
「違うから!本当に!やめて!」
「え、だって葉山、松川のことベタ褒めしてたじゃん」
「ていうか、まっつんと葉山ちゃんって接点なくない?いきなりどーしてそうなった訳?」
「いや、実はさぁ、この二人前に電車で運命的な出逢いを」
「ちょっと!本当にやめて!怒るよ!?」
完全に悪ノリしてる男バレ二人に呆れを通り越して若干腹が立ってきた。
こんなことになるなら、花巻君に松川君のことを褒める話をしなければよかったと朝の自分の言動を後悔するも、全てが後の祭りである。
何が餅は餅屋だ。結局は私のことを面白可笑しく話したいだけじゃないか。
「ていうか、別に悩んでないし!そもそもそういう話でもないし!だから松川君に変なこと言うのは絶対やめてね!」
「えー?変なことって?例えば?」
このまま二人におちょくられてたまるかとさっさと釘を刺しておくも、ニヤニヤと笑う及川君にはあまり効果がないようだ。
そんな性格だから彼女出来ても長続きしないんだよ!と心の中で悪態を吐いていると、元凶である花巻君がしれっと「この子、身の丈に合う人と付き合いたいんですって」と先程私が言った言葉をなぜかオネェ口調で及川君に伝える。
途端、ニヤニヤと笑っていた及川君が急に表情を変え、次には露骨に眉を寄せながら私を見下ろしてきた。
「......はぁ?何それ。まっつんが格好良過ぎるからお付き合いできませーん、とか言ってんの?ねぇ、葉山ちゃん。そうなの?」
「......いや、だから、そもそもそういう話じゃないんだってば......」
なぜか急にテンションを落としてきた及川君に戸惑いつつ、お願いだから私の話を聞いてくれと切に願う。
そんな私の心境なんてお構い無しに、及川君はその端正な顔をずずいと寄せてきた。
「まっつんは確かにいい男だけど......そのことを、自分の気持ちから逃げる理由に使っちゃダメだよ」
「!」
「それってまっつんに対しても失礼だし、何よりも葉山ちゃんの心が可哀想だ」
「.............」
及川君の言葉に、思わず口を閉じる。
驚いたのは私だけではなかったようで、隣りにいる花巻君も目を丸くして及川君のことを見ていた。
私と花巻君の視線を集めたまま、及川君は私から顔を離して大きく息を吐くと、満足したように腰に手を当てる。
「という訳で!葉山ちゃんが本気だっていうんなら、及川さんは葉山ちゃんを応援するし、相談窓口も年中無休で受付するよ~」
「.............」
「ま、強力なスポンサーがついたと思えば心強いんじゃねぇの?」
「.............」
男バレ二人からの有難いようでそうでもない言葉を聞きながら、この先暫くは花巻君と及川君にこの話題で絡まれるんだろうなと思うと、頭が痛くなってきた。
これ以上話をややこしくしたくないので、取り敢えずここからお暇しようと別れの言葉を告げようとした、瞬間。
「え、こんなとこで何してんの?」
六組と隣合っている5組の教室から、今一番会いたくない人物が現れてしまった。
「お、松川。お前こそなんで五組からでてくんの?」
「岩泉に日本史のプリント借りてて、返しにきた」
「やっほーまっつん。それ、部活の時じゃダメだったの?」
「次の授業で使うんだと。そんなことより、こんにちは葉山さん。昨日は付き合ってくれてありがとう。やっぱりあの辞書、すげー使えるわ」
「.......こんにちは......」
松川君の登場にどうしようかと不安に思ったものの、あっという間に男バレ二人はいつもの空気に入れ替えてしまい、松川君もさっさとその空気に馴染んでしまった。
そうは言っても先程からの一連の流れの後、直ぐに松川君と話すのは正直なところ、大変気まずい。
「......こちらこそありがとう。辞書、あってよかったよね」
松川君の言葉に当たり障りのない返事をしてから、男バレ三人に向けて「じゃあ私は教室に戻ります」と告げ、三人の反応を待つ前にとっととこの場から退散することにした。
「.............」
「ちょっとまっつん、俺を睨むのはお門違いだからね?」
「いや、葉山が逃げたのは完全に及川のせいだな」
「ちょっとマッキー!我が身可愛さに俺を売るのやめてよ!ていうかマッキーが俺のとこ連れてきたんだから、俺が悪いならマッキーだって同罪だからね!」
そんな男バレ三人の話は、さっさと3組の教室に戻った私の耳には少しも入ってこなかった。
命短し恋せよ乙女
(だけど、見世物にされるのだけは御免蒙ります。)