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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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目的地である本屋さんは駅からデッキで繋がった商業施設の中にあり、改札を出てからさほど時間は掛からずに到着した。
東北最大級の書店と謳われることもあり、広々とした店内には数え切れないほどの書籍がきちんと整列されている。
「本屋、久々来た」
「目的ないとなかなか来ないよね。松川君、部活も忙しそうだし」
「葉山さんはよく来るの?本好き?」
「いや、あんまり。ほとんど参考書かマンガしか読まないかな」
「何その両極端な2つ。ウケるんだけど」
私の返答に松川君がふきだす。
意外とよく笑うんだなぁと何となく思いながら、お目当ての英和辞書が並んでいた棚へ記憶を頼りに足を進めた。
参考書や辞書が並ぶ、所謂学習を目的とした書籍を取り扱う棚のところまでくると、以前それが平積みにされていたには別の辞書が陳列されていた。
私が購入したのは確か三年生になってすぐだったから、余程のことがない限り同じ場所にあることは稀だろう。
もしかしたら終売になっている可能性だってある。
そういえばネットでも売り切れだと話していたし、本当にもう販売してないのではないだろうか。
「......あ、これだっけ?」
一抹の不安を抱えながらキョロキョロと本棚を見回していると、松川君の落ち着いた声が上から降ってくる。
そちらに顔を向ければ、大きな手で棚から辞書を引き抜いている松川君の姿があった。
私の持っているものよりも新しくて綺麗だが、馴染みの表紙が見えた途端ほっとするのと同時に顔が明るくなる。
「そう!それ!あってよかった!」
「うん、これがラスト1冊みたいだけど」
「前買った時はここにたくさん並んでたんだけどねぇ......みんな結構使ってるんだね」
松川君が持っている新品の辞書を見つつ、確かに使い易いもんなぁと一人納得する。
最後の一冊が今日まで売り切れてなくて本当によかった。
「......じゃあ、ちょっと買ってくるけど、葉山さんはここにいる?」
「そうだなぁ......ここも見たいけどマンガの方も見たいから、少しうろついててもいい?松川君、他に見たいものある?」
「んー......月バリは見ときたいかも」
「オッケー。じゃあ、お互い用が済んだら連絡する感じで」
「え?」
「え?」
私の言葉に松川君はなぜか少し驚いたような声を出した。
それに釣られて私も同じような反応をしてしまうと、松川君は黙ってこちらをじっと見つめてくる。
今の会話、何か変な所があったかな?
少し考えて、思い当たるのは辞書の代金のことだ。
「......あ、私、迷惑掛けたしそれ買ってくるよ!」
「え?......いや、いいよ。そんな大したことしてないし、ここに案内してもらった時点でもう貸し借り無しだから」
咄嗟に出てきた提案だったが松川君にはやんわりと拒否されてしまった。
お金のことじゃないのなら、一体何に驚いていたんだろう。
「......とりあえず、レジ行ってくるね」
手元の辞書を軽く上げて、松川君はCashierと書かれた案内板がぶら下がる方へゆっくりと足を進めていく。
スタイルのいい後ろ姿を見ながら、自分の発言のどこを悔やめばいいのかわからず、ただ漠然としたやってしまった感を抱えることしかできなかった。
▷▶︎▷
レジまで行くと俺ともう一人のおばあさんしか客は居なかったので、直ぐに辞書を購入することができた。
書店の名前が入った袋をぶら下げつつ、突然発生した自由時間をさてどうしようかと考える。
まさか、男女二人で買い物に来て別行動を言い渡されるなんて思ってなかった。
今までに何度か女の子と買い物に来たことはあるが、大抵の子は俺と一緒に行動したがる傾向が強かったと思う。
俺の見たいもの、関心のあるものを一緒に見て、反対に向こうの見たいもの、関心のあるものには俺が付き合うという行動パターンが何となくセオリーだと思っていたので、唐突に「じゃあ、お互い用が済んだら連絡する感じで」と言われたことに驚いてしまったのだ。
確かに俺は参考書とかにあまり興味は無いし、葉山さんも特別バレーボールに興味があるわけではないだろうから、別行動を取るのが普通と言えば普通なんだろうけど。
実際、花巻とか男友達と出掛ける時はそうなることも多いし。
「.............」
だけどまさか、同じ学校の女子と出掛けてこう言われてしまうとは、正直なところ呆気にとられてしまった。
どうやら、考えていた以上に意識されて無いらしい。
もしこれで、実はずっと花巻のことが気になってて......とか相談されたらどうしようか。
あの二人は仲良いみたいだし、だけど花巻が俺に葉山さんを紹介したということは、花巻の方は多分そういう感情はないんだろう。
葉山さんの片想いというだけなら、俺が少しちょっかい掛けても問題はないだろうか。
まぁ、葉山さんが花巻のことを本当に好きなのかどうかは俺の勝手な憶測なんだけど。
「......とりあえず、もうちょい接近しないとダメだな......」
周りに聞こえない程度の声で呟き、一先ずスポーツ雑誌の棚へ足を向ける。
月バリでも読みながら、どうしたら彼女と心理的な、欲を言えば物理的な距離を縮めることができるかのんびり考えることにしよう。
もう逢う機会はないかもと思っていたあの香りが目の前にあるのに、向こう見ずな行動をとって彼女に距離を取られてしまう事態は何よりも避けたい。
熟考しながら慎重に行くのは、割かし得意な方だ。
ただしそれは、所属している部活動のバレーボールで発揮されることが多いのだが。
まさか私生活で、しかも同い年の女子相手にこんなことになるなんて、及川辺りが聞いたらいい笑いものにされそうだ。
まぁ、仮にそんなことされたらアイツのセットアップもスパイクも根こそぎブロックしてやるけど。
▷▶︎▷
参考書を少し見て、マンガの棚へ行って少し見て、特に気になるようなものはなかった為松川君に連絡してみた。
松川君はどうやらずっとスポーツ雑誌のところへ居たようで、こちらに来ると言ってくれたけど私もう移動してるからそこに居てとすぐに返し、場所を移動する。
松川君は同い年なのに話し方や立ち振る舞いが凄く落ち着いていて、身長差もあるせいかとても大人に感じてしまう。
私に対する扱いも同じクラスの花巻君とは違い、なんかこう、これが女の子扱いされてるってことなんだろうなと実感する程紳士的というか、とにかくとても大人っぽいのだ。
あの時も見ず知らずの私をさらっと格好良く助けてくれたし、なのにここを案内しただけで貸し借り無しとか言ってくれるし、見た目も中身も格好良いなんて一体全体どういうことだ。
「.............」
考え事をしながら通路を進み、目的の棚が近くなったので軽く目を向けると、一般男性よりも高い身長に整った顔立ち、そのイケメンが白ブレザーの青葉城西高校の制服を纏っているので直ぐに見つかった。
遠目から見てもやっぱり格好良いなぁと雑誌を眺めている松川君を見ていると、彼に視線を送っているのが私だけではないことに気が付いた。
書店員の方だったり、立ち読み途中の他校生だったり、通行人の会社員さんだったり、特に女性の方の視線を集めているようだ。
そりゃそうだろう、こんなに格好良い人が制服姿で一人で本を読んでいれば「何あのイケメン、格好良い~」ってなるに決まってる。私でもそうなる。
「.............」
そんな熱視線が集まる中、松川君に声をかけるなんてとてもじゃないけどできなかった。
同じ青葉城西高校の制服を着ているから多少救われる所はあるけど、万が一にでも妙な誤解をされてしまっては困る。
「彼氏めちゃめちゃ格好良いのに、彼女どーしたw」的な案件になるリスクが高い。
松川君の印象も悪くなる上、私の心にも大打撃を受ける。双方共に全くメリットがない。
......ここは、現代機器に頼ろうと思います。
【ごめん、やっぱりさっき入ってきた書店入口のところに居ます!】
声を張れば呼べる距離であったものの、さっさとメッセージを打ってこの場から早足で離れる。
自分から行くって言ってたのになんだコイツと思われてしまったかなと少し不安に思っていると、すぐに返答が来た。
【了解。この後どっか寄らない?なんか飲みたい】
松川君からのメッセージを読み、確かに少し喉が渇いてることに気付く。
賛成の意見を返してから、この近くに何があったかなとぼんやり考えていると、「葉山さん」と後ろから名前を呼ばれた。
相変わらずいい声だなぁと再認識しつつ振り向くと、先程まで遠目で見ていた松川君が直ぐ近くに居て、「待たせてごめんな」と非の打ち所がない程イケメンな仕草で小さく笑ってみせた。
......もしかして私、とんでもない人を気になってしまってるんじゃないか。
頭ではそう考えるも、否応なしに心臓がドキリと跳ねてしまう。
「ここだと確か、スタバがあったかな?そこでもいい?」
「う、うん!今新作出てるよね?丁度飲みたかった!」
「そうなんだ、さすが女子。俺が新作追うのラーメンくらいだわ」
「ラーメンって新作出るの?そっちの方が凄くない?」
「出るよ、ごくたまにだけど。今度一緒に行く?」
「え?」
ドキドキと高鳴る心臓を何とか堪えながらも自然に見えるよう振舞っていれば、鬼の松川君から更に爆弾発言を投下され見事に私の心臓はクラッシュした。
いや、今のは別になんの気も無い世間話の一貫というのは分かってるのだが、お気楽な私の脳みそはどうしても自意識過剰な方へ信号を繋げてしまうようだ。
勘違いしないで私。友達と美味しいものの話になれば「じゃあ今度一緒に行こうよ」ってなるのが普通でしょ!
「......うん、行く行く!あんまり変り種じゃなければ食べてみたいなぁ」
細麺とか、洋風っぽくなってるものはあんまり得意じゃないんだよね。
あははと笑いながらつい聞かれてもないことまで話してしまえば、松川君も少し笑って「うん、俺も王道が好き」と私の意見に同意してくれた。
それからすっかりラーメンの話になってしまい、あのカフェ特有のオシャレな空間で若い男女が熱いラーメントークを繰り広げているのは、きっととても不自然で不釣り合いだったに違いない。
だけど、容姿端麗な松川君と平々凡々な私が一緒にお茶をしていること自体すでにちぐはぐな光景なのだから、こういう話をしていた方がむしろ正解なのかも、なんて思ってしまった。
なんだか妙に合点がいってしまい、気付かれないように小さく笑えば松川君の頼んだアイスコーヒーの氷がカラリと透き通った音を立てた。
恋は戦争
(......バレーも恋愛も、呑気に手段なんか選んでらんないよな。)