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デフォルト:葉山 果穂【はやま かほ】青葉城西高校三年三組。予備校通いの電車通学。
真面目で努力家ゆえに慎重過ぎるところがある。
最近の悩み:「同じクラスの花巻君との“デコボコフレンズ”というあだ名を何とかしたい。」
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あの日から、通学時間は例のあの人を探す時間となっていた。
とは言っても顔も名前も知らない訳だから、身長の大きめな青葉城西高校の男子生徒を気付かれない範囲で注意深く見るだけに終わっている。
一応声も聞いたけど、数日経つにつれてどんどんあやふやになり、今ではもうなんか低くて格好良い声だったなという曖昧な印象しか残ってない。
だけど、もしかしたらもう一度聞けばこの人だと特定出来るかもしれないし、そうしたらきちんとお礼を言うこともできると継ぎ接ぎだらけのポジティブ思考で半ばヤケになりつつも、目的の人を探せゲームを続けている。
だけれども、同じ路線でも同じ時間、同じ車両に乗る確率なんて僅かなものだし、そもそも相手が本当にこの路線で常に通学しているのかもわからない。
そんな粗だらけの計画のため、現在に至っても全く発見出来ていなかった。
「......あれ?」
今朝の登校時間も無駄な努力で終わり、多少がっかりしながらも1時間目、2時間目の授業をやり過ごし、3時間目の英語の授業に突入する頃、ロッカーの中に英和辞書がないことに気が付いた。
授業に必須アイテムではないが、あると大変便利なので常にロッカーに置いていたはずなのに、なんで無いんだろう?
誰かに貸したっけ、と考えた矢先、そういえば先日友人の友人に貸した記憶が蘇った。
そして返してもらった記憶が無いので、ロッカーを閉めてから前の席の友人に声をかける。
「花巻君、この前私の英和辞書誰かに貸してたよね?それ、返してもらってる?」
前の席の花巻君は弄っていたスマホから目を離し、私の方を見る。
「......あ、そういやもらってねぇわ」
「それ困る!次使う!」
「悪い悪い、バレー部の奴だから今電話するよ」
のうのうと返答してきた花巻君に若干怒りながら反論すると、私の勢いに押されたのか苦笑を浮かべつつ手元のスマホで借りた張本人に電話を掛けてくれた。
バレー部の花巻君はピンクがかった茶色の短い髪に180センチを越える長身で見た目は少し厳つい印象を受けるが、席が近くなったことで会話をしてみれば案外話しやすくて優しい男子だ。
シュークリームが好きという所も非常に親しみを持ちやすい。
花巻君が気兼ねなく話してくれるおかげで、今では私の方から彼を怒ることもできる間柄になった。
クラスメイトの何人かから「デコボコフレンズがなんか怒ってる」と笑われたが、借りパクされるのは絶対嫌だしそもそもデコボコフレンズという呼び名もやめてほしい。
私がぎりぎり150センチ、花巻君が184センチ、その身長差でそんなあだ名を付けられている訳だが、花巻君の隣りに並んだらきっとほとんどの生徒がデコボコフレンズになるだろう。
なんで私だけそんなふうに呼ばれないといけないのかと一度抗議したことがあったが、「クラスで一番ちっちゃいのと一番大きいのが仲良く話してるとなんか和むし面白い」というクラスメイトから独特の意見を頂戴してしまった為、そして花巻君自身はそのあだ名を気に入っているようであり、結局そのままのあだ名で呼ばれるようになってしまった。
「......松川、すぐ持ってくるってよ。悪かったな」
「よかった、じゃあ結果オーライです」
「え、もう怒んねぇの?」
「え?だって授業には間に合う訳だし、怒らなくてよくない?」
「......葉山お前、そういうとこだぞ~。好感度上がるわ~」
「うーん、花巻君の好感度上がってもなぁ......」
「ハイ、今ので既定値戻りました~」
軽口の応酬にたまらず笑ってしまえば、花巻君も可笑しそうにふきだした。
「私の好感度の既定値ってどのくらいなの?」
「5段階評価中の4くらい?」
「なにそれ結構いいじゃん、照れる」
「ほら、俺らデコボコフレンズじゃん?仲良くしよーぜ?」
「私は2くらいかな」
「おま、2ってだいぶ低評価じゃねぇか、泣くぞ」
「花巻ー、松川きてるぞー」
そのまま阿呆な話を続けていると、花巻君がクラスの男子に呼ばれた。
視線を向けると、教室の外に背の高い知らない男子が立っているのが見える。おそらく彼が私の英和辞書を借りたバレー部の人だろう。
「おー、松川悪ぃな」
花巻君が返事をすると、松川君は教室に入り真っ直ぐ花巻君のところへ向かう。
段々近くなる松川君をぼんやり眺めつつ、本当に背が高いなぁとのんきなことを考えていると、なぜか花巻君を通り越して私の席まで来た。
何かと思って思わず身構えてしまったが、差し出された英和辞書を見て合点がいく。
今花巻君と話していたのは私だけだったし、松川君はそれを見てこの英和辞書の持ち主が私であると踏んだんだろう。
大きな手で片手に持たれていると不思議と辞書が小さく見えるが、受け取ろうと伸ばした私の手と比べるとやっぱり普通の大きさで、同じ年齢のはずなのになんだか酷く虚しくなった。
なんで私はこんなに小さいんだろうな。身体的にも、精神的にも。
「......あれ?もしかして気づいてない?」
英和辞書を受け取ってすぐ、頭の上から降ってきた声に思わず身体が固まった。
低く、甘い、一度聞いたら耳に残る声。
一週間以上時間が経ってあやふやな記憶になっていたが、声を聞いたらすぐにわかった。
よくわからない焦燥感に心臓がドキドキと高鳴る中、ゆっくりと視線を上げる。
私と目が合うと、松川君は小さく笑った。
「後頭部、大丈夫だった?結構痛そうだったけど」
松川君の一言で、憶測が確信に変わる。
やっぱり、この人だ!この前、電車で私の頭を支えてくれた人!
「あっ、この前はありがとうございました!本当に助かりました!」
遅ればせながらお礼と共に頭を下げると、松川君は「いやいや、そんなん全然いいって」と軽く笑う。
でも、まさか本当に見つけることができるなんて。顔も名前も知らなかったのに。
「え、何?お前ら知り合いだったの?」
私と松川君のやり取りを見て、花巻君は目を丸くしてそんなことを聞いてくる。
「いや、知り合いではないんだけど、この前満員電車で頭ぶつけちゃって、その時助けてもらったの」
「へぇー......え?」
事情を知らない花巻君が不思議がるのも無理はない。
先週の出来事をかいつまみながら説明すると、花巻君は相槌を打ってからなぜか再度聞き直すような声をもらした。
「え、それって......うわ、マジか〜」
「え?何?」
私を見て、松川君を見て、花巻君はなぜか楽しそうに笑う。
花巻君の不可思議な行動に今度はこちらが聞き返すと、花巻君はニヤニヤと笑いながら松川君へ視線を向けた。
「......ハイ、松川君。この子、葉山サンでーす」
「え、ちょ、本当に何なの?」
私のことを片手で指しながら突然他者紹介をする花巻君に戸惑っていれば、松川君も「......一組の松川一静です」と律儀に返してくれる。
「え、ああ、どうも......」
「辞書、ずっと借りててごめんな。ありがとう」
「いえいえ......」
「凄いわかりやすいな、これ。使い易いし、俺も同じの買おうかな」
色々と突然のことにどぎまぎしながら松川君と話していると、愛用している辞書のことを褒めて貰えたので思わずテンションが上がってしまった。
「ほんと?私もこれ凄く重宝してて!例文とか充実してるし、使い勝手いいんだよね~」
「うん、わかる。どこで買ったの?」
「仙台駅の丸善だけど、ネットでもあるんじゃないかな?」
私の言葉に松川君は制服のポケットからスマホを取りだし、検索を掛ける。
隣に居た花巻君が画面を覗き込み、少ししてから私へ顔を向けた。
「......残念、在庫切れだってよ」
「え、そうなの?ごめん」
「いやいや、葉山さんが謝ることないでしょ」
花巻君の言葉に素直に驚いてしまった。
ネットなら確実かと思ったのだが、そんなに人気のある商品だったとは。
「葉山、お前次の月曜って予定ある?」
「月曜?え、なんで?」
「何もないんだったら松川とこれ買いに行けば?」
「......え、なんで?」
唐突な花巻君の提案に思わず二回聞いてしまうと、花巻君は呆れたような顔をしてため息を吐いた。
「なんでってお前、松川に助けてもらったんだろ?お礼ぐらいしてもいいんじゃねぇの?」
「あ」
言われた言葉にしまったと思う。
登下校中、松川君を散々探していた理由はしっかりお礼を伝える為だったというのに、いざ本人に会えたら途端にすっ飛んでしまっていた。
「や、別にいいよ。頭支えたくらいだし......」
「いや、いやいや、何かお礼させてほしい!何だったら私今日見てくるよ!まだあったら買ってくるし!」
「いや、さすがにそれは俺の気が引ける......」
慌てて松川君にそう言うも、人のいい松川君は難色を示した。
私は全然構わないのだが、本人が良しとしないなら無理やり強行突破するのも違うだろう。
どうしたものかと頭を悩ませていれば、顎に片手を当てていた松川君がゆるりと私の方を見た。
「......葉山さんさえよかったら、今度の月曜、学校終わりに一緒に行かない?」
「え」
「ああ、何か予定があるなら全然いいんだけど」
「いや、いやいや、何も無いです!」
「じゃあ、決まり。とりあえず連絡先交換しませんか」
「そ、そうしましょうか......」
混乱する私を他所にあれよあれよとトントン拍子で話が進み、あれ程探し求めていた松川君の連絡先が私のスマホに登録された。
「日にち近くなったら詳細決める感じでいい?」
「う、うん」
スマホを制服のポケットにしまい、松川君は「じゃあ、また連絡する」と小さく笑った。
「そろそろ教室戻るわ」
「松川君、俺、シュークリームでいいからな~」
自分のクラスへ戻ろうとする松川君に、花巻君がニヤニヤと笑いながらそんな声を掛けた。
いきなり何を言ってるんだと花巻君を見れば、花巻君は私をチラリと見た後松川君を見る。
松川君は少し間を置いてから、軽く鼻で笑った。
「......いいよ、靴の方な」
「バッカヤロwちょっと面白いこと言うんじゃねぇw」
松川君の冗談に花巻君が噴き出す。
そんな花巻君の反応を満足そうに眺めてから、松川君は颯爽と3組の教室から出て行った。
「何?今のやり取り」
松川君が教室から居なくなってから花巻君に先程の発言の真意を確認すると、花巻君はまたニヤニヤと笑いながらなぜか私を手招きする。
よくわからないままとりあえず花巻君の近くまで寄ると、長身の花巻君は身体を屈ませ私の頭の上辺りに顔を寄せた。
「え、何?なにかついてる?」
「......あ~~~、うん、なるほどねぇ」
「はい?」
咄嗟に頭の上に片手を当てると、花巻君は謎な言葉を発しながらゆっくりと顔を離した。
一連の奇行に眉を寄せながら一体なんだと尋ねても、花巻君は相変わらずニヤニヤと笑うだけで何も教えてくれない。
不完全燃焼のまま授業開始のチャイムが鳴ってしまい、私は花巻君を睨みながらも渋々次の授業の準備をするしかなかった。
待人、遅かれど来る。驚く事あり。
(辞書を買いに行くだけだから。制服デートとか思うな私!)