Happybirthday!!!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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▷▶︎▷8月29日
夏休みという魔法が解けるまで、あと数日。
秋の入口である9月を目前として、まだまだ残暑が続く日々は、夏休みという魔法を逃がすまいと必死に抵抗する学生達の確固たる意思のようにも感じた。
大量に感じた夏休みの課題も、夏期講習の空き時間や何の予定もない日等を計画的に利用した結果、二学期が始まる少し前には全て片付いてしまった。
残り少ない夏休み、存分に部活に費やそうと思っていた私だったが......園芸部の部長、立嶋先輩はどうやら雲行きが怪しいらしく、課題のことを聞きに一度職員室へ行ったっきり帰って来ないままだ。
「.......あれ?」
そんな中、ぼんやり待っているつもりはさらさら無いので、一人で黙々と花壇の草むしりを進めていれば、植えた覚えのない綺麗な青紫色の花が咲いていることに気がつき、思わず首を傾げた。
控えめに密集しているその花に近付き、じっくり観察しながら頭の中の植物図鑑と照らし合わせる。
スッとした匂いが鼻をつくから、おそらくハーブかな?
ラベンダーにも似てるけど、花の形や色味が少し違う。この時期に咲いて、日陰でも育つことができる青紫色の綺麗な子。
「.......あ......もしかして、ネペタかな?」
思い当たった名前を小さく口にするものの、植物は決して喋らないので正解なのかどうなのかがよくわからなかった。
一先ずスマホで調べてみようと考えた矢先、そういえばネペタは可愛い別名があった気がすると唐突に思い出し、何となく自力でそれを思い出したくて青紫色の花を見つめながらぐるぐると思考を回す。
先輩がここに居たら、きっと直ぐに答えを言ってしまうから、先輩が帰ってくる前に何とか思い出したいところだ。
「.......んん~~~......?なんだっけなぁ......?何とかハーブ......?違うなぁ......」
この場に誰も居ないのを良いことに、蹲るようにしゃがみながらネペタを前に悶々と考える。
可愛らしい名前だったという記憶だけはあるのに、一番大事な部分をすっかり忘れてしまうなんて、間抜けな私らしいというか何と言うか。
スマホで検索すれば済む話ではあるものの、ネペタを見つめながらウンウンと唸っていた。
「.............!」
すると背後からゆっくりとした足音が聞こえ、真っ直ぐにこちらへ歩み寄っているのが振り向かずともわかった。
おそらく先輩が職員室から帰ってきたのだろう。
「......おかえりなさい、お疲れ様でした。あの、先輩、ここにネペタって植えました?申し訳ないのですが、私、覚えて無くて......でも、雑草にしては綺麗に根付き過ぎかなと......一体どこから飛んできたんでしょうか......?むしっちゃうのは勿体無いと思うので、何か活用してあげたいです。虫除けにもなるし......あと、今ネペタの別名思い出してるんで、言っちゃダメですからね。わかってても、黙っててくださいね?」
「.............」
視線はネペタにくっ付けたまま、やっと戻ってきた立嶋先輩に思考をそのまま口にする。
好きな植物の話になるとつい饒舌になってしまうのは私も先輩も同じなので......とは言っても、立嶋先輩の場合は常に饒舌である訳だけど、そんな先輩と二人きりである園芸部の活動時間では、人見知りで口下手な私が唯一五月蝿いほどよく喋る時間でもあった。
「まだ小さいですけど、上手く育てばハーブティーとか作れますかね?そしたら、めい子先生に差し上げたりできますか?私、先日そば茶を頂いたので、そのお礼ができたらと思いまして......」
「.......いや、」
「あっ、思い出した!キャットミント!ネペタの別名、キャットミントですよねっ」
立嶋先輩に話している途中、ふと思い出した名前にたまらず大きい声が出てしまい、少しだけ恥ずかしいなと思いながらも正解を確認する為にパッと先輩の方へ振り向いた。
.......瞬間、目を疑った。私の背後に居たのは園芸部の部長の立嶋先輩ではなく、ずっと背の大きい、身体付きも先輩よりずっとガッシリとした男バレの先輩、鷲尾先輩の姿がそこにあったのだ。
「.............」
「.............」
視線が重なった途端、心と身体がぴしりと石のように固まる。
鷲尾先輩がまるでメデューサのようにひどく恐ろしい存在だとは思わないものの、そこまで親しい間柄という訳でもない。
それなのに、今までずっと立嶋先輩と話していたと思っていたので、気が付けば随分と馴れ馴れしい口振りで接してしまっていた。
自分の確認不足からやらかしてしまった一連の出来事に、私の顔はすっかり青くなり、混乱と後悔でペタリと張り付いた喉からは引き攣った悲鳴が微かに漏れる。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......あー......すまん。騙すつもりはなかったんだが......その、声を掛けるタイミングを逃してな......」
「.............」
顔を青くしたまま黙りこくってしまった私を前に、部活着姿の鷲尾先輩は気まずそうに片手を首の後ろにやり、視線を逸らしながら落ち着いた声で謝罪を述べた。
いや、謝らないといけないのは私の方で、だけど、どうして鷲尾先輩がここに?
すっかり混乱している頭で色々考えるも、驚愕と羞恥、そしていつもの人見知りが発動してしまい、どれもこれも上手く言葉に出ないまま、まるで迷子になった小さな子供のようにその場にしゃがんだ状態から動けなかった。
「.............」
「.......遠目で、蹲ってるように見えて......もしかして具合でも悪いのかと思ったんだ」
「!」
「......だけど、杞憂だったみたいだな。驚かせて悪かった」
「.............」
鷲尾先輩はよく気が回る方のようで、私が何も言っていないのに花壇へ来た理由を伝えてくれて、もう一度謝りの言葉を告げる。
ここでようやく目上の人に二回も謝らせてしまうのは流石にまずいとポンコツな脳みそが動き出し、慌てて軽い頭を深々と下げる。
「.......あ......わ、私の方こそ、立嶋先輩と、間違えてしまい......不躾にペラペラと、すみませんでした......」
「.............」
「.......えと、体調は、問題無く......紛らわしいことを、して......本当に、申し訳ありません......」
「.......いや、俺が勝手に勘違いしただけだ。森は気にしなくていい」
「.............」
しゃがみながらおずおずと謝ると、鷲尾先輩は優しく対応してくれる。
名前を覚えてもらっていたことに少し驚いたものの、園芸部は二人しか居ないのだから立嶋先輩のおまけで覚えてもらったのかもしれないと思い直し、そう不思議なことでもないかと自分の中で納得したところで、鷲尾先輩はおもむろに口を開いた。
「.......失礼ついでに、一つ聞いてもいいか?」
「え......?」
「さっき、その植物をキャットミントと言ってただろう?何かネコが関係するのか?」
「.............」
聞かれた内容に、思わず目を丸くする。
しかし、鷲尾先輩はその精悍な顔つきを崩さずに、私のことを真っ直ぐに見つめていた。
その様子はまさに「知的好奇心」という言葉がピッタリだ。
.......鷲尾先輩って、何処と無く赤葦君と似ている気がする。
「.......あ、えっと......」
植物図鑑のようにしっかりとした所まで説明できる自信はないが、軽い説明なら出来ると思ったので深呼吸を二回してから返答しようとした矢先、私の言葉を遮るかのようにジャージのズボンのポケットに入れていたスマホが着信を知らせた。
「あっ、......ご、ごめんなさい......」
「いや......電話、立嶋か?」
咄嗟にポケットを押さえて謝ると、鷲尾先輩はゆるりと視線を下げて、電話の相手を聞いてくる。
もたもたとスマホを取り出しながら画面を確認すれば、鷲尾先輩の言葉通り、立嶋先輩からの着信だった。
鷲尾先輩とのお話しの途中で電話に出てもいいものかと頭を悩ませてしまえば、優しい鷲尾先輩は先回りして「じゃあ、また今度教えてくれ」と告げてくれた為、「すみません......」と頭を下げてから電話をとる。
花壇からゆっくりと離れていく鷲尾先輩の背中を視界の端に捉えながら、立嶋先輩の電話に出ると、開口一番「鷲尾、そこに居る?」と聞かれたのでたまらずきょとんと目を丸くしてしまった。
「.......え、と......はい、さっきまで、お話ししてて......今、体育館の方へ行かれました......」
《え!?マジか!夏初、頑張って足止めしろ!》
「え、......えぇッ!?」
何で私と鷲尾先輩が一緒に居ることを知ってるんだろうと首を傾げていれば、立嶋先輩はなぜか少し焦った声でそんな無理難題を申し付けてくる。
連続する予想外の展開に完全に頭がパニックしていると、立嶋先輩は端的に訳を話してくれた。
今日が鷲尾先輩の誕生日であり、男バレのレギュラー勢でサプライズを用意していること。
その計画を先程偶然知った先輩も一枚噛んでいること。
そして、その用意がもう少しだけ時間が掛かりそうであり、今体育館へ戻られると困るのだと言う。
《だから夏初、俺がもう一回電話するまで何とか足止めしておけ!あと五分くらいだから!》
「そ、そんな、無理ですよっ」
私の情けない言葉なんて聞く耳も持たず、先輩は「任したぞ!」とだけ告げて一方的に電話を切ってしまった。
人の気も知らないで、何を勝手なと文句を言いたいところだが、鷲尾先輩の姿を確認すると、もうだいぶ体育館の方へ進んでしまっていた。
ああ、どうしよう、どうしよう!?
スマホを握り締めたまま、溢れ出る焦燥感に目の前がぐるぐると回り出しているものの...一度大きく息を吸って、その場に勢いよく立ち上がった。
「.......っ、わ、鷲尾先輩!!」
「!」
まるで清水の舞台から飛び降りるような、必死な声で鷲尾先輩を呼ぶと、先輩は驚いた顔でこちらへ振り向く。
「.......きゃ、キャットミントは、ネペタというハーブの別名で、その匂いを、ネコが好むという理由で、キャットミントという別名がついたと言われています!」
「.............」
「それで、その、ハーブとしては紅茶に入れたり、ポプリを作ったり、ドライフラワーにすることも出来て、見た目は少しラベンダーにも似てますが、花の形や匂いが違って、並べてみると、その違いがよくわかるかと......!」
「.............」
突然ぺらぺらと植物の話をし始めた私に、鷲尾先輩は呆気に取られたような顔をしてぼんやりとこちらを見ていた。
これは一応、足止めが成功しているのかもしれないが、如何せん、私が他人に饒舌に喋ることができるのは植物の知識くらいしかない。
その上、ポンコツな頭はもういっぱいいっぱいだ。
じわじわと瞳に涙の膜まで張ってきて、もういっそのことこの場から逃げてしまいたいとヤケを起こしそうになっていた私に、小さくふきだす声が聞こえた。
「.......アイツらに、何か言われたか?」
「.......えッ......」
くすくすと可笑しそうに笑いながら、鷲尾先輩は少し離れた所からそんな言葉を寄越した。
思わぬ発言についギクリと肩を震わせてしまえば、鷲尾先輩は暫く笑ってからゆっくりとため息を吐き、その逞しい両腕をゆるりと組んだ。
「.......毎年のことだと、流石にな」
「.............」
「.......だから......この日はどうにも落ち着かん......」
「.............」
腕組みをしたまま、どこか難しい顔で苦笑する鷲尾先輩を見て、ゆっくりと理解する。
お誕生日のサプライズはもう本人にはとっくにバレていて、だけど、鷲尾先輩はそれでも先輩方に付き合ってくれている訳だ。
ちらりと顔色を窺うと、何処と無く気恥しそうな様子も垣間見えて、何だか心がぽかぽかと温かくなった。
梟谷男子バレー部は、本当に優しくて、本当に素敵な人達ばかりだ。
「.......わ、鷲尾先輩......」
「ん?」
「.......お誕生日、おめでとうございます......!」
「.............」
体育館へ行けばきっと、男バレの皆さんや立嶋先輩に沢山掛けられるだろう言葉を、一足先に贈らせてもらった。
足止めするという無茶振りを頑張ったんだから、これくらいは許されるだろう。
「.......あぁ、ありがとう」
私の言葉に鷲尾先輩は少し間を空けてから、その端正な顔にゆるりと優しい笑みを浮かべ、静かに御礼を返してくれるのだった。
Happybirthday!!!
Dear Washio!!!
(思慮深く“聡明”な貴方に、最大級の祝福を!)