Happybirthday!!!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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▷▶︎▷8月2日
夏の太陽が空高く上がり、世界をきらきらと輝かせる。
この季節特有の強烈な暑さにへこたれそうになる時もあるが、どの季節よりも明るく、賑やかな生命力に満ち溢れる世界に居るのは、そう悪いものではなかった。
学園裏手の駐車場、フェンスに沿うように植えてあるムクゲの手入れをしながら、あまりの暑さに一度麦わら帽子を取り、それを団扇代わりにパタパタと扇ぐ。
ほんの少しだけ涼しい風が汗をかいた身体に当たり、たまらずほっとため息を吐いた途端、誰かが走ってくるような足音が聞こえた。
おそらく、先程着信を受けてこの場を抜けている立嶋先輩が戻ってきたのだろうと予測を立てていると、こちらへ姿を現したのは全く違う人物だった。
「あ、夏初ちゃん!急にごめんね、ちょっと隠して!」
「.......え......?」
出会い頭、唐突にそんな言葉を掛けてきた男バレの三年生...猿杙先輩は目を丸くする私をよそに駐車場に停めてある車の後ろにサッと素早く隠れた。
「.............?」
特に何の説明もないまま猿杙先輩との会話も遮断されてしまい、事態に頭が追いつかないものの外していた麦わら帽子をおずおずと被る。
......よくわからないけど、隠れるということはおそらく誰かに見つかりたくない訳だから、私は猿杙先輩を見なかったことにする方がいいんだろう。
でも、いつも穏やかで落ち着いている猿杙先輩がこんな風に慌ててるなんて珍しいなと思いながら再びムクゲの手入れをしていると、暫くして新たな足音が聞こえてきた。
「あっ!夏初ちゃーん!オツカレー!」
「.............」
夏の太陽に負けないくらいの明るい声で私を呼んだのは、男バレの主将でエース、三年生の木兎先輩だ。
特徴的なモノトーンの髪をきらきらと輝かせながら、木兎さんは私を目掛けて速いスピードで駆け寄ってくる。
「暑い中大変だな~!大丈夫?元気?ていうか、なんで一人?立嶋は?まさかあいつサボりか!?」
「.......ぇ、と......」
ポンポンと速いテンポで繰り出される会話にすっかり戸惑ってしまい、木兎さんからおずおずと視線を下げてゆっくりと思考を回した。
「.......お疲れ様です......元気、です......先輩は、私用で、抜けていて......今は、居ません......」
木兎さんから聞かれたことを整理しながらたどたどしくも返答すると、木兎さんは満足そうに笑って「そうなんだ!」と相槌を打ってくれた。
「ところで夏初ちゃん、ここら辺でサル見なかった?あ、サルって言っても猿じゃなくて、人間の方!猿杙大和の方!」
「.............」
園芸部の話から一転、今度は男バレの話になったようで、木兎さんは周りをきょろきょろと見回しながらそんな質問を投げてくる。
この一言で、先程の猿杙先輩がこちらの木兎さんから何らかの理由で逃げていることが分かった。
思わず目を丸くしてしまう私に対し、木兎さんは「確かこっちに走ってったと思ったんだけど...アイツ、缶蹴りとか上手いからなァ......」と呟きながら自慢の頭に片手を当てる。
「.............」
猿杙先輩を探してる木兎さんを前にして、すっかり困ってしまった。
なるべく木兎さんには嘘を吐きたくない。木兎さんがとても優しい人だと知ってるからだ。
だけど、今回は猿杙先輩の方が先に私へ「隠して」と頼み事を申し付けている。
猿杙先輩も優しい人だと知っているし、先輩が残念に思うことは出来るだけやりたくなかった。
「.............」
「.......夏初ちゃん?どうしたの?」
「.............っ、」
急に黙り込んだ私を、木兎さんは当然不思議に思う。
伝えてしまおうか、どうしようか、頭の中の天秤がユラユラと情けなく触れ続け......そして、反射的に思いがけない所へ着地した。
「.......しゅ、守秘義務が、あるので......言えません......っ」
「え?」
眉を下げたままパッと出た私の発言に、今度は木兎さんがその金色の大きな目をまん丸にさせる。
だけど、木兎さんに嘘を吐かずに、そして猿杙先輩の居場所もお伝えしないとなると、最早こういう形で返すしか思い付かなかった。
今の発言は間接的に猿杙先輩の居場所を知っていますと言ってるようなものなので、木兎さんに更に追求されたらどうしようと内心縮こまっていると、木兎さんは目を丸くしたままゆるりと小首を傾げた。
「......しゅ、しゅひ......?え、今なんて言ったの?どういう意味?」
「.............」
不思議そうにきょとんとした顔で問われたことに、思わず私も目を丸くしてしまう。
.......も、もしかして木兎さんは、実は帰国子女とか、海外暮らしが長かったとかで、少しこう、覚束無いところがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、「......猿杙先輩に、お願い、されてるので......お伝えできません......すみません......」と少し噛み砕いた言葉を謝罪と共に再度お返しすると、木兎さんはやっと合致したようで「あー、なるほどー」と緩く頷きながらおもむろに腕を組んだ。
機嫌を損ねてしまわないかとヒヤヒヤしたものの、木兎さんは存外普通の態度を取っていたので密かにほっと息を吐いた。
よかった、どうやら今の発言を怒ってはいないようだ。
「なら、しょうがないな!ごめんね、ありがと!」
「.............!」
そう述べる木兎さんの、夏の陽射しに負けないくらいの眩しい笑顔に目がくらみ、たまらずしぱしぱと何度か瞬きを繰り返してしまう。
真っ直ぐな木兎さんには夏が似合うなぁなんて明後日のことを考えてしまえば、おもむろに木兎さんはこちらへ顔を寄せるように屈みこみ、まるで内緒話をするように声を潜めて言葉を続けた。
「.......今日さ、実は、サルの誕生日なんだよ」
「.......え......?」
「だから夏初ちゃん、またサル見たらお祝いしてあげて?」
「.............」
あまりにも唐突な話題転換にあ然としてしまう私を他所に、木兎さんはとても楽しそうにニッコリと笑った後、前屈みだった姿勢をゆっくりと元に戻す。
「ヘイヘイヘーイ!!サルどこ行った~!?おとなしく出てこーい!!」
「.............」
ぐるりと周りを見渡しながら大きな声でそう言うと、木兎さんは「じゃあ夏初ちゃん、またね!」と別れの挨拶をして、颯爽とこの場から走り去って行った。
「.............」
「.......あー......やっと向こう行った......」
「!」
走って行く木兎さんの背中が完全に見えなくなると、先程駐車場の車の後ろに隠れていた猿杙先輩がひょっこりと姿を現した。
「巻き込んじゃってごめんね?木兎に言わないでくれてありがとう」
「.............」
私の隣へ足を進ませて、猿杙先輩はふわりと優しく笑う。
先程の木兎さんの笑顔と猿杙先輩の笑顔が何となく重なり、少し気になってしまったことをおずおずと尋ねてみた。
「......あ、あの......」
「ん?」
「......どうして、木兎さんから......逃げてるん、ですか......?」
「.......あぁ......」
私の質問に、猿杙先輩は少しだけ眉を下げて苦笑を浮かべる。
でも、先程の木兎さんの口振りからは、特にマイナスな感情を汲み取れなかった。
「.......別に、大したことじゃないんだけど......」
「.......お誕生日、だから......?」
「え!?」
くせっ毛の頭を片手でかきながら、どこか言いにくそうな様子を見せる猿杙先輩にこちらから再度聞いてみると、猿杙先輩は驚きの色をあらわにした。
しかし、それはほんの少しの間で、先輩はすぐにへらりと口元を緩ませる。
「.......あー、もしかしてさっき、木兎言ってた?うわぁー、なんか、ごめんね?」
「.............」
「.......木兎のやつ、いつもサルには世話になってるから~とか言って、今日は俺が世話するんだって聞かなくてさ......」
「.............」
「正直、気持ちだけで嬉しい案件なんだけど...木葉とか小見ヤンとか悪ノリしちゃって、木兎もあの通り、フルスロットルになっちゃって」
「.............」
ため息混じりに話される内容に、やっと合点が行く。
要は、今日が誕生日の猿杙先輩に日頃の感謝をしたい木兎さんと、照れくさいのか割りと本当に困るのか、猿杙先輩はその厚意から逃げているのだろう。
梟谷男バレは、今日もとても仲が良い。
「.......でも、夏初ちゃん困らせたのは良くないね。本当にごめん」
「え......いえ、全然......!むしろ、私の方が、ごめんなさい...」
「え?なんで夏初ちゃんが謝るの?」
「.......う、上手く対応、出来なくて......」
「.............」
ここで予想外の展開になり、律儀に謝罪をされたことで驚いてしまった私は、慌てて頭を下げて自分の落ち度を猿杙先輩に謝った。
事情はどうあれ、もっと上手く対応出来れば木兎さんにも猿杙先輩にも気をつかって貰わずに済んだはずだ。
きっと、この場にいるのが立嶋先輩だったら、ずっとスムーズに状況を捌けていたに違いない。
「.............」
「.......あー、もう......本当、可愛いなァ......」
「.............!」
お得意のマイナス思考にふらりと傾き口を結んだまま俯いていると、被っている麦わら帽子の上からぽんぽんと優しく頭を叩かれた。
びっくりして固まったのはほんの数秒で、目を丸くしながらおずおずと猿杙先輩を見上げると......そこには、柔和に笑う先輩の優しい顔があった。
「......夏初ちゃんはなんて言うか、先輩心?を擽るよね。立嶋が独り占めしてんのはマジでズルいと思う」
「.............」
「.......ついでにもう一つ、お願いしてもいい?」
「.............?」
私と視線が重なると、猿杙先輩はふわりと穏やかな笑顔を見せて少しだけ首を傾けた。
木兎さんの笑顔が眩しい夏の太陽なら、猿杙先輩のはぽかぽかと心身を温めてくれる、春の陽射しのような笑顔だ。
「.......一言でいいから、祝ってほしいなぁ、なんて」
「.............」
優しい笑顔から降ってきたのは、思いがけない小さなお願い事で。
思わずきょとんと目を丸くしていれば、猿杙先輩は少しだけ眉を下げて笑ったので、たまらず深呼吸を2回した。
「.......お、お誕生日、おめでとうございます......!」
「.............」
何やら変に改まってしまった私の拙いお祝いは、辛うじて先輩へ届いたらしい。
「.......うん。ありがとう......」
猿杙先輩は静かにそう言うと、一度緩く息を吸い、吐き出すと共にとても綺麗に笑った。
「.......おかげさまで......今日も、いい日になりそう」
「.............!」
穏やかに笑う猿杙先輩の、優しい前向きな言葉にたまらず感化されてしまい、私もへらりと拙い笑顔を返すのだった。
Happybirthday!!!
Dear Sarukui!!!
(包容力ある“寛大”な貴方に、最大級の祝福を!)