特別な君へ

name change

デフォルト:森 夏初【もり なつは】
梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
名字
名前
ナマエ






東京2校、神奈川1校、埼玉1校で構成される梟谷グループの夏期合宿は、比較的涼しい気候である埼玉県の森然高校で毎年行なわれる。
今年は音駒高校のよしみである宮城の烏野高校も参加していて、新たな好敵手の登場に例年よりもずっと白熱していた。


「リエーフ!!!トス見てから跳べっつってんダロ!!リードブロック!!」


合同練習後、自主練として第3体育館ではフクロウチーム対ネコチームの3対3のゲームが行われていた。
音駒の主将、三年の黒尾の厳しい声が上がり、名指しで怒鳴られた音駒の一年、リエーフは焦ったような返事をするが既に床から足が離れており、起動を修正することが出来ない。
梟谷二年の赤葦がそれを見過ごすはずもなく、リエーフとは真逆に居る梟谷主将の三年、木兎へフワリとトスを上げた。


「ふんっ」


待ってましたと言わんばかりのスパイクを放つ木兎を止めるべく、冷静に判断した烏野一年の月島がブロックを試みるが、ボールは腕の間をすり抜けていく。
そのまま得点になるかと思いきや、先程リエーフに怒鳴っていた黒尾が綺麗にボールを上に上げた。


「ブロック極力“横っ跳び”すんなー!間に合う時はちゃんと止まって上に跳べー!」


ボールが相手コートへ返っていくわずかな時間に体勢を立て直し、今度は月島へブロックの指導を入れる。


「返ってきた!チャンスボール!」


黒尾のレシーブから返ってきたボールを、烏野一年の日向がセッターの赤葦へ繋ぐ。
赤葦から再び日向へと繋がり、助走をつけて高く跳び上がった日向が渾身の力を込めてスパイクを打つ。
しかし、先程黒尾からの指導を確実に実行したリエーフと月島のブロックに阻まれ、ボールは無常にも日向のコートへ落下していった。


「ア゛ーーーッ」


月島の意地悪そうな笑顔と日向の悔しそうな叫び声が重なり合い、フクロウチームが10点、ネコチームが12点と得点板が動いた直後、「あの~」という甘いソプラノが体育館へ響いた。
突如として聞こえた女子の声に六人全員が反応すると、体育館にひょっこりと顔を出したのは梟谷のマネージャー、白福と雀田である。


「そろそろ切り上げないと、食堂閉まって晩ごはんおあずけデスヨー」

「!!!」


両方の人差し指で食堂の方を差しながらにこやかに注意を促してくれる白福の発言に、さすがにまずいと感じたらしい。


「続きは明日!」

「解散!!!」


まさに鶴の一声と言うべきか、六人は慌てて練習道具を片付けにかかる。


「ネットは明日も使うからそのままでいいぞー!」

「このボールどこのですかー!?」

「日向、うちのだから預かるよ」

「得点板消しときますね」

「あー!メガネ君待って待って!明日続きやっから!あかーしスマホ!」

「はいはい」

「リエーフちゃんと汗ふけ!風邪引いたらぶっ飛ばすぞ!」

「ちょ、夜久さんみたいなこと言わないでくださいよ~!」


ドタバタと忙しなく動きながら、六人は晩ごはんを食べるべく急ピッチで道具を片付け、汗を拭き、体育館の戸締りの確認をしてから消灯した。


「鍵って黒尾さんでしたっけ?」

「持ってる持ってる。忘れもんないな~?閉めるぞ~」


赤葦と黒尾が最終確認をしてから、体育館の扉をしっかりと施錠する。


「ハイ、閉めました~」

「はい、確認しました」


きちんと二人体制で施錠を確認し、さて食堂へ急ごうと二人が振り向いた矢先、「あかーし!黒尾!見て見て!!」と夜も遅いのに大きな声を出す木兎に早速捕まる。


「おいコラ木兎!今はお前に付き合ってるヒマはねぇぞ!」

「そうですよ木兎さん、マジで夕飯食えなくなりますよ」


木兎の話題に触れないままおざなりに回避しようとする黒尾と赤葦だったが、ずずいと目の前に差し出されたワサワサと動く手のひらサイズの黒い物体に思わず足を止める。


「見ろよ!クワガタ!超でけーの!!」

「ナイナイしなさい!!クワガタだって多分ヒマじゃねーよ!!」


木兎が右手で掴んでいるクワガタは確かに立派なもので、木兎の横では一年の日向やリエーフがすごいすごいとはしゃいでいるが、晩ごはんを気にする黒尾にとっては至極どうでもいい案件であった。
そういえば月島の姿がない。もしかしなくとも、木兎の戯言に早々に見切りをつけ、一人だけ先に食堂へ向かっている可能性がおおいにある。
烏野のキャプテンは一体どんな教育をしてんだと腹を立てる反面、はしゃぐ木兎を沈静化できるのは副主将の赤葦だけだと思い出し、咄嗟に赤葦の方へ顔を向ける。


「おい赤葦!お前からも木兎に言ってやれ、って!!なに写真撮ってるんデスカ!?」

「あ、スンマセン」


黒尾が月島の行方を気にした少しの時間で、梟谷の二人はなぜかクワガタの撮影会を始めていた。
木兎はどうあれ赤葦は完全に自分の味方だと思っていた手前、黒尾には非常に大きな衝撃が走る。


「おま、赤葦が裏切ったら俺一人になっちゃうジャン!!お前はそっち側の人間じゃないだろ!?」

「いや、そういえば友達が好きだって言ってたの思い出して......」

「だからって今!撮らなくてもいいでしょうが!?ここらにクワガタなんて腐るほどいんじゃねぇか!!」

「え!クワガタって腐るんですか!?」

「うるせぇリエーフ!!ものの例えだ!!」


赤葦の裏切りがよほどショックだったのか、黒尾の悲痛な叫びは未だに治まらない。
しかし、ここで空気を変えてしまうのが梟谷主将、木兎光太郎である。


「あ、もしかしてそれ夏初ちゃん?雪っぺ達から聞いたんだけど、確か夏初ちゃんもクワガタ好きなんだってな!」

「!」


先程の赤葦が友達と称した人物をわざわざ当てにくる暴挙さは、さすが梟谷主将としか言えない。
途端、赤葦と黒尾のテンションがまるでシーソーのように逆転した。


「......急ぎましょう。食堂が閉まってしまいます」

「まーまー、歩きながらでも間に合いそうだし?ゆっくり話そうぜ?赤葦君?」


さっさと歩き始めた赤葦の肩を掴み、先程までの表情とは一変、黒尾は非常に愉しそうな笑みをその顔に浮べている。


「なに?ナツハちゃんとは連絡取り合う仲なの?今撮ったクワガタ送ってあげんの?今日?」

「......絡み方が完全におっさんのそれですよ、黒尾さん......」


ニヤニヤと笑う黒尾とは対照的に、赤葦はげんなりとした顔を浮べて大きなため息を吐いた。
爆弾発言を投げてきた木兎は赤葦に写真を撮って貰えたことに満足したようで、クワガタを自然に帰してから日向とリエーフと楽しそうに食堂へ走っていく。
あの人は一体何のために暴露したんだと怒りの炎を燃やしてしまうも、木兎のバレー以外のとんでも行動には何の脈絡も理屈もないことを思い出し、呆れと諦めでその炎を鎮火させた。


「ていうか、ナツハちゃん元気?まだ人見知ってる?」

「......元気なんじゃないですか。少なくとも黒尾さんには人見知るでしょうね」

「えー、じゃあ木兎は?木兎はもう大丈夫なの?慣れた?」

「.............」


黒尾の言葉に、赤葦は少し言葉を選ぶように黙り込んだ。
一瞬、木兎と何かあったのかとヒヤリとした黒尾だったが、こちらに向けた赤葦の顔は少し機嫌の良さそうなものだったので、内心で少しほっとする。


「木兎さんには、大丈夫です。むしろとても好意的ですよ」

「え、ちょっと前はビクついてじゃん。何かあったのか?」

「......木兎さんが、を泣かせたんです。その後なんやかんやあって、仲良くなりました」

「ちょっと待て、そのなんやかんやがめちゃくちゃ重要じゃね......?」


おざなりな赤葦の説明に、黒尾は思わずツッコミを入れる。
女子を泣かせて仲良くなるって、一体どんな魔法を使ったというのか。


「......うちで練習試合した時、もう一人男の人が見に来てたでしょう?あの人、と同じ園芸部の先輩なんです」

「ほう」

「......何でも出来る先輩の力になりたいのに頼って甘えてばかりだと相談してきたに、木兎さん、元々後輩は先輩に頼るものだと......あと、がその人と一緒にいる時間が楽しいならきっと相手もそうだって自信満々に返して、泣かせてました」

「......へぇ......それはそれは......」


食堂へ向かう道を進みつつ、淡々と話す赤葦の言葉を聞き、黒尾は納得するように何度か頷いた。
木兎の天然人たらしっぷりが発揮されたのだろうということと、もう一つは今隣に居る赤葦にも作用しているであろうと推測する。


「......その話を聞いて、赤葦君はどこか自分と重ねる所があった訳だな」

「.............」


試しにそんな言葉を寄越すと、隣に居る赤葦は何とも読みづらい表情で黒尾を横目で見てから、どこか観念したように小さくため息を吐いた。


「.......まぁ、そうですね......この人と同じチームでバレーが出来るのは、光栄だなとは思いました」


例え、一緒にバレーをする時間が限られた期間だけであったとしても。
木兎の後輩であること、セッターであること、副主将であること、どれをとっても光栄だったという言葉に尽きる。


「......あーあ、研磨も少しはそう思ってくれりゃあいーんだけどなァ」

「......孤爪もきっと、口には出さないだけですよ」

「......だといいんですケド」



今度は黒尾がどこか諦めたようにため息を吐くと、赤葦は控えめにくすりと小さく笑うのだった。























最後の一瞬まで信じているよ
(特別な君へ、5の想い)
5/5ページ