特別な君へ
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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「ちわーす!エンゲーイーツでーす!」
長いようで短い夏休み期間、昼休憩中の体育館に一際元気な声が響き渡る。
なんだなんだと何人かの部員がそちらへ目をやると、体育館の入り口附近にクーラーボックスを担いだ園芸部の部長、三年の立嶋が仁王立ちしていた。
「おー、立嶋じゃん。ていうかエンゲーイーツってなんだよw」
突然の来訪者に真っ先に反応したのは立嶋と同じクラスである小見で、昼飯を食べ終わってる小見は立嶋の元へ駆け寄る。
「あ、夏初ちゃんも居んじゃん。コンチハ~」
ここからは見えないが、どうやら体育館の外に立嶋の後輩である女子も居たらしい。
小見の言葉に、隣りで食休みをしていた二年の赤葦がピクリと反応した。
どうやら立嶋個人でこちらへ出向いた訳では無いらしいことがわかると、赤葦は立ち上がってそちらへ足を進める。
その間も、小見と園芸部は会話を続けていた。
「なんか、重そうなの持ってんな?持とうか?」
「......あ......えっと......」
「夏初、小見に渡してやれ。あと俺のも持って」
「えー、立嶋のはマジで重そうじゃん」
「ウソだろwじゃあ誰か呼べよー」
園芸部の後輩の荷物は小見が預かり、立嶋の荷物には難色を示すと「俺が持ちます」と赤葦が会話に入っていく。
こういう気遣いやタイミングに関しては、赤葦の右に出るものは居ないだろう。
「おお、さすがアシ君!仕事でき男!」
「恐れ入ります。で、これは何ですか?」
「冷静且つ的確wめい子からの預かりもんだよ、開けてみ?」
「はぁ......」
立嶋から受け取ったクーラーボックスを床に置き、赤葦と小見は中を確認する。
ちなみに立嶋が言うめい子という人物は、梟谷学園の保健医だ。
俺達男バレもよくお世話になっている先生で、学園の中で親交が深い人でもある。
「あ!アイスじゃん!しかも色々種類あるし!」
「え!マジ!?」
「そっちの袋もそうだから早く選べよ~、溶けんぞ~」
小見の言葉に何人かの部員が反応し、バタバタとそちらに駆け寄っていく。
どうやら園芸部の二人が持ってきたのは、保健医の先生からの差し入れだったようだ。
アイスという単語がよほど魅力的だったのか、昼休憩でだれていた部員達も我先にとそちらへ向かい、あっという間に人集りができた。
「.............」
「鷲尾も行こうよ、いいやつ取られちゃうよ?」
揃いも揃って現金なヤツらを傍から眺めていれば、いつの間にか近くに居た猿杙に声を掛けられる。
「......俺は後でいい。それより、木兎が居ない間に選ぶとまた面倒くさいことにならないか?」
猿杙の言葉に、先程から考えていたことを口にしてみれば、猿杙は苦笑に近い笑いをもらした。
「まぁ、そうかもしれないけど......仕方ないんじゃない?アイスだからどんどん溶けちゃうし、この場にいない木兎も悪いでしょ」
「.............」
「じゃ、俺は選んでこよ~」
そんな言葉を最後に、猿杙は俺から離れて人集りの方へ足を進める。
ちなみに木兎は今、体育館には居ない。
昼休憩中に麦茶を盛大に零し、部室まで着替えに行っているのだ。
時間的にそろそろ戻って来る頃合いだと思うが、いつでも一番であることを望む木兎が、例えアイスを選ぶというバレーボールに全く関係の無い事柄でも、自分が出遅れたという事実を素直に受け入れることが出来ないのはもう予測可能な範疇である。
かと言って、木兎が戻ってくるまで誰も何も選ばないというのはここまで持ってきてくれた園芸部に申し訳ないだろう。それに、モノがモノである。
「あれ?園芸部じゃん!何してんの?」
猿杙の言う通り、これはもう仕方ないのだと腹の中で考えてると、渦中の木兎がひょっこりと体育館へ帰ってきた。
先程まで居なかった園芸部の二人が体育館に居ることに、木兎は興味深そうな様子を浮かべる。
「あ?木兎?なんだお前、どこ行ってたの」
「お茶零して着替え行ってた」
「ウソだろw子供かよw」
「うっせー!あ、アイスじゃん!!俺の分はー!?」
立嶋と話すこと数秒で差し入れの存在に気が付き、木兎は一際うるさくなった。
「まだいくつか残ってるぜ」
「えー!俺居なかったのにみんな先に選んだの!?ひどくね!?」
「めい子先生から差し入れだって~」
「まじか〜!めい子せんせー超いい人だな~!」
「運んだのは俺達なんで園芸部も褒めてくださ~い」
「そうなの?サンキュー!」
小見、白福、立嶋と話しながらクーラーボックスの中を物色する。
「あ!チョコのないじゃん!俺チョコが良かった!!」
「早い者勝ちでーす」
「えー!なんだよそれ、ずりー!」
「早く選べよ木兎、溶けちまうぞ」
「あー!木葉お前ちゃっかりチョコ選んでんじゃん!ずりーぞ!」
「別にずるくねーし、早い者勝ちだっつってんだろ。この場に居なかった木兎君が悪いんですぅ」
「なんだとー!?」
お目当てのアイスがもうなかったようで、木兎は木葉に噛み付いていたがしっかりと返り討ちにあっていた。
みるみるうちに機嫌が斜めになっていく木兎を見て、そばに居る赤葦は小さくため息を吐く。
「......木兎さん、ひとまず何か取ってください。このままだと一つも食えなくなりますよ」
「それはやだけど!でも、チョコの気分だったの!」
「......それは痛み入りますが、こんなに重たい物を、俺らの為に森が頑張って持ってきてくれたんです。それなのに、木兎さんは食べないんですか?」
「!」
赤葦の発言に癇癪を起こしていた木兎がピクリと反応した。
その様子を見逃さず、赤葦は畳み掛けるように言葉を続ける。
「......きっと木兎さんが喜ぶと思って、頑張って運んでくれたのに......木兎さんがチョコアイス以外食べないというのなら......非常に残念ですが、仕方ないですね」
「食べないなんて言ってないだろ!食うよ!夏初ちゃんありがと!」
赤葦の口車にまんまとのせられ、木兎は渋々と言った感じではあるが自分のアイスを選んだようだ。
話に出された園芸部の女子は終始落ち着かない様子を見せていて、最終的には立嶋の後ろに隠れるように身を潜めてしまった。
まるで子猫が親猫にすがるような光景だ。
「ちょいちょいちょい、俺も頑張って運んだんだけどね?まぁ、いいんだけどね?」
「そうですね、ありがとうございます」
「......アシ君、なんか俺の扱い雑じゃない......?」
「気の所為じゃないですか?」
「よし、これにしよ!木葉!一口交換しよう!」
「は?嫌ですけど」
「なんでだよ!」
「お前の一口デカいんだよ!前もそう言って俺のやつ半分くらい食ってったろ!」
アイスを選んだら選んだでまた騒ぎ始める木兎とそれに巻き込まれる木葉にたまらずため息を吐くと、ふいに赤葦がこちらへ顔を向ける。
「鷲尾さんも、取ってくださいね」
「......ああ、今行く」
この部活内で誰よりも気が回る赤葦は、どうやら俺がまだ取りに来て居ないことを把握していたらしい。
バレー以外にもそんなに気を回して疲れないのかと心配になる反面、もしかしたら赤葦の性格によるものかもしれないと思い直し、結局何も言わずソーダ味のアイスを一つ手に取った。
「......赤葦はいいのか?」
「はい、全部好きなやつなんで。選択肢少ない方が逆にいいです」
「そうか」
そういえば赤葦も選んでないのではと声を掛けるものの、返ってきた答えに軽く頷く。
赤葦の表情からは気を遣っての発言か、はたまた本音なのかはよく分からないが、本当に欲しいものがあれば基本的に意思を示すところがあるから多分大丈夫だろうと思う。
「......重かっただろ、ありがとな」
赤葦から園芸部の二人へ視線を移すと、立嶋は機嫌良さそうに明るく笑った。
「おお、さすが鷲尾!いいってことよ!」
「お前らの分はあるのか?」
「なきゃやんねーよw俺も夏初も先に選んでもう食ってる」
「そうか」
立嶋とは同じ学年とは言え同じクラスにはなったことがなく、木兎が立嶋の後輩にボールをぶつけてしまった一件から時々話すようになった。
ノリこそ軽いものの、意外と芯の通った考えをする立嶋は、俺を含め男バレのヤツらと友好的な関係にある。
「......森、何食べた?」
「え?えっと......ぶどうの......」
俺と立嶋が話している横で、赤葦が同い年の園芸部の女子に話し掛ける。
確か、この二人は同じクラスでもあったはずだ。
赤葦の言葉に園芸部の女子......森はおずおずとクーラーボックスの中を覗き込んだ。
「......これ?」
同じようにクーラーボックスを物色する赤葦が手に取ったアイスを見ると、声を出さずに一度だけ小さく頷く。
「美味しかった?」
「うん......」
「じゃあ、俺もこれにしよ」
「え......?」
赤葦の決め方に驚いたのだろう、森は目を丸くして赤葦を見る。
「い、いいの?他にも、ソーダとか、色々あるよ......?」
「うん、いい。これにする」
「.............」
戸惑う森とは対照的に、赤葦は淡々とした様子でクーラーボックスを閉めた。
本当にいいのかな......?とでも言いたげな顔をして閉じたクーラーボックスを見つめる彼女に、赤葦は至極優しい視線を向ける。
......赤葦ってそんな顔もできるのかと、少しだけ驚いてしまった。
「.............」
「全員取ったかー?じゃ、余ったやつは回収しまーす」
「え!全部くれるんじゃねぇの?俺二つは余裕だけど!」
「バカヤロウ、世の中ってのは意外とつめてーんだよ。アイスだけにな!」
「うわwぜんっぜん面白くなw」
「小見、てめぇにはフライングが下手くそになる呪いを掛けておく」
「やめろw俺リベロだぞw」
「だからだろーがw」
木兎と小見、立嶋のコントのようなやり取りに周りが笑う。
「ケチー!」
「文句はめい子に言ってくださーい」
「......二つはお腹壊しますよ、木兎さん」
納得のいかない木兎は面白くなさそうな様子を見せるが、立嶋のあっけらかんとした態度と呆れたような目を向ける赤葦に諌められ、ムッとしたままではあるが文句を言うのはやめたようだ。
「......んじゃ、そろそろ撤退すんな。お邪魔さんでした~」
中身が軽くなったクーラーボックスを再び担いだ立嶋が別れを切り出すと、後ろに居る森も小さく「......お邪魔しました......」と挨拶をして頭を下げた。
園芸部の二人はそのまま体育館から出ていき、俺らの元には冷たいアイスだけが残る。
「.............」
先程選んだソーダ味の棒アイスを開け、一口齧ると口内が一気に冷却された。
夏の体育館特有のじっとりとした暑さがほんの一時雲散され、たまらずため息が零れる。
「.............」
ふと何の気なしに隣を見ると、選ぶのが遅かった赤葦も今からアイスを食べるようで、先程選んだぶどう味のアイスを一粒口に放り込むと満足そうに小さく笑った。
その顔は先程までいた園芸部の森に向けていたものと非常によく似ていて、ひどく優しい空気を携えている。
傍から見ればこんなにわかりやすいというのに、きっと彼女は赤葦のそれに全く気付いていないのだろう。
何とも歯痒いものだと感じてしまうが、こればかりはもう致し方ない。
「......赤葦、」
「はい」
「......頑張れよ」
「え?」
あまりにも唐突な俺の言葉に、赤葦は訝しげな顔をこちらに向けた。
しかし、数秒かけて何に対しての言葉だったのかを理解したらしい。
「.............」
途端になんとも言えない顔になったと思えば、それを隠すようにアイスを持っていない方の手で顔を覆う。
「.............勘弁して下さい......」
珍しく感情をあらわにする赤葦がどうにも可笑しくて、ソーダ味のアイスを片手に思わず笑ってしまうのだった。
自分を見つめる、あまりにも優しい眼差し
(月並みな事しか言えないが、この二人が上手くいくといい。)