特別な君へ
name change
デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
長いようで短い、高3である俺らにとって高校生活最後の夏休みが幕を開けてから、二日目。
昼休憩を挟んで午後イチのロードワークに、なんでわざわざこのクソ暑い時間帯に走るんだと脳内で文句を垂れながら川沿いの土手を走っていると、俺より少し前を走っていた木兎が何かを見つけて声を掛けた。
「あ!園芸部だ!何してんのー!?」
「バッ、カヤロ!?急に止まんな!!」
あろうことかランニング中にピタリと足を止めた木兎に、俺はギリギリのところで衝突を回避する。
幸い俺の後ろは結構離れていたようで、人間玉突き事故が起こることは無かった。
「あっぶねーだろバカ!!何考えてんだ!?」
「ごめんて!そんな怒んなよ木葉~」
「怒るわ!!一歩間違えばお前にタックルするとこだったんだぞ!」
「うげぇ、それは勘弁。あっちぃし」
「俺だって嫌だよ!!」
顔を顰める木兎に怒りの感情のまま怒鳴ると、土手下の方から男の笑い声が聞こえた。
人が怒ってる時に何笑ってんだとムカつきながらそちらを見れば、河川から程近い野草が生い茂る陸地に梟谷学園のジャージを着た男女がこちらを見ている姿が見えた。
青いTシャツにジャージの下を膝まで捲った黒髪ツーブロの男は、最近話すようになった同い年の立嶋であることがわかる。
ということは、隣りに居るオレンジ色のTシャツの麦わら帽子を被った女子は多分同じ園芸部の夏初ちゃんだろう。
「だっはっはっ!!木葉お前、そこはそのまま木兎にあすなろ抱きするところだろ~!w」
「立嶋てめぇ!誰がするかこんなゴリラに!」
「はぁ!?俺だってお断りしますぅ!!」
立嶋の笑えない冗談に思わず木兎を指さしながら怒鳴り散らすと、木兎も逆ギレして反論してきた。
......このクソ暑い中、余計体力を消耗してどうする。
頭の中でもう一人の自分がそっと囁き、まだまだ腹は立っていたが一度大きく息を吐き、気持ちを鎮めた。
ランニングの途中だった為、いまだ脈拍は速く呼吸数も多いが、それで根を上げるようなら梟谷バレー部のレギュラーなんか務まらない。
「......そういう立嶋こそ、そんなとこに夏初ちゃん連れ込んでナニやってんだよ?」
腰に手を当て、反撃とばかりに土手下の立嶋に尋ねてやれば、立嶋はにやりと悪戯に笑い「オイオイ、野暮なこと聞かないでくれます?」とオトコの茶目っ気たっぷりなコメントを返した。
しかし、ここで空気を読まないのが我らがエース、木兎光太郎だ。
「え!?まさか立嶋、青か......」
「夏初ちゃん居るだろ考えろこの大バカエース!!」
「イッテェ!!」
この場に女の子が居るにも関わらず、とんでもない単語を口にしようとする木兎の尻を思いきり蹴り飛ばす。
「何すんだよ!?すげー痛かったんですけど!?」
「お前な!赤葦がここに居たら確実に殺されるぞ!」
涙目で文句を垂れてくる木兎に呆れながらそう返すと、背後からひんやりとした風が吹く。
まるでエアコンでもつけたかのような冷気に思わず振り返ると......振り返るべきではなかったと、早々に後悔した。
「......俺が、何ですか?」
「!!!」
そこにはいつの間にか俺らに追い付いた赤葦が立っていて、絶対零度の眼差しをこっちへ向けている。
赤葦はひとつ下の学年であるが、俺らが所属する強豪男子バレー部の副主将を務める程の優れた技量を持ち......そして、本気で怒るとマジで怖い奴だ。
空気でわかる。これは相当マジで怒っている。
「え、と......あかーし?い、今の話聞い」
「木兎さん今、何を言おうとしてました?」
「!!!」
主将である木兎の話を遮り、赤葦はいつもよりずっと無表情のまま俺と木兎に一歩近付いた。
......これはもう、逃げるが勝ちというヤツだ。
一度小さく息を吸い、腹と脚に力を入れる。
「......木兎!!」
「!?」
「俺に構わず、ここに居ろォ!!」
それだけ言って、全速力でこの場から離れる。
風の音と共に「それを言うなら先に行けだろ~!?」という木兎の半泣きの叫び声が聞こえたが、あいにくそれで脚を止めるほど俺は仲間想いの男ではなかった。
残念だったな木兎、世界はいつだって弱肉強食なんだぜ。
▷▶︎▷
先に逃げた俺にどうやら赤葦は追ってこなかったようで、適当な所でペースダウンして普通のスピードで走り続ける。
元々は俺が立嶋に振った話題だが、モロに単語を口に出そうとした木兎の方が罪は重いはずだ。
しかもその相手は、あの堅物赤葦がおそらくほんのりと好意を抱いているであろう女子生徒である。
赤葦が自覚しているのかそうでないのかはよく分からないが、自分が良く思っている相手に自分の身内のような奴がヘンなことを話してしまうのは確実に面白くないだろう。
今頃、木兎はランニングロードに正座でもさせられてるのかもしれない。
ああ、でも、夏初ちゃんが見てる前ではそんなに厳しくしないかもしれないな。
コイツ、鉄仮面かと感じる時もあるあの赤葦が、一人の女子の前では怖がらせないように必死に振舞っている姿を想像して、思わずふきだした。
「あ~、木葉のスケベ~」
「!」
走りながらくつくつと笑っていると、背後から聞き慣れた声が聞こえる。
「あ?んだよ、サル」
話の内容に思わず顔を顰めながらそちらへ向くと、同い年の猿杙大和は俺の隣りに駆け寄ってきた。
元々常に笑っているような顔をしているが、今は更に面白そうに笑っている。
「だって今、思い出し笑いしたでしょ?そういうのって基本えっちなことじゃん?」
「残念でした。めちゃめちゃピュアッピュアなことだっつーの」
ニヤニヤと笑う猿杙に軽く舌を出し、先程の園芸部とのやり取りを走りながら教えてやると、猿杙はどこか合点のいったように何度か頷いた。
「なるほどねぇ。だから木兎、しょぼくれて走ってたんだ」
「まじかwこりゃガッツリ怒られましたかねw」
「いやいや、木葉も笑ってる場合じゃないでしょ。赤葦、まだ虫の居所悪そうにしてたよ?」
「え」
後で木兎に謝んねぇとなwと完全に他人事に考えていれば、猿杙の情報に思わず思考が停止した。
自然と口元が引き攣る俺とは対照的に、猿杙はいつも楽しげな口元を強調するように笑う。
「木兎に謝る前に、まずは赤葦に謝りなね?」
「......ハイ......」
無慈悲にも感じる猿杙の言葉は、どう考えても正論でしかなかった。
▷▶︎▷
そのまま猿杙と肩を並べてランニングを続けていると、先程の一件があった場所に再度辿り着く。
ここの下辺りに園芸部が居たんだよ、と猿杙に話している最中、隣りを走る猿杙がピタリと脚を止めた。
「は?なに、どした......」
つられて脚を止め、猿杙の視線の先を追うと......土手下の野草が生い茂る陸地に、園芸部の二人が倒れているのが目に入った。
「っ、まさか、熱中症......!?」
驚く俺の言葉が終わるか否かのところで、猿杙が急いで二人の元へ走り寄る。
少し遅れて俺も後に着いていき、足場の悪い土手を下りて園芸部が倒れている場所へ全速力で向かうと......思わぬ事態に直面した。
「......おい、サル......これって......」
「うん......よく、眠ってるね......」
熱中症で倒れているのかと思いきや、園芸部の二人は仲良く昼寝をしているだけだったようだ。
木陰の下になっていると言えど、このクソ暑い中でよくもまぁすやすやと眠れるもんだ。
安心半分、呆れ半分の気持ちで俺も猿杙もたまらずため息を吐きながら、その場にしゃがみ込む。
俺らの存在なんかに気付きもしない園芸部の二人は、芝生状になっている場所にまるで身を寄せ合うようにして眠っている。
「......オイオイ、いい歳した男女がお外で仲良くお昼寝って、どーなんですか?」
若干の私情も織り交ぜて猿杙に尋ねれば、猿杙は眉を下げながらまた小さく笑った。
「いや、俺に聞かれても、とは思うけど......まぁ、穏やかでいいんじゃない?」
でも、どこかの赤葦は内心穏やかじゃないだろうね。
そう付け加えた猿杙に、赤葦って苗字はそんなに多くねぇぞとたまらずふきだすのだった。
身を寄せ合う眠りに悪夢は見ない
(つーかこの二人、マジで付き合ってないの?これで?)