AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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赤葦君からの電話を切ってしまった翌日。あまり眠れなくて、だけど家にも居たくなくて、朝の部活には少し早過ぎる時間に制服で花壇の水遣りをしていた。
あの後相手から掛け直されることもなく、私も掛け直さず、メッセージのやり取りすらもしなかった。相手の了承も無く勝手に電話を切るなんてすごく失礼なことで、突然そんなことをされた赤葦君はきっとびっくりしたはずだ。それで、なんだコイツと腹を立てたかもしれないし......どうして電話を切られたのかわからず、悲しくなったかもしれない。私が赤葦君に同じことをされたら、すごく驚くし、とても悲しくなる。何か気に障ることを言ってしまったんだと激しく後悔する。......だから、直ぐにでも謝りに行かないといけない。赤葦君は本当に優しいから、きっとすごく気にしているだろう。
「............」
それが分かってるのに、私は昨晩からずっと動けないでいた。咄嗟に電話を切ってしまって、だけど直ぐに我に返り、最悪なことをした自分に顔を青くしながら慌てて掛け直そうとしたものの......赤葦君から寄越された言葉が頭の中にリフレインして、身体が、心が、まるで石みたいに固くなってしまったのだ。
『夏初はその、“俺みたいになりたい”って言ってくれてるけど......ごめん。俺は、その時から......本当はずっと、夏初のことが......』
......それを聞いた瞬間、頭から冷水を浴びた気分だった。彼の口から出る自分の名前に心臓が壊れそうなくらいドキドキしてたのに、本当に、一瞬にして目の前が真っ暗になったのだ。
私が以前、赤葦君のような人になりたいと言った時、赤葦君はそれをやんわりと断った。それを跳ね除けて無理やり自論を押し通した私だったけど、果たして彼が納得するような、了承して貰えるような成果を見せることができただろうか?憧れるだけ憧れて、実際は全然駄目な甘えたで......夏休み、一人で部活をやった期間だってほんの数日のことだし、沢山失敗して、沢山泣いた。そんな私を赤葦君は慰めて、抱き締めてくれたけど......
『“俺みたいになりたい”って言ってくれてるけど......ごめん』
......謝ると、いうことは......何か相手に負い目があるからで、赤葦君が私に対して一体何を気にしていたのかと考えれば......答えは、簡単に出てきた。
優しい赤葦君は自分に対してとてもストイックで、私から見ればすごくしっかりしていて、頭も良くて運動も出来て、誰にでも優しくて、本当に素敵な人だと思うのに、赤葦君は自身をそうとは思ってない。それは謙遜とかではなくて、本当に心から自分はまだまだ未熟者だと思っているそうで、現状に満足、慢心せず日々努力を重ねる立派な人なのだ。
......だから、もしかしたら、私の言葉が赤葦君にとってストレスになっていたのかもしれない。私が憧れていると本人に伝えてしまったばっかりに、真面目で優しい赤葦君は、本当は嫌だったけど私の理想像であるべく無理して付き合ってくれていたのかもしれないのだ。......この前、彼が自宅まで送ってくれた時、ふらりとその可能性を思い付きまさかと思ったものの、赤葦君は「違う」と言ってくれた。でも、それが彼の本心からの言葉だったかどうかなんてわからない。むしろどうしてあの時、相手が気をつかってくれているかもと思わなかったのか。そもそもあの赤葦君が私を前にして「そうだよ」なんて言うはずないのだ。そういう人だって、わかってたはずなのに。
『......俺は、その時から......本当はずっと、夏初のことが......』
────少し、負担だったんだ。
その言葉を赤葦君の口から聞くのが怖くて、我が身可愛さに電話を切った。最悪だ。本当に、最低なことをした。自分に都合の悪いこと、自分が傷付くようなことは誰でも聞きたくないだろうけど、この場合はきちんと聞かないといけないことだった。すでに相手の迷惑になっているんだから、当人の私はちゃんと彼の話を聞くべきだ。
「............」
だけど、怖い。怖くて、悲しくて、申し訳なくて、死にそう。赤葦君には謝らないといけないのに、怖くて話せない。赤葦君は優しいから、謝れば多分許してくれるだろうけど......でも、それが本音かどうかなんて、きっとまたわからないんだ。私は頭が悪いから、相手が気をつかってくれたり、話を合わせてくれたりしてもバカ正直にそのまま受け取ってしまう。空気を読むとか、行間を読むとか、本音と建前とか、そういうものを見抜く力が著しく低いのだ。......こういう所が嫌になる程甘えたで、自分の能天気さに心底辟易してしまう。
「............ごめん......なさい......っ」
結局また泣くことしか出来なくて、届け先不在の謝罪が何の意味も無く空気に溶けていく。失礼な事を、酷い事をしたのは私だというのに、勝手にショックを受けて勝手に泣いて、なのに相手に謝れないままでいる醜い臆病な自分が、心の底から大嫌いだ。
▷▶︎▷
あの日を境に赤葦君とは全く話せなくなり、日が経てば経つ程それは悪化して、同じクラスだというのに極力視界にすら入れなくなってしまった。あの切れ長の目と視線が重なるのがひどく怖かったのだ。不幸中の幸いとも言うべきか、今の時期は丁度学園祭の準備も大詰めで、実行委員の赤葦君はとても忙しそうにしていたし、私もクラスの射的屋と部活の花束作りでいっぱいいっぱいな所があったから、私と赤葦君が話さないことを特に変に思う人も居なかった。思えば、木兎さんのボールがぶつかってしまった日より以前は元々お互い全く話したことが無かった訳だから、むしろこれが自然で、本来のあるべき状態に戻っただけなのかもしれない。
......とは言っても、園芸部の部長様だけはこの一件を見逃してくれなくて、私の元気がない理由と赤葦君と話せなくなった理由を洗いざらい吐かされた。全て話し終えた後、きっとまた呆れられてしまうんだろうなと落ち込んでいれば......立嶋先輩の反応は、ちょっと予想外のものだった。
「......ま、アシ君と距離置くのもいいんじゃねぇの?で、その分しっかり考えながら花作れよ」
てっきり窘められて、腑甲斐無い私を赤葦君の元に向かわせるだろうと思ってたのに、先輩はまさかの現状維持を示したのだ。その言葉にひどく驚いてしまい、思わず目を丸くしたままぽかんとする私に、「ほら、小説家とか芸術家とか、フラストレーションやストレスを起爆剤にして作品作ったりすんじゃん?だから、今みたいなそういう負荷が掛かってる時に作れば、そりゃあもう完全超大作ができるかもしれねぇよ?」と本気なんだか冗談なんだかよくわからない補足を口にする。......でも、確かに先輩の言う事も頷ける所があって、これを機に赤葦君のことをしっかり考えてみることにした。
同じクラスだったけど、話した事がなくて、その時は赤葦君がどんな人かなんて全く知らなかったし、考えたこともなかった。なのに、話すようになってからは一緒に出掛けたり、お祭りに行ったり、ご飯に行ったりして、赤葦君が本当に素敵な人だとわかったら、その魅力にどんどん惹き込まれた。それで、まさか、話せなくなったことがこんなに寂しいと思うようになるなんて。彼に嫌われたくないと、強く望むようになるなんて。......それでも、やっぱり恐怖が先に来てしまい、赤葦君には謝罪するどころかお互いが何となく避けるようにすらなってしまっていた。自分が発端のくせに、悲しむのはお門違いだとわかってはいても......自分から切り出せず、赤葦君からも何も無いこの現状が寂しくて、悲しくて、どうしようもなかった。
────だから、今一度考えるのだ。
失敗したら、感情を一旦抑えてフィードバックすること。具体的な修正箇所とその対策を考え、試していくこと。「自分がダメな人間だから」と、殻に閉じこもるような思考放棄をしないこと。夏休みのあの日、大好きな場所で赤葦君から教わったことを、きちんと実践しなければ。
それから、今年の学園祭の園芸部の作品のテーマは私が決めたものだ。それを気分が優れないからといって蔑ろにしては絶対にいけないし、......それに、何より。今年の学園祭が、立嶋先輩と一緒に作業できる最後の学園祭なのだ。次の時は、私の隣に先輩は居ない。部室にも、花壇にも、梟谷学園高校のどこにも居ないのだから、今この時間を決して無駄にしてはいけなかった。
▷▶︎▷
目まぐるしく進む日々を何とか乗り遅れずに送り、ついに学園祭当日を迎えた。梟谷学園の学園祭は初等部、中等部、そしてこの高等部を合わせて行う総合学園祭となっていて、金、土、日と三日間開催される。初日である金曜日はリハーサルとも言われていて、梟谷の学生のみが参加出来る日だ。そこでローテーション等の最終チェックや微調整を行い、土日で外部の学生や一般の方を万全の状態で迎え入れる。ちなみに最終の日曜は17時で学園祭閉会、のち19時まで後夜祭、20時が最終下校となり、翌日月曜日に後片付け、火曜水曜が振り替え休日で木曜日から通常授業に戻るという日程である。
「......これで、全部です......!」
金曜日の早朝。部室の第三会議室で先輩と花瓶に花を生けていく。花瓶の植物を長く持たせる為に“水切り”と呼ばれる、茎の根元の方を斜めに切る作業を一本一本に施し、洗った花瓶に水を入れ、全体の色やバランスを花瓶ごとに整えながら丁寧に生ける。初等部、中等部、高等部に6つずつ飾るものと、式典等を行う大体育館、梟谷学園自慢の図書館に1つずつ設置するもの、合計20の花瓶の植物を全て生け終わり、たまらず大きく息を吐いた。カタカナの“ロ”の字型に配置された会議室のテーブルに並べられた20の花瓶は自画自賛ながらなかなか圧巻で、そして自分が決めたテーマで作ったものだからなのかとてつもない満足感と愛着が湯水のように湧き出てきて、スマホのシャッターを押す指がなかなか止まらなかった。
「......うん。すっげぇいいじゃん!今年も最高の出来だな!俺らマジ天才!」
「......はい、最高です!天才かもしれません!」
出来上がった花瓶をじっくりと眺め、ひとつ頷いた先輩の言葉に今日は私もしっかりノッてしまい、共に高いテンションでハイタッチを交わしてから記念写真まで撮ってしまった。でも、正直かなり大変な思いをした分、かなり良い出来になったと思う。もはや今日の自由時間はクラスの催し物よりもこの20の花瓶をじっくり鑑賞したいくらいだ。
「っと、ボヤボヤしてる時間は無ぇな。よし、手分けして花瓶置きに行くぞ!配置図は忘れてねぇだろうな?」
「はい。全部暗記してますが、持ってます」
「最高。じゃ、夏初は高等部担当な!俺は中等部、もうじき用務員のオッチャン来るから初等部行ってもらって、大体育館と図書館のはデカいから三人で搬送だ。早く終わったら連絡くれ、俺かオッチャンのとこ手伝ってもらうから」
「わかりました」
先輩の指示の元、並べた花瓶を台車に乗せてそれぞれの配置場所へそれらを置きに行く。先輩と一旦別れ、ゴロゴロと慎重に台車を押しながらまだ誰も居ない校舎内を静かに歩けば、何だか世界に一人だけ取り残されたような奇妙な心地がした。いつもと違い、各教室や廊下や窓にはカラフルな飾りや大きな看板、ポップなイラストが所狭しと飾り付けられ、とても賑やかだ。まるで「楽しい」という言葉を具体的に形にしてしまったような、そこかしこにキラキラとした気持ちが込められている装飾物に囲まれて、私は一人台車を押して歩いている。華やかな空間にヒトだけが居ないというのが、なんだかとても不思議な光景に思えた。
そんなことを思いながら指定場所に花瓶を置いて、またパシャリと写真を何枚か撮ってから次の場所へ向かう。それを何度か繰り返し......残り2つになったところで、ブレザーのポケットからひそりと忍ばせた青いリボンを取り出した。
「............」
それを花瓶にくるりと巻き付けて、正面にリボンを作る。バランスを整えてからゆっくりと花瓶から手を離し、写真を撮った。......黒に近い深い青色をした花瓶には、白コスモス、白バラ、白ダリア、ワレモウコウ、ブルーサルビア......そして、葦がしっかりと生けられている。
「............」
花瓶に生けられた花々を見て、深呼吸を2回する。この花瓶を、綺麗に作れたら......自分が心から納得できるカタチに出来たら、勇気を出そうと決めていた。花の種類も、花瓶も、色味もバランスも......私の中の、彼のイメージ通りに出来たと思う。それから、彼に贈りたい言葉も全部入れられた。だから、だからきっと、大丈夫。自分の力で、きっと動ける。
「............頑張る、から......応援してね......」
すらりと美しく立つ葦の穂に柔く指で触れ、ひそりとそんな言葉を寄越せば、何となく元気が出て来てへらりと緩く笑ってしまう。
「じゃあ、また後でね......沢山のヒトに、見て貰えますように」
最後にそれだけ伝えて、残りの花瓶を運ぶべくこの場からゆっくりと離れた。
疾風に勁草を知る
(只今より、梟谷学園総合学園祭を開催致します。)