AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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部活を終えて、居残り練をして、いつものように木兎さんと肩を並べて帰る。バレーの話と学祭の話が半々くらいになってきて、その割合から学祭ももう直ぐかと思いながら帰宅し、手早く入浴を済ませてから待ち望んだ夕飯にありついた。豚のしょうが焼きと茄子味噌炒めを二杯のご飯で食べきり、食後に冷たい麦茶を飲んでから食器を下げ、少し足早で自室へ戻る。鞄の中に入れっぱなしのスマホを手に取り、画面のロックを外してからベッドに腰を下ろした。......今の時刻は、21時半を少し過ぎたところだ。この時間なら、電話しても問題無いだろうか。寝るにしてもきっとまだ早いし、夕飯も多分食べ終えてるだろう。あとは、風呂に......ぼんやりと相手の都合を考えて、ここでふらりと要らぬ方向へ思考が傾きそうになり、ぶつりと無理やりそれを遮断した。一体何を考えてんだ、変態か俺は。これじゃあ痴漢と何ら変わりないじゃないか。
「......先に聞くか?いや、でも......」
自室に一人ということと、やましいことを一瞬でも考えてしまった罪悪感で思わず思考が口に出る。これから電話を掛ける相手の都合をまずはメッセージで確認した方がいいかと思うも、彼女の性格上、例え都合が悪くても俺を優先して「大丈夫です」と返して来そうな気がする。......確認してもしなくても同じような結果になるのなら、変に聞かない方がいいのではないだろうか。一応今夜電話する旨は伝えてあるんだし。
「............」
スマホを片手に暫し考えて、結局メッセージを送らないまま園芸部の彼女に電話を掛ける。耳元で鳴るリズミカルな発信音を落ち着かない気持ちで聞き、これを何回聞いたらこの通話を切ろうかと少し皮肉めいたことを考え始めた、矢先。思ってた以上に早く発信音が途切れ、耳元のスマホは何故かすっかり無音になった。
「............?もしもし、森?」
《っ、》
静まり返った電話先に一瞬切られたのかと思い、相手の名前を呼ぶと少しの物音と慌てたように息を飲む声が小さく聞こえた。遮断された訳じゃなさそうで内心ほっとしていれば、耳元には待ち望んだ控えめな声音が甘く響く。
《......ぁ......ご、ごめんなさい......こんばんは......》
「こんばんは。ごめん、もしかしてタイミング悪かった?」
《う、ううん......たまたま、スマホのロック、外したところで......その流れで、電話、出ちゃったから......ちょっと、びっくり、しちゃって......》
「......そっか。なら、今電話してても大丈夫?」
《......うん......》
相手の口調がいつもよりたどたどしい気がするが、おそらく緊張しているのだろうと予測がつく。電話だと彼女の小さな声が耳元でよく聞こえるので、例え顔が見えなくてもそれだけは俺にとってしっかりとしたメリットだった。
「......今日の部活、何やった?」
《!》
俺と何を喋ればいいのか一生懸命考えながら、どうしようときっと困っているだろう森に多分話しやすいだろう話題を寄越せば、相手は少しほっとしたようにゆっくりと言葉を返した。
《......水遣りと......正門付近の、花壇、整えて......その後、学園祭の、準備しました......》
「園芸部は学園祭、何やるの?」
《......校舎内、に......いくつか、お花を置きます......》
「......ああ、アレ園芸部がやってたのか......去年、高等部の体育館前に置いてたヤツもそう?あの、緑の花束みたいな」
《っ、はい!そうです!赤葦君、覚えててくれたんですね......!》
直接顔を見て話せないものの、誰の邪魔も入らずに彼女と話せる絶好の機会だ。お互い明日に支障をきたさない程度に色々と話したいと思っていれば、去年の学祭の園芸部の話で相手の声色がパッと明るくなった。
《あれは、グリーンブーケをイメージしてて、だけど色味とか、バランスとか、緑モチーフで纏めるのがとても難しかったんです。でも、体育館のイベントってどれも花形だから、訪れる人も多いだろうなって。沢山の人に見て頂けるのであれば、幸せの象徴のブーケみたいなものにしたくて......グリーンブーケのアイデアを出したのは先輩で、お花を綺麗に纏めるのがすごく大変だったけど、学祭当日に本当に素敵に飾れて、めい子先生にも綺麗だねって言って、貰えて......》
「............」
途端に先程までの緊張感が消え、楽しそうに話す森の声音とその内容に少し目を丸くしつつ、やっぱり彼女の話は聞いていて心地が良いなと電話越しでたまらずグッときていれば、耳元で聞こえる声がどんどん尻すぼみになっていく。
《......ぁ......ご、ごめんなさい......ひとりで、喋っちゃった......》
「え?いや、謝る必要全くないし、俺はもっと聞きたいけど」
《............》
電話の相手が本当に部活が、園芸が好きなことはとうにわかっているので、好きな話題には饒舌になっても全く構わないのだが、生憎向こうは俺の言葉に納得できなかったらしい。楽しそうに話す森の声を、その話をもう少し聞いていたかったけど、当の本人はすっかり口を閉ざしてしまい、電話だというのに妙な沈黙が生まれてしまった。......きっと今、全く不要な反省をしているんだろう。特に何を言われずとも、今までのやり取りで何となく察してしまった。
「......でも、そっか。去年もっとちゃんと見ておけばよかったな......1年分損した」
《............》
黙ってしまった相手に、再び会話の糸口を差し出す。でも、去年は園芸部のことを、それどころか森のことをよく知らなかったから、校内にある花をきちんと見ていなかった。きっと一つ一つ丹精込めて作られたそれは、さぞかし素晴らしかったのだろう。今更どうしようもないけど、本当に惜しいことをしたなと嘆息していれば、電話の向こうの彼女はくすりと小さく笑った。
《............ふふ......志摩さんも、同じこと言ってくれました......》
「え?」
ここで突然同じクラスの女子の名前を出され、思わず聞き返してしまうと森は少しだけ間を空けてから、何処か納得したように一つ頷いた。
《────ありがとうございます。......志摩さんと赤葦君が実行委員で、本当によかった》
「............」
電話伝いに、真っ直ぐに届けられたその言葉は、まるで土に染み込む水のようにゆっくりと俺の心に浸透していく。実行委員なんてあみだくじで決まったもので、最早俺の意思で始めたことではないものの、決まったからにはちゃんとやろうと尽力していた。きっとそれは志摩も同じで、お互い部活に支障が出ないように考えつつ、学園祭がこのクラスにとって良いものになるようにと心掛けて準備を進めている訳だが......彼女の感謝の言葉は、それらすべてを労ってくれている気がして、たまらず口を閉じてしまう。昔から先輩方や友達には「欲が無い」と言われることが何故か多かったが、それは全くの見当違いというヤツで、己の努力にはやはり見返りが欲しい。何かを頑張ったらそれを認めてもらい、努力して良かったと思えるような、そんな報酬が。
《............それで......その、突然、なんだけど......赤葦君、好きな色ってありますか......?》
「え?」
うっかりジンときていると、唐突に話題が転換されて直ぐに頭を切り替えることができず、何とも間抜けな声が出てしまった。それでも相手は俺の返答を待つようにそれ以上を喋らないので、慌てて返答を考える。
「............ちなみに、森は?」
《え?》
この質問の意図は何だろうと少し疑問に思いながらも、あまり良くないとは自覚しつつ質問に質問で返した。向こうはまさかこう返されるとは思ってなかったのだろう、若干戸惑うような声を零す。
《............ぇ、と......青......》
「............」
それでも文句を言うことなく、俺の言葉にちゃんと返してくれる。その素直さにまた惹かれつつ、森の好きな色が青であることを頭の中にしっかりと書き留めた。園芸と、葡萄と、焼きとうもろこしと、青色。彼女の好きなものを知る度、何とも言いようのない満足感がじわじわと胸を占めていく。
「......うん。じゃあ、俺も青」
《え......》
「......ああ、別に適当言ってる訳じゃないよ。ただ、俺自身あんまり色に拘りは無くて......」
《............》
「......でも、今日から青は、少し意識しそうだから」
《............》
「............駄目、かな」
好きな色というのは特段ある訳でもなく、しかし問われている以上何かを返したくて、結局そんな言葉を返した。でも、おそらくこれから青色を見る度ちらりと彼女の顔が浮かびそうで、何となく好ましい色になるような気がするのだ。
俺の答えに驚いたのか、すっかり固まってしまった相手に相変わらず可愛いなと密かに思いつつ......もう少しだけ欲が出て、スマホを握り締めながら小さく息を吸った。
「......あと、俺も森に聞きたいことがあって」
《......え......?》
「............俺も、“夏初”って呼んでいいか?」
《!》
「......木兎さんとか、先輩達、みんな呼んでるし......他校の黒尾さんも、何故か名前呼びだから......」
《............》
「............いや。それは建前だな......本音を言えば、俺が呼びたいだけなんだ」
《............》
突然の申し出に、電話の向こうの相手は何も反応を示さず黙ったまま時間が過ぎる。対面していれば相手の様子を見ることができるが、電話だとそれが叶わないので無言の時間が続くと徐々に不安が募った。
「......ああ、でも、教室とかじゃ呼ばないから。今みたいな電話とか、俺と森の二人しか居ない時とか、TPOはちゃんと弁える」
《............》
「............駄目、かな......」
《............》
無言の時間を埋めるように食い下がるも、相手からの応答は全く無い。おそらく驚いて固まっているんだろうが......顔が見られないから、どうにも確証が取れなかった。もしかしたら、どうしようと困らせたり、嫌がられてる可能性もある。先輩方はともかく、付き合っても無い男から名前呼びされるのは、やはり気分のいいものではないのかもしれない。
「............森が嫌なら、無理にとは言わないけど......」
《............》
「..................ごめん。急にこんなこと言われても困るよな......」
《っ、......い、嫌な、訳では、無くて......!》
「!」
やっぱり調子に乗りすぎたかと自分の言動に反省していれば、暫く黙ってしまった相手からの上擦った声が聞こえ、たまらずぎくりと心身が震えた。嫌な訳では無い、どこか不明瞭なその言葉の真意を聞こうとするも、続く彼女の切羽詰まったような声に今度はこちらが固まってしまう。
《............ごめん、なさい......ちょっと、......心臓、が......》
「────」
苦しそうに震えるその声が、おそらくキャパオーバーを起こしていることを如実に伝えてきた。微かに聞こえる吐息に、涙混じりの声に、心臓がどくりと大きく脈打ち、身体の内側からジリジリと焦がすような微量の熱が伝う。腹の奥には甘く痺れるような感覚が走った。
......ああ、まずい。これは、かなりまずい。
『いくらお前でもあんまチンタラしてっと、夏初ちゃんのハジメテ奪われっかもよ?』
スマホを片手にごくりと唾を飲み込んだ、瞬間。合宿帰りの体育館で木兎さんから鋭い釘を刺されたことを思い出して、息が詰まる。......彼女を、奪われる?俺じゃない他の誰かに、あの心地の良い言葉を、一生懸命気持ちを伝えようとする姿勢を。......不安そうに下がる眉も、素直な瞳も......控えめにふにゃりと綻ぶ、あの笑顔も?
「────夏初。」
......そんなの、無理だ。絶対に嫌だ。
男バレの人達にも、同じクラスのヤツらにも、......立嶋さんにだって、絶対に譲れない。
「............夏初はその、“俺みたいになりたい”って言ってくれてるけど......ごめん。俺は、その時から......本当はずっと、夏初のことが......」
《────ッ、》
逸る気持ちに追い立てられるように、今まで自分の中に降り積もっていった想いを真っ直ぐ伝えようとした、矢先。唐突に通話が切られてしまい、たまらず目を丸くした。慌てて画面を確認すれば、そこには無情にも「音声通話が終了しました」の文字が見えて、電話口は何事も無かったかのようにシンと静まり返っている。
「......え......なんで......ウソだろ......」
予想外過ぎる展開に思わずそんな言葉がもれて、手元のスマホを見つめるも相手からの追伸は全く無かった。うっかり切ってしまったのか、......それとも、意図的に拒絶されたのか。伝えようとしていた言葉がそれなりのものだった為に、何故通話を切ったのか確認したい気持ちもあるものの......直ぐにこちらから連絡を取る勇気がなかなか持てず、結局項垂れるだけでこの日は終わってしまうのだった。
お医者様でも草津の湯でも
(惚れた病は治りゃせぬ)