AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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ぽかんとした顔をする立嶋先輩と木兎さんを置き去りにして、赤葦君に手を引かれながら体育館を出る。
そのまま早足で赤葦君に着いていきながら突然の事態に目を白黒とさせていると、校門を出た辺りで相手の歩くペースが遅くなり、思わずほっとしつつ少し乱れた呼吸を整えた。
結んでなかった髪の毛が酷いことになってそうだったので慌てて片手で梳かしていると、頭の上から「ごめん、引っ張っちゃって」と小さな謝罪が降ってくる。
それに首を振って大丈夫ですと返せば、赤葦君は少しほっとしたように息を吐いた。
「......俺達が飯行くってなったら、あの人達着いてきそうだから逃げてきちゃった」
「............」
そう言って笑う赤葦君は、まるでイタズラが成功した子供のような可愛らしさがあって、たまらず胸がきゅっとなる。
普段大人っぽい赤葦君もこんな顔で笑うんだなとぼんやり考えていれば、赤葦君は再び前を向いて私の左手を僅かに握り締めた。
「......森は、立嶋さんや木兎さんが一緒の方がよかったかもしれないけど......ごめん。俺は、二人が良くて」
「............」
「......夏休み明けてから、あんまり森と喋れてないし......この間購買行けたけど、途中で俺他のとこ呼ばれちゃったしね」
「............」
「......だから、森が“行く”って言ってくれて、嬉しかった」
「............」
こちらを見ないまま話す赤葦君の言葉に、何て返そうかともたついたまま、結局何も言えずにいれば、優しい赤葦君は「何か、食べたいものある?......と言っても、制服だから行けるとこは限られちゃうけど......」と比較的答えやすい話題に転換してくれた。
だけど、だからと言って先程の話をすべてスルーして食事の話をするのも、なんだかとても気が引けてしまう。
赤葦君にだけ喋らせて、私がだんまりなのはやっぱり不公平だ。
「......私、も......」
「え?」
深呼吸を2回してからおずおずと口を開くと、赤葦君は再びこちらへ顔を向けた。
何を食べたいか訊いたのに相手の言葉の出だしがこれだったら、誰でも目を丸くするだろう。
話の前後が繋がってないのは申し訳ない。でも、先程の話を聞いて、私の気持ちもちゃんと赤葦君に伝えたいと思ったのだ。
「......赤葦君と、話したかったから......」
「............」
「......ご飯、行けて......嬉しい、です......」
「............」
私の拙い返答に対し、赤葦君からは特に何の反応もないので一時的な静寂が訪れた。
やっぱり素直に食べたいものの話をすればよかったかなとひっそり顔を青くさせていると......繋がれたままの左手をくんと引っ張られ、私と赤葦君の距離がだいぶ詰まる。
体幹がしっかりしてないせいで赤葦君にぶつかってしまい、慌てて「ごめんなさい」と謝り離れようとするも、思いのほかガッチリと左手を掴まれていてあまり後ろに下がれなかった。
「......ぁ......ぇ、と......」
「俺も、ずっと話したかった」
「!」
繋いだ左手に今更ながらドキドキしてきて、特に意味の無い言葉を零しつつ視線を足元へ落とすと、頭の上から聞こえた言葉に思わずびくりと反応してしまう。
どんどん赤くなる顔をどうにかして隠したくて、俯いたままどうしようとぐるぐる思考を回していれば、頭上で赤葦君が小さく笑ったような気がした。
赤葦君と何を食べようかと相談した結果、時間帯と服装、そして何よりお互いの経済事情から和食メインのファミレスでお夕飯を食べることになった。
「そういえば、最近何か悩んでない?」
「え......?」
頼んだ鶏のみぞれ煮定食を味わっていると、ふいにそんな質問をされて思わず箸を止めてきょとんと目を丸くする。
私の反応に、相手は「あ、勘違いだったらいいんだけど」と言葉を付け足した。
「時々、難しい顔でスマホ見てたり、何度か机に突っ伏してるの、教室で見たから......それとも体調悪かったりする?」
「......え......あ、違くて、あの、全然......!」
赤葦君の話で思い当たるのは、部活の学園祭のテーマ決めのことだ。
立嶋先輩に今年のテーマ決めを任されて、色々考えたもののなかなか採用されず、考えが煮詰まったり、考えるのを投げ出したくなった時、確かにそんなことを教室でしてた覚えがあった。
あれを見られてたのかと思うと恥ずかしいことこの上ない。
「体調は本当、全然問題なくて......その、部活のことで、ちょっと......考え事してました......」
「部活?珍しい......何かあったの?」
「......うん......でも、今日解決したから、大丈夫。余計な心配かけて、ごめんなさい......」
「いや、それはいいんだけど......なんか、専門的な問題?」
「......ううん。そういうんじゃ、ないんだけど......でも、ちゃんと、見つけられたから」
「見つけた......?」
「うん」
気を使ってくれる赤葦君の優しさに心の中で頭を下げながら、ここ最近の悩みの種はひとまず無くなったことを告げる。
結局保健医の先生と立嶋先輩の手を借りてしまったけど、学園祭のテーマは何とか決めることが出来た。
「......私の、やってみたいこと。上手くできるか、わかんないけど......でも、自分で決めたから、これから頑張りたいなって......思って、ます......」
「............」
今の率直な気持ちを口にして、改めて身が引き締まる。
私が決めたテーマはきっと簡単じゃないし、これからもっと悩むことも出てくるかもしれないけど......でも、テーマ自体には心から納得してるし、妥協せず、頑張って作りたいと思っているから、難しいだろうけど前向きにチャレンジしていきたい。
「......それは......何か俺に、手伝えることってある?」
「え?」
一人密かに気合いを入れ直していれば、赤葦君からそんな言葉を寄越されて、たまらず聞き返してしまった。
しかしすぐに私が何に悩んでいたのかはっきり言ってないことに気が付き、......だけど、それを言うと芋づる式で今回決めたテーマをお話しすることになってしまうので、少し考えてから小さく左手を振る。
「......あ、ううん、平気......赤葦君こそ、部活と実行委員で大変そうだよね......本当に、ありがとうございます」
「......そんなことないよ。そもそもあみだで決まったことだし......志摩がサクサク進めてくれるから、俺はほぼ何もしてない」
「......そんなこと、ないよ。実行委員が赤葦君と志摩さんで良かったって、みんな言ってる。二人共、意見を聞くのも、纏めるの上手いし......話しやすいし、すごく優しいから......」
相変わらず自己評価が控えめな赤葦君にクラスのみんなの正式な評価を伝えると、赤葦君は少し口を閉じてからおもむろにカツ煮定食のカツを一切れ口に運んだ。
一瞬気を悪くさせたかと心配したものの、ふと目に入った相手の耳がほんのりと赤みを増していたので、もしかしたら照れてるだけかもしれないと思い直す。
「......射的屋も、二人がみんなの意見聞いてくれたからこそ、楽しいものに決まったって。赤葦君も、志摩さんも、本当にしっかりしてて......とても、憧れます...」
「............」
「......あみだくじ、もし私が当たっても
、きっとこんな風にスムーズに決まらなかったと思うから......」
「俺は、森が当たったら嬉しかったけど」
「え......?」
「......そしたら、もっと森と話す時間作れたなって」
「............」
実行委員の二人がいかに素敵か、その素晴らしさを話していたのに、突然思ってもみない言葉を寄越されてしまい、思わず口を開けたままぽかんとしてしまった。
だって、まさか、赤葦君からそんな言葉を貰えるなんて。
私が実行委員の仕事を志摩さん程効率良くできるはずもなく、みんなの前で明るくはきはきと話すことも出来ないから、もし本当にそうなっていたらとんでもなく大変だったに違いない。
だから、赤葦君は気を利かせてそんな言葉を言ってくれたんだろうとは思うものの......例え気遣いだとしても、そう言ってくれたことに少し混乱してしまい、折角の美味しいみぞれ煮なのに今ひとつ味が分からないまま食べ終えてしまうのだった。
夜も遅いからという理由で、優しい赤葦君は私の自宅であるマンションの前まで送ってくれた。
お疲れのところ気を遣って頂いたことへの感謝と、明日も朝練があるのに遅くなってしまったことへの謝罪を口にすると、「俺が送るって言い出したんだから、森は気にしなくていいんだよ」と重ねて気遣いを受けてしまう。
前回は木兎さんと送って頂いて、今回で二度も赤葦君に家まで送って頂いたことがどうしても恐縮過ぎて、もう一度お礼を伝えながら深々と頭を下げた。
「......か、帰り道、気を付けてね......」
「うん、ありがとう」
「............」
「............」
せめてものお返しにそんな言葉を口にするも、私の拙い頭じゃ気の利いたことなんて全く思い付かないので、すぐに静かな空気が落ちてきた。
お互いに口を閉じてしまい、どうしようかと少し困ってしまったが、このまま赤葦君をダラダラとここに引き留める訳にもいかないだろうと思い、「......じゃあ、また明日......」と結局なんの面白みもない別れの挨拶を口にする。
「......あの、さ......」
「............?」
マンションの入口に足を向けようとした途端、するりと耳に入った声に反射的に顔を向けた。
ぱちりと視線が重なれば、赤葦君は少し間を開けてから静かに言葉の先を続ける。
「......森は、その...さっきも話してたけど......俺の事、すごく評価してくれてるだろ?......妥当かどうかは、ひとまず置いといて」
「......何、か......気に、触りましたか......?」
「いや、違う。そういうことじゃないんだけど」
「............」
赤葦君の話に、何か不躾なことを口にしてしまったのではと咄嗟に青くなると、赤葦君はすぐに否定してくれる。
それにほっとしていれば、向かい合わせに立つ相手はふいに視線を他所に逃がして、片手を己のうなじに回した。
「......それってさ......憧憬とか、尊敬のみなのかな、って......」
「............」
「......俺も、森のことはヒトとして凄いと思ってるし、尊敬もしてる。......だけど、......俺は、憧憬だけじゃないから」
「............!」
言葉の最後に再び視線を重ねられ、まるでこちらを射るような真っ直ぐなそれにたまらずぎくりと固まった。
どことなく張り詰めた空気にドキドキしながら、赤葦君から寄越された話を鈍い思考で咀嚼する。
赤葦君のことは尊敬してるし、憧れてる。こんな人に自分もなれたらと思ってる。
────でも、本当に、それだけ?
「............」
「......森の憧れとか、尊敬とか......本当に恐れ多いけど、俺をその対象にしてくれてるのに......今日とか、何かそれを利用してるみたいでフェアじゃないなって思ったんだ」
「......え......?そん、な......こと......」
「......俺、色々表情に出にくいらしくて、いつも冷静だとか、クールそうとか言われるけど......正直全然そんなことなくて。結構ドジ踏むし、それを何とかカバーしてるだけで、本当は全然しっかりなんてしてないんだよ」
「............」
赤葦君の話に上手くついていけず、頭の中がぐるぐると回る。
でも、私が勝手に憧れてるだけで、赤葦君はそれを気にしたり、それを返そうとしてくれたりしなくていいんだよ。
そう伝えようとすれば、一足先に赤葦君が「だけど、」と言葉を続けた。
「......森が、しっかりした人に憧れるなら、俺も本当にそうなれるよう精進しなきゃって思ってる」
「......え......そ、そんな......ごめんなさい、私、そんなつもりじゃ......」
「違う」
私の言った一言が、赤葦君の負担になっているならそれは最も望まないことだ。
ヒヤリと冷たいものが脳内に走り、焦ってそんな言い訳じみたことを述べようとすれば、直ぐに否定の言葉を返されてしまう。
「......少しでも、森に良く思ってほしいんだ」
「......え......?」
「しっかりした人が好きなら、俺もなる。まぁ、すぐには無理だけど......なれるよう、努力する」
「............」
目を合わせて、真っ直ぐ言われた言葉があまりにも衝撃的で、頭も身体も情けない程固まってしまった。
すこぶる反応の鈍い私に、赤葦君は怒りもせず小さく笑う。
「......長々引き止めてごめん。今日はありがとう」
「......ぁ......」
「じゃあ、また明日。おやすみ」
そんな挨拶を最後に、赤葦君はゆるりと帰路へ戻っていく。
その背中に何か言わなきゃと思うものの......何を言うべきかをすっかり迷ってしまい、結局赤葦君の後ろ姿を黙って見つめることしかできなかった。
葦をふくむ雁
(怖がらせないように、ゆっくりと。だけど、確実に。)