AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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立嶋先輩が戻って来て、私の日常はまた元通りになった。
先輩と楽しく話しながら園芸をして、お昼ご飯を一緒に食べて、とっぷり日が暮れるまで土をいじる。
二人でやるとやはり作業効率がいいし、私一人でやっていた時よりもずっと上手くいく。
だけど、以前とは違いちょくちょく自分でも時計を見るようにしたり、先輩の手際をよく観察して真似してみたり、分からないことや上手く出来ないことを後回しにせず直ぐ教えて貰ったりと主体性を持って取り組むようになった。
いつまでも優しい先輩が隣りに居てくれる訳じゃない。
先輩不在の5日間でそのことを痛感したし、今の自分がいかに何も出来ないかもしっかり思い知った。
先輩がすぐ隣りに居てくれる時間を無為にする訳にはいかない。この時間を大切に過ごさないと考えていれば、「......張り切るのはいいけど、途中でバテないようにちょこちょこ力抜きなさいよ?お前、ペース配分下手なんだから」と最もなご指摘を頂いてしまった。
隠してるつもりはなかったけど、私のお粗末な考えなんてきっとお見通しなんだろう。
だけど、この頼れる先輩が梟谷園芸部を去ってしまっても、私がちゃんと引き継げるようになっておかないといけない。
男バレの赤葦君みたいに、「お前になら任せられる」と先輩から思ってもらえるよう、しっかりした人にならないと。
そうなる為に、今日も沢山部活をやって、園芸の勉強を沢山するのだ。
「あ、そうだ。夏初、今日は16時で切り上げっから」
「え?」
心の中で息巻く私を他所に、立嶋先輩は突然そんな言葉を寄越してきた。
出鼻をくじかれたまらずガクッとつまずきながらも、「何かあるんですか?」と理由を尋ねる。
すると、先輩は麦わら帽子の下で明るく、そして心底楽しそうに笑った。
「おう、祭り行くぞ!」
「.......お、お祭り......?」
「だって折角の夏休みだぜ?俺ら、夏らしいこと全然してねぇじゃん」
「.............」
唐突に出てきた名詞に目を丸くしていれば、立嶋先輩は少し唇を尖らせて拗ねたような色を見せる。
そうは言っても、この前までご家庭の都合で大阪に居たじゃないですかとか、そもそも先輩受験生なんじゃ?とか、返したい言葉は色々あるものの、ひとまず自分の希望をやんわりと出してみることにした。
「......でも、私、もう少しだけ部活したいです......せめて、17時とか......」
「残念。今日は16時ジャストで上がるぞ」
「え~......なんでですかぁ......」
まだまだ全然園芸の勉強が足りない私には、先輩が居てくれるこの部活の時間がとても大切だ。
せめてあと1時間だけ延ばせないかと聞いてみるも、先輩はにべもなく私の申し出をすっぱり断る。
その後も何度か説得を試みたものの、立嶋先輩は全く首を縦に振ってくれず、結局16時きっかりに園芸部の活動を綺麗に終わらせてしまうのだった。
▷▶︎▷
「あ!遅ぇぞ園芸部~!」
お祭りに行くとしても、何で早上がりする必要があるのかを話してくれない先輩の後ろを制服姿で悶々と着いていけば、校門の近くで元気のいい声を掛けられる。
耳に馴染んだその声を辿ると、予想通りの相手である男バレの木兎さんが校門の外からこちらに手を振っている姿が見えた。
木兎さんの他にも小見先輩や木葉さん、猿杙先輩に鷲尾先輩と男バレの三年生が集結しているようだ。
「ぼっくんごめーん☆待った?」
「ううん☆今来たところ☆」
「木兎お前w今遅せぇって言ってたじゃねぇかw」
どうやら男バレの皆様も今日は早上がりの日らしい。この場に居るのが自分以外全員三年生なことに少し戸惑っていれば、立嶋先輩と木兎さんの挨拶がわりの冗談が飛び交い、木葉さんがけらけらと笑いながらそのやり取りにツッコミを入れた。
「.............」
「夏初ちゃん、お疲れ様。大丈夫?もしかして、ちょっと疲れちゃった?」
「......あ、いえ、大丈夫です......お疲れ様です......」
突然の展開に頭が着いていかず、ついボケっとしていると猿杙先輩が少し心配そうな顔で気遣ってくれたので、慌てて首を横に振ってからぺこりと頭を下げる。
「......夏初ちゃんぽかんとしてるけど、もしかして立嶋、話してないの?」
「え......?」
「おう、話してねぇ。万一断られたらヤダなと思って。そのまま連れて来た」
「いや、それで騙すのもどうかと思うぞ......」
「別に騙してはねぇだろ。説明がまだなだけだ」
「それ、結構ニアイコールじゃない......?」
何やら猿杙先輩と小見先輩の同意を得られなかったらしい立嶋先輩は、「ハイハイどうもすみませんでしたァ」とおざなりな謝罪を口にながらも、納得していない様子で一つ軽く息を吐いた。
「......あれ?そういやアシ君は?もしかして、行くのお前らだけとかないよな?」
「いや、なんか後輩の仕事?してきます~って尾長と一緒に先に行った」
「いやいや、アレは俺らの為っつーより、...まぁ、八割方夏初ちゃんの為だろうけどなァ?」
「え?」
立嶋先輩が赤葦君の不在理由を聞くと、木兎さんが答え、その後直ぐに木葉さんが続く。
ふいに名前を出されたことに驚いてしまい、反射的に顔を向けると木葉さんと視線が重なり、次には柔らかい笑顔を向けられた。
「.............」
「そんじゃ、メンツ揃ったし向かいますか~」
木葉さんの素敵な笑顔にきょとんと目を丸くしてしまえば、立嶋先輩は私の頭をぐしゃりと撫でながら出発の音頭をとる。
その声をきっかけにぞろぞろと......おそらくは最寄り駅の方へ皆さんが歩き出し、よく分からないながらも私も先輩の後ろへ続いた。
先程立嶋先輩から「祭りに行く」と聞いたので、もしかしたら先輩方で今日どこかの夏祭りに行こうということになっていて、私はおみそ的な感じで誘って頂けたのかもしれない。
「手始めに焼きそばと唐揚げだろ?で、お好み焼きとイカ焼きと......あ、たこ焼きとチョコバナナは外せないよな。あとコーラ買いたいから途中コンビニ寄ってくれ」
「うるせぇ勝手に買えよw夏初ちゃんは何かある?食いたいものとか飲みたいものとか、あったら言って?」
「.............」
「よし夏初、木葉から有り金全部搾り取ってやれ」
先輩の後ろに続きつつぐるぐると考えていれば、木葉さんからそんな言葉を寄越されて、ついおたおたとしてしまえば立嶋先輩がここぞとばかりに悪い冗談を口にする。
「木葉!俺、肉食いたい!あの、でっかい串刺しの肉がグルグル回ってて、それ削ぎ落とすやつ......あー、なんだっけ?バ、バンブー?」
「木兎wバンブーは竹だぞw」
「.......ケバブか?」
「そう!それ!鷲尾ナイス!木葉、ケバブ買って!」
「大変恐縮でございますが、夏初ちゃん以外に俺の財布は開きませーん」
「えー!ケチ〜!」
木兎さんの発言から先輩方がどっと笑い、時折私を会話に絡めてちょこちょこ話を振ってくれる。
気を遣って頂いてなんだか申し訳ないなぁと思いつつ、先輩方の優しさに改めて感謝しながら、たどたどしくもなるべくちゃんと会話を繋げられるよう、懸命にのろまな頭と口を動かすのだった。
▷▶︎▷
最寄り駅から電車に乗って、到着した場所は大勢の人でごった返していた。
夏祭りならではの提灯と屋台がずらりと並び、辺りには日本の夏の風物詩である浴衣姿の人が居たり、ソースの香ばしい匂いやザラメの甘い匂いが漂っていたりして、人は多いもののどうしてもこの場の空気のわくわく感を抑えられずにいた。
「......あ、夏初。あそこのかき氷、ぶどう味あるぞ。食う?」
「......ぶどう......!」
ジャージ姿で屋台をあれこれ見て回り、各々好きなものを買っていく先輩方の後ろに着いて回っていると、ふいに立嶋先輩がこちらへ向いて一つの屋台を指差した。
好きな食べ物の話をされ、思わずパッとそちらを見ると、かき氷と書かれた屋台のメニューに「ぶどう」と書かれているのを見つける。
ぶどうのかき氷なんて珍しいし、とても惹かれたので「ちょっと見て来ていいですか?」と聞くと、先輩も一緒にかき氷屋さんまで来てくれた。
値段はまぁお祭りの屋台ならではの金額であるものの、綺麗な紫色のシロップと星形とラムネがいくつかトッピングしてあるのがとても可愛くて、折角なのでそれを一つ注文すれば......なぜか、隣りに居る先輩がさっさと支払いを済ませてしまう。
突然のことに驚きが先に来てしまい、あたふたとしながらかき氷の代金を渡そうとすれば、片手で跳ね除けられてしまった。
「な、なんで......」
「.......俺、まる5日不在だったろ?そん中で木兎やアシ君も居なくて、夏初を完全ボッチにさせた日数分、......4個までは好きなもん買ってやるよ」
「え!そ、そんな......だって、ご家庭の事情でしたし......」
「俺が嫌なんだよ。ぶっちゃけ、めい子に色々聞いてっからな?」
「!?」
「だから、今日はおとなしく俺に奢られとけー?こんな機会もう二度と無ぇかもよ?」
「.............」
綺麗な紫色のかき氷を渡され、先輩の言葉にたまらず眉を下げれば色々と予想外なことを告げられた。
話の途中で保険医の先生の名前を出され、先生には私の情けないところも筒抜けだろうから、きっと先輩にもそのことをオブラートに包みつつ伝えているのだろう。
「.......ありがとう、ございます......ご馳走様です......」
「んー」
「.......でも、これだけで充分です」
「は?」
上手い返答が思いつかず、結局かき氷はご馳走になることにしたものの、他のものは不要であると述べると、やはり先輩は不服そうな声を上げた。
「や、遠慮すんなよ、マジで。俺の気が済まないっつってんでしょうが」
「っ、先輩が、.......立嶋、先輩が......こうやって、一緒に居てくれれば、......本当にもう、充分で......」
「.............」
「.......私、まだ、全然、上手く出来ませんが......来年の今日、ちゃんと自分で、園芸のことできるようになりたいので......なので、もし残りの3つがあるなら、園芸のことに使いたいです......!」
「.............」
眉を寄せる先輩に、俯きつつも素直な自分の気持ちを伝える。
でも、本当に、心からの言葉だった。
私の隣りに先輩が居てくれるだけで、もう充分ありがたいことなのだ。
だけど、それだけじゃ先輩の気が済まないというのなら、食べ物じゃなくて、部活のことをもっと教えてほしい。
時間が許す限り、......立嶋先輩が、梟谷園芸部を引退するまでは、私と一緒に園芸をやってほしい。
......本当は、心のどこかで、先輩が卒業しなければいいのにと、ずっと一緒に部活を出来ればいいのにと思っているけど......だけど、それが決して叶わない願いだと知っているから。
だから、せめて、先輩が梟谷に居る時間だけは、私と一緒に園芸をしてほしい。
本当に、それだけでいいし、それだけが、私の願いだ。
「.......ンとにもぉ、お前って奴は......」
「.............」
「.......仕方ねぇなぁ......」
私の言葉に立嶋先輩は暫く黙った後......おもむろに大きくため息を吐き、眉を下げながらへらりと笑った。
そして、その大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回してくれるのだった。
少年老い易く学成り難し
(だから、願いはいつも、ひとつだけ。)