AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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マネージャーのお二人とお昼ご飯を食べてから、午後の部活に向かう途中でポケットに入れていたスマホが小さく震えた。
確認すると「赤葦京治」という名前が表示されて、タイムリーなことにたまらずぎくりとしてしまう。
どうやら電話ではなくメッセージのようで、それでもいつもよりドキドキと鳴る正直な心臓を抑えつつ、おそるおそる内容を確認する。
【お疲れ様です。迷惑じゃなければ、今日も一緒に帰ろう。多分また体育館来てもらうようになるんだけど、大丈夫?】
「.............」
小さな画面に並ぶ文章に、思わず小さく息を吐く。
昨日は混乱しつつも部活を終えた後、まだ電気がついている体育館へ向かった。
おずおずと館内を覗くと、張られたネットの近くで器用にトスを上げる赤葦君と、そのボールを力強くスパイクする木兎さんの姿が見えて、迫力のある光景にすっかり気を取られてしまい、一人もだもだと考えていたことが頭の中から抜け落ちてしまった。
そのまま暫くぼんやり見つめてしまって、木兎さんがこちらに気付くとパッと笑顔を浮かべ、あれよあれよと次々話し掛けられた。
結局ずっと木兎さんの明るさとコミュニケーション能力の高さにまんまと乗せられて、木兎さんと赤葦君にわざわざ家まで送ってもらってしまった。
男バレのお二方は長期合宿の後だったし、お疲れのところ本当に申し訳なかったなと昨晩心から反省したというのに、今日もまた、優しい赤葦君はこんなメッセージを寄越してくれる。
昨日は男バレの合宿の話と、立嶋先輩が不在だった日の話を沢山したので、きっと気を使ってくれてるに違いない。
既読をつけたまま、どうしようと眉を下げていれば......再びスマホが振動した。
しかも、今度は電話の着信だ。表示された名前は変わらず、赤葦君である。
急なことにスマホを落としかけて、廊下で一人おたおたと情けなく狼狽えてから、この時間も赤葦君の貴重な時間を消費していることに気が付き、意を決して応答ボタンを押した。
「......は、はい、森です......」
《赤葦です。急にごめん、今電話してて大丈夫?》
「はい、大丈夫です......」
耳元で聞こえる落ち着いた声に少しどぎまぎしつつ、電話していても問題ないことを告げるとスマホ越しで安堵するような小さなため息が聞こえた。
《文字打つより話した方が早いかと思って。今日も一緒に帰りたいんだけど、森は都合どう?......あ、別に無理はしなくていいから》
「......あ......え、と......」
《.............》
「.............っ、」
先程のメッセージと同様の質問をされ、答えに迷ったまま言葉が詰まる。
特にこれという予定も無いけど、じゃあお願いしますと頼んでしまうのもどこか違う気がして、電話であるというのにすっかり黙り込んでしまえば、少し間を空けて《......森》と小さく名前を呼ばれた。
《もしかして今日、何かあるのか?部活、早めに切り上げるとか?》
「......いえ......何も、無いです......」
《.......わかった。じゃあ、前言撤回》
「......え......」
赤葦君の言葉に、反射的にショックを受ける。
とは言え、どう考えても煮え切らずにもだもだしてる自分が悪い。撤回されても仕方ない案件だ。
誘われた時はどうしようと思ったのに、もういいよと言われたら途端にショックを受けるなんて、何とも都合のいい自分に心底呆れ返ってしまった。
《部活終わったら、体育館集合で。森が来るまで待ってるから》
「.............!」
《......じゃあ、また後でな。今日も暑いからこまめに水分補給して、熱中症と日射病に気を付けて》
「.......ぁ......はい......赤葦君も、気を付けて......」
《.............》
予期せぬ展開に色々とびっくりしながらも、殆ど条件反射でそんな言葉を返してしまえば、赤葦君はピタリと口を閉じた。
どうしよう、言わなきゃよかったと咄嗟に後悔するも、もはや後の祭りである。
変なこと言ってすみませんと謝ろうとすれば、タッチの差で先に言葉を告げられてしまった。
《うん、ありがとう。俺も気を付ける》
「.............」
《......昼休憩で会えなかった分、帰りの時間は俺が貰っていいよね?》
じゃあ、また部活後に。
そんな言葉を最後に赤葦君からの通話は切れて、静かになったスマホを両手にへなへなとその場にしゃがみ込む。
.......赤葦君、元々すごく素敵な人で、本当に格好良い人なんだけど、最近は更にその格好良さが増したというか......正直、心臓への負担が凄い。
今みたいなこと、さらっと言えちゃうのが凄い。昨日のこともそうだけど、もうずっとドキドキしっぱなしだ。
情けないくらい顔は熱いし、きっと真っ赤だし、眉は下がりっぱなしだし、気を抜けば直ぐ涙が溢れそうだ。
自惚れるなとか、自意識過剰とか、自分自身に言って聞かせてみるものの、そういうことに全く耐性がないお粗末な心身は直ぐに音を上げ、クラッシュしてしまう。
赤葦君みたいなしっかりした人になるはずが、なんだかどんどん遠ざかってしまっている気がしてならなかった。
「.......でも、今は、部活......!」
どんどん落ち込む思考に、とにかく今やるべきことを物理的に考えて、無理やり声に出して何とか立ち上がる。
午後にやる作業、時計を見てタイムスケジュールを確認して、一つ息を吐いた。
ボケっとしてればあっという間に帰宅時間になってしまう。今園芸部は私一人であることを改めて自覚して、植物達の為に精一杯動かなければと気持ちを切り替え、午後の作業場所へ駆け足で向かった。
▷▶︎▷
夏の力強い太陽がすっかり暮れて、仄暗い夜空にチカチカと星の光が輝き出した頃、ホワイトカラーの腕時計を確認すればすでに19時を回っていた。
今日はまた一段と熱中し過ぎてしまったなと反省し、慌てて道具の清掃と片付けを行う。
早足で職員室へ向かい、この時間に居る先生に挨拶しながら用具倉庫の鍵を返し、部室である第三会議室まで戻る。
一番近くの御手洗で制服に着替え、制汗シートで汗を拭き、簡単に髪と顔を整えてから部活着や水筒、タオル等が入ったカバンを持って足早に玄関を後にした。
どうしよう、すっかり遅くなってしまったけど、赤葦君、体育館にまだ居るかな......?
ここでスマホの存在を思い出し、今更だとは思うものの何か連絡が来ていないか確認すれば、赤葦君からのものは何も無かった。
先に帰る時はおそらく連絡が来るだろうから、今も体育館で待っているのかもしれない。
もし赤葦君を待たせていたら本当に申し訳ないことをしたと心底焦りながら、バタバタと体育館へ走った。
「......し、失礼、します......!」
先程汗を拭いたのに、体育館に着く頃には少し汗をかいていて、だけどそれに対応するよりまずは謝罪をしなければと思いながら、体育館のドアをおずおずと開ける。
電気がついてるから多分、中に男バレの人が居るだろうと軽い予想をつけてドアを開けたものの、......館内に男バレではない人の姿が見えて、一瞬にして思考回路が停止した。
来た時間が遅いからか、バレーボールのネットやボールはすでに片づけられていて、広々とした館内の真ん中辺りに、ジャージ姿の木兎さんと赤葦君が立っている。
アマチュアといえどスポーツ選手であるその二人より少しだけ背の低い黒髪の男性が居て、こちらからは後ろ姿しか見えないものの、その人が誰なのか園芸部の私には直ぐにわかった。
「......おー!夏初!ただいま!」
「────」
白地のTシャツに黒いハーフパンツ姿のその人が直ぐに振り向き、私と視線が重なるとからりとした明るい声を寄越した。
一週間足らずしか離れていないというのに、耳に馴染んだその声が嬉しくて、人懐っこく笑うその笑顔が嬉しくて、......私のヒーローに、名前を呼んでもらえることが本当に嬉しくて、気が付けば瞳からはらはらと涙が零れていた。
「あー!ほら〜!やっぱ立嶋泣かせた~!ハイ、悪い男カクテ~イ!ジョージョーシャクリョーノヨチナ~シ!」
「うっせ!つーか木兎、それ全部漢字で書けるようになってから使えや!どうせ意味もわからず使ってんだろ!」
「話逸らすなっつーの!てか立嶋、前に雪っぺ達と飯行った時に夏初ちゃん泣かせたら怒るって言ってたけど、お前が泣かしてんじゃん!これ重罪じゃね!?なぁ、あかーし!」
「.......その話は知りませんが、立嶋さん、満更でもないって顔してますね」
「いやいや、これはノーカンだろ!つーか夏初が俺に全然連絡よこさねぇから、俺だって傷付いたのよ?だからお前、......おいコラ、そんな泣くなら電話くらいしろよバカ~......」
木兎さんと赤葦君、そして立嶋先輩の会話を聞きながら、次々に溢れてくる涙をどうすることも出来ずにただ顔を両手で覆って泣きじゃくっていると、呆れた声と共にこちらへ向かう足音が聞こえる。
それがすぐ近くになると、大きな手でわしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられた。
「......あー......悪かったって。ごめんな。1人でやんの、色々としんどかったろ?」
「.......っ......」
「......でもお前、休まないでちゃんと部活してたんだって?......ま、俺が見込んだヤツだから、そこは信じてたけどなァ」
立嶋先輩の言動に余計涙が止まらなくなり、何も返せないままボロボロと泣いている私の頭を、先輩は再度わしゃわしゃと掻き回す。
「......だけど、実際ちゃんとやった夏初はマジで偉いよ。......よく頑張った!流石俺の相棒!ありがとうなぁ!」
「.......っ......!」
頭の上から降ってくる、本当に、本当に勿体無い程の言葉に、これまで私の内心に降り積もっていた気持ちが、大きくパチンと弾けた。
「.......違い、ます......っ......全然、全然ちゃんと、なんて、出来なくて......っ」
「.............」
「.......本当に、全然......何にも、出来なくて......っ...私、ずっと、甘えて......っ......一人に、なるまで、ちっとも、気付かなくて.........っ」
「.......」
「.......だから......偉く、ないです......!もっと、園芸、勉強しなきゃ......今のままじゃ、全然ダメだって......っ......痛感、しました......!」
嗚咽を押し殺しながら発した声は、どうしようも無いほど情けないもので、懺悔や独白にも似た言葉を乗せるにはあまりにも心許なく感じた。
それでも先輩は情けないそれを黙って全部聞いた後、おもむろに長くため息を吐く。
自分の留守すら守れない、甘ったれな不甲斐ない私に呆れ返っているのかもしれない。
弁明の余地なんて全く無い。だけど、もし先輩を落胆させてしまったら、.......先輩に、嫌われてしまったらと思うと、胸が張り裂けそうだった。
「.............」
「.............」
「.............」
「.............ぼっくん、今の聞いた?俺の相棒、超絶可愛いだろ?」
「おう、超絶可愛い。しかも超絶いい子。貰ってやろーか?俺じゃねぇけど」
「ふざけんな。サラブレッドだろうがロールキャベツだろうが暫くは渡さねぇからごめんなさいね」
「.............?」
少しの間黙ってしまった先輩に徐々に顔を青くさせていれば......再開されたのは何とも素っ頓狂な会話で、その温度差に思わずきょとんと目を丸くしてしまった。
立嶋先輩と木兎さんのやり取りが上手く理解出来ず、私の話からどうして競馬や料理のことになるのだろうと軽く混乱していれば、マメだらけの大きな手に顔を包まれ、俯いていた顔を無理やり上げられた。
急なことに驚いて目を見張ると、目の縁に溜まっていた涙がポロポロと零れ落ちる。
「夏初!とりあえず、細けぇ話は明日だ!遅れた分取り返すぞ!」
「!」
私の顔を上げたのは言わずもがな先輩で、視線が重なると楽しそうに明るく笑った。
「......あ、あとコレ土産!ジャーン!たこ焼キーホルダー!」
「.............」
「えー......要らねぇ......つかそれ、女の子にあげるモンじゃなくね......?」
「......尻ポケットから出す物でも無いっすね......」
「うるせーぞ外野!よく見ろ!このたこ焼き光るんだぞ!ほら!」
「いや、なんでたこ焼きが光るんだよw」
その後すぐにハーフパンツの後ろポケットから、小さなたこ焼きの模型と水色の紐と鈴がついたキーホルダーを私に寄越す。
たこ焼きの端にあるボタンを押すと、なぜかたこ焼き全体がキラキラと光り出すそれに、木兎さんは楽しそうにケラケラと笑いつつも的確な意見を述べた。
そのままお土産のセンスの話になり、木兎さんには勢いよく、赤葦君には淡々と批難されている先輩が可笑しくて、たまらずふきだしてしまった。
そんな私の笑い声に、三人は目を丸くしてこちらに顔を向ける。
「.......立嶋先輩、......おかえりなさい......!」
涙は完全に引っ込んでいないものの、今は可笑しさの方が頭を占めてしまっているので、泣き笑いのような状態で先輩にずっと伝えたかった言葉を告げた。
お土産のたこ焼きのキーホルダーをしっかりと握り閉めれば、立嶋先輩は満足そうに「おう!ただいま!」ともう一度言ってくれるのだった。
水魚の交わり
(......木兎さんといい、立嶋さんといい......“格の違い”って、こういう事なんだろうな。)