AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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瞬きを忘れた両目には群青色のTシャツしか見えなくて、呼吸すら忘れていたことを今しがたやっと思い出し、身体を圧迫され少し苦しい中で小さく息をする。
夕闇が連れてきた涼風が少しずつ夏の大気をかき混ぜて、さらりと肌を撫でるそれは確かに涼しいはずなのに、鍛え抜かれた逞しい身体に触れているからなのか体感温度は全く変わらず、むしろ上がる一方だった。
私の拙い脳みそは思考回路諸共とっくにパンクして、スマホを両手で持ったまま指先ひとつまともに動かせない。
背中と腰の後ろに回された、自分のものとは天と地ほどの差がある筋肉質で立派な腕はひたすらに力が込められているようで、私の顔も身体も目の前にある逞しいそれにぴったりくっついてしまっている。
軟弱な身体と逞しいそれの間に折り畳まれた両腕はスマホを持ったまま何もすることが出来ず、乱暴に例えればひどく混雑した満員電車の中にいるような状態になっていた。
「.............」
「.............」
だけど、ここは電車の中でもないし、この場には私と赤葦君以外の人影はない。
周りには沢山のスペースがあるというのに、私と赤葦君の距離は殆どゼロに等しいくらい、一箇所に密着していた。
自分のふにふにとしたそれと全く違い、全身で触れる赤葦君の鍛え抜かれたしなやかな身体は驚く程に硬く、改めてアスリートの身体作りというものに深く驚嘆し、赤葦君の日々の努力に深く感服してしまう。
「.............」
「.............」
いや、違う。......ううん、違わないけど、今はそういうんじゃなくて。
さっきまで普通に話していたはずなのに、気が付いたらこの状態になっていた。
突然のことにひどく驚いてしまい、思考も身体も完全に固まってしまった私に対し、赤葦君からも特にこれといった説明はなく、私を腕の中におさめたまま微動だにしない時間が続く。
お互いに口を閉じてしまっているのでこの場には夏風が木々や草花を揺らす音が聞こえるだけで、それがかえってこの空間の静けさを演出していた。
「.............」
「.............」
どう、しよう。どうすればいいの。
ぼんやりとしつつ混乱する頭で何とか考えようとするも、男の人にこんな風に抱き締められたことなんて一度も無い為全然良案が出てこない。
......動いて、いいの?何か話していいの?
名前、呼んでも......大丈夫なの?
それとも何もしない方がいい?
......ああ、もう、わかんない、わかんない......!
この歳だというのに、情けなくも生まれて初めてのことに不安と羞恥、混乱と緊張ですっかり打ちのめされて、いよいよじわりと涙の膜が張る。
「.............」
「.......っ......」
視界がぼやけ、目の前の群青色がゆらゆらとたゆたい始めた、その時。
スマホの着信を知らせるバイブ音がこの場にやけに大きく響き渡り、思わずびくりと肩が跳ねた。
私の手元にあるそれは何も震えてないから、おそらく赤葦君のスマホだろうと簡単に予想がつく。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......ぁ......ぇ、と......赤葦、君......?スマホ......鳴ってるよ......?」
「.............」
それでもなぜか赤葦君は動こうとしなくて、不思議に思いながらもおずおずと小さく言葉を伝えれば、赤葦君は少しだけ間を置いてからゆっくりと腕の力を弱めた。
そのまま右手でジャージのポケットを探り、スマホを手に取る赤葦君をぼんやりと見ながら、あまりにもお互いが至近距離であることを認識して、ひとまず距離を取ろうと後ずさる。
「!」
「ひ......ッ」
後ろへ下がった途端、俊敏な動きで私の右腕を筋張った大きな手が掴み、それに驚いて悲鳴のような声がもれてしまった。
慌てて口元に左手を寄越すも、直ぐ近くに居る赤葦君にはばっちり聞かれてしまっていて、その切れ長の目を少しだけ丸くさせた。
しまった、嫌な思いをさせたかもと瞬時に後悔していると......赤葦君はスっと表情を戻し、電話に出ると共に私の腕を掴んでいた手を一度離してから、今度はその大きな手の平をゆるりと私へ差し出した。
「.......ぇ......?」
「.......木兎さん、俺です。すいません、今体育館行きます」
「.............」
赤葦君は手の平をこちらへ寄越したまま、電話の相手である木兎さんとの会話に応じている。
赤葦君が帰って来てるなら、木兎さんも帰って来てるよなと当たり前のことを思ってしまえば、赤葦君は木兎さんと話しながらも再度こちらへ視線を向けた。
ぱちりと視線が重なると、赤葦君はまるで「こっちにおいで」というように差し出した左手をゆるりと動かす。
「.............」
「......あぁ、はい、それはまぁ、後ほど......は?ダメです。完全にオーバーワークです。それなら俺はクールダウンだけして帰ります」
「.............」
「......わかりました。はい。じゃあ、それで......、っ、」
差し出された長い指先におずおずと自分の指先を第一関節分乗せれば、赤葦君は一瞬だけ息を詰めた。
あ、もしかして私の勘違いだったのではとたまらずパッと指先を離せば、直ぐに大きな手が追ってきてあっという間に包み込まれてしまう。
びっくりして肩が跳ねるも、赤葦君の左手は思いの外しっかりと私の右手を包んでいて、それが解かれることは無かった。
......ど、どうしよう......これ、心臓すごく、ドキドキする......!
「え?......あー、いえ、まぁ、はい......じゃあ、戻ります。......はい、わかりました」
そんな言葉を最後に赤葦君と木兎さんの電話は終わったようで、赤葦君はスマホを再びジャージのポケットへしまった。
「......電話、ごめん。これから木兎さんと30分くらい自主練するんだけど、森はもう帰る?それとももう少し部活やる?」
「.......ぁ......ぇ、と......もう少し、キリのいいところまで、......やってから、帰ります......」
こちらへ視線を寄越されて聞かれた言葉に、ふと部活の進捗状況を思い出してもだもだと返答する。
私の方は15分くらいで終わるかなと大体の目安をつけていれば、赤葦君から「今日、一緒に帰ろう」とさらりと言われ思わず聞き返してしまった。
きょとんと目を丸くしている間抜けな私に、赤葦君はその切れ長の目をじっと向ける。
あくなく整ったその顔はどうにも感情が読みにくく、真っ直ぐに射るような鋭い視線を寄越されるとたちまちぎくりと萎縮してしまい、たまらず視線を足元へ逃がした。
「.............」
「.............」
「.......部活終わったら、体育館来て。木兎さんも森と喋りたいって」
「.............」
頭の上から降ってくる落ち着いた声に、どう答えたらいいのか悩む。
正直、もう何が何やらわからないというか色々といっぱいいっぱいで、一体何から先に考えていけばいいのかが全くわからなくなっていた。
と、とりあえず、部活終わったら体育館に行けばいいのか、な......?
でも、赤葦君も木兎さんも、今日までの合宿できっとお疲れだろうに、立嶋先輩が居ないというだけで他所の部活の面倒まで見て頂くというのは、些かどうしたものだろう......。
「.......ぁ、あの、......でも、赤葦君、......と、木兎さん、きっと、疲れてるんじゃ......」
ポンコツな頭を何とか回して、辿り着いた答えをおずおずと口にすると......いまだ包まれたままだった右手をおもむろに攫われ、驚いて顔を上げた、矢先。
赤葦君はそっと瞳を閉じて、躊躇うことなく私の右手の指先へその唇をゆっくりと落とした。
「.............」
「.......約束、な。......もし勝手に帰ったりしたら......その時は、ココ以外にするから」
突然のことに思考が全く追いつかず、まるでカカシみたいにただただ固まっていると、ゆるりと瞼を開けた赤葦君は小さな声でそう告げると、もう一度私の指先に軽く口付けてからするりとその手を離した。
「......じゃあ、また後で。少し気温下がってきたし、身体冷やさないように気を付けて」
そう言って、赤葦君は白いエナメルバッグを持ってさっさとこの場を後にする。
赤葦君の姿が見えなくなると、途端に身体の力が抜けてぺしゃりとその場に尻もちを着いた。
......だ、だめだ......思考が、追いつかない......。
考えようとすればする程、頭は真っ白になるばかりでもうにっちもさっちもいかない。
思考回路も、全身の力も全く機能していない状態で一人この場に残されてしまい、もしかしてこのまま一生ここから動けなくなったらどうしようと割かし本気で考えてしまう程、今の私の情緒は恐ろしく不安定だった。
▷▶︎▷
「え、なんだ。てっきり告りに行ったのかと思った」
「.............」
体育館に着けばネットの準備が既に出来ていて、木兎さん一人に任せきりにしてしまったことに心底反省しながら謝罪すると、どうやらバドミントン部の人達が気前よく手伝ってくれたらしい。
おそらくこの人の人徳だろうと思いながら、もう二度とこのような事態が無いようにしなければと強く心に誓った。
理由はなんであれ、先輩であり、主将であり、スターであるこの人に自分の業務を押し付ける訳にはいかないと思っていた矢先の発言に、思わず目を点にする。
「つーか、なんで告んないの?あかーし、夏初ちゃんのことすげー好きじゃん」
「.......俺がそうでも、向こうはそうじゃないってこともあるでしょう」
いきなり何の話だと思いつつ、雲行きの怪しい展開に顔を顰めながら敢えて淡々と言葉を返す。
先程俺が園芸部の彼女に会いに行ったことを、木兎さんは相当気になっているらしくストレッチを続けながらその話題を繋いだ。
「いや、そりゃそうだけどさァ?でも、もし夏初ちゃんが他のやつから告られたり、逆に他のやつ好きになっちゃったらどーすんの?」
「.............」
「夏初ちゃん、今まで誰とも付き合ったことないって、むしろ告ったり告られたりもしたことないって聞いたし......いくらお前でもあんまチンタラしてっと、夏初ちゃんのハジメテ奪われっかもよ?」
「............」
そんな話をなんでこの人が知ってるんだと真っ先に思ったものの、情報源はきっと立嶋さんであろうことがすぐに分かり、軽い頭痛を覚えた。
正直、木兎さんに痛いところを突かれて面白くないというのもあったが、あまりに歯に衣着せぬ物言いが気になり眉を寄せて抗議すると、木兎さんは「俺、あかーしには夏初ちゃんがいいなって思ってるから」と少し言葉足らずの発言を寄越される。
俺の気持ちを応援してくれるのは有り難いことかもしれないが、何事にもタイミングというものがあるだろう。
「.......何を言われようと、俺の気持ちを今伝えるつもりは無いです」
「だからなんで!立嶋居ねぇし、今がチャンスじゃん!」
「だからですよ」
「は?」
納得できない!という顔を露骨に向けてくる木兎さんに小さくため息を吐きながら、ストレッチのついでに自分の思考もゆっくりと解していく。
「.......さっき、彼女と話してきましたが......立嶋さんの不在はやっぱりだいぶ堪えてるようで、ずっと寂しかったんだろうなと思いました」
「.............」
「.......だから、今弱ってる森に漬け込むような真似はしたくありません」
「.............」
自分の考えを口にしたところで、ふと思う。
そんなこと言っても、さっき勢い任せに彼女を抱き締めたり、気持ちが先走って手を握ったり、...極めつけに、指先に口付けたりした己の行動は、一体何だというのか。
自分の言動の一貫性の無さに気付いて、思わず片手で目元を抑えた。
「.......赤葦お前......なんつーか、マジで真面目だよな......マジマジメ......」
「.......どうせ俺は、木兎さんと違って頭の固いつまらない奴ですよ」
「はぁ?誰もそんなこと言ってないだろ!そうやってすぐヒクツになるの、お前の悪いとこだぞ!もっとガッとこいよ!ガッと!」
自分自身に呆れ返る俺に、木兎さんは叱咤するような言葉を寄越す。
肝心な点が擬音なことが何とも惜しいところではあるが、これまでの付き合いから木兎さんが何を言いたいのかが何となく分かる自分が少し可笑しかった。
「.......ところで木兎さん、卑屈って漢字、書けますか?まぁ、受験生なら書けて当然だと思いますが」
「なんでいきなり勉強の話になるの!?はい、ストレッチ終わり!肩慣らしたらトスくれトス!時間ちょっとしかないんだから!」
相手に気付かれないように密かに笑ってから、ワザと面白くない話を振ると木兎さんは思いっきり顔を顰めてさっさとバレーボールの世界へ逃げて行く。
相変わらず扱いやすい我等がエースの素直過ぎる性格が少しだけ心配になりつつも、早くこの人にトスを上げたいという気持ちも確かにあるので、今はひとまず余計なことを考えず、木兎さんとのバレーに専念するのだった。
男子の一言金鉄の如し
(ここぞと言う時、伝わるように。)