AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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立嶋先輩不在のまま、4日目を迎えた。
昨日とはうってかわって今日は夏らしい青空が広がり、気温もグッと高くなる中、Tシャツとジャージの長ズボン、軍手に麦わら帽子を被った格好で本日も一人せっせと作業していた。
でも、今日は午後から用務員さんがお手伝いに入ってくれる。
私一人では終わらないだろう作業も二人ならきっと終わるはずで、進捗が早くなればもっと色んな作業ができる。
本当にありがたい気持ちでいっぱいになりつつ、午前中は水やりと昨日の雨対策で動かしたものを元に戻したり、ひょっこり顔を出した雑草を取り除いたり、植物の調子を観察したりと忙しく動き回った。
ホワイトカラーの腕時計をちょくちょく見ながら作業を進め、13時を少し過ぎた辺りで一先ず午前中の作業の区切りをつけ、道具を片付けてから部室へ戻り、汗だくの状態から着替えるために御手洗へ向かう。
タオルと制汗シートでしっかり汗を拭いて、Tシャツを新しいものに着替えてから髪をシニヨンヘアーに結び直した。
気分が少しすっきりして、小さく息を吐いてから再び部室へ戻り、一人でお昼ご飯を食べる。
窓を開けると蝉の声が一斉に大きくなり、仄かに涼しさを携えた夏風がさらりと肌の上をすべった。
「.............」
夏の太陽の日差しを受け、元気いっぱいに葉を広げる広葉樹をぼんやりと眺めながら、もし来年、園芸部に誰も入らなければこの景色が“いつも通り”になるんだろうなとふと思った。
園芸部は目立たない部活だから、立嶋先輩のように自分から声を掛けないときっと新しい部員を得ることは難しいだろう。
梟谷で一緒に園芸をやってくれる人が居ればありがたいことこの上ないけど、来年、本当に部員が増えるかどうかはわからない。
もしかしたら、私一人のまま来年の今日を迎える可能性だって十分にある。
「.............」
.......男バレは、人気のある部活だからきっと、自ら入部を希望する新入生が後を絶たないだろうな。
木兎さん達はとても強いし、格好良いから、その姿に憧れてこの梟谷を進学先に決めた人もきっと居るんだろう。
そういえば、赤葦君も木兎さんのバレーを見て、改めて深くバレーボールにハマったと話していた。
来年はその赤葦君が、木兎さん達から梟谷男バレを引き継いで、先導に立つんだろう。
「.......朝顔、みたい......」
きらきらと光る夏の日差しの木漏れ日を見ながら、思考がするりと口からこぼれた。
木兎さん達三年生が今の梟谷男バレの花で、それはそれはとても立派で、強くて素敵で、誰もが目を引く綺麗な花で。
だけど、どんなに立派な花でも永遠に咲き続けることはない。いつか絶対、終わりがくる。
.......それでも、その花が大事に育てて、栄養を沢山蓄えた種が、次の夏に再び大輪を咲かすのだ。
同じだけど、同じじゃない、立派な花を咲かせる種が、きっと今の赤葦君達なんだろう。
そうやって、ずっと、繋がっていくんだ。
「.............っ、」
勿論、それはあまりにも個人的な見解だとは知りつつも、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。
だって、それなら、私と先輩の園芸部も、きっとそうだ。
先輩のような強くて立派な花は多分咲かせられないけど、でも、私だって、頑張りたい。
来年、今みたいに私一人になったとしても、例え拙い花であってもちゃんと咲かせられるようになりたい。
「.............」
そうなる為にも、今は一先ずご飯をちゃんと食べないと。用務員さんに手伝ってもらうにしても、午後からも沢山作業がある。
何をするにもまずは腹ごしらえだと、立嶋先輩はいつも楽しそうに笑っていた。
記憶の中の先輩の笑顔に少し元気が出て、お昼ご飯のおにぎりをいつもより少し大口で頬張る。
ひとりぼっちのお昼ご飯は相変わらずほんのりと寂しさを感じるけど、味気ないとは全く思わなかった。
昨日教えてもらった備品室から脚立を借りて、用具倉庫の前で用務員さんと落ち合う。
必要な道具を一通り取り出して、作業工程や進捗をたどたどしくも話し合いながら裏門方面へ向かった。
脚立に乗る作業は普段なら先輩がやってくれるが、今は不在なので経験の為にも私がやることにして、用務員さんは下の方の剪定と高枝切り鋏で私のフォローをしてくれることになった。
「忌み枝を全て切るのは大変なので、上の方を優先的に切っていってください」
「わかりました.......あの、忌み枝かどうか自信ないものは、......確認、取っても、いいですか...?」
用務員さんの助言におずおずと尋ねると、「勿論ですよ」と優しく笑ってくれる。
その反応にほっとして、剪定鋏を持ち直しながら改めて山茶花に向き直る。
今は夏なので美しい白色の花は無く、深緑色の葉が裏門のフェンスに沿って存分に太陽の光を浴びていた。
ところどころにぴょこっと飛び出している部分を切り揃えながら、忌み枝と呼ばれる成長や形を妨げる枝を慎重に見極めて除去していく。
作業をしながらも用務員さんの手際の良さに感動したり、この枝が忌み枝なのか確認を取ったり、教えを受けたりしつつどんどん進めていくと、一人でやっていた時よりもずっと早く、そしてずっと綺麗に植木が整えられていた。
途中、昨日の雨で外に出てきてたのだろう、今日の夏の日差しから身を守るようにカラに閉じこもるかたつむりを発見して、思わず声をかけた際に用務員さんのことをうっかり「先輩」と呼んでしまい、すっかり笑われてしまったが、綺麗に整えられた山茶花を見れば「まぁ、いいか」とすら思えてしまう。
お手伝いしてくれた用務員さんはこれからまた別の頼まれ事があるとのことだったので、ひたすらに御礼を述べてからこの場で別れた。
手先がうんと器用で、人当たりもとても良い熟年の用務員さんは、園芸部だけでなく他の部活や先生方からも道具の修理や場所の修繕を頼まれたり、中には鍵開けや迷っている来客の案内等様々なトラブルに対処してくれる、いわば梟谷学園のスーパーマンらしい。何でも出来る立嶋先輩も用務員さんを頼っていたと聞いた時はひどく驚いたものの、実際に今日一緒に作業させて頂いたら直ぐに納得してしまった。
それに教え方もとてもわかりやすくて、今日だけで植木の剪定レベルがグッと上がった気がする。
用務員さんのお時間がある時に、また一緒に作業できたらいいなと密かに思いつつ、次の活動場所へ移るために一先ず道具の片付けを始めるのだった。
▷▶︎▷
時計の針が18時を少し回ったところで、梟谷学園グループの合同合宿を終えた男バレ部員を乗せたバスは、学園の敷地内へ到着した。
この一週間、埼玉の森然高校で文字通り朝から晩までバレー三昧の日々を送っていたおかげで、そしてバス移動ということもあり、蓄積された疲労と眠気が平常時よりずっと身体にまとわりついていた。
荷物をバスから下ろし、そのまま監督の挨拶と女子マネージャー二人からの今後の指示を聞き、最後に主将である木兎さんが元気な声で合宿が楽しかったという感想と部員達を労る言葉をかけて、この場で解散ということになった。
「監督~!ちょっとだけ自主練してってい~?」
「お前は本当にヒトの話聞かねぇな。雀田か白福、木兎にもう一回伝えてやってくれ」
「えぇー......生憎今日は男バスと女バス、バド部が使ってるので体育館空いてませーん」
「なッ、なんだとおおおお!?」
「ていうか、さっきそれ話したんですけど。本当、都合悪いことは聞かないよねぇ?何とかしてよ赤葦」
「無茶言わないでくださいよ......」
遠征の合同合宿ともあり、普段の梟谷の練習時間より少し早めに終了時刻を迎えたことから、バレーを愛する木兎さんは当然の如く闇路監督に自主練の申し出を寄越した。
しかしながら、本日空いている体育館は無いようで、先程の連絡事項でそのことを話していたマネージャーの雀田さんと白福さんに返り討ちにあっていた。
それに巻き込まれる形で申し付けられた無茶振りにたまらずため息を吐くと、隣りでしょげていたモノトーンの頭がパッと上がる。
「そうだ!今は使えなくても待ってればどっかは空くんじゃね!?俺ちょっと聞いてくる!」
「おい木兎!オーバーワーク!」
「大丈夫大丈夫!さっきまでずっとバス乗ってたし、今日そんな動いてねーじゃん!ちょっとやったらすぐ帰るし!」
「お前のちょっとはちょっとじゃねぇんだよ!」
「腹減ったから俺は帰るぞ~。またな木兎~」
「おー!小見やんまた明日な~!」
さも名案だとでも言うようにきらきらと顔を輝かせた後、すぐに体育館の方へ走っていく木兎さんへ木葉さんと小見さんが声をかけた。
木兎さんの行動に否定的な、もしくは無頓着な態度をとる2人に対し、木兎さんは特に気にすることなく別れの挨拶を口にする。
自分のやりたいことを相手に無理に要求し過ぎない、木兎さんのそういう姿勢がとても格好良いと思う。
しかし、それを伝えると何かと面倒な思いをするので、あくまで心の中で賞賛する。
木兎さんの姿が見えなくなると、木葉さん達はやれやれと言うようにため息を吐き、そのまま学園の外へ向かって歩き出した。
木兎さんのエナメルバッグが置きっぱなしになっている為、相変わらず猪突猛進の人だなと思いながら半開きになっているそれのチャックを閉めると、「あれ?赤葦は残んの?」と猿杙さん聞かれた。
素直に「はい」と返事をすれば、苦笑気味に笑われた後「程々にね。お疲れ様」と軽く手を振られる。
それに続くように木葉さんや小見さん、鷲尾さんが別れの挨拶を寄越して、他の二年や尾長達一年にも「お疲れ様、また明日」と交わしていれば、再び木兎さんがこちらへ戻ってきた。
「あかーし!お待たせ!」
「木兎さん。金銭的なものが殆ど入ってなくても、黙ってバッグを置いて行くのは危ないですよ」
「それより!バド部が18時半で帰るって!あと20分あるから、ちょっと時間潰そうぜ」
「それよりってアンタ......」
この場に残っているのが俺一人であることを全く気にしてない様子で、木兎さんは楽しそうに会話を進める。
俺の言葉を簡単に跳ね除けてしまうのは如何なものかとは思うが、合宿中の他校のプレーや第3体育館での夜の自主練の話を寄越され、結局それに応じてしまった。
「つーか烏野、マジで面白かったな~。なんかこう、びっくり箱みたいな!次々違うことしてくんのすげー楽しかったよな!ま、いっぱい負けてたけどw」
「そうですね......今はまだ噛み合ってない感じがありましたが、アレが全て整えば、今より更に脅威になるでしょうね」
「キョウイ......強くなるってこと?」
「......この場合、俺達梟谷目線で“厄介になる”ってことです」
「おお、なるほど!......あ、あとさ?烏野主将のサームラ、前まではめっちゃ真面目そうだなって思ってたけど、この合宿で意外とハチャメチャなことすんだなって思って......アレだよな、流石立嶋の従兄弟って感じ!」
「......そういえば、そうでしたね」
木兎さんの話に、ふと思い出す。
立嶋先輩といえば、園芸部の部長だ。
園芸部は、今日もどこかで作業をしているんだろうか。
「園芸部今日いっかな~?あ、電話すりゃいっか」
木兎さんと立嶋さんはノリが合うらしく、お互い暇になるとよく絡みにいっている。
作業の邪魔になるのではと俺が言う前に、行動力の塊である木兎さんはジャージのポケットから自分のスマホを取り出してさっさと電話を掛けてしまった。
思い立ったら直ぐ行動という、俺とは真逆な性質に何となく敗北感を覚えていると、立嶋さんと電話が繋がったようだ。
「あ、立嶋?お疲れ~!今どこ居る?.......は?大阪?なんで?」
「え?」
にこにこと楽しそうに話す木兎さんの顔が、急にきょとんとしたものに変わる。
そんな木兎さんの「大阪」という発言に、俺もつられるように聞き返してしまった。
「えー!大変じゃん!お父さん大丈夫なの?...そっかそっか!そりゃよかったな~......わはは!なんだよそれwエセ関西弁やめろw」
「.............」
続く会話の切れ端に、おそらく立嶋さんの御家族が何らかのトラブルがあって、その方の補助か何かで遠方へ行っているんだろうと何となく予想がついた。
でも、気になる所はそこじゃない。
立嶋さんは、いつから大阪に行っている?
どのくらい部活を休んでしまっている?
.......彼女はいつから、一人で部活に出ているんだ?
「.......すみません、ちょっと離れます。何かあったら連絡ください」
「え?」
いまだ通話中の木兎さんにそう告げると、木兎さんは元から丸い目を更に丸くしてこちらに視線を向けた。
それでも、おそらく今も一人で居るであろう園芸部の彼女のことが無性に気になってしまい、おざなりに頭を下げてからエナメルバッグを持って早足でこの場を離れる。
背中から「あ、おい!あかーし!」と若干戸惑うような声を掛けられたが、振り向く時間すら今は惜しくて今回ばかりはスルーさせてもらうのだった。
一輪咲いても花は花
(だけど、一人はやっぱり寂しいから。)