AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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先輩が不在の3日目。自室のカーテンを開けた途端、頭が真っ白になった。
雨が降っていたのだ。しかも、ぱらつく程度ではなく、結構しっかりと降っている。
しまった。天気予報、見るの忘れてた。
いつもはちゃんと毎日見るのに、先輩が居ない最近は、そういえば全然チェックしてなかった。
作業の殆どが屋外である園芸部にとって、天気予報のチェックは基本中の基本だと言うのに、今更何をやってるんだろう。
「.......やっぱり脚立、探すべきだった......」
空から無数に零れ落ちる雨粒を呆然と見つめながら、昨日の記憶が蘇りたまらずため息をもらす。
先輩からの教えで、脚立に乗る作業は雨天中止が必須となっている。
天気予報をきちんと見ておけば、昨日脚立を探して高い所を剪定し、今日はレインコートを着て低い部分を剪定すればちゃんと終わるはずだったのに、これではまた明日に持ち越しだ。
.......ああ、もう、また失敗した。
先輩が居ないのはたった1週間のことなのに、私はあと何回自分に失望するんだろう。
頑張りたいのに、ダメだ。ちゃんとやろうと思うのに、全然できない。
大抵の人が出来ることを、なんで私は出来ないんだろう。
赤葦君みたいなしっかりした人になりたいのに、全然、全然上手くいかない。
「.......っ......」
雨の音が強くなった気がして、ゆっくりと視界がぼやけていく。
ああ、もう、ダメだ。やっぱり私は、そういう人間だからちゃんと出来ないんだ。
赤葦君とは違う。木兎さんとも、立嶋先輩とも違う。
一人じゃ何も出来ない、根暗で、甘えたで、のろまで、考えの足りないダメ人間だ。
『部活で、どこか不調な時......例えば、最近植えた花が元気無かったら、森はどうする?』
「.............!」
瞳を覆う涙の膜が私の脚に落下した、途端。
先日赤葦君と一緒に出掛けた時、池のほとりのベンチで話したことを思い出した。
確か、もしも赤葦君が何かに失敗した時、どうやって気持ちを立て直すのかという質問をした時のことだ。
『何かトラブルが起きた場合は同じようにして原因を考える。......それで、その後色々と対策を試してみるだろ?園芸だったらその花植え替えたり、肥料撒いたりとか』
『......だから、それと一緒なんじゃないかな。普段の生活でも、上手くいかないことは先ず原因を考えて、対策を試してみる。どうしても感情に引っ張られるだろうけど、1回落ち着いて、俯瞰的なフィードバックをするのが大切なんじゃないかな』
『トラブルが起こらないようにするのが一番だけど、どうしたって何らかのエラーは起こるものだから......重要なのは出来るだけ感情的にならずに、その失敗をどう対処していくかだと思う。その対策を考えて、試していく内に、何となく気持ちを立て直せてる気がする』
「.............」
記憶の中の赤葦君の言葉に、たまらずハッとする。
そうだ、そうだった。今の私は“失敗したこと”しか見てなくて、すっかり感情に引っ張られていた。
私がダメなヤツだからという結論で話を終わらせるのは、単なる思考放棄だと思い知ったはずなのに。
「.............っ、」
多分、今がその時だ。赤葦君から教わったことを、実践する時なんだ。
ああもう嫌だとか、どうして私はとか、そんなことずっと考えていても状況は何も良くならない。
失敗で終わるな。対策を考えろ。落ち込んだ分だけ、思考をまわせ。
「.......早く、部活......」
情けない涙で滲んだ目元を擦り、顔を洗う為にベッドを抜け出す。
外では相変わらず雨が降り続いているけど、私の心には一筋の光がほのかに差し込んでいた。
▷▶︎▷
ジャージの上にレインコートと長靴を装備して、雨の中の花壇の様子を一つ一つチェックする。
雨に弱い花の鉢植えはなるべくひさしの下へと運び、雨の重さで茎がつらそうなものは支柱を付ける。
9時前からせっせと作業したおかげで、午前中には3分の2くらいは雨対策が出来た。でも、先輩が居たらきっと全部終わっていただろう。
「.............」
雨の音を聞きながら、教室で静かにお弁当を食べる。
一人って、本当に大変だ。全然作業が進まない。
.......来年、先輩が卒業してしまった後。園芸部は私一人になる。
正直、とても怖いからなるべく深く考えないようにしてたけど.......とてもじゃないけど、私一人で園芸部の活動をやるのは無理だと、この時点で思い知ってしまった。
作業が追い付かない。予定時刻に間に合わない。でも、生き物である植物は待ってくれない。
「.............」
行儀が悪いとは思いつつ、お昼ご飯を食べながらちらりとスマホを確認するも、立嶋先輩からの連絡は相変わらず何も無かった。
でも、私が連絡をすれば先輩はきっと返事をくれるんだろう。優しくて格好良い、頼れるヒーローだから。
.......だけど、いつまでもヒーローに甘えて、守られて居てはダメだ。
来年の今日、ヒーローは私の隣りに居ない。
夏が過ぎて秋が来て、冬を越えた、その先の春。そこに、立嶋先輩の姿はないのだから。
「.......っ......」
じわりと涙の膜が張り、目元を擦る。
朝も泣いて、昼も泣きそうになるなんて、情緒不安定もいいところだ。
自分の心の弱さに嫌気がさすけど、これからやること、やらなきゃいけないことはわかっていた。
一度深呼吸をして、スマホのロック画面の木兎さんと立派なクワガタを眺める。
きらきら光るスターの木兎さんと、勇気の象徴である立派なクワガタ。
そして、憧れである赤葦君から教えてもらったことを思い出して、少し強く口を結ぶ。
怖いのも、寂しいのも、この先きっと消えない。私のことだから、多分泣かないことも難しいと思う。
直ぐに強くなることが出来ないなら、ちゃんとした、しっかりとした人に今日なれないなら、...そんな情けない自分と、一緒にへこたれながらもやっていくしかないだろう。
今の私に出来ることを、今やらなければどんどん作業は遅れていく。
立嶋先輩が帰ってきた時。私の作業にがっかりされたら、一番悲しい。
「.......よし......っ」
部室には私以外誰もいないので、小さな声で気合いを入れてから残りのお弁当を食べきる。
お弁当箱を片付けて、諸々の身支度を整えてから部室を後にした。目指すは昨日失敗した場所、職員室だ。
午前中に用具倉庫を覗いた時、今日も脚立が無かった。もしかしたら、明日も無いかもしれない。
明日は晴れる予報なので、明日までに何とかして脚立を確保しないと作業が一向に進まなくなってしまう。
おそらく用具倉庫以外にもどこかに別の脚立があるはずだから、先ずはそれを確認しなければ。
そう考えながら職員室に辿り着き、見慣れたドアを前に深呼吸を2回する。
意を決してノックをしてからスライド式のドアを開け、「失礼します」と一礼した。
相変わらず閑散としている夏休みの職員室をゆっくりと見回すと......奇しくも、室内に居らっしゃったのは昨日少しだけ話した壮年の男の先生だった。
ぱちりと視線が重なった途端、少し遅れて向こうが何かに気付いたような反応を見せる。多分、昨日の挙動不審な私のことを思い出したんだろう。
その様子を見て、羞恥と後悔の波が一気に襲ってきた。正直すごく恥ずかしいし、また逃げてしまいたい。
「.............っ、ぇ、園芸部のっ、森です!脚立を探しています!」
「!」
だけど、今日は何とか足を踏ん張り、いつもよりずっと大きな声で言葉を告げた。
緊張のせいで一瞬声が裏返ってしまったけど、今度こそ相手の先生にちゃんと届いたようだ。
先生はきょとんと目を丸くしつつも、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくれた。
「えーと、昨日来てた子だよな......?」
「は、はい......昨日は、すみませんでした......!」
確認を取るように寄越された言葉に、羞恥心がまた煽られるがぐっと堪えて頭を下げる。
「.......あの、よ、用具倉庫の、脚立が、見当たらなくて......明日、部活で使いたいのですが、......どこかの物を、お借りできたらと、思い、まして......」
おずおずと頭を上げ、視線は下がってしまったものの改めて事情をお話しすると、先生は「ああ、なんだ、そういうこと......」と納得するように頷いた。
「......脚立だったら備品室にあると思うが......場所はわかるか?」
「......す、すみません......わかりません......教えて、ください......」
やっぱり別の所にも脚立があることがわかり、少し気力が出た矢先肝心の場所がわからないことに気付かされ、考えの足りない自身の詰めの甘さにがっかりしながらも備品室の場所とそこの鍵を教えてもらった。
丁重にお礼を述べてから、一旦職員室を出て備品室へ向かう。
教えられた場所に行くと、少し埃かぶったプレートに「備品室」という文字が見えた。
今まで全然気付かなかったなと目を丸くしつつ、借りた鍵でドアを開ける。
薄暗いので電気をつけて、ぐるりと中を確認すると......昨日から探していた脚立がそこにあった。
よかった。これで明日、裏門側の植木の剪定がちゃんとできる。
ひとまずほっと息を吐き、再び電気を消して備品室へ鍵を掛けた。
「失礼します......あの、ありがとう、ございました......脚立、ありました......明日、使わせて、頂きます......」
職員室へ戻り備品室の鍵を返しつつ、先程の先生にもう一度頭を下げると「おお、それは構わんが......他の園芸部はどうした?君一人じゃないだろう?」と少し不思議そうな顔を寄越された。
今更ながら立嶋先輩が不在であることをお話しすると、先生はどこか驚いたように何度か瞬きをした。
「は~、一人なのに、ちゃんと部活やってるのか......そりゃ偉いなァ、感心したよ」
「.......いえ......全然、ちゃんと出来てないんです......」
「え?」
「.......一人じゃ、全然、作業進まなくて......自分の力だけじゃ、無理だって、わかりました......」
「.............」
感心したという言葉がグサリと心臓を突き刺して、まるで自白するような気持ちでそんなことを零してしまう。
でも、本当に、一人では全く歯が立たないことを痛感してしまったのだ。
「.......あの、立て続けに、申し訳ないんですが......用務員さんは、......今、どちらに居らっしゃるか、わかりますでしょうか......?」
「......あー、すまん。それはちょっとわからんな......」
「.......そう、ですか......」
二人分の作業を一人で何日もやるのはさすがに無理だとやっと気が付いて、梟谷の用務員さんに少しでもお手伝いして頂けないかとお願いしようと思っていれば、肝心の用務員さんの居場所がわからない。
立嶋先輩だったら知ってるかな......と思考がふらついた矢先、先生は予想外の手段に出た。
「校内放送掛けてみようか。ちょっと待ってなさい」
「え......」
言われた言葉に驚いている内に、先生はボタンやら何やらが沢山ついている壁際へ移動し、螺旋状のコードが付いている受話器のようなものを手に取った。
そのまま慣れた操作で校内放送を掛け、用務員さんに職員室へ来るようお願いすると、数分も立たないうちに職員室のドアが開く。
やって来たのは、先程お呼びした熟年の用務員さんだった。
「失礼します、何か御用ですか?」
「突然お呼びしてすみません。園芸部が、話があるとのことで」
「構いませんよ。......おや、珍しい。立嶋君は居ないのですか?」
「.......ぁ......せ、先輩、今、お家の都合で、......お休み、してて......」
作業服に身を包んだ用務員さんとは、先輩と三人で話したことはあるものの、対面できちんと話すのは今日が初めてだ。
バクバクと勢いを増す心臓の音を全身で聞きながら、それでもぐっと力を入れて、たどたどしくもお願いしたい事を伝えた。
「.......あの、......明日、なんですけど......っ、植木の、剪定の、お手伝いを、......お願い、できませんか......?私、一人だと、......下手、なので......すごく、時間が、掛かって......しまって......」
「.......植木......ああ、もしかして、裏門の所ですか?」
私の言葉に用務員さんは少し目を丸くした後、記憶を辿るように顎の下に片手を添え、場所を確認してくる。
慌てて何度か頷くと、用務員さんは確かめるように二、三度頷いた。
「確かに、あそこは一人じゃ大変だ......わかりました。では明日、一緒にやりましょう」
「......あ、ありがとうございます......!お手数、お掛けして、ごめんなさい......」
了承して貰えたことにほっとして、ありがたい気持ちと共に申し訳ない気持ちもむくむくと湧き上がり、拙い頭を深く下げてお礼と謝罪を口にすると、用務員さんは「そんなことないですよ」と気遣いの言葉を寄越してくれた。
「それに、学園規模の作業を一人でこなすのは、途方も無く無茶な話です」
「!」
「......だから、森さん一人で全てをやる必要は、まったくありませんよ」
「.............」
「遠慮は無用です。大変な時は、どうか頼ってくださいね」
「.............っ、」
部長の立嶋君も、以前はよく頼ってくれてましたから。
そう言って、楽しそうにふわりと笑う用務員さんの笑顔がじんわりと心に染み渡り、性懲りも無くまた泣きそうになりながらも「ありがとうございます」ともう一度深く頭を下げた。
学びて思わざれば即ち罔し
(転んじゃったって、泣いたって、それでも、)