AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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優しい保険医の先生とお昼休憩を一緒に過ごした後、午後の部活はちゃんと時間を見て作業したものの、先輩と二人でやるペースと私一人のペースは当然のごとく著しく異なり、結局夜の七時近くまでやっても思った以上に全然進まなかった。
園芸道具を洗って用具倉庫へ戻し、施錠してから職員室へ鍵を戻す。
その際、残っていた先生方から「立嶋は今日どうしたんだ?」と目を丸くして訊かれ、不在の理由を話すと「そりゃ気の毒に。まぁ、森も無理はするなよ」と励ましの言葉を貰ってしまった。
さすが立嶋先輩。一日居ないだけで先生方に気にされるなんて、凄い存在感だ。
「そういえば、男バレの木兎も今、埼玉に合宿中でしたっけ?」
「そうそう。顔合わせたらお喋り爆弾寄越してくるヤツらが揃って不在となりゃ、どうりで静かに感じるわなァ」
「ははは!お喋り爆弾!違いない!」
先生方のお話にうっかり笑いそうになりつつ、何とか堪えて一礼してから職員室を出た。
廊下をとぼとぼと歩きながら、そういえば、男バレの方々も今は学校に居ないんだったなと思い出す。
夏休みだから友達も学校に来ないし、暫くは本当に一人きりだ。
ふと気が緩むと、直ぐにしょんぼりしてしまう弱虫な自分にため息を吐き、軽く頭を振る。
.......大丈夫。今日出来なかったこと、上手くいかなかったことをフィードバックして、明日にちゃんと繋げよう。
心配事は沢山あるし、やらなきゃいけないことも沢山あるから、兎に角頭と気持ちを切り替えて、明日の作業に臨まなければ。
まずは今から制服に着替えて、帰宅したらご飯とお風呂。宿題進めて、早めに寝よう。
明日、早めに起きられたら9時前から部活始めて、水やりしよう。
不安に思って落ち込んでても、作業は進まないし集中も続かない。
相手は生き物、不調は許さないと先輩に大層なことを言ったのは、私でしょ。
「.......しっかり、しろ......っ」
廊下に誰も居ないのをいい事に、両頬をぺちんと叩きながら小さな声で気合を入れる。
先輩も居ない。赤葦君も、木兎さん達も居ない。
だけど、寂しいからと言って一人で部活も出来ないようじゃ、園芸部の一員としてとても情けないし、不甲斐ない。
赤葦君のような、しっかりした人になる。
そう宣言したのも、誰でも無い私なんだから。
▷▶︎▷
帰宅して、お風呂に入って髪の毛を乾かしてから、一度自室へ戻ると机の上に置きっぱなしにしていたスマホのライトが何かの着信を知らせていた。
もしかして、立嶋先輩からではと瞬時に心が上を向き、慌ててスマホの画面を確認すると......予想外の名前が表示されていて、スマホを持ったまま思わずぽかんと呆けてしまう。
今から20分程前にメッセージを送ってきたのは、現在埼玉の森然高校でバレーの合同合宿の真っ只中である、赤葦君からだったのだ。
「.......あ......」
どうして赤葦君から連絡がきたんだろうと名前を見たまま暫しぼんやりとしてしまい、とりあえずメッセージを確認しなければと遅れて指先が小さな画面を弾く。
赤葦君とのトーク画面を開いた途端、まず目に入ったのは部活着姿の木兎さんの楽しそうな笑顔だった。
【こんばんは、お疲れ様です。合宿先で立派なクワガタが居たから、木兎さん込みで送ってみました】
【白福さんと雀田さんに、森がクワガタ好きって聞いたんだけど、ちゃんと合ってる?】
【もし、間違いだったらごめん。その時はこのやり取りスルーしてくれていいから】
「.............」
赤葦君のメッセージを読み、木兎さんの写真をタップして大きな画像で見ると、確かに木兎さんの右手には立派なクワガタが写っていた。
そういえば、夏休みに入ったばかりの頃、先輩との部活中に男バレのマネージャーのお二人にそんな話をしたような気がする。
森然高校はその名の通り、自然の中にある学校なのだなとぼんやりと思い、おそらく木兎さんが捕まえたのだろうクワガタを見て、赤葦君はふと私の話を思い出してくれたのかもしれない。
きっと合宿も大変だろうに、赤葦君のこまやかな心配りには本当に頭が下がりっぱなしだ。
【こんばんは、お疲れ様です。とても立派なクワガタですね。木兎さんも、とても素敵です。】
【お忙しい中、ありがとうございます。】
クワガタと木兎さんの写真を見ながら、素直な気持ちをそのまま返す。
私にとってクワガタは、勇気の象徴みたいな生き物なのだ。
幼い頃、クワガタに指を挟まれて泣いている私を父親が助けてくれた時、「いきなり触られて、クワガタもきっと怖かったんだよ。でも、いざと言う時は自分よりずっと大きな相手にも立ち向かう、勇敢な生き物なんだな」と私を慰めながらそんな話をしてくれた。
その時から、クワガタは勇ましい生き物であると私の中で認識されて、高校生になった今でも、クワガタは格好良い生き物だと思っている。
そんなクワガタと、いつも元気で格好良い木兎さんが一緒に写るそれを見て、元気が出ない訳が無い。
よし、明日も頑張ろうというやる気をふつふつと感じながら、暫くしても既読がつかないメッセージ画面を見て、「身体に気を付けて、合宿頑張ってください。木兎さんにも宜しくお伝えください」という言葉だけ送り、写真を保存してからトークアプリの画面を切った。
夜ご飯食べて、宿題して、早く寝て、明日もまた頑張ろう。
立嶋先輩が居なくても、赤葦君や木兎さん達が居なくても、きっと、きっと大丈夫だ。
▷▶︎▷
先輩が不在の2日目。いつもより早めに起きられたので少し早くに学校へ来て、9時前から作業を開始した。
昨日の反省を活かして、時間と作業の進捗を意識しながら水やりを行う。
校庭の方から野球部の声やボールを打つ音、陸上部の掛け声、テニスコートの方からは硬式テニス部のボールを打ち合う音等が聞こえてくる。
今更ながら、朝からこんなに様々な部活動が行われていることに気付き、改めて今が夏休みなのだと実感してしまった。
「.............」
ホースを握ったまま、ぐるりと校庭を見回す。
夏の暑さにも負けず、学園内は部活に精を出す生徒達の声で賑わってるというのに、......私の周りだけは、とても静かだった。
それはまるで、目には見えないキリトリ線が存在するかのようだ。
明るい夏の世界から私という存在を隔離するような、どうしようもない疎外感がぶわりと充満する。
立嶋先輩と出逢う前、一年生の一学期。教室に独りぼっちだった時と同じ空気だ。
「.............っ、」
心臓が嫌な音を立てて、心が軋む。
たまらずその場にしゃがみこんでしまうと、ジャージのズボンのポケットからスマホが地面に転がり落ちた。
幸運なことに落下地点の花壇の土は乾いていたので、慌てて拾ったものの水気のある泥で汚れていなくて一先ずほっと息を吐く。
「.............」
ふとスマホの画面を見ると、そこには昨日送ってもらった笑顔の木兎さんとクワガタの写真があった。
立嶋先輩が居ない今、ゲン担ぎ兼御守り代わりにその写真をロック画面にしたのだ。
キラキラとした木兎さんの笑顔と立派なクワガタを眺めて、昨夜のやる気を少しずつ心に灯していく。
.......大丈夫、大丈夫。あの時とは違う。
確かに今は一人だけど、でも、決して独りではないのだから。
立嶋先輩も、赤葦君も、木兎さん達も、めい子先生も、クラスの友達も、今の私にはちゃんと居る。
「.......頑張れ......」
直ぐに弱気な考えになる自分にがっかりするものの、落ち込んでいても作業は進まないので、気持ちを切り替える為にも小さな声で自分を鼓舞して、ゆっくりと立ち上がるのだった。
午前中の作業に目処がついた為、今日はちゃんとした時間にお昼休憩をとった。
部室で一人で食べるご飯はいつもよりずっと寂しいけど、午後の作業のスケジュールを立てていればあっという間に時間は過ぎていく。
午後の作業は先輩から連絡を貰っていた事の1つ、裏門側のフェンスから敷地外に飛び出している植木の剪定をやることにした。
背丈が足りないこともあるので、用具倉庫から脚立を借りようと考えていたものの、いくら探しても目的の物が見つからない。もしかしたら、誰かが先に使ってしまっている可能性がある。
予想外の展開にどうしようと青ざめつつ、高枝切り鋏で何とかしようとも思ったが、筋力が足りないばかりに長時間扱うことが出来ないのでは作業スピードが著しく下がってしまうことに気が付き、やはり他の脚立を探そうと思い直した。
でも、用具倉庫以外に脚立なんて置いてあるのだろうか。
用務員さんなら知っているかなと思ったものの、今の時間どちらに居らっしゃるのかが全く分からない。
用務員さんを探すことに時間を割くなら、脚立を探す時間に当てた方がいい気がする。
「......とりあえず、職員室行ってみよう......」
ここでうだうだ考えてても仕方がないと思い、私の足は職員室へ向かった。
失礼しますと挨拶をしてから、今が夏休みの為にすっかり閑散としている職員室をぐるりと見回す。
先生方がほとんど居ない分、いつもよりずっと広く感じる室内に緊張感が更に増すと、奥の机に一人だけ席に着いている先生を見つけた。
でも、残念なことに今まで話したことの無い男の先生で、かろうじてお顔を知っているくらいの方だから、きっと向こうは私の事を全く知らないだろう。
「.............っ、」
途端、ざわりと胸の奥が騒ぎ出し、お得意の人見知りが発動する。
心身がぎゅっと強ばり、呼吸が徐々に苦しくなる。
一瞬にしてどうしようと視線を下げ、Tシャツの裾を握れば情けない程の手汗がじわりと布を濡らした。
やたら大きな音でどくどくと脈打つ心臓の音を頭の中で聞いていれば......入室した途端に立ち往生している私の異変に気付いたのか、その先生が椅子から立ち上がる音がした。
「どうした?何か用か?」
「.......ぁ、の......園芸部、なんですが......脚立、を......」
「え?何?すまん、もうちょい大きい声で言ってくれ」
「っ、」
用事を聞かれて、脚立を貸してくださいという要望を必死に口にするも、その先生とは少し距離がある為上手く聞こえなかったようだ。
聞き返されたことにぎくりと身体を固くしながら、意を決してもう一度言葉を送る。
「.......園芸部、なんですが......っ......あの、脚立を」
《業務連絡致します。古琴先生、古琴先生、外線3番お電話です》
先程よりも大きな声で話し出したにも関わらず、不運なことに私の声は校内放送によって呆気なく掻き消されてしまった。
私の入室理由が聞こえず痺れを切らしたのか、はたまた気をつかってくれたのかはわからないが、職員室の奥の方に居た先生はおもむろにこちらへ移動し始める。
「っ、あ.......すみません、やっぱり大丈夫ですっ」
「え?」
大した用事でもないのに、わざわざ私と話す為にこちらへ来させてしまうことへの罪悪感と、二回も同じことを話したのに上手く伝わらなかった恥ずかしさと情けなさが一気に襲ってきて、結局そんな言葉とお辞儀だけして職員室から逃げ出してしまった。
夏休みならではの人気の無い廊下を闇雲に走り.......無意識の内に辿り着いた場所は、優しい先生が居る保健室だった。
「.......ぁ......」
ノックしようとドアの前に立った矢先、『保険医不在中』という看板が掛けてあることに気が付き、目の前が真っ暗になる。
ああ、そういえば、さっきの校内放送で呼ばれてたのは先生だったな。
きっと保健室の内線電話に出なかったから、校内放送に切り替えてアナウンスしたんだろう。
普通に考えればわかることなのに、どうして思い至らなかったのか。
「.............」
どうしよう。先生、いつ戻ってくるんだろう。
焦りと不安を覚えつつホワイトカラーの腕時計を見ると、時間は瞬く間に進んでいてたまらずぎょっとしてまう。
先生を待つ時間があるなら、手の届く範囲だけでもいいから剪定を始めないと、私一人の作業ペースじゃ絶対に終わらない。
脚立が必要な高い所の作業は明日に回すとしても、掃除と後片付けまで一人でやるとなると今からでも本当にギリギリだ。
「.............っ、」
情けなくじわりと涙の膜が張り、それが零れ落ちる前に片手でゴシゴシと目元を擦る。
先生に会いたかったけど、仕方ない。
困った時にいつでも会えるなんて、そんな都合のいいことばかり起こるはずもないのだ。
.......とりあえず、今日は脚立を諦めよう。
できる範囲で剪定を進めて、明日また用具倉庫に行って脚立を借りよう。
ぐずぐず泣いてる暇なんて無い。作業はまだまだ沢山あるのだから。
深呼吸を2回して、波立った心を少しだけ落ち着かせてから、剪定ハサミと掃除用具を取りに再び用具倉庫へと足を進めるのだった。
高きに登るには低きをよりす
(園芸部員の生存戦略。)