AND OWL!
name change
デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
部活の休憩中、ふと眺めた体育館に木兎さん率いる男バレの姿が無く、「今日はお休みなんですね」と先輩に話しかければ、青いパッケージが爽やかなスポーツ飲料を飲んでいた先輩はきょとんと目を丸くした。
「あ?お前聞いてねぇの?アイツら今朝から合宿行ってるらしいぞ」
「え?そうなんですか?どちらに?」
「あー、何処っつってたっけ......ちゃんと読んでねぇからなァ......」
「.......もしかして、また木兎さんですか?」
先輩から教えられた情報に詳細を聞けば、軍手を外した先輩はジャージのズボンのポケットからスマホを取り出す。
連絡があったのにちゃんと読んでないということは、また木兎さんから朝早くメッセージが届いたのではと予測すると、どうやらその通りだったらしく立嶋先輩は途端に不機嫌になった。
「アイツ俺のこと叩き起こすの趣味なのかな?つーかなんで俺に連絡してくんの?もしかして木兎のヤツ、俺のこと好きなの?」
「.............」
「冗談だよ、なんか言えよ」
「.......すみません」
「謝んなよ、余計悪化するわw」
「.............」
立嶋先輩の軽口にどう返したらいいのかわからずすっかり困ってしまうと、その様子が可笑しかったのか小さくふきだされた。
怒ったと思ったらすぐ笑ったり、相変わらずコロコロと表情や気分が変わる人だなと思っていると、目の前に先輩の黒いスマホをひょいとかざされる。
突然のことにびくりと肩が跳ねたものの、その画面に表示されているのは木兎さんとのやりとりのようで、それを読むとどうやら男バレは埼玉の森然高校で合同合宿をやっているらしい。
以前梟谷の体育館で練習試合をしていた東京の音駒、神奈川の生川、宮城の烏野、そして開催場所である森然とうちの五校みたいだ。
「合宿行ってくる!いいだろ〜?」という楽しい気持ちが詰まった木兎さんの文面を読んで、思わず笑いが零れてしまう。本当に、バレーボールが好きなんだな。
ただ、その木兎さんからのメッセージの通知時間が朝の5時半だということと、「うるせぇ寝ろ(怒)」という先輩の冷たい返信が色々と少し気の毒に思ってしまった。
「烏野気になるけど、さすがに埼玉まで行くのはなァ......しかも練習試合だし」
「梟谷の、応援ではなく......?」
「え?しねぇよ?だってアイツら普通に強いじゃん」
「.............」
さらりと返された言葉に、たまらず口を閉じてしまう。
.......あぁ、そうか。立嶋先輩の話が少し乱暴に聞こえるのは、梟谷男バレの絶対的な強さがいつも根底にあるからなのか。
朝から晩まで毎日練習を重ねてる男バレだから、みんなが本気でバレーボールに取り組んでいるから、梟谷は強い。
そのことを立嶋先輩はちゃんと理解していて、下手に心配しないのだ。
梟谷男バレは、ちゃんとみんな強い。
「まぁ、木兎がしょぼくれたら火力は落ちるけどなぁ」
「で、でも、木兎さんだけじゃなくて、木葉さんとか小見先輩とかみんな強いし、赤葦君だって、居るし......」
「うん、そこが凄ぇよな。エース抜けて火力落ちても、チームのバランス崩れないのはマジで凄いと思う。大抵相手は木兎崩れたらヨッシャー攻め時じゃ〜!ってなるだろうから、ある意味その時が一番アイツらの本当の強さみたいなもんが見える気がすんだよな」
「.......本当の、強さ......」
「エース不在中、その場しのぎなんかじゃなくてちゃんと統制が取れてるだろ?アイツら多分、木兎の不調を弱点にするどころか、むしろ相手を油断させる為の餌にしてる所もあるんじゃねぇかな。どうやったって木兎は目立つじゃん、良くも悪くも」
「.............」
立嶋先輩の話に、なるほどと頷く。
今まで何度か男バレの試合を見せてもらって、その中で何回か木兎さんが不調の時は確かにあった。
でも、木兎さんは誰かと交代することもなくコートに居て、そしていつの間にか調子を取り戻していた。
もし、木兎さんが不調の間に相手に沢山点を取られてしまったら、きっと木兎さんはずっと不調のままだ。
落雷とかで主電源が落ち、停電しても直ぐに緊急時の補助電源へ切り替わるように、梟谷男バレのシステムは非常時の対応もお手の物なんだろう。
誰が抜けても変わらず強いなんて、それって本当に最強なんじゃないだろうか。
「ま、園芸部のエースに不調は無ぇから、夏初チャンは心配しなくていいデスヨ〜」
「不調があっては困ります。相手は生き物なので」
「.......お前本当、そういうとこな」
真面目な話の最後におかしな事を言う先輩に至極真っ当なことを返すと、立嶋先輩は面白くなさそうに唇を尖らせる。
でも、バレーボールとまるで違う園芸に不調なんて無いのはわかってるので、私は特に深く考えもせず残りの休憩時間を過ごすのだった。
▷▶︎▷
そんな話をした、三日後のこと。
園芸部のエースが一週間不在になってしまった。
先輩の話によると、現在単身赴任中で大阪で一人暮らしをしているお父様が、ひょんな事からぎっくり腰を発症したらしい。
誰かの助けがないと仕事どころか普通に生活するのもままならない状態になっているようだ。
お父様からSOSを受けたのは先輩のお母様だったが、お母様も東京で仕事をしている為いきなり直ぐに一定の期間休むのもなかなか難しかったらしい。
そこで、白羽の矢が立ったのが現在夏休み中の立嶋先輩だった。
短くて三日、長くて一週間、先輩はお父様の看病をする為に急遽大阪へ行くことが決まったそうだ。
昨晩先輩からその電話を貰い、あまりにも突然のことでビックリしてしまったものの、先輩もお家の方でだいぶ立て込んでいるようで、大阪へ行く為の荷造りをしながら先輩は部活を休むことの謝罪と、この期間で進めてほしい作業などを話してくれた。
明日から長くて一週間、先輩が居ないことに頭が真っ白になりつつ、大事な連絡事項を忘れないように必死にメモをとる。
最後に「マジでごめんな。大丈夫か?」と訊かれ、思わず弱音を吐きそうになるが、一度深呼吸をして「頑張ります」と伝えてから電話を切った。
.......正直に言うと、不安しかなかった。
立嶋先輩がどうしても部活に出られない時に一人で部活をしたことは何度かあるが、その日だけのことだったし、先輩が長く不在だったことはこれまで一度もなかったのだ。
また、夏休みの部活は朝の九時半から夕方の六時までで、なんやかんやで七時近くまでやってしまうこともしばしばある。
直ぐに暗くなる寒い冬と違い、夏は日が長く気温も夕方頃から涼しくなる為、ついあれもこれもと追加作業をしてしまうのだ。
だけど、立嶋先輩と話しながら作業を進めるからなのか、部活の時間は本当にあっという間に終わる。
それはまるで、アルベルト・アインシュタインの相対性理論をすっかり体感するようで、とにかく楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのだ。
「.............」
でも、今日から長くて一週間、私一人で園芸部の活動をすることになる。
私だけでちゃんと作業を進めることが出来るのか。
朝から夕方までの長い時間を、私一人で。
「.............」
気が滅入りそうになりながら部室である第三会議室にカバンを置き、そのまま女子トイレで制服からジャージに着替える。
両耳の下に結んだ髪を再度結び直してから、いつもの持ち物をカバンから取り出し、ひとつため息を吐いてくるりと部室を見回した。
いつもならこの時間、立嶋先輩と今日の部活の予定を話したり、色々喋りながら用具倉庫の鍵を職員室へ取りに行くのに......今は私一人だからとても静かで、部室も何だかやたら広く感じる。
「.............っ、」
.......あぁ、寂しいな。そう思うと同時にギュッと目を瞑り、少し強く頭を振る。
初日からそんな弱気でどうする!
大丈夫かと訊いてくれた先輩に、「頑張ります」と答えたのは私なんだから、自分の言葉にはちゃんと責任を持たないと。
『エース抜けて火力落ちても、チームのバランス崩れないのはマジで凄いと思う』
『ある意味その時が一番アイツらの本当の強さみたいなもんが見える気がすんだよな』
ここでふと、この前の立嶋先輩の話を思い出す。
男バレは木兎さんの不調をものともせず、エース不在の中でもしっかり闘っていて、先輩はとても感心していた。
.......それなら、園芸部だって、......私だって、ちゃんと出来ますよって、大丈夫ですよって、言いたい......!
「.......よし......!」
右手で拳を作り、小さくガッツポーズをしながら気合を入れる。
一先ず昨晩先輩から貰った連絡をメモしたものと、念の為に送ってくれたメッセージを確認してから、用具倉庫の鍵を借りに職員室へ向かった。
やらないといけないことも、やりたいことも沢山ある。
そういえば園芸部に入りたての頃、「めそめそすんなら手と足動かしながらにしろ」と先輩から何度か言われたことがあったな。
懐かしい記憶を辿りながら、花壇と植木の水やりをする為に麦わら帽子を被り、ホースと水道の準備に取り掛かった。
▷▶︎▷
学園内の植物の水やりと目立つ所の草むしりをしていれば、思ってた以上に時間が経っていて、14時少し前で慌ててお昼休憩に入った。
軍手を外して手を洗い、タオルで汗を拭いてから部室へ向かう。
その後御手洗に行き制汗シートで再度体を拭いてから、新しいTシャツに着替えて髪を簡単なまとめ髪に結び直した。
シャワーは浴びられないものの幾分かスッキリして、最後に手を洗いながらひとつ深呼吸すると小さくお腹が鳴ってしまい、周りには誰も居ないものの少し恥ずかしくてそそくさと部室へ戻る。
第三会議室の窓際の一席に座り、クーラーは付けずに窓だけ開けて、「いただきます」と食前の挨拶を口にしてから、お昼ご飯のお弁当にゆっくりと箸をつけた。
「.............」
遅めのお昼ご飯を一人静かに食べながら、何となく目に入ったホワイトカラーの腕時計に、ふと気が付く。
いつも丁度いい時間にお昼休憩を取れていたのは、立嶋先輩が作業の進捗状況と時間をちゃんと把握していたからだ。
思えば今まで、「腹も減ったしキリもいいし、そろそろ昼飯にするか!」という流れで立嶋先輩がお昼休憩を促すことが殆どだったが、それは多分たまたまキリがいいのでは無くて、時間を逆算してスムーズに休憩に入れるように、先輩は密かに計算していたのかもしれない。
そんなこと、今日まで全然気が付かなかった。
やっぱり立嶋先輩は凄いなぁと思うと同時に、午後の部活ではもう少し時間を意識して作業しようと考えていると......コンコンと、部室のドアを誰かがノックした。
「!」
途端、ぎくりと心身が強ばる。
元々あまり人が来ない部屋であり、更には今は夏休み中で、校内に居る人も通常時よりずっと少ないはずだ。
園芸部は立嶋先輩と私の二人きりなので、部室への来客は殆ど無いに等しかった。
それなのに、なぜ、しかも私しか居ない状態で、部室のドアがノックされたのだろう?
「.............」
急速に上がる心拍数にお昼ご飯どころでは無くなり、緊張で身体が固まったままノックされたドアを黙って見つめていると、それはゆっくりと開き、......ひょいとこちらに覗かせた顔はとても馴染みのある人のもので、思わずどっと力が抜けてしまった。
「こんにちは、お邪魔します......あら、今お昼?今日は忙しかったのね」
「せ、先生......!こんにちは、お疲れ様ですっ」
園芸部の来客は初老の保険医の先生で、驚いたのと嬉しいのとで混乱しつつ慌てて挨拶を返した。
お弁当を広げたままあたふたとする私を見て、先生は穏やかに笑いながらゆっくりと入室してくる。
「ふふ、夏初ちゃんこそお疲れ様です。お昼ご飯中にごめんなさいね」
「いえ、全然......!先生と会えて嬉しいですっ」
「あらあら......どうしましょう、先に言われてしまったわ」
「.............っ、」
保険医の先生は柔和な笑顔でそう言うと、ひとつ断ってから私の隣りの席へ腰を下ろした。
「今日はもしかして、立嶋君はお休み?午前中も確か、姿が無かったように見えたのだけど......」
「.............」
寄越された言葉に、たまらずきゅっと口を結ぶ。
そうなんです、園芸部のエースが暫く不在なんですと泣き言混じりの話をしようとした、矢先。
もしかして、先生がここに来た理由は、立嶋先輩に何か用事があったのではと思い当たった。
「......すみません......先輩、ご家庭の事情で少し休むことになりまして......何か先輩にご用事でしたら、私からお伝えしましょうか?」
私の話は一先ず後だと思い、先生のご要望に添えるかどうか聞いてみると、先生は片手を口元に当てて「あらあら、そうだったの......」と気の毒そうな顔を見せた。
しかし直ぐにその顔は元の穏やかなものになり、私と視線を重ねながらおもむろに言葉を続ける。
「立嶋君じゃなくて、夏初ちゃんに会いに来たの。保健室からちらっと見えた時、夏初ちゃん一人だったから......珍しいな、どうしたのかなって、気になっちゃって」
「.............」
「だけど......夏初ちゃんは今、とっても頑張っているのね」
陽だまりのような温かな言葉と笑顔をくれる先生に、目の奥が熱くなる。
「いえ、まだ初日なので全然です」と返すつもりだったのに、今何か話すとあっという間にぽろぽろと泣き出してしまいそうで、暫く何も言うことが出来なかった。
為せば成る、成さねば成らぬ何事も
(今がきっと、踏ん張り時だ。)