AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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池のほとりのベンチに座って、赤葦君に聞きたいと考えていたことをお話ししてもらい、その内容を頭の中で必死にメモをとる。
赤葦君みたいに、誰とでもきちんと話せるようになるにはどうしたらいいか。
いつも落ち着いていて、しっかりしているから、普段何か意識してることはあるのか。
もし、何かに失敗して落ち込んでしまった時、どうやって気持ちを立て直しているのか。
「部活で、どこか不調な時......例えば、最近植えた花が元気無かったら、森はどうする?」
「.......日当たり、水はけ、土、植えた場所が悪いのか、その子の特性に合ってないのか......それとも病気に掛かっちゃったか、虫にやられたか......その原因を考えます......」
「うん、俺の場合はバレーだけど、何かトラブルが起きた場合は同じようにして原因を考える。......それで、その後色々と対策を試してみるだろ?園芸だったらその花植え替えたり、肥料撒いたりとか」
「はい」
「......だから、それと一緒なんじゃないかな。普段の生活でも、上手くいかないことは先ず原因を考えて、対策を試してみる。どうしても感情に引っ張られるだろうけど、1回落ち着いて、俯瞰的なフィードバックをするのが大切なんじゃないかな」
「.............」
「トラブルが起こらないようにするのが一番だけど、どうしたって何らかのエラーは起こるものだから......重要なのは出来るだけ感情的にならずに、その失敗をどう対処していくかだと思う。その対策を考えて、試していく内に、何となく気持ちを立て直せてる気がする」
「.............」
私の質問に赤葦君は至極真剣に取り合ってくれて、とてもわかりやすい言葉で返してくれる。
まるで、為になる情報満載の実用書を読んでいる気分だ。
出来るものならこの場で聞いたことをしっかり形として残しておきたいところではあるものの、さすがにそれは気持ち悪いと思われるかもしれないなとも思い、兎に角可能な限り忘れないようにと必死に赤葦君の話に耳を傾けた。
「......まぁ、あくまで俺はそうしてるよって話であって......人によって性格とか、物事の捉え方とか感じ方って違うと思うから、鵜呑みにはしないでほしいけど」
「.............」
そんな言葉を付け加えて、赤葦君はおもむろに一つ息を吐き、日本庭園の池の方へ視線を動かす。
私も何となく釣られてしまい、そちらへゆるりと目を向けると、池の水面が夏の太陽の光を受けて、きらきらと瞬くように輝いていた。
目の前に広がる綺麗な景色をぼんやりと見ながら、今の赤葦君の言葉をもう一度頭の中で復唱する。
失敗した時に重要なのは、出来るだけ感情的にならずにその失敗をどう対処していくか。
「.......私、色々、失敗すること多くて......なんで、ちゃんと出来ないんだろうって思う度、その原因も、私がしっかりしてないからだって、そういう人間だからだって、思ってて......」
「.............」
「.......でも、......それってただの、思考放棄だ」
「.............」
きらきらと光る水面を見ながら、思考をゆっくりと口から零す。
赤葦君が瞳だけちらりと私へ寄越したのはわかったけど、目を合わせると何となく喋りづらくなるような気がして、池に視線を定めたまま話を続けた。
「.......落ち込んで、終わりじゃなくて......部活みたいに、原因と対策を考える。......そんなこと、考えたこともなかった......」
「.............」
「.......でも、部活と一緒って、考えれば......ちょっと、できそうな気がする......」
「.............」
何かあると直ぐ、だから私はダメなんだと思ってしまうけど、それだけを結論として終わらせるのではなくて、何がダメなのか、どこがダメなのか、どうやって対処するべきかを具体的にきちんと考えないと、一生ダメな人間のままだ。
変わりたいと思うなら、赤葦君みたいになりたいなら、ちゃんと自分を改革していかないと。
「.......あ、でもこれ、鵜呑みに、......なる......?あの、でも、ちゃんと考えて、すごくしっくり来たというか、その、自分の考え方自体を、変えたいと思いまして......!」
しかしふと、先程赤葦君から鵜呑みにはするなと言われたことを思い出し、慌ててそんな言い訳めいた言葉を告げると、赤葦君はゆるりとこちらへ顔を向けた。
「.......うん。森がそう思うなら、いいんじゃない?」
「!」
「試しにやってみて、肌に合わなかったらまた違う方法、考えてみればいいよ」
「.............」
穏やかな声音でそう言うと、繋がっている左手を大きな手できゅっと握り直してくれる。
まるで「頑張れ」とエールを送られているような気がして、胸の奥がじんと温かくなった。
「.......うん......」
さっき散々泣いたのに、再び目の奥がじわりと熱くなり、たまらず目を閉じて俯きながら小さく頷く。
瞬間、涼しさを感じる夏風がさらりと肌の上を滑り、その心地良さに思わずほっと息を吐いた。
「.......やっぱり、赤葦君は、凄いです......」
「......そうかな......過大評価だと思うけど......」
「ううん、そんなことない......やっぱり、“葦”みたいな、素敵な人だなって、思った......」
「.............」
風に揺られて、さらさらと鳴る夏の緑の音に包まれながら、ふといつかの日に男バレの方々と園芸部で植物の話をしたことを思い出した。
赤葦君の名前の中にある植物は、イネ科の多年草で、丁度目の前にある池のような水辺に多く生息している。
屋根材にしたり、すだれにしたり、肥料にしたりと昔から人々の助けになっている植物で、古典の歌や諺にもその名が登場する程魅力のある存在だ。
そして、フランスの哲学者が言った有名な言葉、「人間は考える葦である」。
赤葦君と話すようになって、そして今もそうだけど、しっかりと考えることの大切さを感じることが多くなったと思う。
みんなの助けになって、とても魅力的で。冷静で賢くて、花言葉では、神様からも信頼される。まさに赤葦君そのものだ。
「.......今日、ゆっくり話す時間、くれて......本当に、ありがとう......ございます......」
「.............」
「.......色々、お話聞けて......嬉しいです......」
「.............」
赤葦君が本当に素敵な人だということをひたすらに実感し、そんな人が私に時間を割いてくれていることがとても恐縮で、だけどそれ以上にとても嬉しくて、その優しさに自然と頭が下がった。
沢山迷惑掛けてしまったけど......今日のことは、絶対に忘れない。忘れたく、ない。
「.......俺も、森に少し、聞いてもいい?」
「え......?」
そろりと頭を上げると、予想外の質問を受けて、思わずきょとんと目を丸くする。
しかし直ぐに私ばっかり質問していたら公平ではないなと思い直して、「......え、と、......は、はい......」とおずおずと頷くと、赤葦君は一度ゆっくり瞬きをした。
「......森は、なんで園芸好きなの?ハマったきっかけとかある?」
「.............」
聞かれた言葉に、きゅっと唇を結ぶ。
特に面白い話でもないけど......赤葦君は優しいから、つまらなくてもきっと黙って聞いてくれるだろう。
「......た、大した話じゃ、ないんだけど......」
一応、そんな前置きをしながらちらりと赤葦君を見ると、視線がすぐに重なり、小さく相槌を打ってくれた。
その優しさに背中を押され、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「......小学生の時に、授業で朝顔を、育てたことがあって......」
「うん」
「......それで、私......小さい頃も、こんな感じだったので、色々とよく、失敗してたんです......」
「.............」
「......だけど、朝顔はちゃんと育ってくれて......綺麗な花が咲いた時は、もう本当に嬉しくて。私が咲かせたお花なんだって、とても誇らしく思ってました」
話していく内に小さい頃の記憶が少しずつ思い出されて、その懐かしさにたまらず瞳を伏せた。
「......でも、冬が近付くにつれて、当然朝顔は枯れてしまって......花も葉っぱもみんな無くなって、それがすごく悲しくて、大泣きしました。冬だから仕方ないんだよって、みんなに言われましたが、......それでも、悲しくて、寂しくて、ずっと泣いてました」
「.............」
「......そしたら、その時の担任の先生が、その朝顔の種を渡してくれて。この夏の朝顔は枯れてしまったけど、あの子が栄養を蓄えて、頑張って育てた種があるから、今度はこの種を育ててあげようって話してくれたんです」
「.............」
「......一年草の朝顔は、どうしたってその年の冬に枯死します......でも、種を授けてくれるから、次の夏にこの朝顔の子供に会えるよって。そうやって、植物はずっと繋がっていくんだよって、教えてもらって......その時から、もうずっと好きです」
「.............」
小さな私が大切に育てた朝顔には、もう二度と会えない。
だけど、その朝顔が残してくれた種を撒けば、また来年、違うけど同じ朝顔に会える。
その繋がりに幼いながらに感動して、感銘を受けて、あの瞬間から園芸にすっかり首ったけになってしまった。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......そ、そんな感じの、単純な、話でして......」
園芸が好きになったきっかけを話し終えると、何だか急に気恥ずかしくなりぱっと顔を下にさげる。
ヤマもオチもない私の話はきっとつまんなかっただろうと不安になっていると、「そんなことないよ」と声を掛けられ、そのタイミングに驚き思わず赤葦君の方へ顔を向けてしまった。
「.......森らしい話だなって思った。心地良くて、優しくて......もっと色々聞きたくなる」
「.............」
「......それに、俺の方がずっと単純だよ」
「......え......?」
「......俺がバレーにハマったきっかけ、木兎さんなんだ」
「.............」
私と目が合うと、赤葦君はゆるりと顔を綻ばせ、穏やかに会話を繋いでくれる。
「.......中三の時、初めて木兎さんのプレーを見て......一気に惹き込まれた。......漠然と、スターだと思った」
「.............」
「この人と一緒にバレーがしたい、この人にトスを上げたいって思って、梟谷に来たんだ。あの時からずっと、バレーが俺の中心になってる」
「.............」
きらきらと光る水面を見る赤葦君の夜色の瞳には、記憶の中の木兎さんが映っているように思えた。
梟谷のバレーは、木兎さんのバレーは、見ていてとても元気になるし、楽しくなるし、気持ちを上向きに、前向きにしてくれる。
その要となるのがセッターである赤葦君で、梟谷のバレーを繋ぐ赤葦君の根幹にあるのが、強い信頼と憧れ、尊敬や敬愛の念なのかもしれない。
「......ね、単純でしょ?」
「.............」
ふとこちらへ顔を向けて、赤葦君は眉を下げながら小さく笑う。
その穏やかな笑顔と、木兎さんの明るい笑顔が重なって、水面に反射する光のようにきらりと瞬いた気がした。
「.............木兎さんが、スター......」
「.............」
赤葦君の言葉を、思わず復唱する。
私は、夏の太陽みたいだと思っていたけど...なるほど、あれは星の光だったのか。
「.......だから、あんなにきらきらして見えるんですね......」
「.............!」
何だかとても納得してしまって、しみじみとその言葉を噛み締める。
木兎さんのバレーも、笑顔も、人柄も。
あんなにもきらきら輝くのは、木兎さん自身がスターだったからだ。
「────うん......」
木兎さんのことを考えながら、落ち着いた結論にすっかり満足していると......隣りに座る赤葦君が小さな声で頷き、その頭をポスンと私の左肩へ乗せてきた。
少し重みを感じる肩に、先程よりもずっと近くなった距離に、繋がれたままの左手に、色々な感情がどっと飛び出してくる。
「.......ぇ......あ、赤、葦、君......?あの、えと、......ぐ、具合、悪い......?大丈夫......?」
驚愕と羞恥、混乱、緊張、動揺の波に苛まれつつ、もしかしたら体調的な問題ではないかと思い当たり、どもりながらも咄嗟にそんな言葉を寄越せば、赤葦君は少し間を空けて「大丈夫」だと告げた。
でも、その声はいつもよりずっと力の無いものだったので、心配は募るばかりだ。
「.......ぇ、と......お、お茶、飲む......?あ、涼しいとこ、行く......?」
「.............うん、大丈夫......」
「.............」
私の目線からでは赤葦君の頭しか見えず、表情を確認することは出来ない。
驚きのあまり右手からはスマホがすっぽ抜けてしまい、空いた右手は手持ち無沙汰をそのままにどこに落ち着かせればいいのかわからずじまいになってる。
本当に大丈夫なのかと、近い距離にドキドキしながらもおずおずと赤葦君の様子を窺っていれば、繋いだままの左手を少し強めに握られた。
「.......体調は、問題無いんだけど......少し、このままで居させて......」
「.............っ、」
囁くような、少し掠れたような小さな声に思わずぎくりと心身が強ばった。
赤葦君とくっ付いてる左半身がじわじわと熱を持ち、夏の暑さとはまた違う熱が肌の上を伝っていく。
きっと今、私の顔は情けない程真っ赤になっていて、多分もうじき涙腺も決壊してしまうんだろうけど、私から赤葦君の顔を見れないということは、赤葦君からも私の顔が見えないということだと思うので、そこだけは少しほっとしてしまった。
だけど、どうしていいかわからず、何を言うべきかもわからないまま、ただただ固まることしか出来ずにいると、私の肩に凭れた赤葦君が、再び小さな声で言葉を紡いだ。
「.......俺も今日、森と話せてよかった。付き合ってくれて、本当にありがとう」
合縁奇縁
(多分、あの時みたいに。きっと、ずっと、君を待ってたんだ。)