AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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お手洗から出ると、赤葦君の姿は見付けられず、てっきり先に居るだろうと思っていたから強ばっていた心身が少しだけ緩んだ。
きょろきょろと周りを見回すもやっぱり居ないようなので、少し離れた葉桜の木陰で赤葦君を待つことにした。
私の頭のずっと上でふらりと揺れた桜の葉に釣られるように顔を上げると、夏の太陽と葉桜の木漏れ日がきらきらと目に映り、その何とも言えない心地良さにたまらずため息を吐く。
春も、秋も、冬も好きだけど、やっぱり夏が1番好きだ。
すごく暑いし、虫も沢山出るし、何かと大変な季節であるとは思う。だけど、植物が一段と輝く季節でもあるし、きらっきらの太陽が世界を照らし、風景も、そこに居る生き物達も、そして私達の心も、まるで上昇気流のように高く上げて、明るくしてくれる気がする。
木兎さんの笑顔とか、赤葦君の言葉とか、梟谷のバレーボールとか、立嶋先輩の存在とかも......私にとって、それらは全部等しいものだった。
「.............」
だから、赤葦君にはちゃんと謝らないと。
それで、もし許してもらえたら、......そしてもし、タイミングが合えば、昨日の夜まで考えていた赤葦君に聞きたいことリストを、1個でもいいから聞かせてもらえるといいな。
そんな自分勝手なことを黙々と考えている内に......ふと、思考が陰る。
赤葦君がなかなか現れないのは、もしかして、体調を崩してるのではないだろうか?
それとも......私に呆れて、怒って、......帰っちゃった、とか......。
「.............っ、」
途端、ぶわりと拡がる不安の渦に堪らなくなり、カバンからスマホを取り出そうとすれば、慌てていたからか手から滑り落ち、ガシャンと音を立てながら地面に落下した。
画面が下になって落ちてしまった為、液晶が大丈夫なのか心配になり焦ってしゃがみ込んだ、瞬間。
確認したその画面に、「ごめん、もう帰るね」という赤葦君からのメッセージが浮かんでいる様子がありありと想像できてしまい、スマホを掴んだ状態からピタリと動けなくなってしまった。
「.............」
もし、そうだったら、どうしよう。
とにかく、メッセージで謝って......それとも、電話して謝った方がいいのかな......。
もしくは、今から追いかければまだ直接謝れるかもしれない。
赤葦君は、もしかしたら、そんなのいいよと言うかも、しれないけど......でも、ちゃんと、謝らなくちゃ。
自分の憧れの人に、嫌われたく、ない。
「.............っ、」
堪えきれない涙がはらはらと流れる中、スマホをギュッと握り締め、深呼吸を2回してから意を決して立ち上がる。
「森!」
「!」
直後、すぐ近くから私を呼ぶ声が聞こえて、思わずぎくりと身体を固くしながらおずおずとそちらへ顔を向けた。
ぽたりと涙が零れた先に見えたのは、私の憧れの人のひどく混乱した顔だった。
「えッ、な、ど......どうした......!?」
「.............」
お手洗いからではなく、全く別の方向から姿を現した赤葦君に驚いたものの、私を見限って帰ってしまった訳では無いことに心の底から安堵してしまい、慌てて駆け寄ってくれた相手を前に次から次へと涙が零れた。
.......ああ、よかった......赤葦君、居てくれた......。
「やっぱり調子悪い?それとも、どこか痛む?」
「.............っ、」
凛々しい眉を下げ、心配そうに私の体調を窺ってくれる赤葦君の優しさにまた胸がきゅっと詰まり、瞳を閉じておずおずと頭を下げる。
「.......ごめん、なさい......!」
「え?」
「酷いこと、して、ごめんなさい......!」
「.......え......え?」
私の謝罪に赤葦君は相変わらず混乱したような色を浮かべたまま、一体これは何事かと言うような視線を送ってくる。
それでも、赤葦君にちゃんと謝りたかったので、みっともなくぐずぐず泣きながら、頭を下げたまま言葉を続けた。
「.......今日、ずっと、迷惑、掛けてばかりで......本当に、すみません......!」
「め、迷惑なんて、そんなこと思ってないけど......」
「.......さっきも、私、すごく、嫌なこと、しちゃって......」
「さっき?......って......」
私に対して戸惑っていた声が、少しだけ止む。
おそらく私が指している出来事......先程、赤葦君の手を不躾に離したことを、赤葦君も察してくれたんだろう。
急に静かになってしまった空間が、まるで温度が少し下がったように思えて心と身体が恐怖で縮こまる。
でも、悪い事をしたのは、私だから。
「.......赤葦君......呆れて、怒って、帰っちゃったと、思った......」
「.............」
「.......でも、ここに、居て、くれたから......ありがとう、ございます......っ」
「.............」
頭を下げたまま、止まらない涙と嗚咽を必死に遮り、拙い言葉を届ける。
でも、本当に、赤葦君がまだここに居てくれたことがありがたくて、心の底からほっとして、...多分、赤葦君に何とか嫌われてないことが、ひどく嬉しかった。
「.......そんなこと、するはずないだろ......」
「.............」
暫く黙っていた赤葦君の声が、頭の上からぽつりと降ってくる。
この状況でも変わらずに優しい言葉をくれる赤葦君に涙がもう一粒溢れると、その大きな手が私の頭を優しく撫でてくれた。
「.......本当、もう......敵わないな......」
「.............」
聞き心地の良い穏やかな声が、ひどく優しく私の耳と心に届く。
顔を見てなくても、わかる。今の赤葦君はきっと、切れ長の目を甘く緩めて、優しく笑ってくれている。
ああ、本当に、本当に優しい人だなぁ。
「.......でも、場所だけ変えようか。ここ、人目に付くし......」
「.............」
ひそりと小さく促された言葉に、ここがお手洗い近くの葉桜の下だったことを思い出し、鼻をすすりながらおずおずと頷くと、赤葦君は少しほっとしたように笑った。
そして、......おもむろに、私の前へ大きな掌を差し出す。
「.......手、繋いでもいい?」
「.............」
まるで、もう一度やり直しをさせてくれるように、赤葦君は穏やかに笑ってそんな気遣いを寄越してくれる。
その優しさに心臓がきゅっとなりながら、深呼吸をして、その大きな手を取った。
「つ、繋ぎたい、です......!」
情けない程の涙声でそう言うと、赤葦君はまた笑って、私の手を優しく包み込んだ。
▷▶︎▷
赤葦君に手を取られて移動した場所は、少し歩いた所にある日本庭園の池の近くにあるベンチで、先程の拓けた風景式庭園よりは人も多くなく、落ち着いて話が出来そうな雰囲気があった。
「......先ずは、そうだな......勘違いさせるような行動取っちゃってごめん。お茶買いに行ってたんだ」
二人でベンチに座り、私の涙や鼻水や情緒やらが落ち着くのを待ってから、赤葦君はゆっくりと話し始める。
「......一応、ラインはしたんだけど......でも、気付かなかったら意味ないよな......」
「!」
片手を自分の首の後ろに当て、ふらりと視線を外す赤葦君の言葉にはっとして、慌ててスマホを確認すると確かに未読通知が1件あり、開くと赤葦君からのメッセージだった。
「.......あ......ご、ごめん、なさい......!」
不安になってたのが完全に私の勘違いで、しかも自分の確認ミスだったことがわかり、申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちで爆発しそうになりながら頭を下げると、赤葦君は「いや、俺も既読になってるか確認すればよかったんだ」と直ぐにフォローしてくれる。
その流れで私の分のお茶まで貰ってしまい、再び緩みそうになる涙腺を必死に締める。
「それで、さっきのことだけど......俺は別に怒ってないし、呆れてもないよ」
「.............」
「......だから、森が不安に思うことは何も無い。仮に帰れって言われても、帰るつもりないし......泣かせたまま、帰すつもりも無いから」
「.............っ、」
赤葦君の言葉と、少しだけ強く握られた左手に、ぴくりと肩が震える。
視線を向ける先に悩んでしまい、結局自分の膝上にある園芸書の袋に落ち着かせると、赤葦君はゆっくりと話を続けた。
「.......恥を忍んで言うけど、......俺、結構今日のこと、楽しみにしてたんだ」
「.............」
「学校の外だったら、森と二人で、色々と、ゆっくり話せるかなとか思ってたんだけど......それなのに、不安にさせて、......泣かせて、ごめん」
「っ、そ、それ違う......赤葦君は、全然、悪くない......!」
「うん、でも、配慮が足りなかったのは事実だし......俺も、ちょっと浮かれてたと思う」
「.............」
「森と話したいこと、色々あったから......つい、自分本位になってた」
だから、ごめん。
思わぬ展開に慌てて赤葦君を見るも、赤葦君は律儀に瞳を伏せて私に頭を下げてくる。
そんなことない、赤葦君が謝ることなんて一つも無い。
必死にそう返すも、責任感の強い赤葦君からの反応は鈍く、どうすればいいんだろうとすっかり悩んでしまえば......ふと、右手に持っていたスマホの存在を思い出した。
とにかく今は、話題の切り替えが必要だ。
「.......あ、あの......私も、赤葦君と、その、話したい、こと......色々、あります......!」
「.............」
「ス、スマホに、メモして......きたん、だけど......上手く、話せなくて......」
「.............」
私の話にやっと頭を上げてくれて、赤葦君はその切れ長の目をきょとんと丸くしながら、私のスマホを見る。
いきなり何の話だと思われたかもしれないが、一先ず赤葦君の意識が逸れたことに少しだけほっとした。
「だから、その......わ、私の方が、ずっと、自分本位に、なっちゃうんだけど......赤葦君に、お話聞いても、いいですか......?」
「.............」
スマホを握り締め、図々しいお願いだとは知りつつ意を決して赤葦君に尋ねてみた。
「...うん、いいよ」
「.............!」
少し間が空いたものの、了承して貰えたことにほっとしてぱっと顔を上げる。
綺麗な黒い瞳とぱちりと視線が重なり、何だか少し恥ずかしくてそろりとスマホへ視線を流した。
「こ、これ、見ながらでも、いい......?」
手元にあるスマホをカンペにしても良いかと聞いてみると、優しい赤葦君は「いいよ」と快諾してくれた。
その言葉に甘えて、スマホの認証コードを解いてからメモ帳を開く。
この位置だと赤葦君に見られてしまうかなと一瞬焦ったが、どうせ聞いてしまうんだから下手に隠すこともないかと直ぐに思い直し、スマホの位置は動かさなかった。
「.......あ、赤葦君......二年生、だけど、三年生の先輩方とも、しっかり、お話し、されてて......凄い、から......その、何か、心掛けてることとか、ありますか......?」
「.............」
一先ず一番上にある事柄を聞くと、赤葦君は一度瞬きをしてから、ゆるりと顎の下に左手を添えた。
「......そうだな......うちの場合は先輩方が特殊というか......こう、運動部の上下関係みたいなものがあんまり無いんだよね。そもそも、二年の俺を副主将にするくらいだから......あの人達にとって、学年っていう一種の仕切りみたいなものがそこまで重要視されて無いのかもしれない」
「.............」
「......だから、バレーもやりやすいのかな。木兎さんを筆頭に、先輩方は寛大な人が多いから......まぁ、自由奔放な人も多いんだけど」
「.............」
「......でも、その寛大さにかまけて自分が図に乗らないようにとは、注意してるかも......兎に角、俺が凄いんじゃなくて、先輩方が凄いんだと思う」
「.............」
目線を庭園の池の方へ向けたまま、赤葦君はゆっくりと話してくれる。
赤葦君自身、凄い人だと思うけど、赤葦君はそうとは思っていなくて、先輩方が凄いと言う。
自分の素敵なところはなかなかわからないと以前保健医の先生が言ってたけど、本当にその通りだなぁと思っていれば、ふと切れ長の目がこちらへ向いた。
「.......と、ごめん。多分、こういう話じゃなかったよな?」
「え......いえ、全然、そんなこと、ないです......」
掛けられた言葉に、スマホを持った手を慌てて振る。
それでも、優しい赤葦君はもう少し話を続けてくれるようだった。
「......先輩に限った話じゃないけど、やっぱり言葉にしないとわからないことって結構多いと思う。俺が特に、誤解させやすいというか......感情の起伏がわかりにくいってよく言われるから......その分、ちゃんと自分から話さないととは思ってるかな」
「.............」
「それで、相手の話をしっかり聞く。その人とちゃんと話すにはやっぱり、相手の言葉をきちんと聞かないと成立しないし......俺の言葉がきちんと伝わってるかどうかは、相手の反応見ないとわからないしね」
「.............」
「.......だから、」
「.............?」
「.......さっきも言ったけど......ゆっくりでいいから、森と色々話したいなって思ってるよ」
「.......」
ぱちりと視線が重なって、瞬きを一度すると、赤葦君は至極穏やかにその端正な顔を甘く緩ませた。
夏の緑の世界、光と影のはっきりとしたコントラストと、赤葦君の笑顔が一瞬にして目に焼き付いて、おずおずと視線を下にさげたもののそれは暫く離れなかった。
意志のある所には道がある
(少しずつ、少しずつ。何かが、変わる。)