AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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夏の新宿御苑は、外だしただ暑いだけと思う人も居るかもしれないが、木陰や東屋など陽の光を遮る物が色々あるので、案外涼しさを感じる所が多い。
風が吹いてる日なら尚更心地好く、休憩中だろうサラリーマンの人や家族連れでピクニックに来ている人達なんかも、レジャーシートやベンチの上でぐっすり眠っている姿をよく見かける。
桜の花が見事なお花見のシーズンには沢山の人が居るものの、夏休みにここへ来る人はそこまで居ないようで、今日も特に混雑している様子は無かった。
前回来たのは確か梅雨時で、傘と長靴で雨対策をしながら一人でぶらぶらと苑内を歩き回り、雨と緑の世界を満喫したのを覚えている。
雨に濡れた緑が綺麗で、雨の音がいつもよりずっと静かに、綺麗に聞こえて、人も全然居なかったから、まるでこの世界に一人だけになったような、そんな感じがしたことをぼんやりと思い出した。
「.............」
だけど今は、夏の太陽の光が燦々と降り注ぎ、眩しいほどの緑がとても綺麗で、きらきらと輝くその様は生命力に満ち溢れている。
光と影のコントラストがくっきりとわかる明るい世界は、以前雨の中で見た姿形の輪郭が曖昧だった静かな世界とすっかり対照的で、だけど、確かに同じ場所に来ているはずなのに全く違う心地がするのは不思議なものだなと少し感慨深くなってしまった。
「.......森?大丈夫?」
「!」
考え事をしながら黙々と歩いてしまい、上から降ってきた心配そうな声にぱちりと意識が戻ってくる。
反射的に顔を上げると、少しだけ不安げに揺れる切れ長の瞳と視線が重なった。
「もしかして、体調悪い?少し休もうか?」
「.......ぁ......すみ、ません......大丈夫です......ちょっと......ぼんやり、してました......」
「.............」
赤葦君の顔を見て、しまったと思う。
今日は一人で来てる訳じゃないのに、ついうっかり自分の世界に入り込んでしまった。
心配してくれる優しい赤葦君に慌てて首を振り、ふらりと前に来た髪の毛を耳に掛け直す。
「......あ、赤葦君、前に来たことあるって、言ってたけど......それは、やっぱりお花見......?」
「.......うん。ここの桜、有名だから。確かに桜、見事だなって思ったけど、人が多くてびっくりした記憶が強い」
咄嗟に思い付いた話でも赤葦君はちゃんとのってくれて、その優しさに感謝しながらお花見シーズンの人の多さは毎年確かに凄いよなぁと小さく苦笑した。
「森はここよく来るんだよね。個人的に行くの?それとも園芸部として?」
「......どっちも......かな......」
「そっか......ここ、良い所だね。木陰とか涼しいし......なんか、時間がゆっくりに感じる」
「.......うん......」
「.............」
特にあてもなく、二人でゆっくり苑内を歩きながらとりとめのない会話を続ける。
夏の緑の世界は、ここが都心であることをすっかり忘れさせてくれて、本当に時間の流れを緩やかにしてくれているような、そんな錯覚すら覚えた。
「.......ここね、桜も凄く綺麗だけど......夏も、秋も、冬も、......全部、綺麗なんだよ......」
「.............」
「日本庭園もあるし......イギリス式とか、フランス式のお庭もあってね?あと、温室とかもあって、色んな種類のお花も、沢山見られて......」
「......へぇ、そうなんだ。今だと何の花が咲いてるとか、わかる?」
「......確か......ムクゲとか、オニユリとか......あ、もしかしたら、サルスベリとかも、咲いてるかも......」
赤葦君の質問に記憶を頼りに答えれば、「そっか。じゃあ、それ見たいな」と嬉しい言葉を返してくれる。
それなら、私がその子達の所までしっかり案内しないとなと小さく気合いを入れていれば、夏の大気を穏やかに混ぜるような涼風が正面からさらりと流れて、緑と土の微かな匂いを届けた。
その心地良さに心がほっとして、ゆっくりと深呼吸する。
「.......当たり前、なんだけど......ここは全部、綺麗に整えられてて......みんな、とても元気で......本当に素敵な所だなぁって、いつも思う......」
「.............」
「部活でも、こんな風にできたらって、思うけど......私の力量じゃ、なかなか、難しくて......あ、先輩は、本当に上手なんだけど......」
「.............」
「......でも、それでも部活、頑張ろうって、思えるから......、やる気、スイッチ?......押してもらえる場所だなぁって、思うんだ......」
「.............」
「.............」
「.............」
「.......ご、ごめんなさい......なんか、変な話、しちゃった......」
夏の緑の世界をゆっくりと歩きながら、ぼんやりとした思考ですっかり自分語りをしてしまい、赤葦君が口を閉じてしまったことでハッと我に返った。
左手は節ばった大きな手に包まれたままなので、園芸書の袋を持っている右手で赤くなる顔を咄嗟に隠す。
.......何一人でテンション上がってるの!園芸部の話なんて別に聞かれてないでしょ!
先程感じた涼風の心地良さなんてあっという間に消え去り、強い羞恥心と後悔の念に駆られていると、赤葦君はおもむろに繋いだ手を柔く握った。
「.......いや、全然」
「.............っ、」
「.......むしろ、.......やっぱり、いいな......って、思った」
「.............?」
自分語りをしてしまった恥ずかしさに打ちのめされていると、想定外の返事が上から降ってきて、理解が追い付かないまま思わず顔を上げてしまった。
私と視線が重なると、赤葦君はスっと口を軽く閉じて、足を止める。
それに釣られて私も一旦歩みを止めると、赤葦君は私と向かい合うように体勢を変えた。
「.......森の話。前からずっと思ってたけど......聞いてて、凄く心地良い」
「.............」
「.......森は、俺の事を良く言ってくれるけど......俺も、森の事を凄いと思うし、......今の話も、森が園芸頑張るなら、俺もバレー頑張ろうって思った」
「.............」
「.......きっと、知らないだろうけど......いつも、俺の気持ちを上向きに、前向きにしてもらってるんだよ」
「.............」
繋いだ手はそのままに、赤葦君は真っ直ぐ私を見て、思いがけない言葉を送ってくれる。
まさかそんなことを言われるとは全く思わなくて、きょとんと目を丸くしたまま何も返せずただぼう然としてしまう私に対し、赤葦君は至極真剣な面持ちで、繋いだ手をぎゅっと強く握った。
「.......だから、俺、森が、.......その、俺は、森のことが......」
ワンワンワンッ!
「ひえッ!?」
どこか張り詰めたような、赤葦君の雰囲気にすっかり飲まれていれば...直ぐ後ろから元気の良い鳴き声が聞こえて、たまらずびくりと肩が跳ねた。
何事かと思いつつ背後を確認すると、私と赤葦君の直ぐ近くにチョコレート色のミニチュアダックスが居て、その可愛らしい尻尾を楽しそうにブンブンと振っていた。
「.......わ、わんちゃん......?可愛い......じゃなくて、え......どこから......?」
「.............」
いつの間にかすぐ側に居た可愛いその子に驚きつつ、どこから来たんだろうと周りをきょろきょろと見回す。
飼い主らしい人をいまいち発見出来ず、とりあえず捕まえておいた方がいいのかなとしゃがもうとすれば、手を繋いだ赤葦君も一緒にしゃがんでくれた。
「.......リード、外れちゃったのか......うわ、すごいにおい嗅いでくる」
「......もしかして......焼肉のにおい......する、とか......?」
「......悪いけど、肉はもう食べちゃったから、何も持ってないよ」
二人してしゃがんでもミニチュアダックスは逃げないで居てくれて、差し出された赤葦君の大きな手に小さな鼻をくっつけ、フンフンとしきりに匂いを嗅ぐ。
一生懸命赤葦君の手の匂いを嗅ぐその姿が可愛くて、たまらず小さく笑ってしまうと聞き馴染みのない声が遠くから聞こえた。
「ごめんなさい!大丈夫ですか!?怪我はない!?」
「いえ、大丈夫です。むしろすみません、勝手に少し撫でてしまって」
心配そうな顔でこちらへ駆け寄ってきたのは主婦らしき女の人で、反射的に立ち上がった私と赤葦君の無事を確認すると、ほっとしたように大きく息を吐いた。
「そう、よかった......!あぁ、いいのよいいのよ。この子ったら、リードつける時に急に駆け出して行っちゃって......」
「さっき、焼肉食べたんですよ。それでいいにおいするのかなって話してました。ね?」
「.............」
見知らぬ人に完全に怖気付いてしまう私をフォローするように、赤葦君はその女性とスムーズに話し、自然に私へと会話を投げる。
ぎくりとしつつも何とか頷くと、飼い主の女性は「お昼ご飯、足りなかったのかしら......でも、本当にごめんなさいね。あなた達に怪我がなくてよかった」と丁寧にもう一度謝罪をしてから、愛犬のリードをしっかりと繋ぎ、そのまま慣れた手つきでその子を抱っこした。
くりくりとした大きな瞳を向けられ、くんくんと鼻を鳴らしながらこちらに来ようとするその可愛さに、少しだけ頭を撫でさせてもらう。
「......ふふ、可愛い......」
「あら、ありがとう。お姉さんになでなでしてもらってよかったね~。デートの邪魔しちゃったのにね~」
「っ、」
「!」
途端、飼い主の方から何気無く寄越された言葉に過剰反応してしまい、咄嗟に赤葦君と繋がっていた左手を勢いよく離してしまった。
いや、でも、デ、デートじゃ、ないし......そもそも、赤葦君と私なんかじゃ、釣り合わないというか、その、万が一にも赤葦君と私がそういう風に見られてしまうのは、物凄く図々しいというか......烏滸がましいと、いうか。
そんなことを一人でぐるぐると考えている間にその女性と可愛いわんちゃんはこの場から離れてしまい、再び赤葦君と二人きりになる。
先程の私の行動で、何だかとても居心地の悪い空気になってしまった。
「.............」
「.............」
「.............」
「.............」
「.......ぁ、の......ごめん、なさい......ちょっと、お手洗.......行って来ても、いいですか......」
「.............」
嫌な沈黙の後、どこか重い空気に耐えられず逃亡を図ろうとすれば、赤葦君は「うん、俺も行きたい」と話を合わせてくれたので、一先ずここから動き出すことには成功する。
でも、私が離してしまった赤葦君の手は、歩き出してもずっと離れたままだった。
気まずい気持ちを携えたままお手洗に辿り着き、一旦赤葦君と離れてから大きくため息を吐く。
いくら恥ずかしかったからとは言え、あんな風に手を離すなんて本当に失礼過ぎるし、あまりにも勝手過ぎる。
赤葦君はきっと、私が緊張していたから少しでも楽にしてあげようと気を遣ってくれていただろうに、私はその優しさを蔑ろにしてしまったのだ。
恩を仇で返すなんて、本当に無神経過ぎる。
「.............」
赤葦君、きっと傷付いた。仮に私が赤葦君にそんなことされたら、凄く傷付くし、凄く悲しいと思う。
否、もしかしたら赤葦君はなんだコイツと呆れてるかもしれない。
嫌なことをされたら誰だって不満に思うし、イラッとするし......嫌われて、しまう......可能性だって、ある。
.......もし、赤葦君に、嫌われたら......どうしよう。
「.............っ、」
暗い思考の終着点に、思わず心臓がきゅっとなる。
徐々に目頭が熱くなり、ぼやけていく視界をゴシゴシと擦ると、目元のメイクが落ちてしまい塵となって指の先にこびり付いた。
化粧なおさないと。思った矢先、強い自己嫌悪の波が来る。
.......あぁ、最悪だな、私。
折角赤葦君と出掛けられたのに、やっぱり自分の事しか考えられないでいる。
さっき赤葦君は私のことを良く言ってくれて、......本当に、勿体無いくらいの言葉をくれたというのに、私は迷惑しか掛けられないなんて。
赤葦君みたいなしっかりした人に、優しい人になりたいのに......私はずっと臆病で、甘えたで、自分のことしか考えてない凄く嫌な奴だ。
“────俺が居れば、お前は最強だ!!”
「!」
際限なく湧き上がる鬱々とした思考に窒息しかけている脳内に、いつか言われた素っ頓狂な言葉が響く。
思考回路に電気が走ったような、ばちっとした感覚にたまらず息を飲んだ。
.......あぁ、そうだ。そうだった。
私がどんなにダメな奴でも、どんなに嫌な奴でも、先輩だけは絶対、笑ってそう言ってくれる。
そして、間違えたことをしたなら、絶対そのままにするなと、風化なんかさせるなと、真っ直ぐな言葉をくれるはずだ。
「.............っ、」
赤葦君に、謝らないと。
呆れてるかもしれないし、嫌な気分になっているかもしれないけど、でも、ちゃんと言葉で伝えないとダメだ。
嫌われたくないと思うなら、嫌われない努力をしないと、ダメだ。
情けなく滲む視界を再び擦り、深呼吸を2回して、赤葦君が待つであろう夏の緑の世界へ足を進ませた。
月雪花は一度に眺められぬ
(でも、いつだって最強のヒーローが居るから、大丈夫。)