AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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自分のものよりずっと小さな左手は、俺の右手の中にすっぽりと収まっている。
その手を離されたくなくて、小狡いとは思いながらもあえて自分の利き手で彼女の手を繋いだ。
一通り化石や鉱石を見た後、薄暗い通路から抜けて明るい場所に出たものの、繋いだ手を離すつもりは毛頭なかった。
「.......昼飯、どうしようか?森はお腹空いてる?」
彼女が自分の左手を戸惑いがちに見ていたのはわかったが、わざと違う話題を寄越して気が付かない振りをする。
こちらを見るのが恥ずかしいのか、それともお互いの身長差が原因なのか、俯き加減になっている森はぴくりとその細い肩を揺らした。
「.......あ......えっと、少し......あ、赤葦君は......?」
「俺は、結構空いてるかな......だから、何でも行ける」
素直な気持ちを口にすれば、森は「そっか......」と小さく頷き、おずおずと周りを見回した。
おそらくこの近くの飲食店を探しているのだろうと軽く予想した矢先、スマホの着信を知らせるバイブ音が鳴り、黒のジーンズの後ろポケットから自分のスマホを取り出す。
「.......ぁ......ぇと......」
「.......うん、大丈夫」
「!」
利き手では無い左手でスマホを操作する俺に直ぐに気が付き、控えめに離そうとする彼女の小さな手を咄嗟に握り締めると、その指先が僅かにぴくりと震える。
俺の行動に驚いたのか、繋がっている手を見ながら固まってしまった森を横目でちらりと確認して、思わず緩みそうになる口元を何とか引き結んだ。
.......予想外の事が起こると驚きのあまり固まることのある彼女の姿は、まるでびっくりした小動物や小さな子供のようにも見えて、感情が一気にせり上がる瞬間がある。
胸の奥がきゅっとするような、腹の奥がムズムズするような、何とも形容しづらい感覚が瞬時に走り、慌てて理性がそのスイッチを遅れながらも消しに来る。
今回も何とか理性が間に合ったようで、きょとんと目を丸くして固まる彼女に可愛いなと感じるだけで済んだ。
「.......木兎さんだ」
「......え......?」
平静を装ってスマホを確認し、ぽつりと零すと森の不思議そうな声が聞こえる。
木兎さんからのメッセージ画面を開いたまま彼女が見やすい位置にスマホを差し出すと、俺の動きに誘導されるようにその丸い目もそちらへ向かった。
「.............!」
途端、森の顔はぱっと明るくなる。
俺のスマホに映っていたのは、最近オープンした焼肉店で昼飯を食べる木兎さんと園芸部の立嶋さん、マネージャーの白福さんと雀田さんの四人の楽しげな写真だった。
そういえば、マネージャーのお二人に木兎さんと焼肉に行かないかと誘われた日が今日だったはずだ。
森との予定を優先的に考えて断ってしまったものの、まさか立嶋さんを誘うなんて思ってもみなかったので内心少し驚いていると、どうやら木兎さんは男バレレギュラーのグループに今の写真を送ったらしく、直ぐに他の人達からメッセージを貰いだした。
「......焼肉、楽しそうで、美味しそうだね......」
「.............」
メッセージの通知が鳴り続ける俺のスマホを見ながら、ふにゃりと小さく笑う。
たったそれだけのことなのに、俺の中では様々な感情がどっとせめぎ合い、スマホを握る手が知らずの内に強まった。
ミシ......と嫌な音を立てたと同時に、空腹の状態で焼肉の画像を見たからなのか、なんとも間抜けな腹の虫が切なげに鳴り響く。
「.............」
「.............」
「.......ごめん。本当、ごめん......」
「.............」
聞こえた音にきょとんと目を丸くして、思わずと言った様子で俺を見上げる森の視線に耐えきれず、彼女から顔を背けて謝罪を述べた。
折角森と二人きりで出掛けられているのに、驚く程全然格好が付かない。
木兎さんと違い、滅多に自分の意見を主張しない彼女だから、今日はなるべく彼女の意向を探って寄り添おうと思っていたのに、自分が真っ先に主張してどうするんだ。
「.......ふ......」
「.............」
自分の不出来さにがっかりしながら顔を逸らしていると、ふいに小さくふきだすような声が聞こえて思わずそろりと森へ視線を寄越した。
右手で口元を隠し、くすくすと楽しそうに笑う彼女の姿が見えて、瞬間的に先走る信号を再び理性が抑える。
その間黙ったまま視線だけ寄越す俺におそらく誤解したのか、森は直ぐに笑うのをやめて「ごめん、なさい......」と小さく謝ってきた。
「いや、別に怒ってないよ......むしろ笑ってくれた方が、ありがたいかも」
「.............」
「......それと、昼飯。どうしようか......食べたいもの、何か思い当たりそう?和食洋食とか、米とかパスタとか、ざっくりとでもいいんだけど」
「.......ぇ、と......」
ひとまず怒ってないことを伝えて、そのまま再び食べたいものはないか聞いてみる。
先程の焼肉の写真を見て、個人的には肉が食べたいとは思うものの、今日は森の意向に沿いたい気持ちの方がずっと大きい為、空腹を携えたまま彼女が話し出すのをじっくりと待った。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......すみません......なんか、もう......焼肉しか、出てこなくて......」
「.............」
「.......今日、あっつい、けど......お肉、美味しそうだなって......」
「.......」
「.......ど、どうで、しょうか......?」
先程の写真に感化されたのはどうやら俺だけじゃなかったようで、眉を下げながらも森はおずおずと焼肉を提案してくる。
食べたいものが合致したことが嬉しい反面、女の子が好きそうなオシャレな店ではないことに少し不安を覚えた。
もしかして、俺を気遣って言ってるのではないかとも思ってしまう。
「.......うん。俺も、焼肉いいなって思ってた。でも、森はその、服とか大丈夫?におい付いたら困るんじゃないか?」
「あ.......でも、洗えば、落ちる、から......大丈夫......」
「.............」
さり気なく本当に焼肉で良いのか確認したものの、意外とライトな答えが返ってきて少しびっくりした。
そんな俺を他所に、彼女は眉を下げたままへらりと小さく笑みを零す。
「.......私も......お腹、空いてきちゃった......お肉、楽しみ」
「..............可愛いな......」
「?」
ぼんやりとした状態で彼女の控えめな笑顔を見たからか、ため息と共に思考がするりと口から零れた。
しまったと思い直ぐに口を閉じると、どうやら身長差のおかげで森の耳には届いていなかったらしい。
おずおずと首を傾げられ、たまらずほっと息を吐いた。
「......何でもない。じゃあ、ご飯行こうか」
咳払いをしながら平静を装いつつ、彼女の小さな左手を繋いだまま、昼飯を食べに飲食店へ足を向けるのだった。
▷▶︎▷
昼ご飯はチェーン店の焼肉屋に入り、主に俺がガッツリ食べるので90分制の食べ放題のプランで注文した。
俺程食べない森にとってそれはどうなんだと心配したものの、どうやら立嶋さんと焼肉に行く時は大抵このようにしているらしく、そして立嶋さんもよく食べる人だからとのことで、結局定額の時間制で食べることにしたのだ。
予測通り、彼女の方が先に満腹を迎えたものの、ドリンクバーの飲み物をゆっくり飲んだり、肉を焼くのを手伝ってくれたり、テーブルの上を片付けてくれたりと慣れた様子で残り時間を過ごしてくれて、またひとつ森の魅力に気付いてしまった。
ただ、それが立嶋さんの影響でというのが少し引っ掛かりを覚えるものの、「美味しかったね」と満足そうに笑われてしまえば、まぁ、いいかと思えてしまうくらいには惚れてしまっているらしい。
食べながらゆっくり話せるかと思ったが、うっかりすると直ぐに焦げてしまう肉を前にお互いそんな余裕は無く、結局殆ど食事の話で持ち切りなってしまった。
木兎さん達もこんな感じで今日を過しているのか、いや、木兎さんと立嶋さん、そして何よりも白福さんがとてもよく食べる人だから、こっちよりもずっと忙しないことになっているのではないかと彼女に話せば、白福さんのくだりが意外だったのか目を丸くして驚いた様子を見せていた。
そんなこんなで俺の腹も満たされて、これで暫くは鳴らないでくれよとひっそり腹の虫に頼みながら焼肉屋を後にして、さてこれからどうしようかと思考を回す。
今日の目的は森とゆっくり話すことであるが、今のところまだ実現出来ていない状態だった。
落ち着いて話すならどこかの喫茶店に入るのが定石なんだろうが、あいにく今はお互い腹は満たされていて、お茶をするにしても、もう少し時間を空けたいところだ。
駅ビルで買い物、近場の映画館、電車で少し移動して、水族館や博物館。
候補をいくつか頭の中であげてみるが、主張が控えめな彼女はきっと買い物することになってもずっと気を遣うだろうし、それなら正直俺じゃなくて同性の友達同士で行った方が楽しめるだろうと思う。
映画や水族館、博物館はそっちに集中してしまい、話す内容もそれらに関連したことになってしまうだろう。
それもそれできっと楽しいんだろうけど、......今日はやっぱり、まずはお互いのことをゆっくり話したい。
好きな食べ物とか、得意科目とか、誕生日とか。
俺はまだ、森のことを全然知らないのだ。
「.......結構食べたから、腹ごなしに歩きたいんだけど......森がよかったら、新宿御苑とか行く?」
「.............!」
いくつか候補をあげる中、彼女にとって一番負担のない場所かと考えさり気なく提案してみたら、森の顔がぱっと明るくなる。
園芸が好きなら、おそらくここも好きなのではと予想して口にした都内の名所だったが、彼女の反応を見てそれが合っていたことがわかった。
「.......あ......でも......赤葦君、その、......楽しめ、ますか......?」
しかし直ぐに不安そうな色を見せ、俺のことを気遣う言葉を口にする彼女に、昔に一度くらいしか行ったことないから、どこかでちゃんと行ってみたかったんだと返せば、心なしかほっとしたような顔を見せた。
「もしかして、森はよく行くの?」
「.......はい......年パス、持ってます......」
「え?年パスなんてあるのか?」
「.............」
話の流れで自分の知らない情報を持ってこられ、思わず目を丸くすると森は肩にかけてる小さい鞄からパスケースを取り出し、その中からおもむろに一枚のカードを俺に見せてくれた。
どうやらこれがその年間パスポートらしい。
「.......初めて見た......さすが園芸部だな......」
驚きながらも部活熱心な彼女の姿勢に素直に感嘆すると、森は少しだけ恥ずかしそうに笑い、カードとパスケースを再びカバンの中にしまい込んだ。
某有名なテーマパークの年パスを持っている人は見たことがあるが、まさか都内の庭園の年パスを大事に持っている女子が居るとは、本当に驚いた。
そして、本当に園芸が好きなんだなと改めて思う。
「.......道、こっちです......ここからだと......20分、くらいかな......」
「.......うん、わかった。ありがとう」
その証拠に、森の言葉は今までよりも少し主体性を持ち始め、どうやら道案内までしてくれるようだった。
提案したものの、ここから目的地までの詳細な道のりを把握出来ていない自分がだいぶ情けないが、彼女が知っているというのならここは彼女の知識に甘えてしまおう。
「.............」
どこか浮き足立つような様子を見せつつ、俺の隣をゆっくりと歩く森を見て、ふらりと欲が沸き上がる。
昼食を挟んだことで離れてしまった小さな左手を、もう一度繋ぎたくなってしまった。
俺の手の中にすっぽりとおさまってしまう、あの小さな体温がもう一度欲しい。
「.............」
一瞬、手を繋いでもいいか聞こうと思ったものの、聞いてしまえばきっと彼女はびっくりした顔をして、固まってしまうに違いない。
否、それならまだ良い方だ。仮に断られてしまったら、結構、......いや、かなりショックを受けるだろう。
本当は森の意向を確認するのが一番良い流れなんだろうが...一度あの感覚を知ってしまえば、ましてや相手が自分の好きな女の子なら、どうしてもまた繋ぎたいと思ってしまうのは、男として決しておかしなことでは無いはずだ。
そんなことを一人悶々と考え......気付いたら、隣りでゆらゆらと揺れていた彼女の左手をするりと捕まえていた。
「!」
「.............」
途端、びくりと肩を揺らした森が咄嗟に足を止める。
そのままおずおずと繋がれた左手を見つめ、ようやく俺の方へ視線を向ける頃には耳まで赤く、すっかり困った顔になっていた。
「.............っ、」
「.............」
.......今の、もし周りに誰も居なかったら、さすがにやばかったな......。
自分の中で急速にせり上がった感情を何とか鎮め、一度深呼吸をしてから彼女へゆっくりと言葉を零す。
「.......人、多いから、......はぐれ防止」
「.............」
「.......あと、俺が繋ぎたくて」
「.............」
建前と本音の両方を口にした俺に、彼女は赤い顔のままきょとんと目を丸くする。
眉こそ下がっているが嫌だと口にすることはなく、今のところ拒絶の色も窺えないようなので、森の返答は無いもののそのままずっと繋がせてもらうのだった。
押しの一手
(手を、繋いでるだけなのに、どうして、こんなに、)