AND OWL!
name change
デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
新宿に本店を構えるこの大きな本屋さんは、地下から8階まである。
元々本好きなこともあり、私にとってここはよく行く馴染みの場所だった。
緊張しながら赤葦君と会話を進めていると、どうやら赤葦君も本を読むのが好きで、ここにもよく来るらしい。
先程の待ち合わせの時も、そういえば文庫本を読んでいたことを思い出し、同じ本好きであることに一人でひっそりと嬉しくなった。
「......そういえば、ここの通路に化石とか売ってる店あるよね。アレ、なんか気になっちゃって、時間ある時見てくんだけど......あんまり興味無い?」
「......あ......えと......すみません、ここの通路って少し、雰囲気が、......薄暗くて......通ったこと、なくて......」
本屋さんを前にして、赤葦君から振られた話題におずおずと答える。
ここの通路は今居る所から一つ向こうの通りに行くのに最適な道であることは知っているが、照明が乏しい為かいつも薄暗く、何となく通りづらい感じがして、いつも別の道を使っていた。
「あぁ、確かに。ちょっと独特な空気感あるかも......もしかして、森って暗いのとか、怖いの苦手?」
「.......はい......すみません......」
「別に謝らなくても。悪いことじゃないんだし」
「.............」
図星をつかれてたまらず俯いてしまうと、赤葦君は可笑しそうに小さくふきだした。
こんな風に笑うということは、赤葦君は怖いの平気なのかなとぼんやり考えていると、相手は一度ゆっくりと息を吐いた。
「......俺、文庫本見たいんだけど、森はどこ見たい?園芸書とか?」
「......あ......はい......」
「園芸だと、農業になるのかな......あ、実用書の方にもあるのか?」
「......うん。どっちも、あるので......両方、寄ってもいい......?」
見たいものを聞かれ、素直に行きたい所を告げれば優しい赤葦君は「うん、いいよ」と快く了承してくれる。
そのままの流れで本屋さんへ入り、先ずは文庫本のフロアで最近の新刊やベストセラーを眺めた。
裏表紙や帯の簡単な紹介文を読み、気になった本の数ページを読んでみて、これが図書館に入りそうなものかどうかを考えながらタイトルと作者をチェックするということを何度か繰り返す。
読んでみたい小説はそれこそ無限にあるから、買っていくとキリが無いしそもそもそんなお金も無い。
その為、図書館に入りそうなものは極力そちらで読ませてもらっているのだ。
図書館というシステムを造った方々には、ただひたすらに感謝しかない。
そんなことを考えながら気になった本を黙々と読み漁っていると、背中から声を掛けられた。
振り向くと、ここの書店の袋を持った赤葦君が居て、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
赤葦君とはこのフロアに入ってから少しだけ一緒に居たものの、お互い気になるところが少し違うようだったので別行動を取っていた。
「探してた本見つかったから、買ってきた。森はもう少し見る?」
「......あ......いえ。ここはもう、大丈夫......」
「そっか。じゃあ、上行こうか。園芸書って全然読んだことないから、どんなものなのかちょっと気になってたんだ」
「.............」
ほんのりと楽しそうな顔をする赤葦君の言葉に、きょとんと目を丸くする。
園芸に携わる人、興味がある人以外、園芸書を読む機会は確かに少ないだろう。
そうなると、園芸に少しでも興味を持ってくれたのか......もしくは、私が園芸好きだから、それに合わせてくれてるのかもしれない。
はたまた、純粋に本好きの血が騒ぐだけなのかもしれないけど、いずれにしろ、ありがたいことに変わりはなかった。
「......ここは、品揃えが豊富で......図書館だと、新刊が少ない分野だから、ここで初めて見る本も多くて、私は、凄く楽しいです」
「.............」
「......なので、赤葦君も楽しめる本が......あると、いいんだけど......」
言葉の途中で、途端にしりすぼみになる。
こればっかりはその人の感性であり、私がどうこうできるものじゃないからだ。
「.......うん。それは、大丈夫」
「.............」
私の言葉に、赤葦君は少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと頷いた。
「知らない事を知るのは単純に楽しいし、......何より、森が楽しいなら、俺も楽しいよ」
「.............」
視線を重ねられ、切れ長の涼し気な目元がゆるりと甘く緩む。
優しい顔をした赤葦君のその様に、その言葉に、心臓がコトリと小さく動いた気がした。
今の言葉は、確か、いつかの朝に木兎さんに言われたものと同じだ。
木兎さんと赤葦君のしっかりとした絆や信頼関係が羨ましくて、私も立嶋先輩とそうなりたいと情けなく泣いたあの日、木兎さんはお日様みたいなきらきらとした笑顔を、言葉を、私に降り注いでくれた。
それと同じものを今、赤葦君も私にそっと寄越してくれる。
その優しさに、たまらず胸の奥がじんわりと温かくなった。
「.......ありがとう、ございます......」
赤葦君の心遣いに感動して、ちっぽけな頭を下げてお礼を述べる私に、赤葦君はただ優しく笑ってくれるのだった。
▷▶︎▷
園芸書のフロアでは思った以上に読み応えのあるものを沢山見つけてしまい、気が付けばお昼ご飯なんてとっくに食べているような時間になっていた。
うっかり夢中になり過ぎたことを謝罪してから、手頃な値段の園芸書を一冊購入して、再び出入り口の所まで来る。
何だかほとんど私に付き合わせてしまって本当に申し訳ないと反省していた、矢先。
ここに入る前に少しだけ話した薄暗い通路がふと目に入った。
先程は確か、私が怖い所が苦手だという話になり、その流れで何となく本屋さんへ直行してしまったが......もしかして、優しい赤葦君は私のその話を気にして、通路に入らない選択をしたのかもしれない。
「.............」
考えれば考える程そうとしか思えなくて、なんでその時に気が付かなかったのか、相変わらずボケている自分を呪うも時間が戻る訳もなく、手元にある本屋さんの袋をギュッと握り締めた。
「お昼、どうしようか?何か食べたいものある?」
「.......ぁ......」
聞かれた言葉に、思わず眉を下げる。
赤葦君のお腹が空いてるなら食事の方を優先するべきなのか......それとも、さっきおそらく気をつかって取り止めてくれた、この通路のことを話してみるべきなのか、すっかり悩んでしまった。
「.............」
「.............」
私が黙ってしまったことで沈黙が生まれ、その静かな空間にまたどうしようと焦ってしまう。
周りにはこんなに音が溢れているというのに、皆それぞれ楽しそうに会話しているのに、どうしてそれが私には出来ないんだろう。
「.......ゆっくりでいいよ」
「!」
じわじわと押し寄せる不安と自己嫌悪の波に視線が足元に下がってしまえば...頭の上から降ってきた落ち着いた声に、思わずぴくりと肩が跳ねた。
「.......俺が、森とゆっくり話したくて、今日一日貰ってるんだ。だから、さっきも言ったけど、森のペースで、ゆっくり話してくれれば」
「.............」
「.......不安に思わなくて、大丈夫だから」
「.............」
優しい言葉と共に大きな手が頭の上に降ってきて、ぽんぽんと軽く撫でられる。
まるで母親が小さな子を落ち着かせるようなその穏やかな手つきに、ぐるぐると頭の中を渦巻いていた不安が徐々に溶けていき、たまらず小さく息を吐いた。
相変わらず迷惑ばかり掛けていて本当に情けないし、そもそも今日一日の赤葦君の時間を割いて貰っているのは私の方であるのに、赤葦君は頑なにそうだとは言わない。
だけど、高校バレーの強豪校の休日なんて、私が考えている以上にきっと貴重なものであるはずだ。
.......だから、少しずつでも、ダメな自分を変えていかなきゃいけないのである。
「.......ぁ、の......た、食べたいもの、は......パッと、出て、こなくて......あと、さっき赤葦君、言ってた......化石?のお店......気に、なってて......」
「え?」
深呼吸を2回して、ぐるぐると考え込んでいた事柄を口にすると、私の頭から手を外した赤葦君は少し意外そうな顔を見せた。
「.......なんだ、ごめん。通路が怖いなら、入らない方がいいかと思って話流したんだけど......じゃあ、ちょっとだけ寄ってもいい?」
告げられた言葉におずおずと頷きながら、やはり先程は私のことを気遣ってくれたのだと確信して、申し訳ないと思いつつちゃんとそれに気が付けてよかったとも思った。
赤葦君は本当に優しい人だから、ぼんやりしているとその細やかな気遣いを見落としてしまうことがある。
あまりにもスマートにこなしてしまうので、後からその気遣いに気が付いて頭を抱えることになった場面も決して少なくない。
今日は泣いても笑っても二人きりな訳だし、なるべくその優しさにちゃんと気が付いて、可能な限り報いていきたいと思う。
薄暗い通路は少し怖いけど、でも、赤葦君が気になるという化石のお店には少しばかり興味があるので、相手の為と言うよりむしろ自分の好奇心を糧に頑張る気持ちは出来ていた。
「.......この道、暗くて怖いなら......手、繋ぐ?」
「.............」
怖いながらもよし、行くぞと心の中で奮い立っていれば、どこまでも優しい赤葦君はそんな提案をすると共に再び大きな手を私へ差し出してくれた。
先程は直ぐに引っ込められてしまったその綺麗な手は、今度こそしっかりと私へ向けられている。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......ぉ......恐れ、入ります......」
一瞬、本当に繋いでいいものかどうか不安に駆られてしまったものの、赤葦君の頼もしいオーラに惹かれて恐る恐るその綺麗な指先に私のそれを触れ合わせると、赤葦君の指先がぴくりと僅かに揺れ、そのまま流れるように大きな手ですっぽりと包まれてしまった。
私の手よりもずっと大きなそれに少しびっくりしてしまえば、赤葦君も手の大きさを比較していたのか、「森の手、やっぱり小さいな」とどこか確信した様子でそんなことを告げられる。
途端に赤葦君と手を繋いでる状況をより深く認識してしまい、反射的に赤くなる顔を隠すように俯いてしまえば、赤葦君も少し気を取り直すように一度咳払いをした。
「......じゃあ、行こうか。少し暗いから、足元だけ気を付けて」
「は、はい......」
そんな言葉を寄越され、小さく頷く。
赤葦君と手を繋ぎながら歩いたその薄暗い通路は、緊張した状態での歩行だったからなのか、恐怖という感情は全く出てこなかった。
案ずるよりも産むが易し
(手を繋いで見た小さな化石は、巨大な恐竜のそれよりもずっとドキドキした。)