AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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この日が待ち遠しかったような、でも、ずっと来ないでとどこかで願っていたような、相反する気持ちで迎えた水曜日。
今日までに色んなことを散々悩んで、散々落ち込んで、極度の緊張と不安を抱えて昨晩眠りに就いたからか、今日は馬鹿みたいに早くに目が覚めた。
二度寝する気にもなれず、顔を洗ってから今日着ていく服を眺め、本当にこれで大丈夫かと何十回目となる不安に襲われる。
結局赤葦君とは待ち合わせ場所だけ決めて、何を食べるか、何をするかはその都度決めることにした。
なので、目的に合わせた服を選ぶ必要は無く、ただ単純に好きな服を着ればいい話ではあるのだけど......出掛ける相手があの赤葦君となれば、ヘタな格好は出来ないとどうしても不安になってしまうのだ。
昨晩まで悩みに悩んで選んだものは、友達に好評だったミントグレーの半袖シャツワンピースだ。
同色の大きめのボタンとベルトが印象的で、よく見ると襟や裾に花の刺繍が織り込んであるのがとても可愛くて、少しだけ値が張ったけど一目惚れで買ってしまった。
ワンピースだけだととても甘い雰囲気になるので、愛用のホワイトカラーの腕時計と黒のスニーカーと合わせて少しカジュアルにしてみたら、平凡な顔立ちの私でも何とか浮かずに着られることが友達の反応から窺えて、今ではお気に入りのお出かけ服となっている。
スカート丈が膝下なこともポイントが高いし、全体のシルエットがとても可愛い。
「.............」
お気に入りの服ではあるものの、本当にこれで大丈夫なのかという不安がひっきりなしに襲ってくる。
何しろ、今まで制服かジャージでしか会ったことがない相手だ。
考えてみれば、先輩以外の男の人と二人で出掛けること自体、初めてなのである。
「.............」
......どうしよう、なんか、お腹痛くなってきた......。
押し寄せる不安の波に情けないため息を吐き、よろよろとその場にうずくまる。
......やっぱり、私なんかが赤葦君と出掛けるなんておかしいと思う。
考えれば考える程悪い想像しか出来なくて、迷惑を掛けて嫌われてしまう前に退いた方がいいのではと結論付けてしまう数秒前、スマホのアラームが勢いよく鳴り出した。
不意をつかれてビクリと肩が震え、ぐるぐると脳内を巡っていたマイナス思考が一旦停り、ひとまずその音を止める。
「.............」
まるでナメクジにでもなったような、のろのろとした動きでスマホを見ると、昨晩まで使っていた簡易メモのページがそのまま表示されていて、ぼんやりとその羅列を追った。
そこには、赤葦君に聞きたいことを忘れないようにと、昨日までの私が作ったメモ書きがある。
10個ほどあるそれを読み、今日この答えを赤葦君から貰えるかもしれないと思うと、真っ暗な思考回路に少しだけ光がさしてきた。
「.......迷ったら......やりたい方、やって......後悔する......」
以前立嶋先輩から教わったことを小さく口に出し、一度目を瞑って深呼吸する。
迷ってしまえば、悩んでしまえば、実行しても回避してもどっちにしろ後悔が残る。
だから、そういう時は実行してから後悔しろと、先輩は笑いながら言っていた。
「.......よし......!」
気合を入れて、ゆっくり立ち上がる。
時間は有限だ。もたもたしてれば、朝の支度時間なんてあっという間に無くなってしまう。
着替えて、化粧して、髪の毛やって、ご飯食べて、歯磨きして......。
これからやることを考えて、時計を見て、やっと出掛ける為の準備を始めた。
立嶋先輩は、いつだって私のヒーローなのだ。
▷▶︎▷
本日の待ち合わせ場所である新宿駅東口に集合時間の五分前に到着し、赤葦君は居るかなと軽く辺りを見回すと、すらりと背の高い待ち合わせ相手は直ぐに見つかった。
落ち着いたベージュのカラーシャツに黒のパンツ、黒いワンショルダーバッグを背中に文庫本を読んでいるその姿は、まるでモデルさんのようにも見える。
赤葦君の周りに居る女の人だけでなく、少し離れた所にいる人達まで彼に注目しているようで、きっと読書中じゃなかったら何人もの女の子に声を掛けられていたに違いない。
......正直、迂闊だった。学校だとそこまで長く話す機会はないから、あまり気に止めてなかったけど......梟谷の制服を着ていない赤葦君は、いつもよりずっと大人っぽく見えて、そして、さらに魅力的に感じる。
自分のことばかり考えてて、赤葦君がいかに格好良い人だったかをすっかり失念していた。
「.............」
群衆から数々の視線を集めている赤葦君を見て、初っ端からどうしようと困ってしまい、眉を下げたままその場に立ち尽くしてしまう。
ひどく人見知りをするお子様な私は、知らない人の目に留まることは極力したくないのだ。
......だけど、待ち合わせ時間は刻一刻と迫ってくる。
「.............!」
そんな事をしていれば五分なんてあっという間に過ぎて、ついに待ち合わせ時間になったとき、赤葦君はふと読んでいた本から顔を上げ、ゆっくりと辺りを見回した。
180センチを超える視界から見渡すからなのか、単に探すのが得意なのか、赤葦君は直ぐに私の姿を見つける。
ぱちりと音が鳴りそうな程視線が重なった後、思わず軽く後ずさる私とは対照的に、赤葦君はおもむろにこちらへ長い足を向けた。
「......おはよう。もしかして探してた?」
「......お、はよう、ございます......すみません......」
先程まで遠目に見てた私服姿の赤葦君がすぐ傍まで来て、優しく挨拶してくれる。
途端に緊張が走り、自分のショルダーバッグの肩紐をギュッと握り締めながらおずおずと言葉を返すと、「なんで森が謝るの」といつものように少しだけ眉を下げて笑ってくれた。
「.......でも、よかった」
「.............?」
笑いながら、どこかほっとしたように息を吐く赤葦君に何だろうと首を傾げてしまうと、赤葦君はその切れ長の瞳をほんの少し甘くゆるめ、私に視線を寄越した。
「.......正直、今日来てくれるかちょっと心配してたんだ。俺と森って、話すようになったのつい最近だし......自分勝手に話進め過ぎたかなって、少し反省してた」
「.............」
赤葦君の言葉に、思わずきょとんと目を丸くする。
今朝の今朝まで今日行くことを悩んでいた私の内心を見透かされていたことにはギクリとしたが、赤葦君が反省することなんてひとつも無いのだ。
むしろ、私の方がずっとうじうじ悩んでて、反省しないといけないことばっかりなのに。
「.......っ、あ、あの......」
「ん?」
早速気をつかってくれる赤葦君になんだか申し訳なくて、意を決して話しかければゆるりと視線を合わせて私の言葉を待ってくれる。
「.......お忙しい中......時間、作って、もらって......ありがとう、ございます......」
「.............」
「.......迷惑、掛けない、ように......したいん、ですが......ごめんなさい、あの、き、......緊張、してて......本当、すみません......」
「.............」
今の率直な気持ちを伝えて、深々と頭を下げる。
この時点で既に迷惑を掛けているのではと考えてしまうが、学校外、私服姿の赤葦君、泣いても笑っても二人きりというとんでもないカードが揃っている今、気弱な私はどうしても緊張感が胸を、頭を占めてしまうのだ。
きっと他の女の子であれば、ドキドキしつつも楽しく赤葦君と出掛けられて、きっと赤葦君のことも楽しませてあげられるんだろう。
だけど、色々なもののスペックが著しく低い私は、まずはこの緊張感からどうやって抜け出せばいいのかすっかりわからなくなってしまった。
いつの間にか視線は自分の足元にいっていて、だけど赤葦君が、そして周囲の人達がこちらを見ていることだけはこの場の空気ではっきりとわかり、その居た堪れなさにたまらず目を閉じてしまう。
折角赤葦君がわざわざ時間を作ってくれたのに、いきなりコミュ障発揮してこの後どうするつもりだ!
「.............」
「.......うん、わかった」
「!」
初っ端から躓いてしまい、じわじわと薄い涙の膜が瞳に浮かんでいくのを必死に耐えていると...ふいに、一つ結びにした頭をぽんぽんと軽く撫でられ、反射的にびくりと肩が震える。
「......ゆっくりでいいよ。森のペースで、ゆっくり話して?」
「.............」
「......今日は本当、来てくれてありがとう。頑張ってくれたこと、凄く嬉しい」
「.............」
「.......あと......」
「.............?」
「.......俺も、ちょっと緊張してるのかも......」
「.............」
赤葦君の落ち着いた声が上から降ってきて、本当に不甲斐ないと思いながら感謝の気持ちを胸に浮かべていると、少し予想外のことを告げられ思わず顔を上げてしまった。
私と目が合うと、赤葦君は私の頭を撫でていた手をゆっくりと外し、その手の甲で自分の口元を隠しながらふらりと視線を他所へ外す。
「.......私服姿、初めて見たし......新鮮というか、その、......可愛い、なと......」
「.............」
顔を逸らした赤葦君の珍しくもたどたどしい言葉に、きょとんと目を丸くしたまま思考回路がカチリと停る。
きっと誰もが羨望する程勿体無い言葉を頂戴したというのに、頭の悪い私にはあまりにも衝撃的過ぎてしまい、否定も謙遜もしないままただバカみたいぼんやりとしてしまった。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......そうだ、ちょっと本屋寄ってもいい?あ、でも森がお腹空いてたら、先にご飯でも全然構わないんだけど」
私の反応の鈍さに気をつかってくれたのだろう、赤葦君から別の話題を提供してくれた。
その内容に思考回路がやっと回りだし、二、三度瞬きをしてから慌てて言葉を紡ぐ。
「.......あ......本屋、行きたいです......」
辛うじて出てきた言葉は何の捻りもないものだったが、赤葦君はその涼し気な目元をゆるりと甘くゆるめた。
「.......じゃあ、............」
私の前に大きな手をスッと差し出した赤葦君だったが、一瞬言葉を詰まらせたかと思うと、直ぐにその手を引っ込めてしまう。
「.......行こうか。紀伊国屋でいい?」
「.......あ......はい......」
聞かれたことにおずおずと頷けば、赤葦君はそのままくるりと背を向けて、本屋さんに向かってさくさくと歩いて行く。
置いて行かれる訳にもいかないので、私も慌ててその大きな背中を追って足を進ませるものの...胸の奥で少しだけ、赤葦君の綺麗な手が引っ込められたことを残念に思ってしまった。
......とは言っても、私はただのクラスメイトで、友達......に、なったのも、つい最近で、そんな私が赤葦君と手を繋ぐなんて、図々しいにも程があるだろう。
今日、一緒に出掛けてるのだって、今でも信じられないと言うか、未だにどこか現実味を帯びていないと言うのに。
「.............」
赤葦君の優しさに、甘えてばかりじゃダメだ。
それに今日、聞きたいことも考えてきたんだし、ちゃんと自分の言葉で、自分の意思で赤葦君に伝えなければ、赤葦君の大切な時間を貰った意味が無い。
しっかりした人になると宣言したのだから、先ずは具体的に動かなければ。
そんな決意をひっそりと固めつつ、私の理想の人である赤葦君の後ろを懸命に追うのだった。
似たもの同士
(今更ながら、お互いの距離感がわからない。)