AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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「......あ、いたいた。おーい、園芸部~」
7月下旬、いよいよ夏休みの到来である。
これでもかと降り注ぐ真夏の太陽の下、麦わら帽子を被って植木の剪定をしていた立嶋先輩と私は、緩やかなソプラノに呼ばれて同時にそちらへ顔を向けた。
聞き覚えのある声だと思えば、そこにはミルクティー色の長い髪をポニーテールにしたすらりと背の高い男バレのマネージャー、雀田先輩と、ストレートティー色の長い髪をさらりと下ろしたスタイル抜群の同マネージャー、白福先輩が部活着姿でこちらへ歩いてくるのが見えた。
「暑い中お疲れ様~。二人はお昼休憩、もう終わっちゃった?」
「おー、そっちもお疲れ。さっき終わったけど、何?なんか用事?」
柄の長い枝切りバサミを地面へ置き、立嶋先輩はTシャツの襟元で顔の汗を拭いながらマネージャーのお二人に挨拶する。
私も先輩にならって手の平サイズの剪定バサミを地面へ置いてから、立嶋先輩の斜め後ろへそっと身を寄せて「こんにちは......」と頭を下げた。
「こんにちは~。園芸部、炎天下の中頑張ってるから、コレお裾分けしようと思って」
「練習試合の応援とかも来てもらってるしね。その御礼も兼ねて?作ってみました~」
雀田先輩と白福先輩はその綺麗な顔をにっこりと綻ばせ、小さなトートバッグから四角いタッパーと割り箸を二膳こちらへ寄越した。
目を丸くしつつも軍手を外してそれを受け取った先輩は、タッパーを少しだけ眺めてからゆっくりとフタを開ける。
先輩の後ろからおずおずと覗き込むと、甘い蜂蜜の匂いとさっぱりとした柑橘系の匂いがふわりと鼻をついた。その中には、綺麗に輪切りにされたレモンが数枚、とろりとした黄金色の蜂蜜に浸されている。
「うおー!レモンの蜂蜜漬け!え、すっげぇ美味そう!いいの!?」
「いいよ~。園芸部用に作った奴だから」
「マジか!じゃあ有り難くいただきマス!」
「立嶋君、ちゃんと夏初ちゃんと半分こするんだよ?」
「は?そんなの当たり前田のクラッカーですけど」
「えー、それ古くない?」
食べ物を貰ったことで一気にテンションを上げる立嶋先輩に、マネージャーのお二人は可笑しそうに笑う。
だけど、颯爽と割り箸を手に取り素直に喜ぶ先輩を前にして、二人は満更でもなさそうだった。
「......夏初ちゃんも、苦手じゃなければ食べてみてね。熱中症予防にもなるから」
「っ、あ......ありがとう、ございます......!い、いただきます......!」
先輩方をついぼんやりと見ていれば、気をつかってくれたのか雀田先輩が私の方へ顔を向け、優しい言葉を掛けてくれる。
どもりながらも御礼を言って頭を下げると、すでにレモンを食べている先輩から割り箸を寄越され、僭越ながら私も頂くことにした。
とろりとした蜂蜜を零さないように気をつけながら、輪切りのレモンを頬張る。
爽やかな柑橘系のみずみずしい食感と、優しい蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がり、真夏の暑い世界で頂くそれは驚く程美味しかった。
「あ、美味しい......!」
「ン〜!んまい!雀田も白福も天才!これはプロの犯行だ!」
「犯行てw何の犯罪行為なのよw」
「決まってんだろ、園芸部の心を奪った罪だ」
「じゃあ私達ル●゜ンか~。悪くないね~」
たまらず口から零れた思考に立嶋先輩が続き、雀田先輩と白福先輩が楽しそうに笑う。
でも、心が奪われたというのはあながち間違ってもないと思う。
だってコレ、本当に美味しい。直前まで冷蔵されていたのか、ひんやりと冷たいところも含めて、夏にピッタリだ。
おそらく男バレ用に作ったものを、優しいお二人は園芸部へお裾分けしに来てくれたのだろう。
こんな素敵なものを作ってくれるマネージャーが二人も居るなんて、男バレが少し羨ましいなと思っていると、お二人はちらりとお互いに目を合わせた。
「.......で、それを食べた立嶋君にちょっとお願いがあるんだけど、」
「ちょっと待て。食わせた後に商談持ち掛けるのはズルくね?」
雀田先輩の言葉を、立嶋先輩が途中で止める。
割り箸を片手に乾いた笑顔を浮かべる立嶋先輩をゆるりと見やり、雀田先輩はにっこりと綺麗な笑顔を浮かべた。
「ズルくないよ?だって私達、ル●゜ンなんでしょ?」
「.......夏初もレモン食ったけど、対象俺だけなの?」
「え......」
「.......うーん......確かに、そうだねぇ......」
途端、話の矛先が一瞬だけ私へ向き、お二人の視線がこちらへ寄越されて思わずぎくりと身体を強ばらせる。
うっかりレモンを食べてしまったのはもしかしてまずかったのかとゆるゆると眉を下げてしまえば、私の反応に雀田先輩は可笑しそうにふきだした。
「.......可愛い夏初ちゃんには、後日お願いをすることにして、」
「.............」
「今日は立嶋君単品でお願いするね」
「.......オイ、知らねぇのか?世の中ってのは、単品よりセットの方が何かとお得に出来てるんだぜ?」
「そうだね~。でも、今日ばかりは単品で注文したいところなんだ~」
「というか、私達最初から立嶋君に用があるの。そろそろ話進めていい?」
「うっす」
「.............」
美人の先輩方を前にして、立嶋先輩は大人しく口を閉じる。
いつも何かと破天荒な先輩だけど、白福先輩と雀田先輩にはどうやら強く出られないらしい。
あまり見ることの無い光景に少し驚いている私を他所に、先輩方の話は続く。
「立嶋君さ、今週の水曜日、ちょっと空けといて貰えない?」
「今週の水曜?え、なんで?何かあんの?」
「新しくできた焼肉屋さんがねぇ、カップルで行くと30%オフになるんだって。一先ず木兎は捕まえたんだけど、他のメンツは私と木兎とは焼肉食べたくないって拒否られちゃってさ~。ひどくな~い?」
「え、焼肉!?行く行く!!......でも、それアシ君も断ったのか?なんか珍しくね?」
焼肉という単語に、食欲旺盛な立嶋先輩はきらりと目を輝かせて賛同した。
しかし直ぐに不思議そうな顔をして、マネージャーのお二人に尋ねる。
「.......うん。なんか、その日は先約があるんだって」
「ふーん?まぁ、そっか。アシ君だっていつも木兎とニコイチって訳じゃねぇもんなァ」
「.............」
白福先輩と雀田先輩はちらりと一度目を合わせた後、赤葦君は予定が合わなかったことを告げる。
何となく不自然な間があったような気もするが、質問した立嶋先輩が納得しているのなら、蚊帳の外である私がとやかく気にすることでもないだろう。
赤葦君もきっと焼肉食べたかっただろうな、でも、木兎さんと立嶋先輩が一緒だと落ち着いて食事が出来ないかもなと勝手にくるくると考えていると、ふいに立嶋先輩が私の方へ顔を向けた。
「あ、わり、夏初、勝手に進めてた。水曜、焼肉行ってきてもいい?」
「.......あ、はい。行ってらっしゃいませ......」
焼肉に行く、つまり部活を休んでもいいかと律儀に聞いてくれる先輩に特に問題は無いことを告げると、立嶋先輩はパッと嬉しそうに笑った。
「サンキュ!お土産にガムたくさん貰ってきてやるからな!」
「それは要りません......」
まるで小さな子供のようにニコニコと楽しそうに笑う先輩を見上げながら、どこかズレてる気遣い、もしくは冗談を丁重に断っていると、雀田先輩はパチンと軽く手を叩く。
「ヨシ、じゃあ、決まりね。水曜日よろしく」
「おう!任せろ!非の打ち所もないレベルのスパダリ演じてやんよ!」
「わぁ、その発言からもう不安しかなーい」
勢いよくガッツポーズを見せる立嶋先輩に対し、白福先輩がにこにこと柔和に笑いながらおそらく心からの本音を述べる。
そのまま言い合いを始めてしまったお二人を眺めながら仲良しだなぁと思っていると、雀田先輩が少しだけ私の方へ身を寄せてきた。
「じゃあ夏初ちゃん、悪いけど、立嶋君ちょっとだけお借りするね」
「え、そ、そんな......!お、お気遣いなく......?」
咄嗟のことにそんな言葉を返してしまったが、そもそも立嶋先輩をお貸しするような立場でもない為、この言い方が正しいのか否かはわからない。
だけど、別に園芸部の活動は一人でも出来るし、先輩も焼肉喜んでるし、マネージャーのお二人にもメリットがあるなら問題は何もないだろう。
強いて言うなら、立嶋先輩も木兎さんもおそらく沢山食べるだろうから、その焼肉店の在庫だけが心配だ。
「.......でも、夏初ちゃんの“スパダリ”は、きっと来るから」
「え?」
思考があさっての方向へいってしまうと、それを留めるように雀田先輩からそんなことを話され、思わず聞き返してしまった。
どういうことですか?と視線で訴えれば、先輩はその綺麗な顔をゆるりと綻ばせる。
「ちょっと堅物だけど、悪いヤツじゃないのよ。そこは安心してね」
「.............?」
補足するように続けられた言葉の意図もやはりよく解らず、控えめに首を傾げるも、雀田先輩は楽しそうに笑うだけで何も教えてくれなかった。
▷▶︎▷
そんなこんなで夏休み初日の部活が終わり、特に寄り道はせずに帰宅する。
先にお風呂に入り、夕食までの間に夏休みの課題をやろうかなと思っていると、自室の机の上に置きっぱなしにしていたスマホに何か連絡が入っていることに気がついた。
「.............!」
誰からだろうと相手を確認すると、未だ見慣れないアイコンと名前が画面に浮かび、たまらずドキリと胸が騒ぐ。
電話ではなくメッセージのようで、丁度15分前に送られて来ているそれに少し気後れしながらロックを外し、内容を確認した。
【お疲れ様です。前話してた件だけど、今週の水曜日って空いてる?俺は部活無くて用事もないから、もし森の都合が良ければ、どこか行かない?】
小さな画面に並ぶ文字を読み、あれ?と思う。
今週の水曜日、ってことは、今日の部活中、立嶋先輩がマネージャーのお二人に誘われていた日だ。
そこで確か、赤葦君も誘ったけど先約があるから断られたと言っていたような......。
【お疲れ様です。今週の水曜日で、合ってますか?何かご予定はありませんか?】
少し考えて、一応再度確認を取ってみると、直ぐに既読マークがついた。
どうやら赤葦君もスマホを触っているらしい。
【うん、合ってるけど......もしかして都合悪い?難しいならこの日じゃなくてもいいよ】
【いえ、大丈夫です。赤葦君に、問題が無いなら構わないです】
【俺も大丈夫だけど、もしかして誰かから何か聞いた?】
「.............」
赤葦君の言葉に、ピタリと指が止まる。
相変わらず察しがいい人だと思う傍ら、昼間の件を赤葦君に話してもいいのかどうしようか、ちょっと悩んでしまう。
【今、時間ある?電話してもいい?】
「え......」
そんな私の思考を読んだように、赤葦君は続けてメッセージを送ってきた。
既読をつけた手前、“はい”か“いいえ”か答えなければならない。
そのうえ、赤葦君と電話なんて今までしたこともなく、どう受け答えすればいいのかすっかりわからなくなってしまった。
どうしよう、と暫く固まっていると、手元にあるスマホが唐突に震えだし、「ひえっ......!」と情けない悲鳴がもれる。
恐る恐る着信画面を確認すると、そこには「赤葦京治」という4文字がはっきりと表示されていた。
「.............っ、」
忙しなくぐるぐると回る思考回路に苛まれつつ、深呼吸を二回してから、意を決して通話ボタンをスライドした。
「.......は、はい......」
《......ごめん、ダメ元で掛けた。都合悪かったら切るけど......》
「あ、いえ......大丈夫です......すみません......」
《......なんで森が謝るの》
おずおずと電話に出ると、耳元近くで穏やかなテノールが聞こえ、ドキドキしながらも言葉を返すと苦笑気味に笑われてしまう。
電話越しでも赤葦君の声は聞き心地が良く、変わらない優しい口調に思わずほっとしてしまった。
《.......それで、俺の話、誰かに聞いた?少し気になっちゃって......もしかして、立嶋さんとか?》
「.......あ、えっと、.......あの、今日、実は......」
一瞬どうしようかと思ったものの、下手に隠すよりも話してしまった方がいいかと思い直し、昼間の出来事を赤葦君へ伝えてしまった。
私の話を聞き終えると、赤葦君は一度大きく息を吐く。
《.......あー......それは、その......森と出掛けられたらなって、思ってて》
「.............」
《とりあえず、先に水曜空けておこうと思っただけで、別に用事はなかったんだ》
「.............」
《......で、森も、大丈夫なんだよね?水曜日》
「.......あ、はい......」
《......じゃあ、決まりだな》
赤葦君の予定の確認から、トントン拍子で日取りが決まり、なんだかもう頭がいっぱいいっぱいになってきた。
《どこか行きたいとこある?あと、食べたいものとか》
「.............」
《.......森?聞こえてる?》
「.......ぁ......」
そんなポンコツな状態で、何かを考えるなんてことは到底出来ず、電話越しだというのに深々と頭を下げてしまう。
「.......す、すみません......今、パッと、思い、つかなくて......」
《.............》
「.......あ、赤葦君は、どうですか......?」
《.......俺は......》
申し訳ないとは思いながらも素直に現状を述べてから、苦肉の策とばかり赤葦君へ聞いてみると、少し間を置いてからしっかりとした声音で答えてくれた。
《森と一緒ならどこでも行きたいし、何でも食べたい》
「.............」
《.......まぁ、まだ少し日があるし......それは追追決めようか》
「.............」
思いもよらない赤葦君からの言葉にびっくりしてしまい、思考回路が閉鎖したまま言葉が口から出てこない。
そんな私を見越してか、赤葦君は落ち着いた声でそう話を纏めると、《また連絡する》と言ってゆっくりと通話を切った。
すでに繋がっていないスマホを片手に持ちながら、徐々に顔を中心に熱を持っていくのが無性に恥ずかしくて、慌ててそれから手を離し、どんどん赤くなる顔を必死に両手で隠すのだった。
近くて遠きは恋の路
(禁断の果実はきっと、林檎じゃなくて檸檬だった。)