AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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期末試験の結果が全て返ってきて、同時に夏休みの課題なんかも配布されて、それでも楽しい夏休みを間近に控えた学生達の顔は明るいものの方が多かった。
かく言う私も例外なくどこか浮き足立っていて、意味も無くスケジュール帳の予定を確認したり、この夏休み中の部活の時間を何度も見たり、いつもよりずっと落ち着きが無くなっている。
勿論、高校二年生の夏休みなので夏期講習に申し込んだり、学校からの課題も多かったりする為、決して遊んでばかりという訳にもいかない。
だけど元々夏という季節が好きなこともあり、そして平日休日関係無く一日中部活ができるというのもとても嬉しいことなので、気が付けば楽しいことばかり考えてしまっていた。
「あれ?夏初部活は?」
放課後になり、いつもなら部室である第三会議室へ直行する私の足が別の方へ向いていた為、友達は不思議そうに声をかけた。
「今日はちょっと遅れますって先輩には言ってて......図書館寄ってから部活行く」
「あぁ、夏休みの課題用?」
「うん、それもあるけど......普通に本も借りたくて」
むしろ、個人で楽しむ為の本を借りる方のベクトルが高い。
へらりと笑いながらそう言うと、「夏初はウチの学校の施設満喫してるよねぇ」としみじみと返された。
ここ、東京私立梟谷学園は敷地面積が広いのは勿論のこと、学年問わず使用出来る大きな図書館は都内でも有数の立派な施設で、蔵書数もかなりの数を誇る。
話によれば、大学の先生や専門家の方なんかも梟谷学園の図書館を利用しているくらいだ。
私が梟谷を選んだ一番の理由が、この図書館を自由に使えるという利点だった。
期末試験の復習も終わり、後は楽しい夏休みを待つだけの期間となったので、今日は絶対に図書館へ行こうと以前からずっと決めていたのだ。
友達と別れ、目的地のドアを開けるとエアコンの冷気がひんやりと肌を包み、その心地良さに思わずほっと息を吐く。
試験期間ではこの静かな場所で勉強する生徒の姿が多かったが、今はすっかり通常の風景を取り戻していた。
勿論、今でも勉強している人の姿もぽつぽつと見えるが、おそらくあの人達は受験を控えた方々だろうと特有の雰囲気から何となくわかった。
一方私は勉強しに来た訳ではないので、一先ず夏休みの課題の為の本から物色することにした。
この図書館は一年生の頃からよく利用させて貰っていたので、どういう関連の本が大体どこらへんの棚にあるのか、大まかに把握はできている。
その為、特に迷うことなく目的の本棚へ足を進め、参考文献になりそうな本を二冊ほど見繕ってから、今度は園芸関連の本棚へ向かう。
「.............」
並んでいる背表紙を眺めて、特に新しい本は入ってないことに少しだけがっかりしながらも、めぼしい本を一冊手に取り、パラパラと簡単に内容を確認してから先程の参考文献と一緒に腕に抱えた。
園芸の新しい本は近所の図書館の方に期待するとして、今日はとりあえずこの三冊にしようと貸出カウンターへ足を進める途中、何となしに見かけたスポーツ関連の棚にふと足を止めた。
「.............」
ちらりとホワイトカラーの腕時計を確認すると、もう少し本を物色しても大丈夫そうな時間だったので、思い切ってそちらの棚へ向かう。
数々の競技が五十音順で並んでいるのを目で追いながら......「バレーボール」という見出しのある場所を見つけ、そこに焦点を当てた。
持っていた三冊の本は一先ず棚の空いている部分に置き、バレーボール関連の本を試しに一冊手に取り、パラリとページを開く。
「.............」
そこに並んでいる文章を何ページか読んでみるも、バレーボール特有の専門用語ばかりで、正直何が書いてあるのかよく分からなかった。
母国語である日本語を読んでいるはずなのに、意味が全く分からないというのは不思議なものだなと少し可笑しく思いながら、ゆるりと軽く小首を傾げた、矢先。
「.......それは経験者向けだな。初心者には難しいと思うぞ」
「!」
突然、頭の上から低い声が降ってきて、たまらずビクリと肩が震えた。
驚いた拍子に手元にある本をうっかり落としそうになり、慌てて掴む。
「.............」
とりあえず学校図書を落とさなかったことに少しだけ安堵しながら、そろりと声のした方へ顔を向けると、見た事のある背の高い男の人がいつの間にか私の隣に居て、同じように本を手に取っていた。
「.......こっちの方が、図解が多い分比較的わかり易いと思う」
「.............」
隣りに居るその人は手元にある本の中身をペラペラと確認した後、閉じた状態で私へ差し出してきた。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......あぁ、すまん。三年の鷲尾だ。男子バレー部で、後輩に赤葦が居る」
頭の処理が追い付かず、思わずぼう然としてしまった私を見て、本を差し出してくれた相手......男バレの鷲尾先輩は、ご丁寧に挨拶をしてくれた。
目上の三年生から名乗らせてしまったことにやってしまったと反省しつつ、こちらからもおずおずと「......あ......二年の、森です......園芸部です......」と遅ればせながら頭を下げて挨拶を返せば、鷲尾先輩は「知ってる」と小さく頷いた。
「園芸部には、木兎がよく世話になってるからな」
「......そ、そんな......とんでもない......です......」
初めて真っ向に話す相手、しかも男バレの三年生ということにいつもの如くひどく緊張しながらも、視線を下げたままではあるがもたもたと返答する。
極度の緊張感からか、徐々に渇いていく喉がぴたりと張り付き、いつもよりもずっと小さな声になってしまったものの、静寂を保つこの場所ではそんな声でも相手へちゃんと届いたようだ。
「.......森は、何が知りたいんだ?」
「.......え......?」
「競技のルールか、選手のことか......それとも成り立ちか、今のバレー界の情報か」
「.............」
鷲尾先輩の少し強面な外見にすっかり気圧されてしまう中、思いがけない質問をされてたまらずピクリと肩が跳ねる。
まるで司書の方が目当ての本の情報検索をかけるようなキーワードを問われて、つい驚いてしまったのだ。
「.......あ......え、と......バレーボールの、ルールを......少し、知りたくて......」
あっけに取られてしまったものの、質問されているのに無視をする訳にはいかないでしょと何とか一部のまともな思考回路が働き、みっともなくおたおたとしながらも探している情報を口にすれば、鷲尾先輩は静かに「そうか」と相槌を打った。
すると、その大きな手に持っていた本を一旦棚へ戻し、そのまま別の本を取り出しては中身を確認し、戻してはまた別の本を取り出すという行為を何度か繰り返す。
黙々と続く鷲尾先輩の作業にきょとんと目を丸くしたまま半ば放心すること数分......鷲尾先輩は、一冊の本を再び私の方へ差し出した。
「少し読んでみてくれ。おそらく、これが一番読みやすいと思うんだが......」
「.............」
目の前に差し出された本をおずおずと受け取りつつ、ここでようやく私の為に本を見繕ってくれていたのかと思考が追い付く。
嬉しい、有難いという気持ちと、わざわざお手を煩わせて申し訳ないという気持ちが同時にどっと押し寄せて、感情がすっかり迷子になった。
それでも鷲尾先輩が選定してくれた本への興味だけは勢いを衰えていないようで、ふらふらとする頭の中、受け取った本の中身を確認すると一番最初に読んでいたものよりずっと内容が頭の中に入ってきた。
「.............!」
図解も多く、専門用語の説明や注釈、巻末にはバレーボール用語辞典みたいなものもついていて、にわか知識しかない私にもついていける内容になっている。
わかりやすいし、解るから楽しい。そして、面白い。
「.......あ、コレ、赤葦君......やってた......?」
「ん?......あぁ、ツーアタックか。そうだな、赤葦は上手いぞ。相手に悟らせない......いや、むしろ敵味方関係無く意表を突くタイミングでやるから、俺らもよく驚かされる」
「.............っ、」
ページをパラパラと捲り、ふと目に入ったプレーの解説に無意識に思考を口から零してしまえば、背の高い鷲尾先輩は少し屈んで説明を補足してくれる。
うっかり声に出てしまったことに羞恥心を覚えながらも、以前見たバレーの試合とこの本の内容をちゃんとリンクして考えることが出来そうなので、本を閉じて「......あの、......これに、します......」と鷲尾先輩に伝えれば、「そうか」と再び静かな相槌が降ってきた。
「.......わ、わざわざ、探して、頂いて......ありがとう、ございました......!」
「.............」
鷲尾先輩が選んでくれた本を胸に抱え、深々と頭を下げて御礼を言うと、相手からは特に何も返ってこなかったので少しだけ不安になる。
もしかして、変なタイミングで御礼を言ってしまったのではとうっすら顔を青くしながらおずおずと頭を上げつつ、だけど視線だけはずっと鷲尾先輩の大きな靴にくっ付けたままでいた。
「.............」
「.............」
「.............」
「.......バレーを見るのは楽しいか?」
「!」
生まれてしまった沈黙にいよいよどうしようかと思っていると、ふいにそんな言葉を掛けられ、思考回路が一時停止する。
何度か瞬きしつつ問われた内容をゆるゆると確認し、二回ほど深呼吸をしてからゆっくりと鷲尾先輩へ視線を向けた。
「.......た、楽しい、です......」
「.............」
「.......ふ、梟谷、バレー強いって、聞いて、ましたが......本当に、すごくて......とても、格好良くて、皆、楽しそうで......尊敬、してます......」
「.......そうか......」
バレーボールを見るのは、楽しい。
だけどそれは、梟谷のバレーボールが強くて、すごくて、なによりも選手達がとても楽しそうにやっているからだと思う。
笑顔や笑いが伝染するように、楽しい気持ちとか元気とかも、誰かにつられることってあると思うのだ。
木兎さんとか、特にその傾向が強いと言うか、兎に角梟谷のバレーは見ていてとても楽しいし、他にも元気とかやる気とか、ヒトの気持ちを上向きにさせてくれるような何かが働いているような気がする。
「.......今の言葉、木兎に......いや、赤葦にも言ってやるといい」
「.............?」
改めて男バレの凄さを思い知っていると、鷲尾先輩はぽつりと零すようにそんな言葉を寄越したので、思わず小さく首を傾げた。
「.......きっと喜ぶ」
「.............」
きょとんと目を丸くする私にゆるりと視線を重ねて、鷲尾先輩はほんの少しその口元を緩めた。
初めて見た鷲尾先輩の笑顔は控えめではありつつも、内面の優しさや温かさを確かに感じられて、ついぼんやりと見惚れてしまう。
赤葦君といい、木兎さんといい、女子マネージャーのお二人も含めて、男バレには素敵な人しか居ないのだなとすっかり感動してしまうと、制服のポケットにしまっていたスマホがブルブルと震え、着信を伝えた。
しまった、きっと立嶋先輩だ。
咄嗟に頭に思い浮かぶのは先輩のムスッとした顔で、だけど図書館内で電話を取る訳にも行かず、どうしようかとおたおた慌てていれば、「電話、立嶋からか?」と鷲尾先輩に気を遣われてしまった。
その言葉にぎくりとしつつも控えめに頷けば、鷲尾先輩はなぜか可笑しそうに小さく笑う。
「.......時間取らせて悪かったな。立嶋にもそう伝えてくれ」
「.............」
それだけ言うと、鷲尾先輩は「俺も部活に行く」と言ってするりとこの場を後にしてしまった。
.......どうして、最後に笑ったんだろう?
鷲尾先輩の言動がいまいちわからず再び首を傾げるものの、着信を知らせていたスマホがまるで痺れを切らしたかのようにシンと静まり、慌ててスマホの画面を確認しながら借りる為の本を抱えて、貸出カウンターへ足を進めるのだった。
思い立ったが吉日
(今年の夏は、園芸ともう一つ、勉強してみようかな......)