AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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お昼ご飯を食べた後も、男バレの練習試合を観戦させてもらった。
梟谷対埼玉の森然高校、その後の東京の音駒高校との試合を先輩と眺めながら、ふと宮城の烏野高校のベンチへ視線を寄越すと、橙色の髪が特徴的なヒナタさんはやっぱり午後も試合に出ていないようだった。
あの尋常じゃない超速攻をできるのはおそらくヒナタさんだけだろうに、烏野はその手札を自ら切り落としている。
だけど、更なる“強み”を求める為に現状の“強み”を捨てるという行為は、保守的な考えの私にとってどうしてもギャンブルが過ぎる気がして、いまいち腑に落ちないところもあった。
実際、あの超速攻を使えない烏野は今までの試合よりずっと苦戦しているように見える。
しかしながら、先輩がそれを“摘蕾”状態だと捉えているなら、今の烏野は経過観察中と言ったところなのかもしれない。
「......あ、きたきた」
「?」
烏野のベンチを見ながら悶々と考えている横で、立嶋先輩が嬉しそうな声をもらした。
何かと先輩の視線を追うと、体育館の入口に見慣れた白衣姿の保健医の先生がちょこんと顔を出しているのが見えた。
「あっ、先生......!え、なんでここに?」
「さっきの電話で来れたら来てって言ってみた。まぁ、木兎も来い来いうるさかったし、めい子も急患さえなければ来るだろうと思ってたけどなァ」
目を丸くする私とは対照的に、立嶋先輩はしてやったりと言ったようにニヤリと笑いながらおもむろに大きく手を振る。
どうやら、お昼休みの電話中に先輩と木兎さん、先生の三人でバレー観戦の話をしていたようだ。
「気付くか~?......お、気付いた!」
「っ、先生、ここで一緒に観ますよね?私、お迎え行ってきます」
「お~......じゃあ、ヨロシク?」
ギャラリーに居る私達に気が付いた途端、どこかほっとしたように笑う先生を見て、自分でも驚く程俊敏に下へ繋がる階段へ向かう。
普段もたもたしてる私の突然の行動力に呆気に取られたのか、先輩は半ば流されるように緩い返事をするだけだった。
▷▶︎▷
保健医の先生と無事に合流し、立嶋先輩の居るギャラリーへ一緒に上がる。
どのくらいここに居られるのかという先輩の質問に、先生は「まだお仕事があるから、20分くらいかしら」と眉を下げて笑った。
「それにしても、本当に沢山の選手が居るわねぇ」
「右のコートが東京の音駒高校と神奈川の生川高校で、左のコートはこれから梟谷と宮城の烏野高校の試合が始まるところです」
「めい子めい子、烏野のキャプテン、俺の従兄弟なの。1番のゼッケンつけてる、あのガタイいい黒髪男子」
「あらあら、そうだったの。じゃあ立嶋君、どっちを応援するか悩んでしまうわね」
「いや?フツーに烏野応援してる」
「あらあら......木兎君達には怒られない?」
「いや、フツーにキレられてる」
「あらあら......それは困ったわねぇ」
歯に衣着せぬ立嶋先輩の発言に、先生は口元を片手でおさえながらクスクスと楽しそうに笑う。
まるで陽だまりのような温かみのある先生と一緒に梟谷のバレーを観られるなんて嬉しいなぁとたまらずにこにこしていれば、コートの方から元気のいい木兎さんの声が聞こえた。
「あ!めい子先生来てる!こんにちはー!」
その声に惹かれるようにして、梟谷の男バレの方々が先生の方を見やり、手を振ったり会釈をしたりと各々がそれぞれの反応を見せた。
それに対して先生は至極穏やかに笑った後、「頑張ってね」と優しいエールを送る。
そんな親しげなやり取りを見て、先生と男バレの方々はやっぱり仲が良いんだなと改めて感じた。
そのままウォームアップやミーティングに移る男バレの方々をギャラリーから見ていると、赤葦君の姿を見つけて何となく眺めてしまった。
赤葦君は猿杙先輩と木葉さんと一緒に居て、小さなホワイトボードを手に三人で何やら話をしているようだ。
多分、対烏野の作戦会議でもしているんだろう。
副主将やセッターという立場なのだから至極当然のことなのかもしれないが、私と同じ二年生なのに三年生と肩を並べて意見を言い合う赤葦君の姿は、やはりとてもしっかりしていて憧憬の念を抱かずにはいられなかった。
「.............」
どうしたら、あんな立派な人になれるのかなぁ...。
元々の性格とか地頭の良さとか、器量の良さとかもあるのかもしれないけど、もし何か気をつけていることとかがあるならぜひ教えてほしい。
あと、勉強も部活も両立できる生活術とか、誰とでもきちんと話せる心構えとか......あと、木兎さんとのこととかも聞いてみたいな。
何となしに考え始めてしまえば、憧れの人である赤葦君に聞いてみたいことが思った以上にたくさんあることに気がついた。
こんなにたくさんあるなら、もし本当に赤葦君と出掛けられたとしても話題に困らないのではと明るい思考が差し込んだ、矢先。
逆にこんなにたくさんのことを聞かれても赤葦君が困ってしまうのでは...ものによっては気持ち悪いとも思われてしまうのではという悲観的な思考に直ぐに塗りつぶされた。
そんなことをもだもだと考えていればウォームアップ終了のホイッスルが鳴り、二校の選手はそれぞれのベンチへ戻っていく。
その際、木兎さんが楽しそうに赤葦君の肩へ腕を回し、何か喋ったと思ったら近くに居る木葉さんに軽く頭を叩かれていた。
その流れでわいわい盛り上がる二人に、赤葦君は肩にある木兎さんの腕をそのままに、仲裁に入るように声を掛けている。
「ふふ。赤葦君、本当にしっかりしてるわねぇ」
「!」
立嶋先輩と話していた先生が、可笑しそうに笑いながらそんな言葉をもらした。
今までぼんやりと赤葦君のことを見てしまっていたので、思わずぎくりと身体を固くすると、先生を挟んで反対側に居る立嶋先輩が「木兎よりアシ君のがよっぽど主将らしいよなァ」と腕を手摺に乗せた状態でうんうんと頷いた。
「もうさ、木兎はエースだけにして、アシ君が主将やればいいんじゃね?」
「あらあら......」
「で、でも、他にも三年生たくさん居るのに、赤葦君が主将なんですか?」
「え?だってアイツらそういうの面倒くさいから、木兎が主将、アシ君が副主将やってんだろ?木葉とか小見とかあっからさまじゃん」
「......そんな、滅多なこと言わないでくださいよ...」
先輩の暴論にたまらず眉を下げてしまえば、真ん中に居る先生はまた「あらあら......」と穏やかに笑う。
この場に先生が居るだけで何だか空気が柔らかなものになっている気がして、結局私がため息を吐くだけでこの危なげな話題は幕を閉じた。
そんなことを話している内に試合開始の挨拶がされていて、烏野のキャプテンである大地さんがボールを持って一人だけコートの外へ出ていた。
どうやら今回は烏野のサーブから始まるらしい。
「大地ナイッサー!」
「!」
烏野の掛け声と合わさるように立嶋先輩がそんな声援を送ると、烏野の方々は一瞬きょとんと目を丸くする。
特に今もベンチに居るヒナタさんは目に見えて戸惑っているようだった。
そしてまた、梟谷の方からは立嶋先輩へのブーイングを飛ばされている。
開始早々がやがやと騒がしくなる中、大地さんだけがほんの少しだけ笑いをこぼし、その後直ぐに安定したサーブを打った瞬間、コート内の空気が一気に引き締まったことがギャラリーからでもわかった。
「鷲尾ナイスレシーブ!」
「赤葦!」
「木兎さん!」
大地さんのサーブを鷲尾先輩がレシーブで拾い、ボールは綺麗にセッターの赤葦君の元へ運ばれる。
赤葦君の長い指先で丁寧に上げられたボールは、有り余る程の元気と強さを携えた木兎さんが体育館いっぱいに轟音を響かせて強烈なスパイクをかました。
烏野のブロックに少し掠ったようにも見えたが、ボールは弾丸のような勢いのまま烏野のコートへ叩き付けられる。
「ヘイヘイヘーイ!!」
お決まりの台詞を嬉しそうに口にする木兎さんを見ながら、相変わらず同じ高校生とは思えない強靭なプレーに度肝を抜かれていれば、隣に居る先生は小さく拍手を送りながら「本当に凄いわねぇ」と感想を述べた。
「そういや、めい子は男バレの試合、前にも見たことあるんだっけか?」
今度は得点した梟谷からのサーブになるので、ローテションを回す選手達を見守る中、ふいに先輩はそんなことを聞いてくる。
え、そうなの?と一瞬驚いた私だったが、そういえば以前私が木兎さんのボールにぶつかってしまった時、先生は木兎さんのスパイクの威力を知っているようなことを話していたことを思い出し、今になってそういうことかと納得してしまった。
「ええ、そうね......でも、同じ試合はひとつもないから、いつもドキドキしてしまうわ」
「それは......試合展開っつーか、ワンプレーワンプレーが同じ試合は無い、ってことか?」
「.............」
立嶋先輩の質問に、先生は穏やかに頷く。
先生も私と同じように、バレーボールを見てドキドキするんだなぁと少し嬉しくなっていると、先輩はおもむろに小さくため息を吐いた。
「......だったら、梟谷じゃないけど烏野一年のすげー速攻を見てもらいたかったわ......アレ、マジで神業プレーだったんだよ」
珍しく少ししょぼんとした顔をする先輩は、まるで見せようと思っていたお気に入りのオモチャを無くしてしまった子供のようで、そんな先輩に先生は「あらあら、そうだったの......」と静かに相槌を打つ。
確かに、あの凄い速攻を先生にも見てほしかったなと思わず小さく肩を落とせば、先生は穏やかな笑みを携えたまま言葉を続けた。
「......でも、今日のバレー部には、きっと今日しか会えないし......今この瞬間のことは、きっと今しか見られないから......私は、とっても満足しているわ」
「.............」
そんな先生の話に、私も立嶋先輩も先生の方を見る。
園芸部の視線を向けられた先生は、私達よりずっと色んなことを見てきた綺麗な双眼で、梟谷のバレーボールの試合をじっくりと眺めた。
「......学生時代って、本当にあっという間に過ぎるから......私にとって、今居るここはまるで、宝箱のようにも感じてしまうのよ」
「.............」
「...今、この時間を切り取って、いつまでもここに居たい......きっとそんな瞬間がいくつもあって、それが幾重にも繋がって......時間は少しずつ、進んでいくのね」
「.............」
先生の口元からゆっくりと紡がれる言葉は、先輩と私の耳に入り、そして、きらきらと陽の光を反射する夏の空気に緩やかに浸透していく。
木兎さん達の声がすぐそこで聞こえるはずなのに、なんだか全ての音が今だけ遠くで聞こえるような、そんな不思議な感覚を覚えた。
「.............」
同じ夏は、同じ今日は、同じ瞬間は、今が過ぎたら二度とやってこない。
先生は、体育館をまるで宝箱のようだと言ったけど、きっとそれは赤葦君や木兎さん、男バレの方々の感覚に近いのだろう。
元気に声を掛け合いながら必死にボールを繋ぐ男バレの姿を眺めつつ、確かにみんなきらきらと輝いて見えるなぁと感じて、“宝箱”という表現にしみじみと納得してしまった。
.......羨ましい、な。
ふとそんなことを思ってしまった、途端。
ここは体育館であるはずなのに、ふわりと土の匂いが鼻をついた気がした。
「.............っ、」
「......じゃあ、俺と夏初はこの学園の花壇全部が宝箱だな」
「!」
私がぼんやりと考えたことを、立嶋先輩がからりとした明るい声で言うものだから、心の中を読まれたのではと思わず目を丸くしてしまう。
咄嗟に先輩の方を見ると、視線が重なってから「そーだろ?」とでも言うようににっこりと笑われた。
「.......はい。私も、そう思います」
一つ深呼吸をした後でしっかりとそう返すと、先生は両手を合わせて「それはとても素敵ね」と嬉しそうに笑った。
▷▶︎▷
梟谷が烏野から1セット目を先取するのを見届けて、先生は体育館を後にした。
私と先輩はそのまま2セット目まで見て、見事梟谷が勝利したところでそろそろ部活に戻ろうかとお互いの意見を揃える。
先程の先生の話を聞いたら、なんだか無性に部活がやりたくなってしまった。
目の前でバレーボールに打ち込む木兎さん達の姿が、とても羨ましく思えてならなかったのは、どうやら先輩も一緒だったようだ。
「夏初、俺、大地に声だけ掛けてくっけど、お前どうする?」
「.............」
ギャラリーからアリーナへ続く階段を降りている途中、立嶋先輩から言われた言葉に一瞬ぎくりとする。
お昼の時は大地さんに会わない選択肢を取ってしまったが、この機を逃せば次にお会いするまできっと大地さんとはお話ししないことになる。
むしろ、次にお会いすること自体があるのかどうかすらあやしい。
「.......ご一緒させて、ください......」
少し間を空けて、小さく気合いを入れてからそう返答すると、立嶋先輩は可笑しそうに、そして少しだけ嬉しそうに笑うのだった。
光陰矢の如し
(この幸福な時間が、いつか泣きたくなる程懐かしくなるから。)