AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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夏の青空を貫くひこうき雲の下、渡り廊下まで迎えに来たのは園芸部の先輩ではなく、男バレの赤葦君だった。
その事態をなかなか飲み込めず、きょとんと目を丸くしたままじっと見つめてしまう。
「.............」
「.............」
一定の距離を保ったまま、私も赤葦君も何も喋らずにただ時間だけが過ぎていけば、手に持っていた水筒の中の氷が溶けたのか、からりと微かな音を立てたところでようやく意識がはっきり戻る。
「.......あ、あれ......?私、てっきり先輩が......来るかと、思っ......」
オタオタと情けなく慌てながら、言葉の途中でハッと気が付く。
「......も、もしかして......また先輩、赤葦君に何か......?」
「.............いや、違う」
昨日の休憩時間も私の事情に付き合わせてしまい、もしかしたら今日もまた立嶋先輩から何か言われたのではないかと顔を青くすると、赤葦君は少し何かを考えるように否定の言葉を述べた。
静かな校内で対峙しているせいか、前に居る赤葦君はいつもよりずっと静寂な雰囲気を携えているように思えて、たまらず口を噤んでしまう。
意志の強さを表したような凛々しくも端正なその顔は、相変わらず感情というものを一切読み取らせない。
「.......俺が、立嶋さんに申し出たんだ」
「............」
「森と、話したかったから」
「.............」
聞き心地の好い落ち着いた声音で告げられた言葉に、思考回路がピタリと固まった。
すぐ側にある渡り廊下の大きな窓からは夏の日差しがきらきらと降り注ぎ、もしかしてこれは白昼夢なのではとすら思えてしまう。
女子にも男子にも人気で、強豪バレー部の副主将で、頭もとても良い赤葦君が、どうして私なんかと話をしたいんだろう?
予測出来ない展開に驚きながらも、僅かに回り出した思考回路に頼ること数秒。
もしかして、以前私が赤葦君みたいになりたいと話したことが原因なのではないかと思い当たった。
誰にでも優しくて、面倒見が良くて、よく気が回る赤葦君のことだ。きっと私がそんなことを言ったから、何かと気にかけてくれてるのかもしれない。
ああ、でも、赤葦君に負担を掛けるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに。
考えればそんなこと直ぐにわかったはずなのに、いつだって気が付くのは何かをしてもらった後なのだ。
「.............っ」
「.............」
途端に申し訳ない気持ちとやるせない気持ちが込み上げてきて、眉が下がると同時に視線を下へ向ける。
しかしながらこのままずっとだんまりを決め込む訳にはいかないので、そのまま頭を下げながら「.......お......恐れ、入ります......」と小さく返した。
本当は謝罪の言葉を述べるべきだったのかもしれないけど、今までの話の流れがヘンに拗れてしまいそうだと思ったので、結局そんな陳腐な言葉を返してしまった。
「.............」
「.............」
赤葦君からの反応は無く、この沈黙をどうしようと必死に頭を回したところで、機転の利かない私のちっぽけな頭じゃ何も良案を思いつかない。
気を利かせてくれたとは言え、せっかく赤葦君が私なんかと話したいと言ってくれたのに、恩を仇で返すとはまさにこういう事を言うんだと身に染みて感じてしまった。
「.............」
「.............」
「.............ふ......ッ」
「.............」
自己嫌悪の波に飲まれて俯いたままどうしても顔を上げられないでいると、暫くして小さくふきだすような声が聞こえる。
その後くすくすと可笑しそうに笑う声が続き、どういうことだと混乱しつつおずおずと視線を赤葦君へ向けた。
先程まで沈黙を貫いていた赤葦君は、今は右手で口元を覆いながら、珍しいことにとても楽しそうに肩を震わせている。
「.......何で、そんな......ふは......ッ」
「.............え......?」
「......はぁ......本当、何でそうなるかな......?“恐れ入ります”とか、ふふ......同い年の相手につかう言葉じゃないでしょ......」
「.............」
可笑しそうにくすくすと笑う赤葦君に驚いて思わず気を取られてしまったが、続けられた言葉に確かにそうかもと気が付く。
悪気はないにせよ変なことを言ってしまったのには変わりはないので「す、すみません......」と小さく謝ると、赤葦君は少し落ち着いてきたのか「.......いや、別に謝ることじゃないけど」と持ち直すように長く息をついた。
「.......ただ、......気持ちを言葉に乗せるのは、なかなか難しいなって思っただけだよ」
「.............」
夏の日差しが降り注ぎ、きらきらと光る廊下に立つ赤葦君は、少しだけ眉を下げながら綺麗に笑う。
その姿に思わず見惚れてしまい、ぼんやりと赤葦君を見つめたまま先程の言葉を頭の中でゆっくりと考えていれば、きらきらと光るモノトーンと金色の瞳を持つバレー部の主将がふと頭に浮かんだ。
「.............木兎さん......」
「え?」
思考がそのままするりと口から零れ落ち、その名前に赤葦君がぴくりと反応する。
涼し気な切れ長の目がこちらに向いて、視線が重なると共に反射的に下を向いてしまった。
「.......木兎さん、は......とても、上手だと......思って......」
「.............」
「その......気持ちを、言葉に......乗せるのが......」
「.............」
思いついたことをたどたどしくも伝えてると、赤葦君はきょとんと目を丸くする。
木兎さんは、いつも真っ直ぐな言葉をくれるからついそう思ってしまったのだけど、赤葦君の考えとちょっと違ったのかもしれない。
また変なこと言っちゃったかなと早々に不安を覚え自分の足元を見ていると、赤葦君はおもむろに言葉を返してくれた。
「確かに。あの人は思ったことしか口にしないから......まぁ、それが凶になる時もあるんだけど」
「.............」
「.......でも、それって凄く難しいことだ。......俺みたいな奴は、特に」
「.............」
ぽつりと付け加えられた最後に、思わず顔を上げる。
何でも出来る赤葦君にも難しいと感じることがあるのかと少し驚いてしまえば、赤葦君の視線と再び重なった。
相変わらず心臓がきゅっと縮こまるが、今度は逸らさずにいることができた。
ただ、眉だけは情けなくもずっと下がったままだ。
「.............」
「.............」
「.......だけど、今日はちょっと頑張ってみようかな......」
「.......え......?」
ゆるりと腰に手を当て、一度長めの息を吐きながら、赤葦君はふいに私から視線を逸らした。
その仕草が珍しくも何処と無く落ち着かない様子に見えたのと、今日は頑張るという言葉に一体どうしたのかと首を傾げていれば......赤葦君はゆっくりと距離を詰めてきた。
今までは1メートル程空いていた距離があっという間になくなり、首を上げないと赤葦君の顔が見えないくらいの距離感になる。
それに少し緊張して、それでも何とか後ずさるのだけはやめようと足に力を入れていると、赤葦君は少しだけ前屈みになって目線の位置を落としてくれた。
いつもよりずっと近い距離感に身体を固くしている私を、その切れ長の目は真っ直ぐ射抜く。
「.......夏休み、どこか一緒に出掛けない?」
「.............」
静かに、だけどよく聞こえる声で告げられた言葉に、思わずきょとんと目を丸くする。
相変わらず眉は下がったままになっていたから、きっと凄く変な顔になっていただろう。
情けなくも理解が追い付いていないポンコツな私を前にしても、赤葦君は呆れることなくゆっくりと話の続きを口にしてくれた。
「さっきも言ったけど、森とゆっくり話してみたくて」
「.............」
「だけど、お互い部活が忙しいのはわかってるから......お互いの休みが合った日で、森の都合がつく日があればの話だけど......どうかな」
「.............」
屈んでくれていることで普段より近くにある端正な顔を見つめながら、どうにかして話を咀嚼しようと懸命に頭を回すも、あまりにも予想外な話にどうしても驚きが先に来てしまう。
なんで?どうして?どういうことなの?
そんな言葉が頭の中を駆け巡り、思考回路が大渋滞してしまっている。
もともと脳内のキャパシティが人よりずっと小さい私だ、そんなことが起こってしまえばあっという間にキャパオーバーに陥ってしまう。
「.............」
「.............」
「.............」
「.............ごめん。急にこんなこと言われても困るよな......」
「!」
頭の中の大混乱の処理に追われ、何も言えずにいる私に赤葦君は気を遣ってくれて、ゆっくりとその綺麗な顔を私から離した。
ここでようやく身体の緊張が切れて、弾かれたように赤葦君を見上げると、赤葦君は少しだけ眉を下げながら小さく笑う。
「.......ぁ......あの、私......っ」
「.............」
「.............っ、」
その笑顔を見て、困らせてるのはむしろ私の方だと感じ、慌てて言葉を返そうとするも直ぐに行き詰まってしまった。
気持ちを言葉に乗せるのは難しいと赤葦君が言っていたけど、今の私は大元の気持ちがすっかり分からない状態になってしまっていた。
私も、赤葦君とゆっくり話してみたい。
だけど、二人でずっと話すことが出来るのかがひどく不安だ。
大して面白い話ができる訳でもなく、機転の利かない私と出掛けて、もし赤葦君の心象を余計悪くしてしまったら。
考えれば考える程嫌な想像が広がり、思考が雁字搦めになっていく。
「.......返事は別に、直ぐじゃなくていいから」
「!」
鬱鬱とした思考に焦る私を見かねてか、赤葦君は大きな手で私の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
また気を遣わせてしまったと低能な自分にひどく落胆してしまえば、頭を撫でていた手がおもむろに頭の後ろに回り込み、少しだけ強い力で引き寄せられた。
そんなことをされるとは露ほども思ってなかったので、私の身体は簡単に押された方向へ傾いてしまう。
しかし、ふらついたのは本当に一瞬で、目の前にある部活着姿の逞しい身体にしっかりと支えられた。
「.............」
「.............」
視界が全て群青色に染まる程の至近距離で、何が起きているのかわからず身体を固くしたまま言葉を失くしていると、頭の上から「......ゆっくり考えて」と小さな声が降ってきて、たまらずびくりと肩が震えた。
硬直していた思考回路がゆるやかに回り出すと共にゆっくりと身体を離され、適正な距離になってから赤葦君は小さく微笑んだ。
「お腹空いたな。そろそろ戻ろうか」
「.............」
それだけ言うと、まるで何事も無かったかのように食堂の方へ歩き出してしまう。
そのままいつも通りの調子で「お昼、何食べる?今日もお弁当?」と聞かれたので、慌てて私も赤葦君の背中を追い掛けて今日は食堂で食べることを話すと、じゃあ何を食べようかという話になり自然な流れで世間話が始まってしまった。
あっという間に先程までの空気を一掃させた赤葦君に混乱しながらも、わざわざ話をむし返すようなこともしたくなかったので、結局学食のメニューの話をしながら先輩達の待つ食堂へゆっくりと足を進めるのだった。
千里の道も一歩から
(古今東西、恋とはなんと難しい。)