AND OWL!
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デフォルト:森 夏初【もり なつは】梟谷学園高校二年六組、園芸部所属。
極度の人見知りで仲の良い相手としか普通に話せない。頑張り屋と卑屈屋が半々。
最近の悩み:「男バレの先輩方のノリに上手くついていけない」
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朝の水やりは私が早くからやり始めていた為、10時少し前に終わった。
今日はバレーボールを長めに見に行こうということになってるので、道具を片付け身支度をして、先輩と一緒にジャージのまま体育館へ向かう。
体育館へ来ると相変わらず酷く緊張してしまうものの、バレーボールの面白さを知ったからなのか、帰りたいとか嫌だなとかそういうマイナスな気持ちには全くならなかった。
「あ、おはよー園芸部。今日は随分早くに来たね?部活はいいの?」
アリーナへの扉近くで丁度入れ違いに館内から出てきた男バレの女子マネージャー、三年生の雀田先輩は立嶋先輩と私を見るなり気さくに声を掛けてくれる。
「はよース。水やりだけして、あとは午後にやる予定。雀田がここに居るってことは、うちは今試合じゃねぇんだな?」
「正解。雪絵と赤葦が主審副審中で、後は線審とか得点板とかやってる」
「へぇ、アシ君審判やってんだ。すげぇ」
雀田先輩の言葉に先輩と一緒に目を丸くする。
練習試合であるからなんだろうけど、選手が審判をやるというのに少しだけ驚いたのだ。
先輩と私の反応に雀田先輩は少し笑って、「流されないでよく見てるって、結構評判いいんだよ」と教えてくれた。
さすが赤葦君だなぁとしみじみ感心していれば、雀田先輩の進行方向が体育館ではないことを不思議に思った立嶋先輩が尋ね返す。
「つーか何、どっか行くの?」
「うん、先生方に出してるお茶、そろそろきれそうだから買い足してくる」
「は~、そういうこともしてんだな......外、暑っついから気ぃ付けて行けよ」
立嶋先輩の言葉に「ん、ありがと」と雀田先輩は小さく頷く。
マネージャーというのは本当に沢山仕事があって、そして気が回らないと務まらない役職なのだなと改めて感じた。
そんな難しい業務を日々こなしている雀田先輩は本当に凄いと思う。
「......あぁ、そうそう。昨日遅れてきた烏野の一年生、二人とも今試合出てるよ」
「マジか!よっしゃ!え、どんなんだった?そんなすげーの?かなりヤバい?」
「んー、なんて言うか......多分、立嶋君好きそう。木兎とはまた違うんだけど、なかなかトリッキーなプレーするよ」
「何それすげぇ楽しみなんですけど!」
先輩との会話で思い出したように雀田先輩がウワサの烏野一年生の話を出すと、立嶋先輩は目を輝かせて楽しそうに笑う。
まるで好きなおもちゃを前にした小さな男の子のような反応を見せた先輩に、雀田先輩は可笑しそうにふきだした。
「......立嶋君、はしゃぎ過ぎて夏初ちゃん困らせないようにね?」
「は?別にいつも困らせてねぇし。な?夏初?」
「.............」
「オイ、視線を逸らすな」
くすくすと笑う雀田先輩の言葉に対し、心外だと言わんばかりに私を見てくる立嶋先輩だったが、どう返していいのかわからずゆるりとそっぽを向くと面白くなさそうな声を掛けられた。
そんな私達に雀田先輩はまた楽しそうに笑ってから、落ち着いたところで「じゃあまた後でね」と手を振って体育館から出て行った。
雀田先輩と別れて、いまだムスッとしている先輩の機嫌を取るように「烏野の一年生、どんな方なんでしょうね?」と話しかけると、立嶋先輩は口を尖らせながらもゆっくりとアリーナの扉を開ける。
先程から少しずつもれていたバレーボールの音が一斉に大きくなり、小さく肩を竦めながらも先輩の後ろからひっそり中を覗いた。
体育館は昨日と同じようにバレーボールのコートが2面セットされ、各校の選手達が白熱した試合をしている。
先程の雀田先輩が話していた内容が気になり、ちらりとネット際を確認すると、手前のコートの審判をやっている赤葦君の姿を見つけた。
「.............」
ハシゴのような高さのある台に立ち、ホイッスルを咥えて選手の動きやボールの位置を静かに見つめる赤葦君は、まるで試合の時のように凛々しい顔をしている。
梟谷の試合の時も司令塔であるセッターの役割上、人の動きやボールの位置を把握しないといけないのだろうが、おそらく審判をする時も同じように様々な場所に目を配らないといけないのだろう。
猛禽類のような鋭い視線に思わずごくりと固唾を飲むと、私の前に居る立嶋先輩が「オイ夏初!今の見たか!?」と興奮したように振り返った。
どうやら赤葦君の審判をしているコートと違う方で、何か面白いことがあったようだ。
だけど、今まで赤葦君をぼんやりと見つめてしまっていたので、先輩が話題にあげた事態を完全に見過ごしてしまっていた。
「あ、ごめんなさい。こっち見てました......」
「ウッソだろお前、こっち見とけ!烏野!10番!マジでやばいから!」
「ちょ、先輩!痛いです......!」
正直に見てませんでしたと伝えれば、立嶋先輩は相変わらず高いテンションで私の顔を両手で挟み、奥のコートへと私の顔を力づくで向ける。
首の後ろがポキッと軽い音を立て、無理やり挟まれた顔が少し痛くて思わず悲鳴を上げると、丁度烏野のサーブが相手チームである音駒高校のコートへ放たれるところだった。
それを音駒の選手が綺麗に拾い上げ、セッターからのトスと共に力強いスパイクが放たれる。
硬いボールと手の平がぶつかり合い、破裂音にも似た衝突音にびくりと肩を竦ませるも、視線はそのまま烏野のコートへ固定されたままだった。
音駒の強烈なスパイクは烏野の身体の小さい選手、確かリベロと呼ばれていた人が軽やかに床に飛び込みフワリとボールを上げる。
「影山!」
「ナイスレシーブ!」
リベロの人とセッターの人が声をかけ合い、今度は烏野が攻撃を仕掛ける。
サラサラとした黒髪の背の高い人がセッターの位置についていて、確か昨日は見かけなかったなと記憶を辿っていた、矢先。
気が付けば、烏野の攻撃が音駒のコートへ決まっていた。
「.......え......?」
別に余所見をしていた訳では無い。
ただ、烏野の攻撃速度が恐ろしい程速かったのだ。
セッターの手からボールが離れて多分一秒も経っていない、そんな一瞬の間でオレンジ色の髪をした烏野の10番さんがボールを音駒のコートへ叩き付けた。
速攻という攻撃パターンをこれまでに何度か見たことがあるが、ここまで目が追えなかったプレーは初めてだ。
本当に、本当に一瞬だった。もし瞬きをしてしまえば、まるで10番さんが瞬間移動でもしてるような気さえした。
「ヤッ......バくね!?何だアレ!?どうなってんだ!?」
「.............」
意味わかんねー!と楽しそうにはしゃぐ先輩に顔を挟まれたまま、烏野の驚くべきプレーに圧倒されてしまい思わず目を丸くした固まってしまう。
その圧倒的なスピードに驚いたのは勿論のこと、スパイクを打った10番さんがそこまで大きな人ではないことにも衝撃を受けていた。
今は上からではなく下から、選手達と同じ視線から見ているので彼が私より少しだけ大きいくらいの背丈であることが如実にわかる。
乱暴に言うと、そこまで私と背丈が変わらない10番さんが、驚くべき跳躍力と反射神経を武器に自分よりずっと背の高い相手と同じ舞台で対等に戦っているのだ。
「.............」
「つーかアレ、10番もやべぇけどセッターもかなりやべぇな?何なのあの爆速トス。アイツらが多分雀田が言ってた一年だよな?俺が思ってたより1億倍トリッキーだわ」
「.............」
目を輝かせながら楽しそうに話す立嶋先輩の声を聞いていると、「おー、園芸部じゃん」と聞き覚えのある声に呼ばれてそちらに顔を向けた。
紺色のTシャツに水色のビブスを着けた姿でこちらへ近付いてきたのは、色素の薄いサラサラとした髪の毛が特徴的な木葉さんと飴色の髪をツーブロックにした小見先輩だった。
「つーかお前、何してんの?夏初ちゃん離してやれよ。可哀想だ、ろッ」
「ぅおッまえ!?朝からボディブローはヤメロ!」
先輩と私がそちらへ向くや否や、木葉さんは私の顔を挟んでいる立嶋先輩の腹部に軽く拳をぶつける。
不意をつかれた先輩は反射的に私から手を離し、少しだけ前屈みになりながら木葉さんの拳が当たったお腹を押さえた。
そのまま木葉さんと先輩は軽い口喧嘩を始めてしまったので、再び烏野の試合を見ようとすれば小見先輩から「夏初ちゃんおはよ。バレー、見るの楽しい?」と声を掛けられて直ぐにそちらへ視線を移す。
「......おはようございます......楽しいです......」
挨拶を返しながら控えめに頷くと、小見先輩は「そっか~」と頷きながらにっこりと笑う。
「今見てたの、烏野?すげぇ速攻やる一年居たでしょ?見た?」
「あ、はい......さっき、見ました......」
「え、あれってやっぱ速攻なの?マジで一瞬過ぎてやばくね?」
小見先輩と話していると案外直ぐに立嶋先輩は喧嘩をやめてこちらの話へ入ってきた。
先輩の言葉に、小見先輩はニヤリと愉しそうに笑う。
「......ウワサによるとアレ、スパイカーが目ぇつむって打ってるらしいぜ?」
「はい、ダウトダウト~」
「いや、俺も冗談かと思ったよ?でもあのセッター、マジで10番のスイングに合わせてドンピシャでトス上げてんだよ」
「はぁ?仮にそんなん出来たら超有名人なんじゃねぇの?お前らが知らないってことは、あの一年無名なんだろ?」
「や、地元では割りと有名って話聞いたけど......でも、宮城って確かウシワカ居る県だろ?そっちの方が目立っちゃってんじゃね?何しろユースだし」
「あー、なるほど。やべぇな宮城、そんなんゴロゴロ居るとかめっちゃ激戦区じゃん」
先輩達の話を聞いて、思わず目を丸くする。
先程の速過ぎる速攻が目をつむって行われてるなんて、正直言ってとても信じ難い。
目を開けていても難しそうだと言うのに、本当にそんなことできるのだろうか?
そう思ったのは先輩も同じだったようで、「つーか、マジでそんなん出来る訳?目ぇつむってのセットとか」と男バレの二人に尋ねていた。
「普通は無理。多分、プロでも結構難しいんじゃねぇの?」
「まぁ、アレができるから今年烏野が出てきてんだろ。今まであんま聞かなかった学校だし......あぁでも、何年か前は強かったらしい」
「ふーん」
「......それで昨日、その烏野の速攻見た木兎が爆裂にテンション上げちまってさァ......アイツ寝かしつけるまでマジで地獄だった」
烏野の速攻の話から、木葉さんは思い出したようにそんな話を立嶋先輩へ寄越した。
聞いた途端、先輩はおかしそうにふきだす。
「ぶはっw寝かしつけとか赤ちゃんかよw」
「赤ちゃんだよ......おかげで俺らもれなく全員寝不足だから」
「特に赤葦がカワイソウだったな......“あかーしアレやりたい!”からの“俺には無理です”、“なんで!?”の流れ、消灯した後もずっとエンドレスリピート」
「マジか~、アシ君超お疲れじゃん......審判代わってやりゃあいいのに」
「マネの次にしっかり出来んの赤葦なんだよ。適材適所はしゃーなしだろ」
「そうそう。それにアイツ、地味に年功序列みたいなこと気にするとこあるしなァ」
「出た〜、体育会系ヒエラルキ~」
「.............」
ケラケラと笑う先輩と一緒に木葉さんと小見先輩の話を聞きながら、ふと今朝の赤葦君の様子を思い出した。
赤葦君に握られて、あまつさえ指先にほんの少しその唇を当てられた左手が一瞬じんと熱くなったが、どうやら寝不足による行動だったことを知り、思わずほっと息を吐く。
それだったら、寝惚けて誰かと間違えた可能性が大いにある。
......もしかしたら、彼女さんとか。
「.............」
「あ、そういやさぁ、烏野のマネすっげー美人じゃね?」
「お、立嶋も見た?超可愛いよな~」
「.............」
私の思考と並走するように、先輩達の会話は綺麗な烏野のマネージャーさんの話になる。
サラサラの黒髪にノンフレームの眼鏡をかけた烏野の美人マネージャーさんを遠目ながらにひっそりと窺えば、一瞬目が合ったような気がして慌てて先輩の影に隠れた。
......赤葦君の彼女さんもきっと、烏野のマネージャーさんのような素敵な人なんだろうな。
「.............」
先輩達の話を流し聞きながらぼんやりと考えてしまったことに、少しだけ胸が重くなった気がした。
花は折りたし梢は高し
(視界にちらつく橙は、さらなる高みへ飛んでいく。)